「視床下部」の版間の差分

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 視床下部とは、間脳に位置し、内分泌や自律機能の調節を行う総合中枢である(図1、2)。ヒトの場合は脳重量のわずか0.3%程度の小さな組織であるが、多くの神経核から構成されており、体温調節やストレス応答、摂食行動や睡眠覚醒など多様な機能を協調して管理している。中脳以下の自律機能を司る中枢が呼吸運動や血管運動といった個別の自律機能を調節するのに対し、視床下部は交感神経・副交感神経機能や内分泌を統合的に調節することで、生体の恒常性維持に重要な役割を果たしている。系統発生的には古い脳領域であり、摂食行動、性行動、睡眠といった本能行動の中枢である。
 視床下部とは、間脳に位置し、内分泌や自律機能の調節を行う総合中枢である。ヒトの場合は脳重量のわずか0.3%、4g程度の小さな組織であるが、多くの神経核から構成されており、体温調節やストレス応答、摂食行動や睡眠覚醒など多様な生理機能を協調して管理している。中脳以下の自律機能を司る中枢が呼吸や血液循環、発汗といった個別の自律機能を調節するのに対し、視床下部は交感神経・副交感神経機能や内分泌を統合的に調節することで、生体の恒常性維持に重要な役割を果たしている。系統発生的には古い脳領域であり、摂食行動、性行動、攻撃行動、睡眠といった本能行動の中枢である。
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== 構造  ==
== 構造  ==


[[Image:2視床下部の神経核.jpg|thumb|right|300px|<b>図2.視床下部内の主な神経核と隣接する脳領域</b><br>NetterのAtlas of Neuroanatomy and NeurophysiologyのFig.2.17より改変して転載(転載許可取得済)]]  
[[Image:2視床下部の神経核.jpg|thumb|right|300px|<b>図2.視床下部内の主な神経核と隣接する脳領域</b><br>NetterのAtlas of Neuroanatomy and Neurophysiologyより改変して転載(転載許可取得済)]]  


 視床下部を構成する[[灰白質]]は[[第三脳室]]と接している[[視床下部脳室周囲層]]、その外側の[[視床下部内側野]]、最も外側に位置する[[視床下部外側野]]の3つの領域に大別される。視床下部は[[下垂体門脈]]系と呼ばれる血管系を介して[[下垂体前葉]]とつながっている。下垂体前葉は[[wj:甲状腺|甲状腺]]、[[副腎皮質]]、[[wj:性腺|性腺]]といった下位の[[内分泌腺]]を刺激する[[wj:ホルモン|ホルモン]]を分泌する上位の内分泌器官であるが、視床下部で産生されるホルモンは下垂体門脈を経由してこの下垂体前葉からのホルモン分泌を調節している。[[下垂体後葉]]には、視床下部から[[軸索]]が投射しており、[[バソプレシン]]と[[オキシトシン]]を放出している。また、視床下部には[[血液脳関門]]が無い領域が存在し、[[wj:血液|血液]]に含まれる[[生理活性分子]]の濃度変化をモニタリングするのに役立っている。以下、視床下部に存在する多くの[[神経核]]のうち、主なものを記す。 視床下部にある多くの神経核の複雑な位置関係を捉えるのは難しい。立体感覚を掴むためにはAllen brain atlasのBrain Explorer等の利用をお薦めする。
 視床下部は[[第三脳室]]と接している[[視床下部脳室周囲層]]、その外側の[[視床下部内側野]]、最も外側に位置する[[視床下部外側野]]の3つの領域に大別される('''図2''')。視床下部は[[下垂体門脈]]系と呼ばれる血管系を介して[[下垂体前葉]]とつながっている。下垂体前葉は[[wj:甲状腺|甲状腺]]、[[副腎皮質]]、[[wj:性腺|性腺]]といった下位の[[内分泌腺]]を刺激する[[wj:ホルモン|ホルモン]]を分泌する上位の内分泌器官であるが、視床下部で産生されるホルモンは下垂体門脈を経由してこの下垂体前葉からのホルモン分泌を調節している。[[下垂体後葉]]には、視床下部から[[軸索]]が投射しており、[[バソプレシン]]と[[オキシトシン]]を放出している。また、視床下部には[[血液脳関門]]が無い領域が存在し、[[wj:血液|血液]]に含まれる[[生理活性分子]]の濃度変化をモニタリングするのに役立っている。以下、視床下部に存在する多くの[[神経核]]のうち、主なものを記す。 視床下部にある多くの神経核の複雑な位置関係を捉えるのは難しい。立体感覚を掴むためにはAllen brain atlasのBrain Explorer等の利用をお薦めする。


=== 弓状核  ===
=== 弓状核  ===
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Arcuate nucleus: ARC  
Arcuate nucleus: ARC  


 視床下部と下垂体をつなげる[[漏斗]]と呼ばれる部位に存在する弓状核(別名を漏斗核)も下垂体前葉を介してホルモン調節を行っている。弓状核は[[下垂体前葉]]からのホルモン分泌を促進させる各種の放出ホルモン([[成長ホルモン放出ホルモン]]、[[甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン]]、[[性腺刺激ホルモン放出ホルモン]]、あるいは、分泌を抑制する各種の放出抑制ホルモン([[成長ホルモン抑制ホルモン]]、[[プロラクチン抑制ホルモン]])を合成している。  
 視床下部と下垂体をつなげる[[漏斗]]と呼ばれる部位に存在する弓状核(別名を漏斗核)は下垂体前葉を介してホルモン調節を行っている。弓状核は[[下垂体前葉]]からのホルモン分泌を促進させる各種の放出ホルモン([[成長ホルモン放出ホルモン]]、[[甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン]]、[[性腺刺激ホルモン放出ホルモン]]、あるいは、分泌を抑制する各種の放出抑制ホルモン([[成長ホルモン抑制ホルモン]]、[[プロラクチン抑制ホルモン]])を合成している。  


 また、弓状核は摂食行動とも関連が深い。弓状核には[[プロオピオメラノコルチン]](Pro-opiomelanocortin: POMC)を発現しているニューロン(POMCニューロン)、および[[ニューロペプチドY]](Neuropeptide Y: NPY)と[[アグーチ関連ペプチド]](Agouti-related peptide: AgRP)の両方を発現しているニューロン(NPY/AgRPニューロン)がそれぞれ存在している。POMCから生じるメラノコルチンは食欲抑制ペプチドとして知られ、摂食亢進ペプチドとして知られるNPYやAgRPと互いに拮抗するように摂食行動を調節している。また、[[コカイン・アンフェタミン調節転写産物]](Cocaine and amphetamine related transcript: CART)と呼ばれる摂食抑制ペプチドも、弓状核においてはPOMCと共局在している。NPY/AgRPニューロンが活性化するとNPYの分泌によって直接的に摂食行動を誘導するだけではなく、[[メラノコルチン受容体]]に対するアンタゴニストであるAgRPを介して、間接的にも摂食行動を促進する。[[wj:脂肪組織|脂肪組織]]で産出される[[摂食抑制ホルモン]]である[[レプチン]]は、弓状核のPOMCニューロンを活性化することで[[食欲]]の抑制を行い<ref><pubmed> 11373681 </pubmed></ref>、[[wj:胃|胃]]で産出される[[摂食亢進ホルモン]]である[[グレリン]]は弓状核のNPY/AgRPニューロンを活性化することで食欲を亢進させる作用がある<ref><pubmed> 11196643 </pubmed></ref>。  
 また、弓状核は摂食行動とも関連が深い。弓状核には[[プロオピオメラノコルチン]](Pro-opiomelanocortin: POMC)を発現しているニューロン(POMCニューロン)、および[[ニューロペプチドY]](Neuropeptide Y: NPY)と[[アグーチ関連ペプチド]](Agouti-related peptide: AgRP)の両方を発現しているニューロン(NPY/AgRPニューロン)がそれぞれ存在している。POMCから生じる[[メラノコルチン]]は食欲抑制ペプチドとして知られ、摂食亢進ペプチドとして知られるNPYやAgRPと互いに拮抗するように摂食行動を調節している。また、[[コカイン・アンフェタミン調節転写産物]](Cocaine and amphetamine related transcript: CART)と呼ばれる摂食抑制ペプチドも、弓状核においてはPOMCと共局在している。NPY/AgRPニューロンが活性化するとNPYの分泌によって直接的に摂食行動を誘導するだけではなく、[[メラノコルチン受容体]]に対するアンタゴニストであるAgRPを介して、間接的にも摂食行動を促進する。[[wj:脂肪組織|脂肪組織]]で産出される[[摂食抑制ホルモン]]である[[レプチン]]は、弓状核のPOMCニューロンを活性化することで[[食欲]]の抑制を行い<ref><pubmed> 11373681 </pubmed></ref>、[[wj:胃|胃]]で産出される[[摂食亢進ホルモン]]である[[グレリン]]は弓状核のNPY/AgRPニューロンを活性化することで食欲を亢進させる作用がある<ref><pubmed> 11196643 </pubmed></ref>。  


===視床下部室傍核===
===視床下部室傍核===
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Supraoptic nucleus: SON  
Supraoptic nucleus: SON  


 視索上核には、神経ホルモンであるバソプレシンあるいはオキシトシンを含む神経分泌ニューロンの細胞体が存在し、そこから延びる軸索は下垂体後葉に投射して毛細血管に神経分泌している。この視索上核と視床下部後葉に局在するオキシトシン神経からのオキシトシン分泌は、分娩時の子宮収縮や授乳時の乳汁分泌に重要である。バソプレシンは、腎集合管に作用して水の再吸収を促進し、抗利尿ホルモンとしてはたらいている。
 視索上核には、神経ホルモンであるバソプレシン、およびオキシトシンを産生するニューロンの細胞体がそれぞれ存在し、そこから延びる軸索は下垂体 後葉に投射して毛細血管に分泌している。視索上核と室傍核に局在するオキシトシンニューロンからのオキシトシンは、分娩時の[[wj:子宮|子宮]]筋収縮や授乳時の乳汁射出に重要である。バソプレシンは、[[腎臓|腎]][[wj:集合管|集合管]]に作用して水の再吸収を促進し、抗利尿ホルモンとしてはたらいている。


=== 乳頭体===
=== 乳頭体===
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Mammillary body: MB
Mammillary body: MB


 視床下部の後部に位置する乳頭体は海馬から脳弓を介して入力を受け、視床前核と帯状回を介して海馬に出力を返している。 この回路は古典的にはパペッツ回路と呼ばれ、情動と記憶の形成に関与していることが提唱された。
 視床下部の後部に位置する乳頭体は[[海馬]]から[[脳弓]]を介して入力を受け、[[視床前核]]と[[帯状回]]を介して海馬に出力を返している。 この回路は古典的には[[パペッツ回路]]と呼ばれ、[[情動]]と[[記憶]]の形成に関与していることが提唱された。


=== 結節乳頭体核 ===
=== 結節乳頭体核 ===
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Tuberomammillary nucleus: TMN  
Tuberomammillary nucleus: TMN  


 乳頭体の外殻に位置する結節乳頭体核は[[ヒスタミン]]神経系の起始核であり、[[覚醒中枢]]の一つと考えられている。ここからヒスタミン作動性ニューロンは脳内のほぼ全域にわたる幅広い領域に投射しており、ヒスタミン作動性ニューロンが活性化すると覚醒レベルが高まる<ref><pubmed> 12700104 </pubmed></ref>。風邪薬として用いられる第一世代のヒスタミンH1受容体阻害薬の服用が眠気をもたらすのは、このヒスタミンによる覚醒系が抑制されるからである。
 乳頭体の外殻に位置する結節乳頭体核は[[ヒスタミン]]神経系の起始核であり、[[覚醒中枢]]の一つと考えられている。ここからヒスタミン作動性ニューロンは脳内のほぼ全域にわたる幅広い領域に投射しており、ヒスタミン作動性ニューロンが活性化すると覚醒レベルが高まる<ref><pubmed> 12700104 </pubmed></ref>。[[wj:風邪薬|風邪薬]]として用いられる第一世代の[[ヒスタミンH1受容体]][[阻害薬]]の服用が眠気をもたらすのは、このヒスタミンによる覚醒系が抑制されるからである。


=== 背内側核  ===
=== 背内側核  ===
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Ventromedial hypothalamic nucleus: VMN  
Ventromedial hypothalamic nucleus: VMN  


 腹内側核は視床下部の中で大きく明瞭な核であり、小型または中型の細胞から構成されている。[[満腹中枢]]としての機能は1940年代に行われた腹内側核の除去が動物に肥満をもたらすという様々な実験結果から提唱されたものであり、1970年代に肥満をもたらしているのは室傍核など腹内側核の周辺組織の受けた損傷であるというGoldらによる異論<ref><pubmed> 4795550 </pubmed></ref>があったものの、現在でも摂食行動と体重維持を制御しているものと考えられている<ref><pubmed> 16412483 </pubmed></ref>。また、最近では腹内側核の神経細胞を[[光遺伝学的]]手法により活性化させると、攻撃行動あるいは性行動が引き起こされるという報告がなされている<ref><pubmed> 21307935 </pubmed></ref>。攻撃行動の際に活性化している神経細胞群は生殖行動の際には抑制されており、二つの行動を切り替えるスイッチとしてはたらいている可能性がある。  
 腹内側核は視床下部の中で大きく明瞭な核であり、小型または中型の細胞から構成されている。[[満腹中枢]]としての機能は1940年代に行われた腹内側核の除去が動物に肥満をもたらすという様々な実験結果から提唱されたものであり、1970年代に肥満をもたらしているのは室傍核など腹内側核の周辺組織の受けた損傷であるというGoldらによる異論<ref><pubmed> 4795550 </pubmed></ref>があったものの、現在でも摂食行動と体重維持を制御しているものと考えられている<ref><pubmed> 16412483 </pubmed></ref>
 
 また、最近では腹内側核の神経細胞を[[光遺伝学的]]手法により活性化させると、攻撃行動あるいは性行動が引き起こされるという報告がなされている<ref><pubmed> 21307935 </pubmed></ref>。攻撃行動の際に活性化している神経細胞群は生殖行動の際には抑制されており、二つの行動を切り替えるスイッチとしてはたらいている可能性がある。  


=== 外側野===  
=== 外側野===  
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Lateral hypothalamic area: LHA  
Lateral hypothalamic area: LHA  


 視床下部の外側野と呼ばれる領域には、特定の神経核が存在せず、[[オレキシン]]およびメラニン凝集ホルモン(MCH)と呼ばれる神経ペプチドを産生する神経細胞群がそれぞれ存在している。外側野の局所破壊実験によって摂食行動が抑制されることから、摂食中枢として知られていた。オレキシンニューロンとMCHニューロンは全く異なる神経群であるが、いずれも脳全体に軸索を投射している<ref><pubmed>23508038</pubmed></ref> <ref><pubmed>25301357</pubmed></ref>。オレキシンニューロンは、睡眠・覚醒や摂食、代謝など多様な生理機能を調節している<ref name=Inutsuka2013><pubmed>23508038</pubmed></ref>。睡眠覚醒障害のひとつであり、覚醒を維持できずにどのような状態でも眠りに落ちてしまう病気であるナルコレプシーは、オレキシンニューロンが特異的に脱落することによって生じることが明らかになっている。メラニン凝集ホルモンは魚類、両生類ではその名の通り体色調節に関わっているが、哺乳類では主に摂食や睡眠への関与が報告されている<ref><pubmed>24056699</pubmed></ref> <ref><pubmed>24828644</pubmed></ref>。
 視床下部の外側野と呼ばれる領域には、特定の神経核が存在せず、[[オレキシン]]および[[メラニン凝集ホルモン]](MCH)と呼ばれる神経ペプチドを産生する神経細胞群がそれぞれ存在している。外側野の局所破壊実験によって摂食行動が抑制されることから、摂食中枢として知られていた。オレキシンニューロンとMCHニューロンは全く異なる神経群であるが、いずれも脳全体に軸索を投射している<ref><pubmed>23508038</pubmed></ref> <ref><pubmed>25301357</pubmed></ref>。オレキシンニューロンは、睡眠・覚醒や摂食、代謝など多様な生理機能を調節している<ref name=Inutsuka2013><pubmed>23508038</pubmed></ref>。睡眠覚醒障害のひとつであり、覚醒を維持できずにどのような状態でも眠りに落ちてしまう病気であるナルコレプシーは、オレキシンニューロンが特異的に脱落することによって生じることが明らかになっている。メラニン凝集ホルモンは[[wj:魚類|魚類]]、[[wj:両生類|両生類]]ではその名の通り体色調節に関わっているが、哺乳類では主に摂食や睡眠への関与が報告されている<ref><pubmed>24056699</pubmed></ref> <ref><pubmed>24828644</pubmed></ref>。


== 機能  ==
== 機能  ==
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=== 体温の調節  ===
=== 体温の調節  ===


 動物は外的環境に左右されず内的環境を維持できるが、[[鳥類]]や[[哺乳類]]では体温調節もそれに含まれる。外気温が変化しても体内温度を一定に保つことは行動上の制限を大きく広げ、生存に有利に働くものと思われる。視床下部の[[視索前野]]には温度感受性の神経細胞が存在して体温調節の中枢を構成しており、視床下部背内側核もその調節に関与していることが知られている<ref><pubmed> 21900642 </pubmed></ref>。体温は概日リズムや性周期、摂食行動などによっても変動する。
 動物は外的環境に左右されず内的環境を維持できるが、[[鳥類]]や[[哺乳類]]では[[体温調節の神経回路|体温調節]]もそれに含まれる。外気温が変化しても体内温度を一定に保つことは行動上の制限を大きく広げ、生存に有利に働くものと思われる。視床下部の[[視索前野]]には温度感受性の神経細胞が存在して体温調節の中枢を構成しており、視床下部背内側核もその調節に関与していることが知られている<ref><pubmed> 21900642 </pubmed></ref>。体温は概日リズムや性周期、摂食行動などによっても変動する。


 ''関連する情報は、[[体温調節の神経回路]]のページを参照。''  
 ''関連する情報は、[[体温調節の神経回路]]のページを参照。''  
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=== 体液恒常性の調節  ===
=== 体液恒常性の調節  ===


 体液恒常性を維持するうえで、[[抗利尿ホルモン]]であるバソプレシンは[[wj:腎臓|腎臓]]における水の[[wj:再吸収|再吸収]]の程度を決定し、血液の[[wj:浸透圧|浸透圧]]を制御する重要な因子である。視床下部にはバソプレシンを産生する神経細胞が存在し、その軸索は下垂体後葉に投射している。下垂体後葉から血管内に分泌されたバソプレシンは腎集合管にはたらきかけ、水チャネルである[[アクアポリン]]の[[細胞膜]]への局在をもたらすことで腎臓での水の再吸収量を増やし<ref><pubmed> 7532304 </pubmed></ref>、利尿を妨げる効果をもたらす。視床下部の一部には血液脳関門が無い部分があり、血液浸透圧をモニターする[[浸透圧受容器]]として機能している。また、体液恒常性を調節する脳弓下器官と視床下部の室傍核との間には双神経連絡が存在する。
 体液恒常性を維持するうえで、[[抗利尿ホルモン]]であるバソプレシンは[[wj:腎臓|腎臓]]における水の[[wj:再吸収|再吸収]]の程度を決定し、血液の[[wj:浸透圧|浸透圧]]を制御する重要な因子である。視床下部にはバソプレシンを産生する神経細胞が存在し、その軸索は下垂体後葉に投射している。下垂体後葉から血管内に分泌されたバソプレシンは腎集合管にはたらきかけ、水チャネルである[[アクアポリン]]の[[細胞膜]]への局在をもたらすことで腎臓での水の再吸収量を増やし<ref><pubmed> 7532304 </pubmed></ref>、利尿を妨げる効果をもたらす。視床下部の一部には血液脳関門が無い部分があり、血液浸透圧をモニターする[[浸透圧受容器]]として機能している。また、体液恒常性を調節する脳弓下器官と視床下部の室傍核との間には神経連絡が存在する。


 ''関連する情報は、[[脳弓下器官]]のページを参照。''
 ''関連する情報は、[[脳弓下器官]]のページを参照。''
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=== ストレス応答の調節  ===
=== ストレス応答の調節  ===


 動物が攻撃を受けた時には覚醒水準や代謝を高め、闘争や逃走にリソースを集中する必要が生じる。こうしたストレス応答に際しては心理的ストレスも身体的ストレスも共に視床下部室傍核に伝えられる。この室傍核から下垂体、そして副腎へと伝えられるシグナル伝達はストレス応答にとって非常に重要であり、この回路は[[視床下部-下垂体-副腎系]] ([[Hypothalamic-pituitary-adrenal axis]], [[HPA axis]])と呼ばれている。視床下部の室傍核からストレスホルモンとも呼ばれる副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン(CRH)が放出され、それによって刺激された下垂体前葉から[[副腎皮質刺激ホルモン]](ACTH)が産生・放出され、それによって刺激された副腎皮質は副腎皮質ホルモンとして知られる糖質コルチコイドの分泌を高める。このコルチゾールが循環器機能やエネルギー代謝を高め、ストレスに対して全身の防御反応を引き起こす<ref><pubmed> 21663538 </pubmed></ref>。ストレスは睡眠や性行動を抑制するはたらきをもつ。  
 動物が攻撃を受けた時には覚醒水準や代謝を高め、闘争や逃走にリソースを集中する必要が生じる。こうしたストレス応答に際しては心理的ストレスも身体的ストレスも共に視床下部室傍核に伝えられる。この室傍核から下垂体、そして副腎へと伝えられるシグナル伝達はストレス応答にとって非常に重要であり、この回路は[[視床下部-下垂体-副腎系]] ([[Hypothalamic-pituitary-adrenal axis]], [[HPA axis]])と呼ばれている。視床下部の室傍核からストレスホルモンとも呼ばれる[[副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン]](CRH)が放出され、それによって刺激された下垂体前葉から[[副腎皮質刺激ホルモン]](ACTH)が産生・放出され、それによって刺激された[[wj:副腎皮質|副腎皮質]]は[[副腎皮質ホルモン]]として知られる[[糖質コルチコイド]]の分泌を高める。この[[コルチゾール]]が循環器機能やエネルギー代謝を高め、ストレスに対して全身の防御反応を引き起こす<ref><pubmed> 21663538 </pubmed></ref>。ストレスは睡眠や性行動を抑制するはたらきをもつ。  


 ''関連する情報は、[[ストレス]]のページを参照。''
 ''関連する情報は、[[ストレス]]のページを参照。''
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=== 睡眠・覚醒の調節  ===
=== 睡眠・覚醒の調節  ===


 視床下部が睡眠・覚醒を司っていることは古くから知られており、[[嗜眠性脳炎]]の研究などから視床下部の前方部には睡眠中枢が、後方部には覚醒中枢が存在することが提起された。視床下部前方部に存在する[[腹外側視索前野]](Ventrolateral preoptic nucleus: VLPO)における[[GABA]]作動性ニューロンが睡眠中枢として中心的な役割を果たしており、腹外側視索前野の神経細胞は睡眠時に活動を増加させることで睡眠の開始と維持を行っている<ref><pubmed> 12401341 </pubmed></ref>。一方、視床下部後方部に存在する結節乳頭体核(Tuberomammillary nucleus: TMN)はヒスタミン作動性ニューロンの起始核であり、覚醒中枢の一つと考えられている。ヒスタミン作動性ニューロンはここから脳内のほとんどの領域に軸索を投射しており、ヒスタミン作動性ニューロンの活動が高まると覚醒レベルが上昇する。腹外側視索前野と結節乳頭体核は互いに[[軸索]]を投射してその活動を抑制し合っており、結節乳頭体核から腹外側視索前野への抑制が優位になると覚醒が、腹外側視索前野から結節乳頭体核への抑制が優位になると睡眠が開始されることで迅速な睡眠・覚醒の相転移が行われている(フリップ・フロップ説)<ref><pubmed> 16251950 </pubmed></ref>。視床下部のオレキシンニューロンは、結節乳頭体核などの覚醒中枢に密に投射し、これを活性化させることで覚醒を維持するのに寄与していると考えられている。睡眠には視床下部以外にも脳幹のモノアミン作動性ニューロンなど関与する脳領域は多い。
 視床下部が睡眠・覚醒を司っていることは古くから知られており、[[嗜眠性脳炎]]の研究などから視床下部の前方部には睡眠中枢が、後方部には覚醒中枢が存在することが提起された。視床下部前方部に存在する[[腹外側視索前野]](Ventrolateral preoptic nucleus: VLPO)における[[GABA]]作動性ニューロンが睡眠中枢として中心的な役割を果たしており、腹外側視索前野の神経細胞は睡眠時に活動を増加させることで睡眠の開始と維持を行っている<ref><pubmed> 12401341 </pubmed></ref>。一方、視床下部後方部に存在する結節乳頭体核(Tuberomammillary nucleus: TMN)はヒスタミン作動性ニューロンの起始核であり、覚醒中枢の一つと考えられている。ヒスタミン作動性ニューロンはここから脳内のほとんどの領域に軸索を投射しており、ヒスタミン作動性ニューロンの活動が高まると覚醒レベルが上昇する。腹外側視索前野と結節乳頭体核は互いに[[軸索]]を投射してその活動を抑制し合っており、結節乳頭体核から腹外側視索前野への抑制が優位になると覚醒が、腹外側視索前野から結節乳頭体核への抑制が優位になると睡眠が開始されることで迅速な睡眠・覚醒の相転移が行われている(フリップ・フロップ説)<ref><pubmed> 16251950 </pubmed></ref>。視床下部のオレキシンニューロンは、結節乳頭体核などの覚醒中枢に密に投射し、これを活性化させることで覚醒を維持するのに寄与していると考えられている。睡眠には視床下部以外にも脳幹の[[モノアミン]]作動性ニューロンなど関与する脳領域は多い。


 ''関連する情報は、[[睡眠]]のページを参照のこと。''
 ''関連する情報は、[[睡眠]]のページを参照のこと。''
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 このように視床下部は多くの生理的に重要な役割を複合的に果たしているが、その神経回路の機能に関してはいまだに不明な点が多い。形態学的に分類、記載されてきた神経核であるが、細胞に発現しているペプチドの染色結果などにより、同じ種類の神経細胞が複数の領域にまたがって存在していたり、一つの神経核の中でも多数の異なる種類の神経細胞が共存していたりすることが分かっている。そのため、行動を制御する機能単位としての神経回路を解析するためには電気刺激等の古典的な手法では限界があった。  
 このように視床下部は多くの生理的に重要な役割を複合的に果たしているが、その神経回路の機能に関してはいまだに不明な点が多い。形態学的に分類、記載されてきた神経核であるが、細胞に発現しているペプチドの染色結果などにより、同じ種類の神経細胞が複数の領域にまたがって存在していたり、一つの神経核の中でも多数の異なる種類の神経細胞が共存していたりすることが分かっている。そのため、行動を制御する機能単位としての神経回路を解析するためには電気刺激等の古典的な手法では限界があった。  


 近年、特異的な細胞の標識、活動記録、活動操作の3つの面で大きな進歩が見られる。視床下部の機能解析を困難としている一つの要因は入出力の複雑さである。逆行性感染するウイルスベクターは、従来困難であった特定の神経細胞に入力している神経細胞を遺伝学的に標識することを可能とした<ref name=Jennings2013><pubmed>24072922</pubmed></ref>。また、チャネルロドプシンやハロロドプシンンといった光活性化タンパク質を用いたオプトジェネティクスや、改変型GPCRを用いたケモジェネティクスは、自由行動下における特定神経の活動操作を可能とした<ref name=Adamantidis2007><pubmed>17943086</pubmed></ref><ref name=Krashes2011><pubmed>21364278</pubmed></ref>。こうした活動操作は多様な生理機能を調節する視床下部の機能解析に高い因果関係を持ち込むうえで極めて重要なツールとなっている。さらに、脳深部までグリンレンズを挿入し、頭上に固定した超小型顕微鏡によって、自由行動下における単一細胞レベルの活動記録も視床下部で行うことも可能となっている。例えば、腹内側核のエストロゲン受容体発現細胞が、性行動によって同性あるいは異性の他個体との接触時の応答をどのように変化させるか単一細胞レベルで調べることもできる<ref name=Remedios2017><pubmed>29052632</pubmed></ref>。こうした技術面の進歩によって、視床下部の自由行動下における生理機能が解明されていくことが期待されている。
 近年、特異的な細胞の標識、活動記録、活動操作の3つの面で大きな進歩が見られる。視床下部の機能解析を困難としている一つの要因は入出力の複雑さである。逆行性感染する[[ウイルスベクター]]は、従来困難であった特定の神経細胞に入力している神経細胞を遺伝学的に標識することを可能とした<ref name=Jennings2013><pubmed>24072922</pubmed></ref>。また、[[チャネルロドプシン]]<ref><pubmed> 17943086 </pubmed></ref>や[[ハロロドプシンン]]<ref><pubmed> 21775598 </pubmed></ref>といった光活性化タンパク質を用いた[[オプトジェネティクス]]や、改変型[[GPCR]]を用いた[[ケモジェネティクス]]は、自由行動下における特定神経の活動操作を可能とした<ref name=Adamantidis2007><pubmed>17943086</pubmed></ref><ref name=Krashes2011><pubmed>21364278</pubmed></ref>。こうした活動操作は多様な生理機能を調節する視床下部の機能解析に高い因果関係を持ち込むうえで極めて重要なツールとなっている。


近年、遺伝学的手法により特定の神経にだけ光活性化分子を発現させ、光を照射することによってその神経回路特異的にミリ秒単位のオーダーで活性を制御する、[[光遺伝学]]とよばれる新たな手法がこの問題を解決しようとしている。例えば、[[神経ペプチド]]であるオレキシンを産生するオレキシン神経は睡眠に関与することが知られていたが、少数の細胞が散在しているため古典的手法だけでは特異的にその機能を調べることは困難であった。しかし、オレキシンの[[プロモーター]]下流で[[チャネルロドプシン]]<ref><pubmed> 17943086 </pubmed></ref>や[[ハロロドプシン]]<ref><pubmed> 21775598 </pubmed></ref>といった光活性化タンパク質を発現させて光刺激することによって、自由行動しているマウスにおけるオレキシン神経の活性化状態が睡眠・覚醒に及ぼす影響を観察することが可能となっている。他にも、弓状核に存在するAgRP神経の活性化が数分内に摂食行動を亢進させること<ref><pubmed> 21209617 </pubmed></ref>、腹内側核に攻撃行動の中枢が存在すること<ref><pubmed> 21307935 </pubmed></ref>、など多くの新たな知見が得られてきており、今後一層の展開が期待される。
 さらに、脳深部まで[[グリンレンズ]]を挿入し、頭上に固定した超小型顕微鏡によって、自由行動下における単一細胞レベルの活動記録も視床下部で行うことも可能となっている。例えば、腹内側核の[[エストロゲン]]受容体発現細胞が、性行動によって同性あるいは異性の他個体との接触時の応答をどのように変化させるか単一細胞レベルで調べることもできる<ref name=Remedios2017><pubmed>29052632</pubmed></ref>。こうした技術面の進歩によって、視床下部の自由行動下における生理機能が解明されていくことが期待されている。


== 関連項目  ==
== 関連項目  ==
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*[[視交叉上核]]
*[[視交叉上核]]
*[[脳弓下器官]]
*[[脳弓下器官]]
*[[神経ペプチド]]


== 参考文献  ==
== 参考文献  ==


<references />
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