「アラキドン酸」の版間の差分

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== 細胞膜からの遊離 ==
== 細胞膜からの遊離 ==
 細胞が成長因子、ホルモン、サイトカインなど様々な細胞外刺激に曝されると遊離アラキドン酸が産生される<ref name=Harizi2008><pubmed>18774339</pubmed></ref> 。遊離アラキドン酸の産生には、PLA2による細胞膜からのアラキドン酸の遊離と、アラキドン酸を構造に含むエンドカンナビノイドの代謝による遊離アラキドン酸の産生といった、少なくとも2種類のメカニズムが存在する(図3)。しかし、いずれの経路が働くかは脳領域や細胞種、刺激によって異なる可能性があるが、実態は不明である。各経路の機能的意義にも関わる問題であり、今後精査が必要である。細胞膜からの放出後は、遊離アラキドン酸の90%以上は直ちにACSLを介してアラキドノイルCoA(arachidonoyl-CoA)となり活性化され、リゾリン脂質アシルトランスフェラーゼにより細胞膜のリン脂質のsn-2位に再エステル化されて再利用される<ref name=Lobo2007><pubmed>17164224</pubmed></ref> 。
 細胞が[[成長因子]]、[[ホルモン]]、[[サイトカイン]]など様々な細胞外刺激に曝されると遊離アラキドン酸が産生される<ref name=Harizi2008><pubmed>18774339</pubmed></ref> 。遊離アラキドン酸の産生には、PLA2による細胞膜からのアラキドン酸の遊離と、アラキドン酸を構造に含むエンドカンナビノイドの代謝による遊離アラキドン酸の産生といった、少なくとも2種類のメカニズムが存在する(図3)。しかし、いずれの経路が働くかは脳領域や細胞種、刺激によって異なる可能性があるが、実態は不明である。各経路の機能的意義にも関わる問題であり、今後精査が必要である。
 
 細胞膜からの放出後は、遊離アラキドン酸の90%以上は直ちにACSLを介してアラキドノイルCoA(arachidonoyl-CoA)となり活性化され、リゾリン脂質アシルトランスフェラーゼにより細胞膜のリン脂質のsn-2位に再エステル化されて再利用される<ref name=Lobo2007><pubmed>17164224</pubmed></ref> 。


=== アラキドン酸のPLA2による細胞膜からの遊離 ===
=== アラキドン酸のPLA2による細胞膜からの遊離 ===
 細胞膜のリン脂質のsn-2位に含まれるアラキドン酸がPLA2によって遊離することは古くより知られてきた<ref name=Burke2009><pubmed>19011112</pubmed></ref><ref name=Shimizu2006><pubmed>16754327</pubmed></ref><ref name=Murakami2017><pubmed>29129849</pubmed></ref> 。PLA2は分泌型PLA2(secretory PLA2; sPLA2)、細胞質型PLA2(cytosolic PLA2; cPLA2)、Ca2+非依存型PLA2(Ca2+-independent PLA2; iPLA2)に大別される。各グループには異なる遺伝子がコードする複数のアイソフォームが存在し、制御機構や脂質選択性が異なる<ref name=Murakami2017><pubmed>29129849</pubmed></ref> 。cPLA2αを含むcPLA2の多くはその活性化に細胞内Ca2+濃度の上昇を必要とする。アラキドン酸の細胞膜からの遊離にはcPLA2とsPLA2が関与し、iPLA2は脂質リモデリングを司るランズ回路に関与すると考えられている<ref name=Burke2009><pubmed>19011112</pubmed></ref><ref name=Murakami2017><pubmed>29129849</pubmed></ref> 。実際cPLA2α欠損マウスのマクロファージや消化管では、細菌内毒素LPSによるアラキドン酸の遊離が消失していた<ref name=Nomura2011><pubmed>22021672</pubmed></ref><ref name=Uozumi1997><pubmed>9403692</pubmed></ref> 。また、マクロファージ細胞株では、脂質メディエイターの血小板活性化因子(platelet activating factor; PAF)によるアラキドン酸遊離がcPLA2阻害薬MAFPとsPLA2阻害薬diC6SNPEにより抑制された<ref name=Balsinde1996><pubmed>8636097</pubmed></ref> 。
 細胞膜のリン脂質のsn-2位に含まれるアラキドン酸がPLA2によって遊離することは古くより知られてきた<ref name=Burke2009><pubmed>19011112</pubmed></ref><ref name=Shimizu2006><pubmed>16754327</pubmed></ref><ref name=Murakami2017><pubmed>29129849</pubmed></ref> 。PLA2は[[分泌型PLA2]](secretory PLA2; sPLA2)、[[細胞質型PLA2]](cytosolic PLA2; cPLA2)、[[Ca2+非依存型PLA2|Ca<sup>2+</sup>非依存型PLA2]](Ca<sup>2+</sup>-independent PLA2; iPLA2)に大別される。各グループには異なる遺伝子がコードする複数のアイソフォームが存在し、制御機構や脂質選択性が異なる<ref name=Murakami2017><pubmed>29129849</pubmed></ref> 。


 神経活動依存的にPLA2を介するアラキドン酸遊離が誘導されることも示唆されている。[14C]標識アラキドン酸を用いた実験では、ラットの大脳皮質や線条体でのアラキドン酸の取り込みがドパミンD2受容体のアゴニスト投与により亢進する<ref name=Basselin2012><pubmed>22178644</pubmed></ref> 。また、[3H]標識アラキドン酸を用いた実験では、線条体の初代培養神経細胞におけるアラキドン酸の遊離がNMDA型グルタミン酸受容体の活性化により促進すること<ref name=Dumuis1988><pubmed>2847054</pubmed></ref> 、その促進がPLA2を阻害するmepacrine(quinacrine)により阻害されることが示された<ref name=Tapia-Arancibia1992><pubmed>1355446</pubmed></ref> 。さらに、小脳プルキンエ細胞のシナプス長期抑制(long-term depression; LTD)はcPLA2α欠損マウスで消失し、この異常がアラキドン酸やその生理活性代謝物であるプロスタグランジン(prostaglandin; PG)D2・PGE2の補充により回復することも示されている<ref name=Le2010><pubmed>20133605</pubmed></ref> 。
 cPLA2αを含むcPLA2の多くはその活性化に細胞内Ca<sup>2+</sup>濃度の上昇を必要とする。アラキドン酸の細胞膜からの遊離にはcPLA2とsPLA2が関与し、iPLA2は脂質リモデリングを司るランズ回路に関与すると考えられている<ref name=Burke2009><pubmed>19011112</pubmed></ref><ref name=Murakami2017><pubmed>29129849</pubmed></ref> 。実際cPLA2α欠損マウスの[[マクロファージ]]や[[消化管]]では、[[wj:細菌|細菌]][[wj:内毒素|内毒素]][[wj:リポポリサッカライド|リポポリサッカライド]]によるアラキドン酸の遊離が消失していた<ref name=Nomura2011><pubmed>22021672</pubmed></ref><ref name=Uozumi1997><pubmed>9403692</pubmed></ref> 。また、マクロファージ細胞株では、脂質メディエイターの[[血小板活性化因子]](platelet activating factor; PAF)によるアラキドン酸遊離がcPLA2阻害薬[[MAFP]]とsPLA2阻害薬[[diC6SNPE]]により抑制された<ref name=Balsinde1996><pubmed>8636097</pubmed></ref> 。
 
 神経活動依存的にPLA2を介するアラキドン酸遊離が誘導されることも示唆されている。[<sup>14</sup>C]標識アラキドン酸を用いた実験では、ラットの[[大脳皮質]]や[[線条体]]でのアラキドン酸の取り込みが[[ドパミン]][[D2受容体]]の[[アゴニスト]]投与により亢進する<ref name=Basselin2012><pubmed>22178644</pubmed></ref> 。また、[<sup>3</sup>H]標識アラキドン酸を用いた実験では、線条体の[[初代培養]]神経細胞におけるアラキドン酸の遊離が[[NMDA型グルタミン酸受容体]]の活性化により促進すること<ref name=Dumuis1988><pubmed>2847054</pubmed></ref> 、その促進がPLA2を阻害するmepacrine(quinacrine)により阻害されることが示された<ref name=Tapia-Arancibia1992><pubmed>1355446</pubmed></ref> 。さらに、[[小脳]][[プルキンエ細胞]]の[[シナプス]][[長期抑制]](long-term depression; LTD)はcPLA2α欠損マウスで消失し、この異常がアラキドン酸やその生理活性代謝物である[[プロスタグランジンD2]]、[[プロスタグランジンE2|E2]]の補充により回復することも示されている<ref name=Le2010><pubmed>20133605</pubmed></ref> 。


=== エンドカナビノイドの代謝による遊離アラキドン酸の産生 ===
=== エンドカナビノイドの代謝による遊離アラキドン酸の産生 ===
 近年、脳、肝臓、肺では、LPSの全身性投与による遊離アラキドン酸の上昇はcPLA2α欠損マウスでも大きな影響を受けず、モノアシルグリセロールリパーゼ(monoacylglycerol lipase; MGL)の遺伝子欠損マウスや阻害薬投与により消失することも示された<ref name=Nomura2011><pubmed>22021672</pubmed></ref> 。この結果は、これらの臓器では主にエンドカナビノイドの一種である2-AGがMGLにより代謝されて遊離アラキドン酸を生ずることを示唆する。2-AGはシナプス活動に伴う細胞内のCa2+濃度上昇によりシナプス後部で産生され、シナプス前部のカンナビノイド受容体CB1に作用して、逆行性にシナプス伝達を抑制する<ref name=Kano2014><pubmed>25169670</pubmed></ref> 。2-AGは、主にsn-2位にアラキドン酸を含むホスファチジルイノシトール(phosphatidylinositol)がホスホリパーゼC(phospholipase C; PLC)によりジアシルグリセロール(diacylglycerol; DAG)に代謝され、さらにDAGがジアシルグリセロールリパーゼ(diacylglycerol lipase; DGL)により代謝されて生ずると考えられている<ref name=DiMarzo2015><pubmed>25524120</pubmed></ref><ref name=Wang2009><pubmed>19126434</pubmed></ref><ref name=Blankman2013><pubmed>23512546</pubmed></ref><ref name=Piomelli2014><pubmed>23954677</pubmed></ref> 。
 近年、脳、肝臓、肺では、LPSの全身性投与による遊離アラキドン酸の上昇はcPLA2α欠損マウスでも大きな影響を受けず、[[モノアシルグリセロールリパーゼ]](monoacylglycerol lipase; MGL)の遺伝子欠損マウスや阻害薬投与により消失することも示された<ref name=Nomura2011><pubmed>22021672</pubmed></ref> 。この結果は、これらの臓器では主にエンドカナビノイドの一種である2-AGがMGLにより代謝されて遊離アラキドン酸を生ずることを示唆する。2-AGはシナプス活動に伴う細胞内のCa<sup>2+</sup>濃度上昇によりシナプス後部で産生され、[[シナプス前部]]の[[カンナビノイド受容体]][[CB1]]に作用して、逆行性にシナプス伝達を抑制する<ref name=Kano2014><pubmed>25169670</pubmed></ref> 。2-AGは、主にsn-2位にアラキドン酸を含むホスファチジルイノシトール(phosphatidylinositol)が[[ホスホリパーゼC]](phospholipase C; PLC)によりジアシルグリセロールに代謝され、さらにDAGが[[ジアシルグリセロールリパーゼ]](diacylglycerol lipase; DGL)により代謝されて生ずると考えられている<ref name=DiMarzo2015><pubmed>25524120</pubmed></ref><ref name=Wang2009><pubmed>19126434</pubmed></ref><ref name=Blankman2013><pubmed>23512546</pubmed></ref><ref name=Piomelli2014><pubmed>23954677</pubmed></ref> 。


 遊離アラキドン酸はもう一つのエンドカンナビノイドであるアナンダマイド(anandamide; arachidonoylethanolamide)からも産生される。アナンダマイドは、主にsn-2位にアラキドン酸を含むホスファチジルエタノラミンがN-アシルトランスフェラーゼによりN-アラキドノイルホスファチジルエタノラミン(N-arachidonoyl phosphatidylethanolamine)に代謝され、さらにホスホリパーゼD(phospholipase D)により代謝されて生ずると考えられている。アナンダマイドは脂肪酸アミド加水分解酵素(fatty acid amide hydrolase; FAAH)によって代謝されて遊離アラキドン酸を生ずる<ref name=DiMarzo2015><pubmed>25524120</pubmed></ref><ref name=Wang2009><pubmed>19126434</pubmed></ref><ref name=Blankman2013><pubmed>23512546</pubmed></ref><ref name=Piomelli2014><pubmed>23954677</pubmed></ref> 。
 遊離アラキドン酸はもう一つのエンドカンナビノイドであるアナンダマイド(anandamide; arachidonoylethanolamide)からも産生される。アナンダマイドは、主にsn-2位にアラキドン酸を含む[[ホスファチジルエタノラミン]]が[[N-アシルトランスフェラーゼ]]により[[N-アラキドノイルホスファチジルエタノラミン]](N-arachidonoyl phosphatidylethanolamine)に代謝され、さらに[[ホスホリパーゼD]](phospholipase D)により代謝されて生ずると考えられている。アナンダマイドは[[脂肪酸アミド加水分解酵素]](fatty acid amide hydrolase; FAAH)によって代謝されて遊離アラキドン酸を生ずる<ref name=DiMarzo2015><pubmed>25524120</pubmed></ref><ref name=Wang2009><pubmed>19126434</pubmed></ref><ref name=Blankman2013><pubmed>23512546</pubmed></ref><ref name=Piomelli2014><pubmed>23954677</pubmed></ref> 。


 ''エンドカンナビノイドの産生・作用については、エンドカナビノイドの項目参照。''
 ''エンドカンナビノイドの産生・作用については、エンドカナビノイドの項目参照。''


=== 遊離アラキドン酸の働き ===
=== 遊離アラキドン酸の働き ===
 遊離アラキドン酸は、後述するアラキドン酸カスケードにより産生される生理活性脂質と変換されて機能を発揮する。遊離アラキドン酸そのものも神経突起伸長<ref name=Darios2006><pubmed>16598260</pubmed></ref> 、シナプス可塑性<ref name=Williams1989><pubmed> 2571939 </pubmed></ref><ref name=Bolshakov1995><pubmed>8606806</pubmed></ref> 、細胞内Ca2+濃度上昇<ref name=Mignen2008><pubmed>17991693</pubmed></ref> 、多様なイオンチャネルの活性調節<ref name=Meves2008><pubmed>18552881</pubmed></ref> に関わることが示唆されてきたが、いずれも外来性のアラキドン酸の効果を調べた実験に留まっている。アラキドン酸カスケードの関与も検討しておらず、観察された作用がアラキドン酸によるものか、あるいは、その生理活性代謝物によるものかは定かではない。統合失調症など精神疾患患者の血液における遊離アラキドン酸の濃度の異常も報告されているが、病態との関連は不明である<ref name=McNamara2007><pubmed>17236749</pubmed></ref><ref name=Sethom2010><pubmed>20667702</pubmed></ref><ref name=Kim2011><pubmed>20038946</pubmed></ref> 。
 遊離アラキドン酸は、後述するアラキドン酸カスケードにより産生される生理活性脂質と変換されて機能を発揮する。遊離アラキドン酸そのものも[[神経突起伸長]]<ref name=Darios2006><pubmed>16598260</pubmed></ref> 、[[シナプス可塑性]]<ref name=Williams1989><pubmed> 2571939 </pubmed></ref><ref name=Bolshakov1995><pubmed>8606806</pubmed></ref> 、細胞内Ca<sup>2+</sup>濃度上昇<ref name=Mignen2008><pubmed>17991693</pubmed></ref> 、多様な[[イオンチャネル]]の活性調節<ref name=Meves2008><pubmed>18552881</pubmed></ref> に関わることが示唆されてきたが、いずれも外来性のアラキドン酸の効果を調べた実験に留まっている。アラキドン酸カスケードの関与も検討しておらず、観察された作用がアラキドン酸によるものか、あるいは、その生理活性代謝物によるものかは定かではない。
 
 [[統合失調症]]など精神疾患患者の血液における遊離アラキドン酸の濃度の異常も報告されているが、病態との関連は不明である<ref name=McNamara2007><pubmed>17236749</pubmed></ref><ref name=Sethom2010><pubmed>20667702</pubmed></ref><ref name=Kim2011><pubmed>20038946</pubmed></ref> 。


== アラキドン酸カスケード ==
== アラキドン酸カスケード ==

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