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== 色覚メカニズム:「3色説」「4色説」と生理学的対応 == | == 色覚メカニズム:「3色説」「4色説」と生理学的対応 == | ||
[[file:Kuriki Fig2.png|サムネイル|'''図2:Hering の色相環(複製)'''<br> | [[file:Kuriki Fig2.png|サムネイル|'''図2:Hering の色相環(複製)'''<br>文献MacAdam, 1970<ref>'''MacAdam, D. L. (Ed.)'''.<br>Sources of color science.<br>''MIT Press.'' Cambridge, 1970</ref>より引用。]] | ||
[[file:Kuriki Fig3.png|thumb|'''図3:3錐体応答から反対色応答へ'''<br>三角形は上からL-, M-, S-錐体、円形は上から輝度、赤−緑、青−黄の反対色チャネルを表す。三角形と円の間の実線は興奮性の結合、破線は抑制性の結合を表している。]] | [[file:Kuriki Fig3.png|thumb|'''図3:3錐体応答から反対色応答へ'''<br>三角形は上からL-, M-, S-錐体、円形は上から輝度、赤−緑、青−黄の反対色チャネルを表す。三角形と円の間の実線は興奮性の結合、破線は抑制性の結合を表している。]] | ||
[[file:Kuriki Fig4.png|thumb|'''図4:錐体応答空間'''横軸は図3の赤−緑チャネルの応答、縦軸は青−黄チャネルの応答に対応する。]] | [[file:Kuriki Fig4.png|thumb|'''図4:錐体応答空間'''横軸は図3の赤−緑チャネルの応答、縦軸は青−黄チャネルの応答に対応する。]] | ||
19世紀末から20世紀初頭にかけて対立する学説として存在した。物理学者の[[wj:トーマス・ヤング|Thomas Young]]、[[wj:ヘルマン・フォン・ヘルムホルツ|Hermann von Helmholtz]]は、3つの[[原色]](例えば赤、緑、青)の混合により任意の可視光と同じ見え方を作ることができる([[条件等色]]、[[メタメリズム]]; [[metamerism]])という現象観察の経験に基づく3色説を提案し、光に感受性を持つ細胞が3種類であると考えた(König, 1892)<ref>'''A. König'''<br>Die Grundempfindungen und ihre Intensitäts-Vertheilung im Spectrum<br>''Sitzungsberichte der Akademie der Wissenschaften zu Berlin'', 29 July 1886, 805–829. [http://www.iscc-archive.org/pdf/KonigTranslation.pdf 英訳版PDF]</ref>。この原理は現在のカラーディスプレイのほとんどが用いている色の表示方法と同一である。一方、生理学者・心理学者の[[w:Ewald Hering|Ewald Hering]]は、赤、緑、青、黄の4色の組み合わせにより任意の色を表現できる知覚的な経験則に基づき4色説を唱えた。赤-緑、あるいは青-黄は同時に知覚されないことから、赤-緑と青-黄を正-負の極性で表現する2軸が張る空間を考えると、任意の色相を表現できる事を提案した。 | |||
19世紀末から20世紀初頭にかけて対立する学説として存在した。物理学者の[[wj:トーマス・ヤング|Thomas Young]]、[[wj:ヘルマン・フォン・ヘルムホルツ|Hermann von Helmholtz]]は、3つの[[原色]](例えば赤、緑、青)の混合により任意の可視光と同じ見え方を作ることができる([[条件等色]] | |||
一方、生理学的な背景に目を向けると、色覚に関連する光受容器である錐体が3種類であることは3色説を支持している。他方、網膜や外側膝状体で色選択性細胞が示す錐体拮抗型の特性は、錐体応答の加減算により概ね赤―緑、青―黄の色成分に選択的であることから、4色説を支持していると考えられる。すなわち生理学的にはいずれの説も正しかったという見方もできる。 | 一方、生理学的な背景に目を向けると、色覚に関連する光受容器である錐体が3種類であることは3色説を支持している。他方、網膜や外側膝状体で色選択性細胞が示す錐体拮抗型の特性は、錐体応答の加減算により概ね赤―緑、青―黄の色成分に選択的であることから、4色説を支持していると考えられる。すなわち生理学的にはいずれの説も正しかったという見方もできる。 | ||
3原色の加法混色による条件等色の成立は、錐体が3種類しかないことおよび錐体応答が[[単一変数の原理]](または[[ユニバリアンスの原理]]、Principle of univariance; Rushton, 1971)<ref><pubmed> 5310226 </pubmed></ref>に従うことに起因する。各錐体の応答は以下の式によって表現される。 | |||
<math> E_{L,M,S}=\int\limits_{ | <math> E_{L,M,S}=\int\limits_{\text{λ1}}^{\text{λ2}}I(\text{λ})S_{L,M,S}(\text{λ})d\text{λ}</math> (式1) | ||
ここで、E<sub>L,M,S</sub>は長波長・中波長・短波長に感度ピークを持つ3錐体(L-, M-, S-錐体)の活動量、I(λ)は錐体に入射する光、S<sub>L,M,S</sub>(λ)は3錐体の各々の分光感度を示している。この視物質が光を吸収し錐体応答が生じる過程において波長の情報は失われる。そのため、スペクトルが異なる光でも錐体応答が同じであれば、ヒトには同じ色に知覚される(条件等色)。 | |||
ここで、E<sub> | |||
一方で、色に関する情報は3錐体の応答の違いとして残存する。例えば、緑から赤にかけて色が変化する波長領域(500-700nm)の単色光に対しては、長波長に感度ピークを持つL錐体と中波長に感度ピークを持つM錐体が非常に拮抗した応答を示すのに対し、短波長に感度ピークを持つS錐体が弱く応答する。いま仮に、無色に見える光('''図4'''の原点)に対するL錐体とM錐体の応答を基準に考えてみる。 | 一方で、色に関する情報は3錐体の応答の違いとして残存する。例えば、緑から赤にかけて色が変化する波長領域(500-700nm)の単色光に対しては、長波長に感度ピークを持つL錐体と中波長に感度ピークを持つM錐体が非常に拮抗した応答を示すのに対し、短波長に感度ピークを持つS錐体が弱く応答する。いま仮に、無色に見える光('''図4'''の原点)に対するL錐体とM錐体の応答を基準に考えてみる。 | ||
緑に見える光に対してはM錐体の応答が大きくなると同時にL錐体の応答が小さく(M錐体応答 > L錐体応答)なり、赤く見える光に対してはその逆(M錐体応答 < L錐体応答)が生じる。従って、L錐体とM錐体の差分を取り、無彩色をゼロと表現するとL錐体応答-M錐体応答(略してL-Mと表記:'''図4'''横軸)が正の時には赤、負の時には緑を表すことができる。青と黄の成分については、S錐体の応答とLおよびM錐体の和が拮抗して(同様にS-(L+M)と表記:'''図4'''縦軸)色の情報が得られる。網膜や外側膝状体における反対色細胞(Derrington, Krauskopf, Lennie, 1984)<ref name=Derrington1984></ref>の応答はこのように色情報を表現していると考えられている。実際の神経信号では負の量を表現できないため、正と負に対応した2つのチャネルが個別に存在する。 | |||
このような錐体応答の差を軸として定義した色の座標系として[[MacLeod- Boynton空間]](MacLeod & Boynton, 1979)<ref><pubmed> 490231 </pubmed></ref>や[[DKL空間]](Derrington et al。, 1984)<ref name=Derrington1984></ref>などが存在する。両者を総合して「[[MB-DKL空間]]」と呼ばれることもある。工業的に用いられる[[CIE色度座標系]]のうち一部は、これらの錐体応答空間と同じ性質を持つものがある。 | このような錐体応答の差を軸として定義した色の座標系として[[MacLeod-Boynton空間]](MacLeod & Boynton, 1979)<ref><pubmed> 490231 </pubmed></ref>や[[DKL空間]](Derrington et al。, 1984)<ref name=Derrington1984></ref>などが存在する。両者を総合して「[[MB-DKL空間]]」と呼ばれることもある。工業的に用いられる[[CIE色度座標系]]のうち一部は、これらの錐体応答空間と同じ性質を持つものがある。 | ||
一方、脳内での色情報表現は多様性を増している様子が[[機能的MRI]]([[functional MRI]]) を用いた人の研究で明らかにされつつある。少なくとも第一次視覚野では錐体応答空間の2軸の間の色に選択性を持つ脳活動が報告されている(Parkes et al, 2009; Goddard et al。, 2010; Kuriki et al。, 2011; Kuriki et al。, 2015)<ref><pubmed> 19271871 </pubmed></ref><ref><pubmed> 20616126 </pubmed></ref><ref>'''Kuriki, I., Nakamura, S., Sun, P., Ueno, K., Matsumiya, K., Tanaka, K., Shionori, S. & Cheng, K.''' Decoding color responses in human visual cortex. IEICE transactions on fundamentals of electronics, communications and computer sciences, 94(2), 473-479. (2011). </ref><ref><pubmed> 26423093 </pubmed></ref>。 さらに高次の視覚野では次項で説明する色カテゴリーに対応した脳活動が見られるという研究報告もある(Brouwer & Heeger, 2013)<ref><pubmed> 24068814 </pubmed></ref>。 | 一方、脳内での色情報表現は多様性を増している様子が[[機能的MRI]]([[functional MRI]]) を用いた人の研究で明らかにされつつある。少なくとも第一次視覚野では錐体応答空間の2軸の間の色に選択性を持つ脳活動が報告されている(Parkes et al, 2009; Goddard et al。, 2010; Kuriki et al。, 2011; Kuriki et al。, 2015)<ref><pubmed> 19271871 </pubmed></ref><ref><pubmed> 20616126 </pubmed></ref><ref>'''Kuriki, I., Nakamura, S., Sun, P., Ueno, K., Matsumiya, K., Tanaka, K., Shionori, S. & Cheng, K.''' Decoding color responses in human visual cortex. IEICE transactions on fundamentals of electronics, communications and computer sciences, 94(2), 473-479. (2011). </ref><ref><pubmed> 26423093 </pubmed></ref>。 さらに高次の視覚野では次項で説明する色カテゴリーに対応した脳活動が見られるという研究報告もある(Brouwer & Heeger, 2013)<ref><pubmed> 24068814 </pubmed></ref>。 |