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== 構造 == | == 構造 == | ||
[[ファイル:TRP Channel Figure1.jpg|450px|thumb|'''図1. TRPチャネルファミリーの分類と基本構造''']] | |||
TRPの基本構造は6回膜貫通領域でおり、ホモあるいはヘテロ4量体を形成することによりイオンチャネルを形成している。また、細胞質領域であるN末端及びC末端側それぞれに特徴的な構造を有しており、それらはチャネル活性の調節に重要である('''図1''')。 | |||
N末端領域には、TRPC、TRPV、TRPAにおいてアンキリンリピートドメインを有する。TRPC、TRPM、TRPVのC末端領域には、TRP-ボックスを含む25アミノ酸残基からなるTRPドメインが存在する。また、C末端部位には、TRPP、TRPMLの[[小胞体移行シグナル]]、[[TRPM2]]、[[TRPM6]]、[[TRPM7]]の酵素活性部位など特徴的なドメインが見られる。 | N末端領域には、TRPC、TRPV、TRPAにおいてアンキリンリピートドメインを有する。TRPC、TRPM、TRPVのC末端領域には、TRP-ボックスを含む25アミノ酸残基からなるTRPドメインが存在する。また、C末端部位には、TRPP、TRPMLの[[小胞体移行シグナル]]、[[TRPM2]]、[[TRPM6]]、[[TRPM7]]の酵素活性部位など特徴的なドメインが見られる。 | ||
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近年、電子線直接検出カメラと電子顕微鏡を組み合わせた単粒子解析により、多くのTRPチャネルで高解像度の立体構造が報告されており、構造を基とした機能解析が可能になりつつある<ref name=Madej2018><pubmed>29344776</pubmed></ref> 。 | 近年、電子線直接検出カメラと電子顕微鏡を組み合わせた単粒子解析により、多くのTRPチャネルで高解像度の立体構造が報告されており、構造を基とした機能解析が可能になりつつある<ref name=Madej2018><pubmed>29344776</pubmed></ref> 。 | ||
== ファミリー == | == ファミリー == | ||
[[ファイル:TRP Channel Figure2.jpg|250px|thumb|'''図2. 哺乳類TRPチャネルファミリーの進化系統樹''']] | |||
TRPタンパク質は、[[TRPC]](canonical)、[[TRPM]](melastatin)、[[TRPV]](vanilloid)、[[TRPML]](mucolipin)、[[TRPP]](polycystin)、[[TPRA]](ankyrin)、[[TRPN]](nompC:no mechanoreceptor potential C)の7つのサブファミリーを構成しているが、哺乳類では28種のホモログが同定され、TRPNサブファミリーを除く6つのサブファミリーを構成している<ref name=富永真琴2014>'''富永 真琴'''<br>TRPチャネル研究の現在と未来<br>''実験医学'' 32, 504-511, 2014</ref><ref name=Numata2009><pubmed>19999578</pubmed></ref> 。ヒトにおいては、[[TRPC2]]が[[偽遺伝子]]となっているため27種類の[[ホモログ]]が存在する。 | TRPタンパク質は、[[TRPC]](canonical)、[[TRPM]](melastatin)、[[TRPV]](vanilloid)、[[TRPML]](mucolipin)、[[TRPP]](polycystin)、[[TPRA]](ankyrin)、[[TRPN]](nompC:no mechanoreceptor potential C)の7つのサブファミリーを構成しているが、哺乳類では28種のホモログが同定され、TRPNサブファミリーを除く6つのサブファミリーを構成している<ref name=富永真琴2014>'''富永 真琴'''<br>TRPチャネル研究の現在と未来<br>''実験医学'' 32, 504-511, 2014</ref><ref name=Numata2009><pubmed>19999578</pubmed></ref> 。ヒトにおいては、[[TRPC2]]が[[偽遺伝子]]となっているため27種類の[[ホモログ]]が存在する。 | ||
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TRPPファミリーは、[[TRPP2]]([[PKD2]]、[[polycystin-2]])、[[TRPP3]] ([[PKD2L1]]、[[polycystin-L]])、[[TRPP5]] ([[PKD2L2]])から構成されており、TRPP2の変異は[[常染色体優性多発性嚢胞腎]](ADPKD)を引き起こす<ref name=Ong2015><pubmed>26200945</pubmed></ref> 。TRPP2は、ADPKDの主要原因遺伝子がコードする[[PKD1]]([[polycystin-1]])と相互作用する<ref name=Hanaoka2000><pubmed>11140688</pubmed></ref> 。この複合体形成は、TRPP2がチャネルとして機能するために必要だと考えられてきたが、必ずしもこの考えは認知されているわけではない<ref name=Shen2016><pubmed>27768895</pubmed></ref> 。 | TRPPファミリーは、[[TRPP2]]([[PKD2]]、[[polycystin-2]])、[[TRPP3]] ([[PKD2L1]]、[[polycystin-L]])、[[TRPP5]] ([[PKD2L2]])から構成されており、TRPP2の変異は[[常染色体優性多発性嚢胞腎]](ADPKD)を引き起こす<ref name=Ong2015><pubmed>26200945</pubmed></ref> 。TRPP2は、ADPKDの主要原因遺伝子がコードする[[PKD1]]([[polycystin-1]])と相互作用する<ref name=Hanaoka2000><pubmed>11140688</pubmed></ref> 。この複合体形成は、TRPP2がチャネルとして機能するために必要だと考えられてきたが、必ずしもこの考えは認知されているわけではない<ref name=Shen2016><pubmed>27768895</pubmed></ref> 。 | ||
TRPP3は、舌の味細胞において[[PKD1L3]]と共発現しており、[[酸味受容]]に関わっている<ref name=Ishimaru2006><pubmed>16891422</pubmed></ref> 。 | |||
===TPRA=== | ===TPRA=== | ||
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TRPC1とTRPC5の発現部位が似ていることから、TRPC1とTRPC5によるヘテロマーチャネルの形成が疑われたが、十分な証拠は今のところ得られていない。 | TRPC1とTRPC5の発現部位が似ていることから、TRPC1とTRPC5によるヘテロマーチャネルの形成が疑われたが、十分な証拠は今のところ得られていない。 | ||
機能的にTRPC1は[[脳由来神経栄養因子]](BDNF)や[[ネトリン-1]]による[[軸索誘導]]に関係している | 機能的にTRPC1は[[脳由来神経栄養因子]](BDNF)や[[ネトリン-1]]による[[軸索誘導]]に関係している<ref><PUBMED>15758952</PUBMED></ref><ref><PUBMED>19945390 </PUBMED></ref>。また、培養された海馬ニューロンでは、TRPC4の発現は[[神経突起]]伸長・分岐を阻害し<ref><PUBMED>24011658</PUBMED></ref>、TRPC5もまた神経突起伸長や[[成長円錐]]形態を阻害することが知られている<ref><PUBMED>12858178</PUBMED></ref>。これらの知見により、TRPC4/TRPC5は適切な脳の発達に必要な神経突起伸長に対する負の制御において重要な役割を担っていると考えられる。 | ||
ノックアウトマウスを用いた実験により、TRPC1/TRPC4/TRPC5およびTRPC3/TRPC6は、[[てんかん]]に関連しているという報告もある<ref><PUBMED>22144671</PUBMED></ref><ref><PUBMED>23188715</PUBMED></ref><ref><PUBMED>22926417</PUBMED></ref><ref><PUBMED>23529532</PUBMED></ref>。 | |||
TRPC3は[[前頭前皮質]] | TRPC3は[[前頭前皮質]]と小脳に発現している。特に小脳では[[プルキンエ細胞]]に豊富に発現しており、[[代謝型グルタミン酸受容体]]依存的なシナプスのシグナル伝達に重要であるため、歩行などの運動の協調性を制御する<ref><PUBMED>19741172</PUBMED></ref>。 | ||
TRPC3と[[TRPC6]]は、小脳[[顆粒細胞]] | TRPC3と[[TRPC6]]は、小脳[[顆粒細胞]]においてBDNFによる神経保護に関して重要な役割を担っている<ref><PUBMED>17396124</PUBMED></ref>。 | ||
ラットの海馬においてTRPC6は興奮性後シナプスに局在しており、TRPC6の過剰発現は、海馬ニューロンにおける[[スパイン]]の数を増加させ、[[モリス水迷路試験]]において[[空間認知]]・[[空間記憶]]を増強させることから、TRPC6は[[シナプス可塑性]]と行動可塑性において機能的な役割を担うと考えられる | ラットの海馬においてTRPC6は興奮性後シナプスに局在しており、TRPC6の過剰発現は、海馬ニューロンにおける[[スパイン]]の数を増加させ、[[モリス水迷路試験]]において[[空間認知]]・[[空間記憶]]を増強させることから、TRPC6は[[シナプス可塑性]]と行動可塑性において機能的な役割を担うと考えられる<ref><PUBMED>18559891</PUBMED></ref><ref><PUBMED>18516035</PUBMED></ref>。 | ||
TRPC3は、[[プロテインキナーゼCγ|プロテインキナーゼC(PKC)γ]]の変異から生じる[[脊髄小脳運動失調症]] ([[spinocerebellar ataxia type 14]])と関係していると考えられている | TRPC3は、[[プロテインキナーゼCγ|プロテインキナーゼC(PKC)γ]]の変異から生じる[[脊髄小脳運動失調症]] ([[spinocerebellar ataxia type 14]])と関係していると考えられている<ref><PUBMED>21976518</PUBMED></ref>。 | ||
[[ピロカルピン]]誘導[[てんかん重積]]状態ラットでは、[[歯状回]]顆粒細胞だけでなく[[CA1]]、[[CA3]][[錐体細胞]]においても、TRPC3の発現は著しく増強されるがTRPC6は減少することから、TRPC3はてんかん重積状態において有害な役割を担うと考えられる | [[ピロカルピン]]誘導[[てんかん重積]]状態ラットでは、[[歯状回]]顆粒細胞だけでなく[[CA1]]、[[CA3]][[錐体細胞]]においても、TRPC3の発現は著しく増強されるがTRPC6は減少することから、TRPC3はてんかん重積状態において有害な役割を担うと考えられる<ref><PUBMED>22926417</PUBMED></ref>。 | ||
=== TRPM === | === TRPM === | ||
TRPM2は、海馬、大脳皮質、[[黒質]] | TRPM2は、海馬、大脳皮質、[[黒質]]、TRPM3は、海馬、[[脳梁]]、大脳皮質、TRPM4は[[視床]]、[[視床下部]]、[[延髄]]、海馬などに発現している。TRPM6のmRNAは低いレベルでの脳での発現が報告されているが、中枢神経での役割はまだ分かっていない。TRPM7のmRNAは脳において高発現しており、ラットの脳において海馬錐体ニューロンでの発現が報告されている。 | ||
TRPM2は海馬[[シナプス可塑性]]への関与の可能性が示唆されている<ref><PUBMED>22188973</PUBMED></ref>。さらに、TRPM2は神経発達に関連しており、発達神経突起伸長において阻害的な役割を担う<ref><PUBMED>24413888</PUBMED></ref>。 | |||
脳における[[βアミロイド]]の蓄積による神経細胞死は、[[アルツハイマー病]]において重要な要因だと認識されているが、このβアミロイドの蓄積は、[[ | 脳における[[βアミロイド]]の蓄積による神経細胞死は、[[アルツハイマー病]]において重要な要因だと認識されているが、このβアミロイドの蓄積は、[[wj:活性酸素種|活性酸素種]] ([[ROS]])産生とCa<sup>2+</sup>恒常性の調節異常と関連があると考えられている。アルツハイマー病モデルにおいて、TRPM2を欠損させることにより、[[小胞体ストレス]]反応や[[神経変性]]、異常なミクログリア活性などが減少し、空間記憶障害の改善など見られることから、TRPM2の異常な活性化がアルツハイマー病の病理学的事象につながると考えられている<ref name=Yamamoto2007><pubmed>17490865</pubmed></ref> 。 | ||
また、酸化ストレスによるTRPM2の活性化は神経において細胞死につながることから、TRPM2は[[パーキンソン病]]に関係している可能性が考えられる。[[グアム型筋委縮性側索硬化症-パーキンソン認知症複合]](Guamanian amyotrophic lateral sclerosis-parkinsonism dementia complex: ALS/PDC)の患者では、TRPM2とTRPM7において変異が見つかっていることから、これらのチャネルを介したイオン流入が生理的に重要であり、その乱れが病態に関わっている可能性を示唆している<ref name=Hermosura2007><pubmed>17395433</pubmed></ref> 。一方、ALS/PDCの患者が集積する[[wj:紀伊半島|紀伊半島]]南部における[[連鎖解析]]では、TRPM7遺伝子座の関与を示すデータが得られなかったことから、これらの患者集団ではTRPM7は関係しているという証拠はない<ref name=Hara2010><pubmed>19405049</pubmed></ref> 。 | |||
精神疾患に関しては、[[I型双極性障害]](bipolar disorder type I: BD)の患者においてTRPM2の変異が報告されており、TRPM2の機能とBDの病状との関係が示唆されている<ref name=Roedding2012><pubmed>22420591</pubmed></ref> 。 | 精神疾患に関しては、[[I型双極性障害]](bipolar disorder type I: BD)の患者においてTRPM2の変異が報告されており、TRPM2の機能とBDの病状との関係が示唆されている<ref name=Roedding2012><pubmed>22420591</pubmed></ref> 。 | ||
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TRPV1は海馬錐体ニューロン、[[歯状回]]、[[青斑核]]、視床下部、黒質、小脳、大脳皮質などに発現しており、TRPV2も広く脳で発現している。また、TRPV3のmRNAは、大脳皮質、海馬、視床、線条体、小脳、TRPV4のmRNAは、視床下部、小脳、大脳基底核、海馬錐体ニューロンで検出されている。さらに、アストロサイトでは、TRPV1、TRPV2、TRPV3、TRPV4が発現している。 | TRPV1は海馬錐体ニューロン、[[歯状回]]、[[青斑核]]、視床下部、黒質、小脳、大脳皮質などに発現しており、TRPV2も広く脳で発現している。また、TRPV3のmRNAは、大脳皮質、海馬、視床、線条体、小脳、TRPV4のmRNAは、視床下部、小脳、大脳基底核、海馬錐体ニューロンで検出されている。さらに、アストロサイトでは、TRPV1、TRPV2、TRPV3、TRPV4が発現している。 | ||
TRPV1は神経活動やシナプス可塑性の制御において重要な役割を担っており、TRPV1の活性化は、海馬介在ニューロンにおける興奮性シナプスの[[長期抑圧]](long term depression: LTD)の引き金となる | TRPV1は神経活動やシナプス可塑性の制御において重要な役割を担っており、TRPV1の活性化は、海馬介在ニューロンにおける興奮性シナプスの[[長期抑圧]](long term depression: LTD)の引き金となる<ref><PUBMED>18341994</PUBMED></ref>。さらに、TRPV1は脳において興奮伝達を促進し、[[長期増強]](long term potentiation: LTP)を誘起する<ref><PUBMED>12716921</PUBMED></ref>。 | ||
発熱時には体温を下げるため発汗の増加が起こるが、それと同時に視床下部より分泌される[[バソプレシン]]が[[wj:腎臓|腎臓]]での水の再吸収を増加させることにより体内の水分を調整している。TRPV1のノックアウトマウスでは、発熱時におけるバソプレシンの分泌が抑制されることから、視床下部のバソプレシン産生ニューロンの温度感受性にはTRPV1が寄与していると示唆されている<ref><PUBMED>18439403</PUBMED></ref>。 | |||
[[内側側頭葉てんかん]]の患者の大脳皮質や海馬では、TRPV1の発現が著しく上昇していることから、TRPV1はてんかんに関連している可能性が示唆されている | [[内側側頭葉てんかん]]の患者の大脳皮質や海馬では、TRPV1の発現が著しく上昇していることから、TRPV1はてんかんに関連している可能性が示唆されている<ref><PUBMED>22936245</PUBMED></ref>。 | ||
[[行動試験]]では、TRPV1[[アゴニスト]]の投与は[[不安]]惹起作用があるが、TRPV1[[アンタゴニスト]]は[[抗不安作用]]があったことから、TRPV1の活性化は、不安惹起作用を引き起こす可能性が示唆されている | [[行動試験]]では、TRPV1[[アゴニスト]]の投与は[[不安]]惹起作用があるが、TRPV1[[アンタゴニスト]]は[[抗不安作用]]があったことから、TRPV1の活性化は、不安惹起作用を引き起こす可能性が示唆されている<ref><PUBMED>22691536</PUBMED></ref>。 | ||
== 関連項目 == | == 関連項目 == |