「前障」の版間の差分

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 ラット、ネコ、サル等での古典的トレーサー実験により、前障は大脳皮質のほとんどすべての領野および扁桃体基底外側部と双方向性な神経結合を有すると報告されている<ref><pubmed> 7091711</pubmed></ref><ref><pubmed> 26801010 </pubmed></ref><ref><pubmed> 26973027 </pubmed></ref>[8-10]。ネコ大脳皮質視覚野と前障との神経結合様式を解析した実験で、視覚野から入力を受ける前障内の一部の亜領域のニューロンは、それらの軸索を視覚野へと投射しているという双方向性の神経結合が示されている<ref><pubmed> 6169810 </pubmed></ref>[11]。同様に、大脳皮質聴覚野と前障内の別の亜領域の間に双方向性の神経結合があると報告されている<ref><pubmed> 11397538 </pubmed></ref>[12]ことから、前障には視覚あるいは聴覚を担当する異なる亜領域(それぞれ視覚前障visual claustrum、聴覚前障auditory claustrumと言われる)が存在すると考えられる。また、サル皮質間における神経結合が強い領野(例えば運動前野と前頭連合野など)のニューロンはそれらの軸索を前障内の共通のサブ領域に投射しているが、皮質間における神経結合が弱い領野のニューロンからは前障内における軸索終末の重なりが少ないことが示唆されている<ref><pubmed> 6800568 </pubmed></ref><ref><pubmed> 2846794 </pubmed></ref><ref><pubmed> 12412139 </pubmed></ref>[13,14,15]。また、大脳皮質からの直接入力は、前障内興奮性ニューロンとともに抑制性ニューロンにも送られ、大脳皮質から前障へのフィードフォワード抑制機構が存在することが報告されている<ref><pubmed> 26791208 </pubmed></ref> [16]。
 ラット、ネコ、サル等での古典的トレーサー実験により、前障は大脳皮質のほとんどすべての領野および扁桃体基底外側部と双方向性な神経結合を有すると報告されている<ref><pubmed> 7091711</pubmed></ref><ref><pubmed> 26801010 </pubmed></ref><ref><pubmed> 26973027 </pubmed></ref>[8-10]。ネコ大脳皮質視覚野と前障との神経結合様式を解析した実験で、視覚野から入力を受ける前障内の一部の亜領域のニューロンは、それらの軸索を視覚野へと投射しているという双方向性の神経結合が示されている<ref><pubmed> 6169810 </pubmed></ref>[11]。同様に、大脳皮質聴覚野と前障内の別の亜領域の間に双方向性の神経結合があると報告されている<ref><pubmed> 11397538 </pubmed></ref>[12]ことから、前障には視覚あるいは聴覚を担当する異なる亜領域(それぞれ視覚前障visual claustrum、聴覚前障auditory claustrumと言われる)が存在すると考えられる。また、サル皮質間における神経結合が強い領野(例えば運動前野と前頭連合野など)のニューロンはそれらの軸索を前障内の共通のサブ領域に投射しているが、皮質間における神経結合が弱い領野のニューロンからは前障内における軸索終末の重なりが少ないことが示唆されている<ref><pubmed> 6800568 </pubmed></ref><ref><pubmed> 2846794 </pubmed></ref><ref><pubmed> 12412139 </pubmed></ref>[13,14,15]。また、大脳皮質からの直接入力は、前障内興奮性ニューロンとともに抑制性ニューロンにも送られ、大脳皮質から前障へのフィードフォワード抑制機構が存在することが報告されている<ref><pubmed> 26791208 </pubmed></ref> [16]。


 最近、トランスジェニックマウスやウイルスベクター技術を駆使した前障ニューロンの神経回路遺伝学的解析が盛んに行われつつある<ref><pubmed> 30252130 </pubmed></ref><ref><pubmed> 7091711</pubmed></ref><ref><pubmed> 7091711</pubmed></ref><ref><pubmed> 7091711</pubmed></ref>[17-20]。その結果は、上述の神経回路トレーサーを用いた古典的神経解剖学の知見とほとんど一致しており、前障が広範な大脳皮質領域および扁桃体基底外側部と双方性神経結合を有することが証明された。また、改変型狂犬病ウイルスを用いた単一シナプス逆行性トレーシング実験により、縫線核のセロトニン作働性ニューロン、大脳基底核のアセチルコリン作働性ニューロン、視床内背側核のグルタミン酸作働性ニューロンなどから、前障へのシナプス入力が存在することが明らかとなった<ref><pubmed> 7091711</pubmed></ref><ref><pubmed> 7091711</pubmed></ref>[18,20]。
 最近、トランスジェニックマウスやウイルスベクター技術を駆使した前障ニューロンの神経回路遺伝学的解析が盛んに行われつつある<ref name=Zingg2018><pubmed> 30252130 </pubmed></ref><ref name=Narikiyo2018>'''Narikiyo K, Mizuguchi R, Ajima A, Mitsui S, Shiozaki M, Hamanaka H, Johansen JP, Mori K and Yoshihara Y'''<br>  
The claustrum coordinates cortical slow-wave activity.<br>bioRxiv: 2018, doi: https://doi.org/10.1101/286773</ref></ref><ref><pubmed> 30122374 </pubmed></ref><ref><pubmed> 30122531 </pubmed></ref>[17-20]。その結果は、上述の神経回路トレーサーを用いた古典的神経解剖学の知見とほとんど一致しており、前障が広範な大脳皮質領域および扁桃体基底外側部と双方性神経結合を有することが証明された。また、改変型狂犬病ウイルスを用いた単一シナプス逆行性トレーシング実験により、縫線核のセロトニン作働性ニューロン、大脳基底核のアセチルコリン作働性ニューロン、視床内背側核のグルタミン酸作働性ニューロンなどから、前障へのシナプス入力が存在することが明らかとなった<ref><pubmed> 7091711</pubmed></ref><ref><pubmed> 7091711</pubmed></ref>[18,20]。


=== 内部回路 ===
=== 内部回路 ===
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=== 分子マーカー ===
=== 分子マーカー ===
前障に特異的に発現する分子はこれまでに発見されていない。しかしながら、マウスでは、Gnb4 (guanine nucleotide-binding protein subunit beta-4), Gng2 (guanine nucleotide-binding protein subunit gamma-2), Ntng2([[netrin G2]]), Nr4a2 (nuclear receptor 4a2), Latexin などが、前障ニューロンに高発現しており、隣接する皮質領域と前障を区別する分子マーカーとして利用されている(図2)<ref><pubmed> 27223051 </pubmed></ref><ref><pubmed> 7091711</pubmed></ref><ref><pubmed> 7091711</pubmed></ref><ref><pubmed> 7091711</pubmed></ref>[8,18,21,22]。また最近、前障ニューロンにDNA組換え酵素Creを発現させた遺伝子改変マウスが報告されている [8,18,20]。
前障に特異的に発現する分子はこれまでに発見されていない。しかしながら、マウスでは、Gnb4 (guanine nucleotide-binding protein subunit beta-4), Gng2 (guanine nucleotide-binding protein subunit gamma-2), Ntng2([[netrin G2]]), Nr4a2 (nuclear receptor 4a2), Latexin などが、前障ニューロンに高発現しており、隣接する皮質領域と前障を区別する分子マーカーとして利用されている(図2)<ref><pubmed> 27223051 </pubmed></ref><ref name=Narikiyo2018></ref><ref><pubmed> 16203099 </pubmed></ref><ref><pubmed> 24904319 </pubmed></ref>[8,18,21,22]。また最近、前障ニューロンにDNA組換え酵素Creを発現させた遺伝子改変マウスが報告されている<ref><pubmed> 7091711</pubmed></ref><ref name=Narikiyo2018></ref><ref><pubmed> 7091711</pubmed></ref> [8,18,20]。


== 機能 ==
== 機能 ==
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=== 前障ニューロンの活動 ===
=== 前障ニューロンの活動 ===
前障ニューロンは、自発発火頻度が低く<ref><pubmed> 7091711</pubmed></ref><ref><pubmed> 7091711</pubmed></ref>[18,23]、睡眠中<ref><pubmed> 7091711</pubmed></ref><ref><pubmed> 7091711</pubmed></ref><ref><pubmed> 7091711</pubmed></ref>[18,24,25]における活動が覚醒時よりも高いことが、c-fos発現解析や単一細胞記録で報告されている。前障ニューロンの感覚刺激に対する反応選択性は低いが、サル、ネコ、においては視覚刺激や聴覚刺激に選択的に応答する前障ニューロンの存在が報告されている<ref><pubmed> 7091711</pubmed></ref><ref><pubmed> 7091711</pubmed></ref><ref><pubmed> 7091711</pubmed></ref><ref><pubmed> 7091711</pubmed></ref>[26-29]。また、これらの前障ニューロンは視覚刺激あるいは聴覚刺激の刺激入力時に一過性に活動が高くなり、その後すぐに低下することが明らかになっている<ref><pubmed> 7091711</pubmed></ref><ref><pubmed> 7091711</pubmed></ref> [28,29]。このことは、前障ニューロンが詳細な感覚情報をコードしているというより、各々の感覚入力のタイミングに反応することを示唆している。
前障ニューロンは、自発発火頻度が低く<ref name=Narikiyo2018></ref><ref><pubmed> 13332440 </pubmed></ref>[18,23]、睡眠中<ref name=Narikiyo2018></ref><ref><pubmed> 26601158 </pubmed></ref><ref><pubmed> 28347885 </pubmed></ref>[18,24,25]における活動が覚醒時よりも高いことが、c-fos発現解析や単一細胞記録で報告されている。前障ニューロンの感覚刺激に対する反応選択性は低いが、サル、ネコ、においては視覚刺激や聴覚刺激に選択的に応答する前障ニューロンの存在が報告されている<ref><pubmed> 7442793 </pubmed></ref><ref><pubmed> 7209525 </pubmed></ref><ref><pubmed> 20881109 </pubmed></ref><ref><pubmed> 24772069 </pubmed></ref>[26-29]。また、これらの前障ニューロンは視覚刺激あるいは聴覚刺激の刺激入力時に一過性に活動が高くなり、その後すぐに低下することが明らかになっている<ref><pubmed> 20881109 </pubmed></ref><ref><pubmed> 24772069 </pubmed></ref> [28,29]。このことは、前障ニューロンが詳細な感覚情報をコードしているというより、各々の感覚入力のタイミングに反応することを示唆している。


=== 前障ニューロンが大脳皮質に及ぼす影響 ===
=== 前障ニューロンが大脳皮質に及ぼす影響 ===
 1980年頃から前障の電気刺激や傷害に伴う大脳皮質ニューロンの活動変化を解析する研究がなされてきたが[30-33]、薄く不規則なシート状構造をとる前障のニューロンを選択的に興奮あるいは抑制させることは困難であり、その機能についての統一的見解は得られていなかった。しかしながら近年の、ウイルスベクター・光遺伝学・化学遺伝学などの神経回路遺伝学技術の革新により、光刺激や薬物投与で前障ニューロン特異的に活動操作をすることが可能となり、ようやくその機能の一端が明らかになりつつある。
 1980年頃から前障の電気刺激や傷害に伴う大脳皮質ニューロンの活動変化を解析する研究がなされてきたが<ref><pubmed> 7104694 </pubmed></ref><ref><pubmed> 6489496 </pubmed></ref><ref><pubmed> 3257060 </pubmed></ref><ref><pubmed> 26186439 </pubmed></ref>[30-33]、薄く不規則なシート状構造をとる前障のニューロンを選択的に興奮あるいは抑制させることは困難であり、その機能についての統一的見解は得られていなかった。しかしながら近年の、ウイルスベクター・光遺伝学・化学遺伝学などの神経回路遺伝学技術の革新により、光刺激や薬物投与で前障ニューロン特異的に活動操作をすることが可能となり、ようやくその機能の一端が明らかになりつつある。


 マウス前障ニューロンに光駆動性陽イオンチャネル(チャネルロドプシン)を発現させ、光刺激によって前障ニューロンを興奮させると、大脳皮質内の多くの抑制性ニューロン(特にNeuropeptide Y [NPY]陽性ニューロンとParvalbumin [PV]陽性ニューロン)において活動電位が発生する<ref>'''Narikiyo K, Mizuguchi R, Ajima A, Mitsui S, Shiozaki M, Hamanaka H, Johansen JP, Mori K and Yoshihara Y'''<br>
 マウス前障ニューロンに光駆動性陽イオンチャネル(チャネルロドプシン)を発現させ、光刺激によって前障ニューロンを興奮させると、大脳皮質内の多くの抑制性ニューロン(特にNeuropeptide Y [NPY]陽性ニューロンとParvalbumin [PV]陽性ニューロン)において活動電位が発生する<ref name=Narikiyo2018></ref></ref><ref><pubmed> 30122374 </pubmed></ref>[18,19]。一方、大脳皮質の錐体細胞では、興奮性後シナプス電位(excitatory postsynaptic potential: EPSP)が誘導されるものの、活動電位は発生しない<ref name=Narikiyo2018></ref><ref><pubmed> 30122374 </pubmed></ref>[18,19]。しかしながら、NPY陽性抑制性ニューロンの活動を阻害しておくと、前障の光遺伝学的刺激によって錐体細胞においても活動電位の発生が観察される<ref><pubmed> 30122374 </pubmed></ref>[19]。これらのことから前障ニューロンは、大脳皮質内抑制性ニューロン(特にNPY陽性ニューロン)の興奮を介して、錐体細胞にフィードフォワード抑制をかけると考えられる。
The claustrum coordinates cortical slow-wave activity.<br>bioRxiv: 2018, doi: https://doi.org/10.1101/286773</ref></ref><ref><pubmed> 30122374 </pubmed></ref>[18,19]。一方、大脳皮質の錐体細胞では、興奮性後シナプス電位(excitatory postsynaptic potential: EPSP)が誘導されるものの、活動電位は発生しない<ref>'''Narikiyo K, Mizuguchi R, Ajima A, Mitsui S, Shiozaki M, Hamanaka H, Johansen JP, Mori K and Yoshihara Y'''<br>
The claustrum coordinates cortical slow-wave activity.<br>bioRxiv: 2018, doi: https://doi.org/10.1101/286773</ref><ref><pubmed> 30122374 </pubmed></ref>[18,19]。しかしながら、NPY陽性抑制性ニューロンの活動を阻害しておくと、前障の光遺伝学的刺激によって錐体細胞においても活動電位の発生が観察される<ref><pubmed> 30122374 </pubmed></ref>[19]。これらのことから前障ニューロンは、大脳皮質内抑制性ニューロン(特にNPY陽性ニューロン)の興奮を介して、錐体細胞にフィードフォワード抑制をかけると考えられる。


 ヒトのてんかん発作の治療の一環で、前障に高頻度電気刺激を与えると、それまでの行動が一時停止され、意識喪失状態になり。電気刺激を止めたところ、何事もなかったかのように元の動作を続けたと報告されている<ref><pubmed> 7091711</pubmed></ref><ref><pubmed> 7091711</pubmed></ref> [34]。マウス及びヒトにおける以上の知見により、前障が意識のオン/オフに関与している可能性が示唆されている。
 ヒトのてんかん発作の治療の一環で、前障に高頻度電気刺激を与えると、それまでの行動が一時停止され、意識喪失状態になり。電気刺激を止めたところ、何事もなかったかのように元の動作を続けたと報告されている<ref><pubmed> 24967698 </pubmed></ref> [34]。マウス及びヒトにおける以上の知見により、前障が意識のオン/オフに関与している可能性が示唆されている。


 その他に、前障ニューロンの神経回路遺伝学的な抑制操作によって、恐怖文脈条件付け学習(contextual fear conditioning)における長期の記憶が低下すること <ref><pubmed> 7091711</pubmed></ref><ref><pubmed> 7091711</pubmed></ref>[35]、5選択連続反応時間課題(5-choice serial reaction time task)におけるトップダウンシグナルの低下を伴った注意の低下が起こること、無関連な妨害音を無視できなくなって二肢強制選択タスク(two-alternative forced choice task)や養育行動(新生児回収行動テスト:pup retrieval test)の成功率が低下することが報告されており<ref><pubmed> 7091711</pubmed></ref>[20]、前障が記憶・注意の割り当て・多感覚情報の統合など、さまざまな高次機能に関わる可能性が示されている。
 その他に、前障ニューロンの神経回路遺伝学的な抑制操作によって、恐怖文脈条件付け学習(contextual fear conditioning)における長期の記憶が低下すること <ref><pubmed> 7091711</pubmed></ref>[35]、5選択連続反応時間課題(5-choice serial reaction time task)におけるトップダウンシグナルの低下を伴った注意の低下が起こること、無関連な妨害音を無視できなくなって二肢強制選択タスク(two-alternative forced choice task)や養育行動(新生児回収行動テスト:pup retrieval test)の成功率が低下することが報告されており<ref><pubmed> 28077707 </pubmed></ref>[20]、前障が記憶・注意の割り当て・多感覚情報の統合など、さまざまな高次機能に関わる可能性が示されている。


== 関連項目 ==
== 関連項目 ==

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