16,040
回編集
細編集の要約なし |
細編集の要約なし |
||
7行目: | 7行目: | ||
正式名称: シナプス局在性Ras-GTP加水分解活性化タンパク<br> | 正式名称: シナプス局在性Ras-GTP加水分解活性化タンパク<br> | ||
英語正式名称: Synaptic Ras-GTPase activating protein<br> | 英語正式名称: Synaptic Ras-GTPase activating protein<br> | ||
英語略称、蛋白質名:SynGAP<br> | |||
{{box|text= | {{box|text= SynGAPは、シナプス後部に局在するRasGAP蛋白質であり、CaMKIIの下流においてRasの活性を制御することで、シナプス可塑性に関与している。C末端のコイルドコイル領域やPDZリガンドを介しPSD-95と結合することで、PSD-95と共に液-液相分離現象を起こし、シナプス後膜肥厚 (postsynaptic density; PSD) という脂質二重膜を持たない細胞内小器官の生化学的基盤を提供していると考えられている。}} | ||
[[ファイル:Syngap Fig1.png|サムネイル|'''図1. SynGAPの構造'''<br>N末より、PHドメイン、C2ドメイン、GAPドメイン、コイルドコイル領域を持つ。α1アイソフォームのみ、PSD-95との結合に必要なPDZリガンドを持つ。N末にA,B,Cのスプライシングアイソフォーム、C末にα1,α2,β,γのスプライシングアイソフォームを持つ。実際のスプライシングはN末、C末の組み合わせであるため、SynGAP Aα1のように表記する。]] | [[ファイル:Syngap Fig1.png|サムネイル|'''図1. SynGAPの構造'''<br>N末より、PHドメイン、C2ドメイン、GAPドメイン、コイルドコイル領域を持つ。α1アイソフォームのみ、PSD-95との結合に必要なPDZリガンドを持つ。N末にA,B,Cのスプライシングアイソフォーム、C末にα1,α2,β,γのスプライシングアイソフォームを持つ。実際のスプライシングはN末、C末の組み合わせであるため、SynGAP Aα1のように表記する。]] | ||
[[ファイル:Syngap Fig2.png|サムネイル|'''図2. SynGAPの機能'''<br> | [[ファイル:Syngap Fig2.png|サムネイル|'''図2. SynGAPの機能'''<br> | ||
'''A.''' | '''A.''' SynGAPは基底状態においてはシナプスに高度に蓄積し、Rasの活性を低く保っている。シナプスのNMDA型グルタミン酸受容体刺激により、Ca<sup>2+</sup>/カルモジュリン依存性蛋白質リン酸化酵素II (CaMKII)が活性化されると、リン酸化され、スパインの外に分散し、AMPA型グルタミン酸受容体のシナプスへの挿入、スパイン肥大化を引き起こす。<br> | ||
'''B.''' | '''B.''' SynGAPは''in vitro''でPSD-95とPhase separationを引き起こす。シナプスにおける豊富な存在と、この生化学的性質は、SynGAP/PSD95複合体がPSDという脂質二重膜を持たない小器官の生化学的基盤を提供するのに適している。]] | ||
[[ファイル:Syngap Fig3.png|サムネイル|'''図3. SynGAPの発達障害との関連'''<br>知的障害、自閉症などの発達障害において、SYNGAP1の変異が高頻度に見出されている。遺伝子の構造と、見つかった変異の一例を示す。]] | [[ファイル:Syngap Fig3.png|サムネイル|'''図3. SynGAPの発達障害との関連'''<br>知的障害、自閉症などの発達障害において、SYNGAP1の変異が高頻度に見出されている。遺伝子の構造と、見つかった変異の一例を示す。]] | ||
== イントロダクション == | == イントロダクション == | ||
SynGAP (Synaptic Ras-GTPase Activating Protein 1) | SynGAP (Synaptic Ras-GTPase Activating Protein 1)は、シナプスに高度に蓄積する低分子GTP結合蛋白質Rasに対するGTPase活性化蛋白質 (RasGAP)である('''図1''')。Ca<sup>2+</sup>/カルモジュリン依存性蛋白質リン酸化酵素II (CaMKII)の下流においてシナプス内のRasの活性を制御することで<ref name=Chen1998><pubmed>9620694</pubmed></ref><ref name=Kim1998><pubmed>9581761</pubmed></ref> 、シナプス可塑性(長期増強)の発現に深くかかわっている<ref name=Kim2003><pubmed>12598599</pubmed></ref><ref name=Komiyama2002><pubmed>12427827</pubmed></ref> 。RasGAPとして、基底状態ではRasに結合したGTPの加水分解を促進する([[GTP]]->[[GDP]])ことで、Rasの活性化を阻害しているが、NMDA型グルタミン酸受容体 (NMDAR)-CaMKIIシグナルに依存してリン酸化されることでシナプス外に移動し、結果的にNMDAR依存的にシナプスでのRasの活性化を誘導する('''図2A''')。これにより、AMPA型グルタミン酸受容体 (AMPAR)のシナプス後部への挿入やスパインの肥大化を引き起こす<ref name=Araki2015><pubmed>25569349</pubmed></ref> 。 | ||
PSD蛋白質の質量分析計による解析によると、SYNGAP1はCaMKIIα/β (それぞれ27.8、4.7 pmol/20 μg)に次いでシナプス内で3番目に濃度の高い蛋白質(∼2.1 pmol/20 μg) であり、主要な足場蛋白質PSD-95(1.73 pmol/20 μg; 4番目)よりも存在比が大きく、シグナル伝達以外での役割の解明が待たれていた<ref name=Cheng2006><pubmed>16507876</pubmed></ref><ref name=Sheng2007><pubmed>17243894</pubmed></ref> 。またSynGAPはそのPDZリガンドを介し、PSD-95をシナプスに集積させる調節因子であることもわかっていた<ref name=Nonaka2006><pubmed>16421296</pubmed></ref> 。2016年、C末端のコイルドコイル領域とPDZリガンドを介しPSD-95と結合することで、PSD-95とともに水層より液-液相分離現象を起こし、濃縮相を形成することが明らかにされた。この相転移が、脂質二重膜を持たないPSDという細胞内小器官の物質的基盤を提供している可能性が示唆された('''図2B''')<ref name=Zeng2018><pubmed>30078712</pubmed></ref><ref name=Zeng2016><pubmed>27565345</pubmed></ref> 。 | |||
SYNGAPの変異は、近年のエクソーム解析 の発展により、知的障害や自閉症等の発達障害において高率に見出されており、その頻度は全遺伝子中有数(4番目)に高く、イギリスにおける解析では全発達障害例の約0.75%でSYNGAP1の変異が認められるとしている('''図3''')<ref name=UK-DDD-study2015><pubmed>25533962</pubmed></ref> 。 | SYNGAPの変異は、近年のエクソーム解析 の発展により、知的障害や自閉症等の発達障害において高率に見出されており、その頻度は全遺伝子中有数(4番目)に高く、イギリスにおける解析では全発達障害例の約0.75%でSYNGAP1の変異が認められるとしている('''図3''')<ref name=UK-DDD-study2015><pubmed>25533962</pubmed></ref> 。 | ||
== 構造 == | == 構造 == | ||
N末端側から、PHドメイン、C2ドメイン、GAPドメイン、SH3 | N末端側から、PHドメイン、C2ドメイン、GAPドメイン、SH3 結合配列、コイルドコイル領域、PDZリガンド(α1アイソフォームのみ)を持つ('''図1''') <ref name=Chen1998><pubmed>9620694</pubmed></ref><ref name=Kim1998><pubmed>9581761</pubmed></ref> 。SH3結合配列とコイルドコイル領域の間の配列、およびコイルドコイル領域は、[[CaMKII]]、Plk2、[[cdk5]]等によりリン酸化される<ref name=Lee2011><pubmed>21382555</pubmed></ref><ref name=Oh2004><pubmed>14970204</pubmed></ref> 。コイルドコイル領域、PDZリガンドはPSD-95との液-液相分離現象に必須である<ref name=Zeng2016><pubmed>27565345</pubmed></ref> 。これらのCaMKIIリン酸化部位、コイルドコイル領域、PDZリガンドはシナプス可塑性(長期増強)の発現に必要である<ref name=Araki2015><pubmed>25569349</pubmed></ref><ref name=Zeng2016><pubmed>27565345</pubmed></ref> 。 | ||
=== PH-C2ドメイン === | === PH-C2ドメイン === | ||
36行目: | 35行目: | ||
RasおよびRapGAP活性を持つと考えられている<ref name=Chen1998><pubmed>9620694</pubmed></ref><ref name=Kim1998><pubmed>9581761</pubmed></ref> 。その基質特異性はCaMKIIによるリン酸化により制御されている<ref name=Walkup2015><pubmed>25533468</pubmed></ref> 。神経細胞内でRacGAPを制御しているという報告もあるが、その活性はRasGAP活性を介するものであるとされている(Ras-Tiam1-[[Rac]]1経路)<ref name=Carlisle2008><pubmed>19074040</pubmed></ref> 。 | RasおよびRapGAP活性を持つと考えられている<ref name=Chen1998><pubmed>9620694</pubmed></ref><ref name=Kim1998><pubmed>9581761</pubmed></ref> 。その基質特異性はCaMKIIによるリン酸化により制御されている<ref name=Walkup2015><pubmed>25533468</pubmed></ref> 。神経細胞内でRacGAPを制御しているという報告もあるが、その活性はRasGAP活性を介するものであるとされている(Ras-Tiam1-[[Rac]]1経路)<ref name=Carlisle2008><pubmed>19074040</pubmed></ref> 。 | ||
=== | === コイルドコイル領域 === | ||
PSD-95との液-液相分離に必須の領域で、他の液-液相分離を引き起こすタンパクと同様、決まった3次構造を取りにくい天然変性領域で、他のタンパクと多価結合を引き起こす。SYNGAP | PSD-95との液-液相分離に必須の領域で、他の液-液相分離を引き起こすタンパクと同様、決まった3次構造を取りにくい天然変性領域で、他のタンパクと多価結合を引き起こす。SYNGAP 3分子はこの領域でβヘリックスが絡み合ったような三量体を形成する。ゲルろ過法を用いた解析により''in vitro''でここに2分子のPSD-95が結合することが分かっている<ref name=Zeng2016><pubmed>27565345</pubmed></ref> 。 | ||
=== PDZ ligand === | === PDZ ligand === | ||
α1アイソフォームのみ、-FPPWVQQTRVというPDZリガンドを含むC末端を持ち、[[PSD-95]]、SAP- | α1アイソフォームのみ、-FPPWVQQTRVというPDZリガンドを含むC末端を持ち、[[PSD-95]]、SAP-97等のMAGUKファミリー蛋白質と結合することが知られている。 | ||
In | |||
''In vitro''の結果によると、PSD-95のPDZ1、2ドメインより、PDZ3ドメインに強く結合する。これは、PSD-95 PDZ3のC末のαCへリックスが結合を安定化するからだとされている。SYNGAP1の(-3)T-V(0)が、PSD-95のPDZ3ドメイン(αB/ βB groove)と通常のPDZ結合をするのに加え、 SYNGAP1(-9)F-V(-5)がPSD-95のαCへリックスが作る疎水性ポケットに入り、結合が安定化される<ref name=Zeng2016><pubmed>27565345</pubmed></ref> 。 | |||
=== スプライシングアイソフォーム === | === スプライシングアイソフォーム === | ||
55行目: | 55行目: | ||
DAB2IPは、血管内皮細胞において腫瘍壊死因子 (TNF)シグナルを下流のASK1に受け渡し、そのかわりにNFκBを抑制することにより、TNF依存的なアポトーシスを促進している<ref name=Zhang2004><pubmed>15310755</pubmed></ref> 。前立腺がん、肺がん、乳がん、消化器がん等においてDAB2IPの発現の抑制がみられる。1つのSNP (rs1571801)が前立腺がんの悪性化に関与していることも知られている<ref name=Duggan2007><pubmed>18073375</pubmed></ref> 。 | DAB2IPは、血管内皮細胞において腫瘍壊死因子 (TNF)シグナルを下流のASK1に受け渡し、そのかわりにNFκBを抑制することにより、TNF依存的なアポトーシスを促進している<ref name=Zhang2004><pubmed>15310755</pubmed></ref> 。前立腺がん、肺がん、乳がん、消化器がん等においてDAB2IPの発現の抑制がみられる。1つのSNP (rs1571801)が前立腺がんの悪性化に関与していることも知られている<ref name=Duggan2007><pubmed>18073375</pubmed></ref> 。 | ||
RASAL2は、星状細胞腫においてRhoGAPとして働き、ノックダウンによりRhoの活性化、間葉性細胞腫<u>(編集部コメント:種ではないでしょうか?)</u>から遊走性細胞腫への転化が見られる<ref name=Weeks2012><pubmed>22683310</pubmed></ref> 。 | |||
== 発現== | == 発現== | ||
83行目: | 83行目: | ||
=== 相転移によるPSDの生化学的基盤の提供 === | === 相転移によるPSDの生化学的基盤の提供 === | ||
SYNGAPのC末のコイルドコイル領域は、PSD-95との液−液相分離に必須の領域で、決まった三次元構造を取りにくい天然変性領域であると考えられている。これにより、他のタンパクとill-definedな多価結合をし、液−液相分離を引き起こす。SYNGAPにおいては、コイル構造が3本からまったトライマーを形成し、ここに2分子のPSD-95が結合する。これにより、''in vitro''の液体中で生理的濃度で自発的に分離し、濃縮相のなかに別の濃縮相(condensed phase)を形成する<ref name=Zeng2016><pubmed>27565345</pubmed></ref> 。 | |||
SYNGAPはシナプス後膜肥厚 (PSD)画分のなかで全タンパク中3番目に豊富に存在している(PSD-95は4番目)。この豊富な量とSYNGAP/PSD-95複合体の生化学的性質は、SYNGAP/PSD95複合体が脂質二重膜を持たないPSDという構造物の生化学的基盤を提供しうることを示唆している。 | SYNGAPはシナプス後膜肥厚 (PSD)画分のなかで全タンパク中3番目に豊富に存在している(PSD-95は4番目)。この豊富な量とSYNGAP/PSD-95複合体の生化学的性質は、SYNGAP/PSD95複合体が脂質二重膜を持たないPSDという構造物の生化学的基盤を提供しうることを示唆している。 |