「ウイルスベクター」の版間の差分

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|+ 表1.ベクターとして利用される代表的なウイルス
|+ 表1.ベクターとして利用される代表的なウイルス
! 種類 !! アデノウイルス !! シンドビスウイルス、セムリキ森林ウイルス !! 単純ヘルペスウィルス !!レトロウイルス !! レンチウイルス !! 狂犬病ウイルス !! センダイウイルス !! アデノ随伴ウイルス
! 種類 !! アデノウイルス !! シンドビスウイルス、セムリキ森林ウイルス !! 単純ヘルペスウィルス !!レトロウイルス !! レンチウイルス !! 狂犬病ウイルス !! センダイウイルス !! アデノ随伴ウイルス
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| 分類 || アデノウイルス科、マストアデノウイルス属 || トガウイルス科、アフファウイルス属 || ヘルペスウイルス科、アルファヘルペスウイルス亜科、シンプレックスウイルス属 || レトロウイルス科、オンコウイルス亜科、ヘルペスウイルス科、アルファヘルペスウイルス亜科、シンプレックスウイルス属 || レトロウイルス科、レンチウイルス亜科 || ラブドウイルス科、リッサウイルス属 || パラミクソウイルス科、レスピロウイルス属(マウスパラインフルエンザ1型ウイルス) || パルボウイルス科、ディペンドウイルス属
| 分類 || アデノウイルス科、マストアデノウイルス属 || トガウイルス科、アフファウイルス属 || ヘルペスウイルス科、アルファヘルペスウイルス亜科、シンプレックスウイルス属 || レトロウイルス科、オンコウイルス亜科、ヘルペスウイルス科、アルファヘルペスウイルス亜科、シンプレックスウイルス属 || レトロウイルス科、レンチウイルス亜科 || ラブドウイルス科、リッサウイルス属 || パラミクソウイルス科、レスピロウイルス属(マウスパラインフルエンザ1型ウイルス) || パルボウイルス科、ディペンドウイルス属
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| 疾患 || カゼ症候群 || 関節炎、発疹、発熱 || 口内炎、角膜炎、脳炎 || マウス白血病 || AIDS || 狂犬病 || マウス肺炎 || 病原性なし
| 疾患 || カゼ症候群 || 関節炎、発疹、発熱 || 口内炎、角膜炎、脳炎 || マウス白血病 || AIDS || 狂犬病 || マウス肺炎 || 病原性なし
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| 核酸 || 2本鎖DNA || 1本鎖RNA +鎖 || 2本鎖DNA || 1本鎖RNA +鎖 || 1本鎖RNA +鎖 || 1本鎖RNA -鎖 || 1本鎖RNA -鎖 || 1本鎖DNA
| 核酸 || 2本鎖DNA || 1本鎖RNA +鎖 || 2本鎖DNA || 1本鎖RNA +鎖 || 1本鎖RNA +鎖 || 1本鎖RNA -鎖 || 1本鎖RNA -鎖 || 1本鎖DNA
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| 形態 || 正20面体カプシド || 正20面体カプシド || 正20面体カプシド || 正20面体 || 正20面体 || 円筒形 || 多形らせんヌクレオカプシド || 正20面体カプシド
| 形態 || 正20面体カプシド || 正20面体カプシド || 正20面体カプシド || 正20面体 || 正20面体 || 円筒形 || 多形らせんヌクレオカプシド || 正20面体カプシド
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| 大きさ(nm) || 70-90 || 約70 || 100-150 || 80-100 || 80-100 || 180(長)、75(径) || 150-250  || 18-26
| 大きさ(nm) || 70-90 || 約70 || 100-150 || 80-100 || 80-100 || 180(長)、75(径) || 150-250  || 18-26
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| エンベロープ || colspan="3" style="text-align:center;" |なし || colspan="2" style="text-align:center;" |あり ||  colspan="2" style="text-align:center;" |なし || あり(ベクターでは「なし」)*
| ホストゲノムへの組み込み || なし || なし || なし || あり || あり || なし || なし || あり(ベクターでは「なし」)*
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| エンベロープ || colspan="1" style="text-align:center;" |なし || colspan="6" style="text-align:center;" |あり ||  colspan="1" style="text-align:center;" |なし
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* 野生型アデノ随伴ウイルスでは''Rep''依存的に宿主細胞の第19番染色体への組込みが起こるが、ベクターでは''Rep''遺伝子を欠損するため組込みはほぼ起こらない。
* 野生型アデノ随伴ウイルスでは''Rep''依存的に宿主細胞の第19番染色体への組込みが起こるが、ベクターでは''Rep''遺伝子を欠損するため組込みはほぼ起こらない。




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|+ 表2.遺伝子導入に使用される代表的なウイルスベクターの性質
|+ 表2.遺伝子導入に使用される代表的なウイルスベクターの性質
! 由来 !! アデノウイルス !! シンドビスウイルス !! センダイウイルス !! レトロウイルス !! レンチウイルス !! アデノ随伴ウイルス
! 由来 !! アデノウイルス !! シンドビスウイルス !! センダイウイルス !! レトロウイルス !! レンチウイルス !! アデノ随伴ウイルス
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=== アデノウイルスベクター ===
=== アデノウイルスベクター ===
 小児に感冒を引き起こす[[ヒト]][[アデノウイルス]] 5型が主に利用されている。ウイルス[[ゲノム]]([[DNA]])は核移行するがホストゲノムに組み込まれずに[[転写]]・[[翻訳]]される。アデノウイルスの増殖にはE1AとE1B領域が必須であるが、これらを発現させたい外来遺伝子と置換し、さらに増殖には不必要なE3領域も欠損させている<ref>'''斎藤 泉'''<br>次世代アデノウイルスベクターの開発状況と展望<br>ウイルス: 47:231-8:1997 doi 10.2222/jsv.47.231</ref>。パッケージングされる部分を残して全て外来遺伝子に置換したウイルスプラスミドを、E1AとE1Bを持続発現しているHEK293細胞に導入することでウイルス粒子が産生され、細胞外に放出される。産生されたウイルス粒子はE1A遺伝子機能をもたないので複製できず非増殖型である。
 小児に感冒を引き起こす[[ヒト]][[アデノウイルス]] 5型が主に利用されている。ウイルス[[ゲノム]]([[DNA]])は核移行するがホストゲノムに組み込まれずに[[転写]]・[[翻訳]]される。アデノウイルスの増殖にはE1AとE1B領域が必須であるが、これらを発現させたい外来遺伝子と置換し、さらに増殖には不必要なE3領域も欠損させている<ref>'''斎藤 泉'''<br>次世代アデノウイルスベクターの開発状況と展望<br>ウイルス: 47:231-8:1997 doi 10.2222/jsv.47.231</ref>。パッケージングされる部分を残して全て外来遺伝子に置換したウイルスプラスミドを、E1AとE1Bを持続発現しているHEK293細胞に導入することでウイルス粒子が産生され、細胞外に放出される。産生されたウイルス粒子はE1A遺伝子機能をもたないので複製できず非増殖型である。


 アデノウイルスベクターは[[ニューロン]]や静止期の[[アストロサイト]]を含むさまざまな細胞に感染し、きわめて効率的に外来遺伝子を発現する。細胞障害性や[[免疫原性]]をもつことが欠点であるが、逆にこの点を利用して脳腫瘍に対する遺伝子治療ベクターとして利用されている。遺伝子発現は一過性で感染から2ヶ月以内に消失する。
 アデノウイルスベクターは[[ニューロン]]や静止期の[[アストロサイト]]を含むさまざまな細胞に感染し、きわめて効率的に外来遺伝子を発現する。細胞障害性や[[免疫原性]]をもつことが欠点であるが、逆にこの点を利用して脳腫瘍に対する遺伝子治療ベクターとして利用されている。遺伝子発現は一過性で感染から2ヶ月以内に消失する。
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 感染によりウイルスゲノム(一本鎖RNA)が細胞内に入り、同時に送り込まれた逆転写酵素により二本鎖DNAへと変えられる('''図1'''参照)。二本鎖DNAは核に送られて[[染色体]]に組み込まれ、細胞の転写発現機構を使って外来遺伝子を発現する。ただし、核膜があると核内に入ることができないため、核膜が消失する分裂期の細胞でしか組み込みは行われない。すなわちレトロウイルスベクターは最終分裂を終えたニューロンへの遺伝子発現には使えないが、この性質を利用し、成熟動物の[[神経幹細胞]]選択的に遺伝子発現させる目的で使用されることがある。
 感染によりウイルスゲノム(一本鎖RNA)が細胞内に入り、同時に送り込まれた逆転写酵素により二本鎖DNAへと変えられる('''図1'''参照)。二本鎖DNAは核に送られて[[染色体]]に組み込まれ、細胞の転写発現機構を使って外来遺伝子を発現する。ただし、核膜があると核内に入ることができないため、核膜が消失する分裂期の細胞でしか組み込みは行われない。すなわちレトロウイルスベクターは最終分裂を終えたニューロンへの遺伝子発現には使えないが、この性質を利用し、成熟動物の[[神経幹細胞]]選択的に遺伝子発現させる目的で使用されることがある。


  先天性免疫不全症に対して、造血幹細胞を標的とする遺伝子治療が行われ有効性が確認されているが、82人中9人に白血病などの造血型副作用の発症が報告された。これは染色体に組み込まれたベクターによる近傍の癌遺伝子の活性化が原因と考えられている。
 先天性免疫不全症に対して、造血幹細胞を標的とする遺伝子治療が行われ有効性が確認されているが、82人中9人に白血病などの造血型副作用の発症が報告された。これは染色体に組み込まれたベクターによる近傍の癌遺伝子の活性化が原因と考えられている。


=== レンチウイルスベクター ===
=== レンチウイルスベクター ===
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 ITR間の[[Rep]]、[[Cap]]の2つの遺伝子を取り除き、そのスペースにプロモーターと目的の遺伝子を挿入したベクタープラスミドを作製する('''図2''')。Rep、Cap(ウイルス複製やカプシド形成に必要なタンパク質)は別のプラスミドで供給する。またアデノウイルスのヘルパー作用としてE1A、E1B、E2A、VA、E4遺伝子が必要となるが、このうちE1AとE1BはHEK293細胞(E1AとE1Bでトランスフォームしている)から、残りのE2A、E4、VAはヘルパープラスミドとして供給する。これら3つのプラスミドでHEK293細胞をトランスフェクションすると、Rep、Cap遺伝子はもたずITR間の外来遺伝子のみをもつウイルス粒子が産生される。粒子は核内に存在するため細胞を凍結融解し、[[wj:塩化セシウム|塩化セシウム]]を用いた密度勾配超遠心法を用いて精製する。
 ITR間の[[Rep]]、[[Cap]]の2つの遺伝子を取り除き、そのスペースにプロモーターと目的の遺伝子を挿入したベクタープラスミドを作製する('''図2''')。Rep、Cap(ウイルス複製やカプシド形成に必要なタンパク質)は別のプラスミドで供給する。またアデノウイルスのヘルパー作用としてE1A、E1B、E2A、VA、E4遺伝子が必要となるが、このうちE1AとE1BはHEK293細胞(E1AとE1Bでトランスフォームしている)から、残りのE2A、E4、VAはヘルパープラスミドとして供給する。これら3つのプラスミドでHEK293細胞をトランスフェクションすると、Rep、Cap遺伝子はもたずITR間の外来遺伝子のみをもつウイルス粒子が産生される。粒子は核内に存在するため細胞を凍結融解し、[[wj:塩化セシウム|塩化セシウム]]を用いた密度勾配超遠心法を用いて精製する。


=== 単純ヘルペスウイルスベクター ===
=== 単純ヘルペスウイルスベクター ===
 単純ヘルペスウイルス(HSV)1型は宿主細胞に対する毒性が強く、病原性に関与するウイルス遺伝子の研究が進んでいることから、ウイルス療法(oncolytic virus therapy)として腫瘍の治療に用いられている。腫瘍治療用ウイルスは増殖型ウイルスであり腫瘍内で複製能を保持しているが、正常組織では病原性が最小限に抑えられるように遺伝子操作が加えられている。腫瘍細胞に感染したウイルスは細胞内で増殖し、感染細胞は死滅する。増殖したウイルスは周囲に散らばり、周囲の腫瘍細胞に感染、細胞死誘導を繰り返す。HSVは任意の遺伝子を搭載するベクターとして利用することも可能で、癌治療に効果のある外来遺伝子を発現させることで治療効果を増強することができる。
 単純ヘルペスウイルス(HSV)1型は宿主細胞に対する毒性が強く、病原性に関与するウイルス遺伝子の研究が進んでいることから、ウイルス療法(oncolytic virus therapy)として腫瘍の治療に用いられている。腫瘍治療用ウイルスは増殖型ウイルスであり腫瘍内で複製能を保持しているが、正常組織では病原性が最小限に抑えられるように遺伝子操作が加えられている。腫瘍細胞に感染したウイルスは細胞内で増殖し、感染細胞は死滅する。増殖したウイルスは周囲に散らばり、周囲の腫瘍細胞に感染、細胞死誘導を繰り返す。HSVは任意の遺伝子を搭載するベクターとして利用することも可能で、癌治療に効果のある外来遺伝子を発現させることで治療効果を増強することができる。


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