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424 バイト追加 、 2019年10月8日 (火)
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== 機能 ==
== 機能 ==
  SYNGAPノックアウトマウスは、ホモ個体(-/-)は生後数日で致死、ヘテロ(+/-)は海馬スライスにおいて[[CA3]]-CA1シナプスの長期増強(LTP)が劇的に減弱する。一方LTDへの影響は限定的かほぼない<ref name=Kim2003><pubmed>12598599</pubmed></ref><ref name=Komiyama2002><pubmed>12427827</pubmed></ref> 。マウスSYNGAPヘテロ(+/-)個体の脳では、Ras下流のERKキナーゼの異常な活性化(リン酸化)が見られ<ref name=Komiyama2002><pubmed>12427827</pubmed></ref> 、行動レベルではワーキングメモリーが劇的に障害される<ref name=Clement2012><pubmed>23141534</pubmed></ref> 。SYNGAP機能欠失による発達障害患者と同じく、てんかんを併発することが多い。その他、SYNGAP Hetマウスの表現型は、睡眠障害、Sensory processingの異常、危険予測の欠如、繰り返し行動の増加、などがあり、広範にヒトの発達障害の表現型を模していると考えられる<ref name=Guo2009><pubmed>19145222</pubmed></ref> 。
 SYNGAPノックアウトマウスは、ホモ個体(-/-)は生後数日で致死、ヘテロ(+/-)は海馬スライスにおいて[[CA3]]-CA1シナプスの長期増強(LTP)が劇的に減弱する。一方LTDへの影響は限定的かほぼない<ref name=Kim2003><pubmed>12598599</pubmed></ref><ref name=Komiyama2002><pubmed>12427827</pubmed></ref> 。


 神経細胞におけるSYNGAPのノックダウン実験では、シナプスが異常肥大化し、シナプス結合が異常に増強される表現型が見られることから、SYNGAPの正常機能は、RasGAP活性を介してRas-ERK活性化レベルを低く抑え、シナプス結合強度を(刺激がない状態では)低く保つこと、NMDAR-CaMKII刺激が来たときにのみシナプス外に離散し、Ras/Rac1活性化を通じたスパイン肥大化とAMPA受容体の挿入を介して、シナプス強度を増強することだと考えられる<ref name=Araki2015><pubmed>25569349</pubmed></ref> 。
 マウスSYNGAPヘテロ(+/-)個体の脳では、Ras下流のERKキナーゼの異常な活性化(リン酸化)が見られ<ref name=Komiyama2002><pubmed>12427827</pubmed></ref> 、行動レベルではワーキングメモリーが劇的に障害される<ref name=Clement2012><pubmed>23141534</pubmed></ref> 。SYNGAP機能欠失による発達障害患者と同じく、てんかんを併発することが多い。その他、SYNGAPヘテロマウスの表現型は、睡眠障害、感覚プロセスの異常、危険予測の欠如、繰り返し行動の増加、などがあり、広範にヒトの発達障害の表現型を模していると考えられる<ref name=Guo2009><pubmed>19145222</pubmed></ref> 。


=== Synaptic Scaling===
 神経細胞におけるSYNGAPのノックダウン実験では、シナプスが異常肥大化し、シナプス結合が異常に増強される表現型が見られることから、SYNGAPの正常機能は、RasGAP活性を介してRas-ERK活性化レベルを低く抑え、シナプス結合強度を(刺激がない状態では)低く保つこと、NMDA型グルタミン酸受容体-CaMKII刺激が来たときにのみシナプス外に離散し、Ras/Rac1活性化を通じたスパイン肥大化とAMPA受容体の挿入を介して、シナプス強度を増強することだと考えられる<ref name=Araki2015><pubmed>25569349</pubmed></ref> 。
シナプスにはその入力の強度に応じ、出力を一定に保つようなフィードバック機構が備わっており、synaptic scaling とよばれる。polo-like kinase 2 (PLK2; 別名SNK)は、神経の活性化により発現誘導される[[セリン]]/スレオニンキナーゼであり、Rap-GAPであるSPARのリン酸化、ユビキチン化後の分解等を介して、synaptic scalingに深くかかわるキナーゼであることが知られている<ref name=Pak2003><pubmed>14576440</pubmed></ref> 。SYNGAPは、神経の活性化により誘導されたPlk2により、そのGAPドメインのC末側をリン酸化される。これにより、SynGAPのRas-GAP活性が増加し、シナプス強度を引き下げることにより、synaptic downscalingに関与しているとされる<ref name=Lee2011><pubmed>21382555</pubmed></ref> 。


またSynGAPは、発達期において[[ERK]]-Rheb-mTORのパスウェイを負に制御することでSynaptic AMPARを低く制御すること、SynGAPの発現をknockdownすることでこのパスウェイを阻害すると、TTX+APV処理によるsynaptic upscalingが障害されることが報告されている<ref name=Wang2013><pubmed>24391850</pubmed></ref> 。
===シナプス情報伝達===
 シナプスにはその入力の強度に応じ、出力を一定に保つようなフィードバック機構が備わっており、synaptic scaling とよばれる。polo-like kinase 2 (PLK2; 別名SNK)は、神経の活性化により発現誘導されるセリン/スレオニンキナーゼであり、Rap-GAPであるSPARのリン酸化、ユビキチン化後の分解等を介して、synaptic scalingに深くかかわるキナーゼであることが知られている<ref name=Pak2003><pubmed>14576440</pubmed></ref> 。SYNGAPは、神経の活性化により誘導されたPlk2により、そのGAPドメインのC末側をリン酸化される。これにより、SynGAPのRas-GAP活性が増加し、シナプス強度を引き下げることにより、synaptic downscalingに関与しているとされる<ref name=Lee2011><pubmed>21382555</pubmed></ref> 。


=== LTP ===
 またSynGAPは、発達期において[[ERK]]-Rheb-mTORのパスウェイを負に制御することでSynaptic AMPARを低く制御すること、SynGAPの発現をknockdownすることでこの経路を阻害すると、テトロドトキシン+2-アミノ-5-ホスホノペンタン酸 (APV、NMDA型グルタミン酸受容体の拮抗阻害剤)処理によりsynaptic scalingが障害される<ref name=Wang2013><pubmed>24391850</pubmed></ref> 。
NMDAR-CaMKIIの活性化により、SYNGAPがリン酸化されるとPSD-95との結合が外れ、ポストシナプスからDendritic shaftの細胞質部分へと分散していく (Fig. 2)。この分散は、能動的なものではなく、PSD-95というアンカーから外れたことによる単純拡散であると考えられている<ref name=Araki2015><pubmed>25569349</pubmed></ref> 。
 
Rasの負の制御要因であったSynGAPがNMDAR-CaMKII依存的にシナプス内から外に移動することで、シナプス内Rasの活性が増加し、AMPARのポストシナプスへの挿入、アクチンの重合にともなうシナプス肥大化が引き起こされる。
===長期増強現象===
 NMDA型グルタミン酸受容体-CaMKIIの活性化により、SYNGAPがリン酸化されるとPSD-95との結合が外れ、シナプス後部から樹状突起軸の細胞質部分へと分散していく('''図2''')。この分散は、能動的なものではなく、PSD-95というアンカーから外れたことによる単純拡散であると考えられている<ref name=Araki2015><pubmed>25569349</pubmed></ref> 。
Rasの負の制御要因であったSynGAPがNMDA型グルタミン酸受容体-CaMKII依存的にシナプス内から外に移動することで、シナプス内Rasの活性が増加し、AMPA型グルタミン酸受容体のシナプス後部への挿入、アクチンの重合にともなうシナプス肥大化が引き起こされる。


=== 相転移によるPSDの生化学的基盤の提供 ===
=== 相転移によるPSDの生化学的基盤の提供 ===
SYNGAPのC末のcoiled-coil domainは、PSD-95との液体―液体相転移に必須の領域で、決まった三次元構造を取りにくいIntrinsically disorder regionであると考えられている。これにより、他のタンパクとill-definedな多価結合をし、液体―液体相転移を引き起こす。SYNGAPにおいては、コイル構造が3本からまったトライマーを形成し、ここに2分子のPSD-95が結合する。これにより、in vitroの液体中で生理的濃度で自発的に相転移を起こし、液層のなかに別の液相(condensed phase)を形成する<ref name=Zeng2016><pubmed>27565345</pubmed></ref> 。
 SYNGAPのC末のコイルドコイルドメインは、PSD-95との液−液相分離に必須の領域で、決まった三次元構造を取りにくい天然変性領域であると考えられている。これにより、他のタンパクとill-definedな多価結合をし、液−液相分離を引き起こす。SYNGAPにおいては、コイル構造が3本からまったトライマーを形成し、ここに2分子のPSD-95が結合する。これにより、in vitroの液体中で生理的濃度で自発的に分離し、濃縮相のなかに別の濃縮相(condensed phase)を形成する<ref name=Zeng2016><pubmed>27565345</pubmed></ref> 。


SYNGAPはポストシナプス画分のなかで全タンパク中3番目に豊富に存在している(PSD-95は4番目)。この豊富な量とSYNGAP/PSD-95複合体の生化学的性質は、SYNGAP/PSD95複合体が脂質二重膜を持たないPSDという構造物の生化学的基盤を提供しうることを示唆している。
 SYNGAPはシナプス後膜肥厚 (PSD)画分のなかで全タンパク中3番目に豊富に存在している(PSD-95は4番目)。この豊富な量とSYNGAP/PSD-95複合体の生化学的性質は、SYNGAP/PSD95複合体が脂質二重膜を持たないPSDという構造物の生化学的基盤を提供しうることを示唆している。


この液体―液体相転移に必要なSYNGAPの配列に変異を入れると、chemical LTPのthresholdが下がり、より弱いNMDAR-CaMKII刺激で強いLTP(AMPAR挿入とシナプス肥大化)が観察されるようになる。このことより、SYNGAP/PSD-95の液体―液体相転移は、適正量のNMDAR-CaMKII刺激が来たときにのみ長期増強を引き起こすよう(少ないNMDAR刺激では長期増強が起きないよう)に機能し、もって回路全体の興奮性を正常に(高くなりすぎなように)保っていると考えられる<ref name=Zeng2016><pubmed>27565345</pubmed></ref> 。
 この液−液相分離に必要なSYNGAPの配列に変異を入れると、化学的LTPの閾値が下がり、より弱いNMDA型グルタミン酸受容体-CaMKII刺激で強いLTP(AMPA型グルタミン酸受容体のシナプス挿入とシナプス肥大化)が観察されるようになる。このことより、SYNGAP/PSD-95の液−液相分離は、適正量のNMDA型グルタミン酸受容体-CaMKII刺激が来たときにのみ長期増強を引き起こすよう(少ないNMDA型グルタミン酸受容体刺激では長期増強が起きないよう)に機能し、もって回路全体の興奮性を正常に(高くなりすぎなように)保っていると考えられる<ref name=Zeng2016><pubmed>27565345</pubmed></ref> 。


=== 発達障害との関連 ===
=== 発達障害との関連 ===
SYNGAP1の変異が知的障害、自閉症などの広範な発達障害に関与していることが近年多数報告されている。OMIMにおいてSYNGAP1変異による発達障害はMRD5([[知的障害]]5型)と分類されている ([[OMIM]] #612621, https://www.omim.org/entry/612621)。UKにおける大規模調査によると、全発達障害症例のうち約0.75%程度にSYNGAP1の変異が認められる<ref name=UK-DDD-study2015><pubmed>25533962</pubmed></ref> 。この頻度は、ARID1B,[[SCN]]2A,ANKRD11に次ぎ全遺伝子中4番目に多い(Fig. 3)。その他の小規模報告でも、数%を占めるとされ、たとえば2009年の初報告では、コントロール群475例にSYNGAP1変異が認められないなか、知的障害(non-syndromic mental retardation; NSMR) 群94症例中3例(約3%)にSYNGAP1変異が見いだされている<ref name=Hamdan2009><pubmed>19196676</pubmed></ref> 。
 SYNGAP1の変異が知的障害、自閉症などの広範な発達障害に関与していることが近年多数報告されている。
症状として、発達の遅れと知的障害(中程度から高度)(100%)に加え、てんかん(発作起始は全般性で、頻度の高い順にミオクロニー発作、非定型欠神発作、強直性間代発作等)(84%)、斜視(約60%)、[[自閉症]](約50%)を併発する<ref name=Holder2019><pubmed>30789692</pubmed></ref> 。
 
 OMIMにおいてSYNGAP1変異による発達障害は[[MRD5]][[知的障害5型]])と分類されている ([https://www.omim.org/entry/612621 OMIM #612621])。イギリスにおける大規模調査によると、全発達障害症例のうち約0.75%程度にSYNGAP1の変異が認められた<ref name=UK-DDD-study2015><pubmed>25533962</pubmed></ref> 。この頻度は、ARID1B、[[SCN2A]]、ANKRD11に次ぎ全遺伝子中4番目に多い(図3)。その他の小規模報告でも、数%を占めるとされ、たとえば2009年の初報告では、コントロール群475例にSYNGAP1変異が認められないなか、知的障害(non-syndromic mental retardation; NSMR) 群94症例中3例(約3%)にSYNGAP1変異が見いだされている<ref name=Hamdan2009><pubmed>19196676</pubmed></ref> 。
 
 症状として、発達の遅れと知的障害(中程度から高度)(100%)に加え、てんかん(発作起始は全般性で、頻度の高い順にミオクロニー発作、非定型欠神発作、強直性間代発作等)(84%)、斜視(約60%)、[[自閉症]](約50%)を併発する<ref name=Holder2019><pubmed>30789692</pubmed></ref> 。
 
''詳細は[[知的障害5型]]の項目参照。''


== 関連項目 ==
== 関連項目 ==

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