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<div align="right"> 
<font size="+1">荒木 陽一、Richard L. Huganir</font><br>
''Johns Hopkins University School of Medicine''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2019年10月8日 原稿完成日:2019年10月XX日<br>
担当編集委員:[https://researchmap.jp/2rikenbsi 林 康紀](京都大学大学院 医学研究科 システム神経薬理学分野)<br>
</div>
正式名称: シナプス局在性Ras-GTP加水分解活性化タンパク
英語正式名称: Synaptic [[Ras]]-GTPase activating protein
英語正式名称: Synaptic [[Ras]]-GTPase activating protein
英語略称、タンパク質名:SynGAP
英語略称、タンパク質名:SynGAP
遺伝子名: SYNGAP1


シナプス局在性Ras-GTP加水分解活性化タンパク : SynGAP
{{box|test= SynGAPは、ポストシナプスに局在するRasGAPタンパク質であり、CaMKIIの下流においてRasの活性を制御することで、シナプス可塑性に関与している。C末端のCoiled-CoilドメインやPDZリガンドを介しPSD-95と結合することで、PSD-95と共に液体-液体相転移現象を起こし、シナプス後膜肥厚 (postsynaptic density; PSD) という脂質二重膜を持たない細胞内小器官の生化学的基盤を提供していると考えられている。}}
 
 
荒木 陽一, Richard L. Huganir
Johns Hopkins University School of Medicine
 
 
 SynGAPは、ポストシナプスに局在するRasGAPタンパク質であり、CaMKIIの下流においてRasの活性を制御することで、シナプス可塑性に関与している。C末端のCoiled-CoilドメインやPDZリガンドを介し[[PSD]]-95と結合することで、PSD-95と共に液体-液体相転移現象を起こし、Post Synaptic [[Density]] (PSD) という脂質二重膜を持たない細胞内小器官の生化学的基盤を提供していると考えられている。
 
 
== イントロダクション ==
 SynGAP (Synaptic Ras-GTPase Activating Protein 1)は、シナプスに高度に蓄積するRasGAPタンパク質であり(Fig. 1)、CaMKIIの下流においてシナプス内のRasの活性を制御することで<ref name=Chen1998><[[pubmed]]>9620694</pubmed></ref><ref name=Kim1998><pubmed>9581761</pubmed></ref> 、シナプス可塑性(長期増強)の発現に深くかかわっている<ref name=Kim2003><pubmed>12598599</pubmed></ref><ref name=Komiyama2002><pubmed>12427827</pubmed></ref> 。Ras-GAP (GTPase activating protein)として、基底状態ではRasに結合したGTPの加水分解を促進する([[GTP]]->[[GDP]])ことで、Rasの活性化を阻害しているが、NMDAR-CaMKIIシグナルに依存してリン酸化されることでシナプス外に移動し、結果的にNMDAR依存的にシナプスでのRasの活性化を誘導する(Fig.2A)。これにより、AMPARのポストシナプスへの挿入やスパインの肥大化を引き起こす<ref name=Araki2015><pubmed>25569349</pubmed></ref> 。


***イントロダクション
 SynGAP (Synaptic Ras-GTPase Activating Protein 1)は、シナプスに高度に蓄積するRasGAPタンパク質であり(Fig. 1)、CaMKIIの下流においてシナプス内のRasの活性を制御することで<ref name=Chen1998><[[pubmed]]>9620694</pubmed></ref><ref name=Kim1998><pubmed>9581761</pubmed></ref> 、シナプス可塑性(長期増強)の発現に深くかかわっている<ref name=Kim2003><pubmed>12598599</pubmed></ref><ref name=Komiyama2002><pubmed>12427827</pubmed></ref> 。Ras-GAP (GTPase activating protein)として、基底状態ではRasに結合したGTPの加水分解を促進する([[GTP]]->[[GDP]])ことで、Rasの活性化を阻害しているが、NMDAR-CaMKIIシグナルに依存してリン酸化されることでシナプス外に移動し、結果的にNMDAR依存的にシナプスでのRasの活性化を誘導する(Fig.2A)。これにより、AMPARのポストシナプスへの挿入やスパインの肥大化を引き起こす<ref name=Araki2015><pubmed>25569349</pubmed></ref> 。
 PSDタンパクのマススメクトロメトリーによる解析によると、SYNGAP1はCaMKII/27.8 and 4.7 pmol/20 μg)に次いでシナプス内で3番目に濃度の高いタンパク質(∼2.1 pmol/20 μg) であり、主要な足場蛋白質PSD-95(1.73 pmol/20 μg; 4番目)よりも存在比が大きく、シグナル伝達以外での役割の解明が待たれていた<ref name=Cheng2006><pubmed>16507876</pubmed></ref><ref name=Sheng2007><pubmed>17243894</pubmed></ref> 。またSynGAPはそのPDZリガンドを介し、PSD-95をシナプスにクラスタリングさせる調節因子であることもわかっていた<ref name=Nonaka2006><pubmed>16421296</pubmed></ref> 。2016年、C末端のCoiled-coilドメインとPDZリガンドを介しPSD-95と結合することで、PSD-95とともに水層より液体―液体相転移現象を起こし、Condensed phaseを形成することが明らかにされた。この相転移が、脂質二重膜を持たないPSDという細胞内小器官の物質的基盤を提供している可能性が示唆された(Fig.2B)<ref name=Zeng2018><pubmed>30078712</pubmed></ref><ref name=Zeng2016><pubmed>27565345</pubmed></ref> 。
 PSDタンパクのマススメクトロメトリーによる解析によると、SYNGAP1はCaMKII/27.8 and 4.7 pmol/20 μg)に次いでシナプス内で3番目に濃度の高いタンパク質(∼2.1 pmol/20 μg) であり、主要な足場蛋白質PSD-95(1.73 pmol/20 μg; 4番目)よりも存在比が大きく、シグナル伝達以外での役割の解明が待たれていた<ref name=Cheng2006><pubmed>16507876</pubmed></ref><ref name=Sheng2007><pubmed>17243894</pubmed></ref> 。またSynGAPはそのPDZリガンドを介し、PSD-95をシナプスにクラスタリングさせる調節因子であることもわかっていた<ref name=Nonaka2006><pubmed>16421296</pubmed></ref> 。2016年、C末端のCoiled-coilドメインとPDZリガンドを介しPSD-95と結合することで、PSD-95とともに水層より液体―液体相転移現象を起こし、Condensed phaseを形成することが明らかにされた。この相転移が、脂質二重膜を持たないPSDという細胞内小器官の物質的基盤を提供している可能性が示唆された(Fig.2B)<ref name=Zeng2018><pubmed>30078712</pubmed></ref><ref name=Zeng2016><pubmed>27565345</pubmed></ref> 。
 SYNGAPの変異は、近年のexome sequencing の発展により、知的障害や自閉症等の発達障害において高率に見出されており、その頻度は全遺伝子中有数(4番目)に高く、UKにおける解析では全発達障害例の約0.75%でSYNGAP1の変異が認められるとしている(Fig.3)<ref name=UK-DDD-study2015><pubmed>25533962</pubmed></ref> 。
 SYNGAPの変異は、近年のexome sequencing の発展により、知的障害や自閉症等の発達障害において高率に見出されており、その頻度は全遺伝子中有数(4番目)に高く、UKにおける解析では全発達障害例の約0.75%でSYNGAP1の変異が認められるとしている(Fig.3)<ref name=UK-DDD-study2015><pubmed>25533962</pubmed></ref> 。


 
== 構造 ==
***構造
N末端側から、PHドメイン、C2ドメイン、GAPドメイン、SH3 結合配列、Coiled-coilドメイン、PDZリガンド(1アイソフォームのみ)を持つ(Fig.1) <ref name=Chen1998><pubmed>9620694</pubmed></ref><ref name=Kim1998><pubmed>9581761</pubmed></ref> 。SH3結合配列とCoiled-coilドメインの間の配列、およびCoiled-coilドメインは、[[CaMKII]], Plk2, [[cdk]]5等によりリン酸化される<ref name=Lee2011><pubmed>21382555</pubmed></ref><ref name=Oh2004><pubmed>14970204</pubmed></ref> 。Coiled-coilドメイン、PDZリガンドはPSD-95との液体―液体相転移現象に必須である<ref name=Zeng2016><pubmed>27565345</pubmed></ref> 。これらのCaMKIIリン酸化サイト、coiled-coilドメイン、PDZリガンドはシナプス可塑性(長期増強)の発現に必要である<ref name=Araki2015><pubmed>25569349</pubmed></ref><ref name=Zeng2016><pubmed>27565345</pubmed></ref> 。
N末端側から、PHドメイン、C2ドメイン、GAPドメイン、SH3 結合配列、Coiled-coilドメイン、PDZリガンド(1アイソフォームのみ)を持つ(Fig.1) <ref name=Chen1998><pubmed>9620694</pubmed></ref><ref name=Kim1998><pubmed>9581761</pubmed></ref> 。SH3結合配列とCoiled-coilドメインの間の配列、およびCoiled-coilドメインは、[[CaMKII]], Plk2, [[cdk]]5等によりリン酸化される<ref name=Lee2011><pubmed>21382555</pubmed></ref><ref name=Oh2004><pubmed>14970204</pubmed></ref> 。Coiled-coilドメイン、PDZリガンドはPSD-95との液体―液体相転移現象に必須である<ref name=Zeng2016><pubmed>27565345</pubmed></ref> 。これらのCaMKIIリン酸化サイト、coiled-coilドメイン、PDZリガンドはシナプス可塑性(長期増強)の発現に必要である<ref name=Araki2015><pubmed>25569349</pubmed></ref><ref name=Zeng2016><pubmed>27565345</pubmed></ref> 。


PH-C2ドメイン
=== PH-C2ドメイン ===
一般的にはリン脂質等の生体膜脂質への結合部位と考えられているが、SYNGAPにおいて特定の分子は同定されていない。C2ドメインはRapGAP活性に必須である<ref name=Pena2008><pubmed>18323856</pubmed></ref> 。
一般的にはリン脂質等の生体膜脂質への結合部位と考えられているが、SYNGAPにおいて特定の分子は同定されていない。C2ドメインはRapGAP活性に必須である<ref name=Pena2008><pubmed>18323856</pubmed></ref> 。


GAPドメイン
=== GAPドメイン ===
RasおよびRapGAP活性を持つと考えられている<ref name=Chen1998><pubmed>9620694</pubmed></ref><ref name=Kim1998><pubmed>9581761</pubmed></ref> 。その基質特異性はCaMKIIによるリン酸化により制御されている<ref name=Walkup2015><pubmed>25533468</pubmed></ref> 。神経細胞内でRacGAPを制御しているという報告もあるが、その活性はRasGAP活性を介するものであるとされている(Ras-Tiam1-[[Rac]]1経路)<ref name=Carlisle2008><pubmed>19074040</pubmed></ref> 。
RasおよびRapGAP活性を持つと考えられている<ref name=Chen1998><pubmed>9620694</pubmed></ref><ref name=Kim1998><pubmed>9581761</pubmed></ref> 。その基質特異性はCaMKIIによるリン酸化により制御されている<ref name=Walkup2015><pubmed>25533468</pubmed></ref> 。神経細胞内でRacGAPを制御しているという報告もあるが、その活性はRasGAP活性を介するものであるとされている(Ras-Tiam1-[[Rac]]1経路)<ref name=Carlisle2008><pubmed>19074040</pubmed></ref> 。


Coiled-coil領域
=== Coiled-coil領域 ===
PSD-95との液体-液体相転移に必須の領域で、他の液体-液体相転移を引き起こすタンパクと同様、決まった3次構造を取りにくいIntrinsically disordered regionで、他のタンパクと多価結合を引き起こす。SYNGAP 3分子はこの領域でβヘリックスが絡み合ったようなトライマーを形成する。ゲルろ過法を用いた解析によりin vitroでここに2分子のPSD-95が結合することが分かっている<ref name=Zeng2016><pubmed>27565345</pubmed></ref> 。
PSD-95との液体-液体相転移に必須の領域で、他の液体-液体相転移を引き起こすタンパクと同様、決まった3次構造を取りにくいIntrinsically disordered regionで、他のタンパクと多価結合を引き起こす。SYNGAP 3分子はこの領域でβヘリックスが絡み合ったようなトライマーを形成する。ゲルろ過法を用いた解析によりin vitroでここに2分子のPSD-95が結合することが分かっている<ref name=Zeng2016><pubmed>27565345</pubmed></ref> 。


[[PDZ]] ligand  
=== PDZ ligand ===
1 isoformのみ、-FPPWVQQTRVというPDZリガンドを含むC末端を持ち、[[PSD-95]], SAP-97等のMAGUK family proteinsと結合することが知られている。
1 isoformのみ、-FPPWVQQTRVというPDZリガンドを含むC末端を持ち、[[PSD-95]], SAP-97等のMAGUK family proteinsと結合することが知られている。
In vitroの結果によると、PSD-95のPDZ1,2ドメインより、PDZ3ドメインに強く結合する。これは、PSD-95 PDZ3のC末のαCへリックスが結合を安定化するからだとされている。SYNGAP1の(-3)T-V(0)が、PSD-95のPDZ3ドメイン(B/ B groove)と通常のPDZ結合をするのに加え、 SYNGAP1(-9)F-V(-5)がPSD-95のαCへリックスが作る疎水性ポケットに入り、結合が安定化される<ref name=Zeng2016><pubmed>27565345</pubmed></ref> 。
In vitroの結果によると、PSD-95のPDZ1,2ドメインより、PDZ3ドメインに強く結合する。これは、PSD-95 PDZ3のC末のαCへリックスが結合を安定化するからだとされている。SYNGAP1の(-3)T-V(0)が、PSD-95のPDZ3ドメイン(B/ B groove)と通常のPDZ結合をするのに加え、 SYNGAP1(-9)F-V(-5)がPSD-95のαCへリックスが作る疎水性ポケットに入り、結合が安定化される<ref name=Zeng2016><pubmed>27565345</pubmed></ref> 。


 
=== スプライシングアイソフォーム ===
***スプライシングアイソフォーム
N末端に長いほうから順にA, B, Cの3つのアイソフォームがあり、一番短いCアイソフォームはPHドメインの一部が欠失している (Fig.1)。
N末端に長いほうから順にA, B, Cの3つのアイソフォームがあり、一番短いCアイソフォームはPHドメインの一部が欠失している (Fig.1)。
C末端には1, 2, ,  の4つのアイソフォームがある<ref name=Li2001><pubmed>11278737</pubmed></ref><ref name=McMahon2012><pubmed>22692543</pubmed></ref> 。1だけがPDZ ligandを有し、前述したCaMKIIを介したシナプス可塑性制御や、液体ー液体相転移現象にかかわっている。
C末端には1, 2, ,  の4つのアイソフォームがある<ref name=Li2001><pubmed>11278737</pubmed></ref><ref name=McMahon2012><pubmed>22692543</pubmed></ref> 。1だけがPDZ ligandを有し、前述したCaMKIIを介したシナプス可塑性制御や、液体ー液体相転移現象にかかわっている。


 
== ファミリー ==
***ファミリー
ドメイン構造が保存されているSYNGAPファミリー分子として、DAB2IP, RASAL2, RASAL3が報告されている<ref name=King2013><pubmed>23443682</pubmed></ref> 。
ドメイン構造が保存されているSYNGAPファミリー分子として、DAB2IP, RASAL2, RASAL3が報告されている<ref name=King2013><pubmed>23443682</pubmed></ref> 。
SYNGAPは神経細胞のポストシナプス側に多量に発現しており、シナプス可塑性(特に長期増強)の発現に関与している<ref name=Kim2003><pubmed>12598599</pubmed></ref><ref name=Komiyama2002><pubmed>12427827</pubmed></ref> 。
SYNGAPは神経細胞のポストシナプス側に多量に発現しており、シナプス可塑性(特に長期増強)の発現に関与している<ref name=Kim2003><pubmed>12598599</pubmed></ref><ref name=Komiyama2002><pubmed>12427827</pubmed></ref> 。
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RASAL2は、星状細胞腫においてRhoGAPとして働き、KnockdownによりRhoの活性化、間葉性細胞腫から遊走性細胞腫への転化が見られる<ref name=Weeks2012><pubmed>22683310</pubmed></ref> 。
RASAL2は、星状細胞腫においてRhoGAPとして働き、KnockdownによりRhoの活性化、間葉性細胞腫から遊走性細胞腫への転化が見られる<ref name=Weeks2012><pubmed>22683310</pubmed></ref> 。


 
== 発現パターン ==
***発現パターン
組織発現パターン
組織発現パターン
Western blotレベルでは、脳に特異的に発現している。特に海馬、大脳皮質に発現が多い<ref name=Chen1998><pubmed>9620694</pubmed></ref><ref name=Kim1998><pubmed>9581761</pubmed></ref> 。
Western blotレベルでは、脳に特異的に発現している。特に海馬、大脳皮質に発現が多い<ref name=Chen1998><pubmed>9620694</pubmed></ref><ref name=Kim1998><pubmed>9581761</pubmed></ref> 。


細胞内分布
== 細胞内分布 ==
興奮性グルタミン酸シナプス(ポストシナプス側)に高度に蓄積している<ref name=Chen1998><pubmed>9620694</pubmed></ref><ref name=Kim1998><pubmed>9581761</pubmed></ref> 。1,2,,アイソフォーム間で細胞内局在が若干異なるという報告もある<ref name=Li2001><pubmed>11278737</pubmed></ref> 。
興奮性グルタミン酸シナプス(ポストシナプス側)に高度に蓄積している<ref name=Chen1998><pubmed>9620694</pubmed></ref><ref name=Kim1998><pubmed>9581761</pubmed></ref> 。1,2,,アイソフォーム間で細胞内局在が若干異なるという報告もある<ref name=Li2001><pubmed>11278737</pubmed></ref> 。


各シナプスでのNMDA受容体活動レベルによりダイナミックに局在変化する。NMDA受容体-CaMKIIの活性化レベルが低い状態では、PSD-95と結合しポストシナプスに高度に蓄積している。NMDAR-CaMKIIの活性化により、CaMKIIがSynGAPをリン酸化することで、SynGAP-PSD95の結合が減弱し、SynGAPがシナプス外に分散していく現象が観察できる<ref name=Araki2015><pubmed>25569349</pubmed></ref> 。
各シナプスでのNMDA受容体活動レベルによりダイナミックに局在変化する。NMDA受容体-CaMKIIの活性化レベルが低い状態では、PSD-95と結合しポストシナプスに高度に蓄積している。NMDAR-CaMKIIの活性化により、CaMKIIがSynGAPをリン酸化することで、SynGAP-PSD95の結合が減弱し、SynGAPがシナプス外に分散していく現象が観察できる<ref name=Araki2015><pubmed>25569349</pubmed></ref> 。


== 機能 ==
  SYNGAPノックアウトマウスは、ホモ個体(-/-)は生後数日で致死、ヘテロ(+/-)は海馬スライスにおいて[[CA3]]-CA1シナプスの長期増強(LTP)が劇的に減弱する。一方LTDへの影響は限定的かほぼない<ref name=Kim2003><pubmed>12598599</pubmed></ref><ref name=Komiyama2002><pubmed>12427827</pubmed></ref> 。マウスSYNGAPヘテロ(+/-)個体の脳では、Ras下流のERKキナーゼの異常な活性化(リン酸化)が見られ<ref name=Komiyama2002><pubmed>12427827</pubmed></ref> 、行動レベルではワーキングメモリーが劇的に障害される<ref name=Clement2012><pubmed>23141534</pubmed></ref> 。SYNGAP機能欠失による発達障害患者と同じく、てんかんを併発することが多い。その他、SYNGAP Hetマウスの表現型は、睡眠障害、Sensory processingの異常、危険予測の欠如、繰り返し行動の増加、などがあり、広範にヒトの発達障害の表現型を模していると考えられる<ref name=Guo2009><pubmed>19145222</pubmed></ref> 。


***機能
 神経細胞におけるSYNGAPのノックダウン実験では、シナプスが異常肥大化し、シナプス結合が異常に増強される表現型が見られることから、SYNGAPの正常機能は、RasGAP活性を介してRas-ERK活性化レベルを低く抑え、シナプス結合強度を(刺激がない状態では)低く保つこと、NMDAR-CaMKII刺激が来たときにのみシナプス外に離散し、Ras/Rac1活性化を通じたスパイン肥大化とAMPA受容体の挿入を介して、シナプス強度を増強することだと考えられる<ref name=Araki2015><pubmed>25569349</pubmed></ref> 。
  SYNGAPノックアウトマウスは、ホモ個体(-/-)は生後数日で致死、ヘテロ(+/-)は海馬スライスにおいて[[CA3]]-CA1シナプスの長期増強(LTP)が劇的に減弱する。一方LTDへの影響は限定的かほぼない<ref name=Kim2003><pubmed>12598599</pubmed></ref><ref name=Komiyama2002><pubmed>12427827</pubmed></ref> 。マウスSYNGAPヘテロ(+/-)個体の脳では、Ras下流のERKキナーゼの異常な活性化(リン酸化)が見られ<ref name=Komiyama2002><pubmed>12427827</pubmed></ref> 、行動レベルではワーキングメモリーが劇的に障害される<ref name=Clement2012><pubmed>23141534</pubmed></ref> 。SYNGAP機能欠失による発達障害患者と同じく、てんかんを併発することが多い。その他、SYNGAP Hetマウスの表現型は、睡眠障害、Sensory processingの異常、危険予測の欠如、繰り返し行動の増加、などがあり、広範にヒトの発達障害の表現型を模していると考えられる<ref name=Guo2009><pubmed>19145222</pubmed></ref> 。
  神経細胞におけるSYNGAPのノックダウン実験では、シナプスが異常肥大化し、シナプス結合が異常に増強される表現型が見られることから、SYNGAPの正常機能は、RasGAP活性を介してRas-ERK活性化レベルを低く抑え、シナプス結合強度を(刺激がない状態では)低く保つこと、NMDAR-CaMKII刺激が来たときにのみシナプス外に離散し、Ras/Rac1活性化を通じたスパイン肥大化とAMPA受容体の挿入を介して、シナプス強度を増強することだと考えられる<ref name=Araki2015><pubmed>25569349</pubmed></ref> 。


Synaptic Scalingに関する機能
=== Synaptic Scaling===
シナプスにはその入力の強度に応じ、出力を一定に保つようなフィードバック機構が備わっており、synaptic scaling とよばれる。polo-like kinase 2 (PLK2; 別名SNK)は、神経の活性化により発現誘導される[[セリン]]/スレオニンキナーゼであり、Rap-GAPであるSPARのリン酸化、ユビキチン化後の分解等を介して、synaptic scalingに深くかかわるキナーゼであることが知られている<ref name=Pak2003><pubmed>14576440</pubmed></ref> 。SYNGAPは、神経の活性化により誘導されたPlk2により、そのGAPドメインのC末側をリン酸化される。これにより、SynGAPのRas-GAP活性が増加し、シナプス強度を引き下げることにより、synaptic downscalingに関与しているとされる<ref name=Lee2011><pubmed>21382555</pubmed></ref> 。
シナプスにはその入力の強度に応じ、出力を一定に保つようなフィードバック機構が備わっており、synaptic scaling とよばれる。polo-like kinase 2 (PLK2; 別名SNK)は、神経の活性化により発現誘導される[[セリン]]/スレオニンキナーゼであり、Rap-GAPであるSPARのリン酸化、ユビキチン化後の分解等を介して、synaptic scalingに深くかかわるキナーゼであることが知られている<ref name=Pak2003><pubmed>14576440</pubmed></ref> 。SYNGAPは、神経の活性化により誘導されたPlk2により、そのGAPドメインのC末側をリン酸化される。これにより、SynGAPのRas-GAP活性が増加し、シナプス強度を引き下げることにより、synaptic downscalingに関与しているとされる<ref name=Lee2011><pubmed>21382555</pubmed></ref> 。


またSynGAPは、発達期において[[ERK]]-Rheb-mTORのパスウェイを負に制御することでSynaptic AMPARを低く制御すること、SynGAPの発現をknockdownすることでこのパスウェイを阻害すると、TTX+APV処理によるsynaptic upscalingが障害されることが報告されている<ref name=Wang2013><pubmed>24391850</pubmed></ref> 。
またSynGAPは、発達期において[[ERK]]-Rheb-mTORのパスウェイを負に制御することでSynaptic AMPARを低く制御すること、SynGAPの発現をknockdownすることでこのパスウェイを阻害すると、TTX+APV処理によるsynaptic upscalingが障害されることが報告されている<ref name=Wang2013><pubmed>24391850</pubmed></ref> 。


LTPに関する機能
=== LTP ===
NMDAR-CaMKIIの活性化により、SYNGAPがリン酸化されるとPSD-95との結合が外れ、ポストシナプスからDendritic shaftの細胞質部分へと分散していく (Fig. 2)。この分散は、能動的なものではなく、PSD-95というアンカーから外れたことによる単純拡散であると考えられている<ref name=Araki2015><pubmed>25569349</pubmed></ref> 。
NMDAR-CaMKIIの活性化により、SYNGAPがリン酸化されるとPSD-95との結合が外れ、ポストシナプスからDendritic shaftの細胞質部分へと分散していく (Fig. 2)。この分散は、能動的なものではなく、PSD-95というアンカーから外れたことによる単純拡散であると考えられている<ref name=Araki2015><pubmed>25569349</pubmed></ref> 。
Rasの負の制御要因であったSynGAPがNMDAR-CaMKII依存的にシナプス内から外に移動することで、シナプス内Rasの活性が増加し、AMPARのポストシナプスへの挿入、アクチンの重合にともなうシナプス肥大化が引き起こされる。
Rasの負の制御要因であったSynGAPがNMDAR-CaMKII依存的にシナプス内から外に移動することで、シナプス内Rasの活性が増加し、AMPARのポストシナプスへの挿入、アクチンの重合にともなうシナプス肥大化が引き起こされる。


相転移によるPSDの生化学的基盤の提供
=== 相転移によるPSDの生化学的基盤の提供 ===
SYNGAPのC末のcoiled-coil domainは、PSD-95との液体―液体相転移に必須の領域で、決まった三次元構造を取りにくいIntrinsically disorder regionであると考えられている。これにより、他のタンパクとill-definedな多価結合をし、液体―液体相転移を引き起こす。SYNGAPにおいては、コイル構造が3本からまったトライマーを形成し、ここに2分子のPSD-95が結合する。これにより、in vitroの液体中で生理的濃度で自発的に相転移を起こし、液層のなかに別の液相(condensed phase)を形成する<ref name=Zeng2016><pubmed>27565345</pubmed></ref> 。
SYNGAPのC末のcoiled-coil domainは、PSD-95との液体―液体相転移に必須の領域で、決まった三次元構造を取りにくいIntrinsically disorder regionであると考えられている。これにより、他のタンパクとill-definedな多価結合をし、液体―液体相転移を引き起こす。SYNGAPにおいては、コイル構造が3本からまったトライマーを形成し、ここに2分子のPSD-95が結合する。これにより、in vitroの液体中で生理的濃度で自発的に相転移を起こし、液層のなかに別の液相(condensed phase)を形成する<ref name=Zeng2016><pubmed>27565345</pubmed></ref> 。


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この液体―液体相転移に必要なSYNGAPの配列に変異を入れると、chemical LTPのthresholdが下がり、より弱いNMDAR-CaMKII刺激で強いLTP(AMPAR挿入とシナプス肥大化)が観察されるようになる。このことより、SYNGAP/PSD-95の液体―液体相転移は、適正量のNMDAR-CaMKII刺激が来たときにのみ長期増強を引き起こすよう(少ないNMDAR刺激では長期増強が起きないよう)に機能し、もって回路全体の興奮性を正常に(高くなりすぎなように)保っていると考えられる<ref name=Zeng2016><pubmed>27565345</pubmed></ref> 。
この液体―液体相転移に必要なSYNGAPの配列に変異を入れると、chemical LTPのthresholdが下がり、より弱いNMDAR-CaMKII刺激で強いLTP(AMPAR挿入とシナプス肥大化)が観察されるようになる。このことより、SYNGAP/PSD-95の液体―液体相転移は、適正量のNMDAR-CaMKII刺激が来たときにのみ長期増強を引き起こすよう(少ないNMDAR刺激では長期増強が起きないよう)に機能し、もって回路全体の興奮性を正常に(高くなりすぎなように)保っていると考えられる<ref name=Zeng2016><pubmed>27565345</pubmed></ref> 。


発達障害との関連
=== 発達障害との関連 ===
SYNGAP1の変異が知的障害、自閉症などの広範な発達障害に関与していることが近年多数報告されている。OMIMにおいてSYNGAP1変異による発達障害はMRD5([[知的障害]]5型)と分類されている ([[OMIM]] #612621, https://www.omim.org/entry/612621)。UKにおける大規模調査によると、全発達障害症例のうち約0.75%程度にSYNGAP1の変異が認められる<ref name=UK-DDD-study2015><pubmed>25533962</pubmed></ref> 。この頻度は、ARID1B,[[SCN]]2A,ANKRD11に次ぎ全遺伝子中4番目に多い(Fig. 3)。その他の小規模報告でも、数%を占めるとされ、たとえば2009年の初報告では、コントロール群475例にSYNGAP1変異が認められないなか、知的障害(non-syndromic mental retardation; NSMR) 群94症例中3例(約3%)にSYNGAP1変異が見いだされている<ref name=Hamdan2009><pubmed>19196676</pubmed></ref> 。
SYNGAP1の変異が知的障害、自閉症などの広範な発達障害に関与していることが近年多数報告されている。OMIMにおいてSYNGAP1変異による発達障害はMRD5([[知的障害]]5型)と分類されている ([[OMIM]] #612621, https://www.omim.org/entry/612621)。UKにおける大規模調査によると、全発達障害症例のうち約0.75%程度にSYNGAP1の変異が認められる<ref name=UK-DDD-study2015><pubmed>25533962</pubmed></ref> 。この頻度は、ARID1B,[[SCN]]2A,ANKRD11に次ぎ全遺伝子中4番目に多い(Fig. 3)。その他の小規模報告でも、数%を占めるとされ、たとえば2009年の初報告では、コントロール群475例にSYNGAP1変異が認められないなか、知的障害(non-syndromic mental retardation; NSMR) 群94症例中3例(約3%)にSYNGAP1変異が見いだされている<ref name=Hamdan2009><pubmed>19196676</pubmed></ref> 。
症状として、発達の遅れと知的障害(中程度から高度)(100%)に加え、てんかん(発作起始は全般性で、頻度の高い順にミオクロニー発作、非定型欠神発作、強直性間代発作等)(84%)、斜視(約60%)、[[自閉症]](約50%)を併発する<ref name=Holder2019><pubmed>30789692</pubmed></ref> 。
症状として、発達の遅れと知的障害(中程度から高度)(100%)に加え、てんかん(発作起始は全般性で、頻度の高い順にミオクロニー発作、非定型欠神発作、強直性間代発作等)(84%)、斜視(約60%)、[[自閉症]](約50%)を併発する<ref name=Holder2019><pubmed>30789692</pubmed></ref> 。


 
== 関連項目 ==
***関連項目
* [[グルタミン酸受容体]]
[[グルタミン酸受容体]]
* [[シナプス可塑性]]
シナプス可塑性
* [[知的障害5型]]
知的障害5型
 
 


図の説明
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