「有毛細胞」の版間の差分

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[[image:有毛細胞1.png|thumb|300px|'''図1.ヒトの内耳器官'''<br>出典は標準生理学 第8版、医学書院の許可を得て掲載。]]
[[image:有毛細胞1.png|thumb|300px|'''図1.ヒトの内耳器官'''<br>出典は標準生理学 第8版、医学書院の許可を得て掲載。]]
[[image:有毛細胞2.png|thumb|300px|'''図2.蝸牛有毛細胞'''<br>(a) 感覚毛およびシナプス<br>(b) 内外有毛細胞<br>(c) 基底膜の振動と機械刺激<br>出典は標準生理学 第8版、医学書院の許可を得て掲載。]]
[[image:有毛細胞2.png|thumb|300px|'''図2.蝸牛有毛細胞'''<br>(a) 感覚毛およびシナプス<br>(b) 内外有毛細胞<br>(c) 基底膜の振動と機械刺激<br>出典は標準生理学 第8版、医学書院の許可を得て掲載。]]
[[image:有毛細胞3.png|thumb|300px|'''図3.前庭器官'''<br>(a) 三半器官膨大部<br>(b) 耳石器官<br>出典は標準生理学 第8版、医学書院の許可を得て掲載。]]
[[image:有毛細胞3.png|thumb|300px|'''図3.前庭器官'''<br>(a) 三半規管膨大部<br>(b) 耳石器官<br>出典は標準生理学 第8版、医学書院の許可を得て掲載。]]


 有毛細胞はほ乳類に限らず[[内耳]]器官を持つ全動物種の感覚受容器細胞である(図1)。[[蝸牛器官]]では音波が基底膜を振動させそれによって生ずる微小な機械振動が有毛細胞の感覚毛を刺激する(図2)。前庭器官特に耳石器官では耳石膜が有毛細胞感覚毛を覆っており、体軸の動きが耳石膜の僅かな偏位を生ずることで機械刺激となる。三半器官の場合は体に加わる加速度がリンパ液の動きを生ずる事で膨大部を塞いでいるゼリー状のクプラに生ずるゆがみが機械刺激となる(図3)。クプラ様の構造は魚類の側線器官にもあり、側線管内の水流の僅かな変化がクプラにゆがみを生ずる事で有毛細胞感覚毛を機械刺激する。
 有毛細胞はほ乳類に限らず[[内耳]]器官を持つ全動物種の感覚受容器細胞である(図1)。[[蝸牛器官]]では音波が基底膜を振動させそれによって生ずる微小な機械振動が有毛細胞の感覚毛を刺激する(図2)。前庭器官特に耳石器官では耳石膜が有毛細胞感覚毛を覆っており、体軸の動きが耳石膜の僅かな偏位を生ずることで機械刺激となる。三半規管の場合は体に加わる加速度がリンパ液の動きを生ずる事で膨大部を塞いでいるゼリー状のクプラに生ずるゆがみが機械刺激となる(図3)。クプラ様の構造は魚類の側線器官にもあり、側線管内の水流の僅かな変化がクプラにゆがみを生ずる事で有毛細胞感覚毛を機械刺激する。


 [[ほ乳類]]内耳の蝸牛器官には[[コルチ器官]]が、あぶみ骨に面した基部から蝸牛器官中心の頂部まで、およそ35mmの全長に亘り存在する。有毛細胞はコルチ器官の[[基底膜]]上に複数の[[支持細胞]]と共に存在する。ほ乳類の場合、有毛細胞は[[内有毛細胞]]と[[外有毛細胞]]の2種類に分類される。(図2b)。ヒトではおよそ3,500個の内有毛細胞が蝸牛軸の近くに1列の細胞群として分布する。その外側にはおよそ20,000個の外有毛細胞が3ないし4列存在する。
 [[ほ乳類]]内耳の蝸牛器官には[[コルチ器官]]が、あぶみ骨に面した基部から蝸牛器官中心の頂部まで、およそ35mmの全長に亘り存在する。有毛細胞はコルチ器官の[[基底膜]]上に複数の[[支持細胞]]と共に存在する。ほ乳類の場合、有毛細胞は[[内有毛細胞]]と[[外有毛細胞]]の2種類に分類される。(図2b)。ヒトではおよそ3,500個の内有毛細胞が蝸牛軸の近くに1列の細胞群として分布する。その外側にはおよそ20,000個の外有毛細胞が3ないし4列存在する。


==機械刺激の受容==
==機械刺激の受容==
 有毛細胞は頂部に[[感覚毛]]を持つ。感覚毛は数10本の[[不動毛]]と1本の[[動毛]](前庭系の有毛細胞には動毛はあるが、蝸牛有毛細胞には動毛は無く細胞体頂部のクチクラ板に隣接して基底小体がある)で構成される。不動毛間および動毛と不動毛の間には繊維状の微小結合がありtip linkと呼ばれる結合を含め機械刺激を線毛間に伝達するとともに線毛をまとめて1体の感覚毛を構成している。感覚毛に加わる微小な機械刺激が電気信号に変換される<ref name=ref7><pubmed>6301349</pubmed></ref>。蝸牛器官の場合は基底膜の振動により蓋膜と基底膜との間で生ずる機械的なズレが直接あるいはリンパ液の動きを介して感覚毛を機械刺激する(図2c)。三半器官の場合は加速度によって生ずるリンパ液の僅かな動きが膨大部を埋めるクプラを変形させその中に刺さるように伸びている感覚毛を機械刺激する(図3a)。耳石器の場合は重力場での耳石の移動が耳石膜に接触している感覚毛に機械刺激となる(図3b)。いずれも微小な機械刺激量である。基底膜の振動振幅値としては数Å程度が実測されているが、機械振動は蝸牛器官内で能動的に増幅される事でもあり、最大でも10nmから100nm程度の刺激量が内耳蝸牛器官の有毛細胞感覚毛には加わると考えられる。非常に大きな機械刺激が蝸牛器官を破壊する事は過大音による聴覚障害として知られている。
 有毛細胞は頂部に[[感覚毛]]を持つ。感覚毛は数10本の[[不動毛]]と1本の[[動毛]](前庭系の有毛細胞には動毛はあるが、蝸牛有毛細胞には動毛は無く細胞体頂部のクチクラ板に隣接して基底小体がある)で構成される。不動毛間および動毛と不動毛の間には繊維状の微小結合がありtip linkと呼ばれる結合を含め機械刺激を線毛間に伝達するとともに線毛をまとめて1体の感覚毛を構成している。感覚毛に加わる微小な機械刺激が電気信号に変換される<ref name=ref7><pubmed>6301349</pubmed></ref>。蝸牛器官の場合は基底膜の振動により蓋膜と基底膜との間で生ずる機械的なズレが直接あるいはリンパ液の動きを介して感覚毛を機械刺激する(図2c)。三半規管の場合は加速度によって生ずるリンパ液の僅かな動きが膨大部を埋めるクプラを変形させその中に刺さるように伸びている感覚毛を機械刺激する(図3a)。耳石器の場合は重力場での耳石の移動が耳石膜に接触している感覚毛に機械刺激となる(図3b)。いずれも微小な機械刺激量である。基底膜の振動振幅値としては数Å程度が実測されているが、機械振動は蝸牛器官内で能動的に増幅される事でもあり、最大でも10nmから100nm程度の刺激量が内耳蝸牛器官の有毛細胞感覚毛には加わると考えられる。非常に大きな機械刺激が蝸牛器官を破壊する事は過大音による聴覚障害として知られている。


 感覚毛に局在する[[機械受容器]]チャネルはCa<sup>2+</sup>に対する透過性が高く<ref name=ref12><pubmed>2582113</pubmed></ref>[[TRPチャネル]]の1種と考えられているがクローニングには成功していない。有毛細胞周囲のイオン環境は複雑である。側壁膜領域を浸し一般の組織液と相同のイオン組成を持つ外リンパ液に対して、感覚毛を生やす頂部は細胞内液と相同のイオン組成を持つ内リンパ液に浸されている。内外のリンパ液は網状板により隔てられている。[[内リンパ液]]のK<sup>+</sup>イオン濃度は高くK<sup>+</sup>イオンが受容器電流を運ぶ。感覚毛の生えている有毛細胞体頂部の内外ではK<sup>+</sup>イオン濃度がほぼ等しいと考えられK<sup>+</sup>イオンの[[平衡電位]]は0 mVとされる。また電位環境も複雑であり[[内リンパ腔]](蝸牛器官[[中心階]])は+80 mV程度の内リンパ腔電位をもつ。静止膜電位は細胞内液と側壁膜を隔てた外リンパ液との平衡で決まり通常の神経細胞と同等である(-60mV程度)。網状板は有毛細胞頂部と支持細胞とが強固なギャップ結合を形成する事で電気的には漏れを減らし大きな内リンパ腔電位を維持している。従って静止膜電位と内リンパ腔電位の差(約140 mV)が機械受容器チャンネルを通るK<sup>+</sup>イオンの駆動力となり、大きな内向きK<sup>+</sup>電流を生ずる事で蝸牛有毛細胞の機械刺激受容感度を高めている<ref name=ref4><pubmed>5219471</pubmed></ref>。内リンパ腔電位は前庭器官ではおおよそ0mVであり、前庭器官の有毛細胞が受容器感度を特別に増大させる事は無い。前庭器官では高い受容器感度がめまいを生ずる可能性もある。内リンパ腔電位の分布の違いも合目的に解釈できる。
 感覚毛に局在する[[機械受容器]]チャネルはCa<sup>2+</sup>に対する透過性が高く<ref name=ref12><pubmed>2582113</pubmed></ref>[[TRPチャネル]]の1種と考えられているがクローニングには成功していない。有毛細胞周囲のイオン環境は複雑である。側壁膜領域を浸し一般の組織液と相同のイオン組成を持つ外リンパ液に対して、感覚毛を生やす頂部は細胞内液と相同のイオン組成を持つ内リンパ液に浸されている。内外のリンパ液は網状板により隔てられている。[[内リンパ液]]のK<sup>+</sup>イオン濃度は高くK<sup>+</sup>イオンが受容器電流を運ぶ。感覚毛の生えている有毛細胞体頂部の内外ではK<sup>+</sup>イオン濃度がほぼ等しいと考えられK<sup>+</sup>イオンの[[平衡電位]]は0 mVとされる。また電位環境も複雑であり[[内リンパ腔]](蝸牛器官[[中心階]])は+80 mV程度の内リンパ腔電位をもつ。静止膜電位は細胞内液と側壁膜を隔てた外リンパ液との平衡で決まり通常の神経細胞と同等である(-60mV程度)。網状板は有毛細胞頂部と支持細胞とが強固なギャップ結合を形成する事で電気的には漏れを減らし大きな内リンパ腔電位を維持している。従って静止膜電位と内リンパ腔電位の差(約140 mV)が機械受容器チャンネルを通るK<sup>+</sup>イオンの駆動力となり、大きな内向きK<sup>+</sup>電流を生ずる事で蝸牛有毛細胞の機械刺激受容感度を高めている<ref name=ref4><pubmed>5219471</pubmed></ref>。内リンパ腔電位は前庭器官ではおおよそ0mVであり、前庭器官の有毛細胞が受容器感度を特別に増大させる事は無い。前庭器官では高い受容器感度がめまいを生ずる可能性もある。内リンパ腔電位の分布の違いも合目的に解釈できる。
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 これに対して求心性神経全体の5%程度が分枝を繰り返して複数の外有毛細胞にシナプスを形成する<ref name=Spoendlin1985><pubmed>3909832</pubmed></ref>。また遠心性神経線維(オリーブ蝸牛束)の多くは外有毛細胞体上にシナプス形成する。従って音を聞く細胞としての内有毛細胞に対して、外有毛細胞には蝸牛器官の感度を調節する役割が議論されている。
 これに対して求心性神経全体の5%程度が分枝を繰り返して複数の外有毛細胞にシナプスを形成する<ref name=Spoendlin1985><pubmed>3909832</pubmed></ref>。また遠心性神経線維(オリーブ蝸牛束)の多くは外有毛細胞体上にシナプス形成する。従って音を聞く細胞としての内有毛細胞に対して、外有毛細胞には蝸牛器官の感度を調節する役割が議論されている。


 三半器官の有毛細胞には、I型と呼ばれカリックス型の求心性シナプス構造を持つフラスコ型の有毛細胞がほ乳類、鳥類およびは虫類で知られている。一方II型と呼ばれ円柱状でブトン型の求心性シナプス構造を持つ有毛細胞は全動物種で知られている<ref name=Wersaell1965><pubmed>5295824</pubmed></ref>。求心性神経活動には持続的な発火活動および不規則な発火活動が知られ、シナプス構造との対応が議論されている<ref name=Baird1988><pubmed>3404216</pubmed></ref>。耳石器官では有毛細胞の形状に特殊性は無いが、機械刺激感度に2方向性がある。これは分水嶺となる耳石器官上の領域を境に感覚毛配列の極性が変わり、機械感覚に対する受容器感度の方向性が異なる2種類の有毛細胞が存在する事による<ref name=Wersaell1965 />。
 三半規管の有毛細胞には、I型と呼ばれカリックス型の求心性シナプス構造を持つフラスコ型の有毛細胞がほ乳類、鳥類およびは虫類で知られている。一方II型と呼ばれ円柱状でブトン型の求心性シナプス構造を持つ有毛細胞は全動物種で知られている<ref name=Wersaell1965><pubmed>5295824</pubmed></ref>。求心性神経活動には持続的な発火活動および不規則な発火活動が知られ、シナプス構造との対応が議論されている<ref name=Baird1988><pubmed>3404216</pubmed></ref>。耳石器官では有毛細胞の形状に特殊性は無いが、機械刺激感度に2方向性がある。これは分水嶺となる耳石器官上の領域を境に感覚毛配列の極性が変わり、機械感覚に対する受容器感度の方向性が異なる2種類の有毛細胞が存在する事による<ref name=Wersaell1965 />。


==受容器感度の調節==
==受容器感度の調節==

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