「間脳の発生」の版間の差分

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英語名:development of diencephalon 独:Entwicklung von Diencephalon 仏:développement de diencéphale
英語名:development of diencephalon 独:Entwicklung von Diencephalon 仏:développement de diencéphale
{{box|text= 間脳は脊椎動物の神経管の前端において、終脳と中脳の間に発生する領域である。胚発生期の間脳原基には様々な遺伝子が特徴的なパターンで発現し、前後軸や背腹軸に沿ったパターニングがなされる。その過程で間脳にはプロソメアと呼ばれる分節構造が生じる<ref name=ref1 ><pubmed> 7507621 </pubmed></ref><ref name=ref2><pubmed> 12948657 </pubmed></ref><ref name=ref3><pubmed> 7939711 </pubmed></ref><ref name=ref4><pubmed> 8564469 </pubmed></ref>。その後、間脳からは目(の網膜)や松果体、視床など、様々な構造が発生する。また、視床と終脳をつなぐ軸索路などの重要な神経回路もつくられる。}}
{{box|text= 脊椎動物の間脳は、神経管の吻側に生じる脳胞の後方部から発生する領域である。胚発生期の間脳原基には様々な遺伝子が特徴的なパターンで発現し、前後軸や背腹軸に沿ったパターニングがなされる。その過程で間脳原基にはプロソメア(前脳分節)と呼ばれる分節構造が生じ、プロソメア1〜3の背側要素(翼板)からそれぞれ視蓋前域、視床、視床前域が発生する。また、間脳原基からは左右の脳領域を連絡する交連や、視床と終脳をつなぐ軸索路などの重要な神経回路もつくられる。脳胞のうち、後の視床下部に相当する場所からは眼の網膜や視神経(視索)が発生する。ただし、最近では、視床下部を間脳の一部とせず、終脳と視床下部を一つの要素とする考えが提唱されている。}}


== 脊椎動物の成体の間脳形態 ==
== 脊椎動物の成体の間脳形態 ==
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 間脳では発生の進行につれ前後軸に沿った形態学的、組織学的な領域化が起こり、分節的な構造([[神経分節]]:neuromeres)が生じ、その中から様々な神経核が発生していく。この構造はRubenstein、 Martinez、 嶋村、Puellesによってプロソメア(p1, p2, p3)と名付けられている<ref name=ref1 /><ref><pubmed>8575293 </pubmed></ref><ref name=ref2 /><ref name=ref3 /><ref name=ref4 />。
 間脳では発生の進行につれ前後軸に沿った形態学的、組織学的な領域化が起こり、分節的な構造([[神経分節]]:neuromeres)が生じ、その中から様々な神経核が発生していく。この構造はRubenstein、 Martinez、 嶋村、Puellesによってプロソメア(p1, p2, p3)と名付けられている<ref name=ref1 /><ref><pubmed>8575293 </pubmed></ref><ref name=ref2 /><ref name=ref3 /><ref name=ref4 />。


 これまでの発生学的研究から、各々のプロソメアを規定するいくつかの指標が提示されている。脊椎動物の発生初期に現れる[[軸索路]]として知られる基本的神経回路([[後交連]]:p1;手綱交連:p2)や、[[転写因子]]の発現(''[[Lhx1]]/[[Lhx5|5]]''と''[[Pax3]]/[[Pax7|7]]''が共発現していればp1;''[[Ebf1]]''が発現していればp1;''[[Lhx2]]/[[Lhx9|9]]''や''[[Dlx2]]''が発現していればp2;''Lhx1/5''と''[[Dlx1]]/[[Dlx6|6]]''が共発現していればp3;''[[Gbx2]]''が発現していればp2;''[[Tcf4]]''の発現の前端がp2とp3の境界)などがそれにあたる<ref name=ref1 /><ref name=ref10><pubmed> 8510755 </pubmed></ref><ref name=ref11><pubmed> 7687285 </pubmed></ref><ref name=ref12><pubmed> 17912743 </pubmed></ref>。
 これまでの発生学的研究から、各々のプロソメアを規定するいくつかの指標が提示されている。脊椎動物の発生初期に現れる[[軸索路]]として知られる基本的神経回路([[後交連]]:p1;手綱交連:p2)や、[[転写因子]]の発現(''[[Lhx1]]/[[Lhx5|5]]''と''[[Pax3]]/[[Pax7|7]]''が共発現していればp1;''[[Ebf1]]''が発現していればp1;''[[Lhx2]]/[[Lhx9|9]]''や''[[Dlx2]]''が発現していればp2;''Lhx1/5''と''[[Dlx1]]/[[Dlx6|6]]''が共発現していればp3;''[[Gbx2]]''が発現していればp2;''[[Tcf4]]''の発現の前端がp2とp3の境界)などがそれにあたる<ref name=ref1 /><ref name=ref10><pubmed> 8510755 </pubmed></ref><ref name=ref11><pubmed> 7687285 </pubmed></ref><ref name=ref12><pubmed> 17912743 </pubmed></ref>。


 また重要な点として、神経管腹側の''[[Shh]]''の発現が背側に伸びてきて[[zona limitans intrathalamica]](Zli)を形成し、zona limitans intrathalamicaからのShhシグナルがプロソメア2とプロソメア3の分化に関わり、zona limitans intrathalamicaがp2とp3の境界となる('''図2''')<ref><pubmed> 16026780 </pubmed></ref><ref><pubmed> 15494730 </pubmed></ref>。また、zona limitans intrathalamicaの背側で発現する[[Fgf8]]も間脳のパターニングに関与している<ref><pubmed> 18653561 </pubmed></ref><ref><pubmed> 19846726 </pubmed></ref>。同様に[[Wnt]]シグナルも重要な役割を担う<ref><pubmed> 14522868 </pubmed></ref>。Shhのシグナルは間脳の[[神経前駆細胞]]の配置様式にも大きな影響を及ぼす<ref><pubmed> 19357274 </pubmed></ref>。
 また重要な点として、神経管腹側の''[[Shh]]''の発現が背側に伸びてきて[[zona limitans intrathalamica]](Zli)を形成し、zona limitans intrathalamicaからのShhシグナルがプロソメア2とプロソメア3の分化に関わり、zona limitans intrathalamicaがp2とp3の境界となる('''図2''')<ref><pubmed> 16026780 </pubmed></ref><ref><pubmed> 15494730 </pubmed></ref>。また、zona limitans intrathalamicaの背側で発現する[[Fgf8]]も間脳のパターニングに関与している<ref><pubmed> 18653561 </pubmed></ref><ref><pubmed> 19846726 </pubmed></ref>。同様に[[Wnt]]シグナルも重要な役割を担う<ref><pubmed> 14522868 </pubmed></ref>。Shhのシグナルは間脳の[[神経前駆細胞]]の配置様式にも大きな影響を及ぼす<ref><pubmed> 19357274 </pubmed></ref>。
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 こうした知見を基に、現在では、成体の羊膜類、両生類、魚類の間脳は後ろから視蓋前域(pretectum)、視床(thalamus)、[[視床前域]](prethalamus)に分けられており、これらはそれぞれプロソメア1、2、3の背側要素([[翼板]])に対応している<ref name=ref1 /><ref name=ref2 /><ref name=ref10 /><ref name=ref11 /><ref name=ref12 /><ref name=ref33 /><ref><pubmed> 10195307 </pubmed></ref><ref><pubmed> 10342441 </pubmed></ref><ref><pubmed> 11567052 </pubmed></ref>。これらの構成は解剖学の教科書に見られる形態学的単位と対応しない場合がある。例えば従来の考えでは視蓋前域と松果体は共に視床上部に含まれているが、後者では視蓋前域(プロソメア1)と松果体(プロソメア2)は異なる領域である。また、腹側視床と視床(背側視床)は視床前域と視床という名称に変更されている<ref name=ref2 />。
 こうした知見を基に、現在では、成体の羊膜類、両生類、魚類の間脳は後ろから視蓋前域(pretectum)、視床(thalamus)、[[視床前域]](prethalamus)に分けられており、これらはそれぞれプロソメア1、2、3の背側要素([[翼板]])に対応している<ref name=ref1 /><ref name=ref2 /><ref name=ref10 /><ref name=ref11 /><ref name=ref12 /><ref name=ref33 /><ref><pubmed> 10195307 </pubmed></ref><ref><pubmed> 10342441 </pubmed></ref><ref><pubmed> 11567052 </pubmed></ref>。これらの構成は解剖学の教科書に見られる形態学的単位と対応しない場合がある。例えば従来の考えでは視蓋前域と松果体は共に視床上部に含まれているが、後者では視蓋前域(プロソメア1)と松果体(プロソメア2)は異なる領域である。また、腹側視床と視床(背側視床)は視床前域と視床という名称に変更されている<ref name=ref2 />。


 視床の発生については、マウスを用いた研究からその前駆細胞には転写因子のOlig3が発現することが報告されている。視床はさらにpTH-RとpTH-Cの二つに分けられ、吻側のpTH-Rには''Ascl1''と''Nkx2.2''が、尾側のpTH-Cには''Neurog1''、''Neurog2''、''Olig2'', ''Dbx1''がそれぞれ発現している('''図4''')。これらのうち、''Olig2''は前方で強く後方で弱い発現勾配を示し、''Dbx1''はこれとは逆の発現勾配を示す。つまり、視床前駆細胞には様々な転写因子が異なるパターンで発現しており、このことが多様な視床神経核群を生み出す基盤となっていると考えられる<ref name=yasushi2012/>。
 視床の発生については、マウスを用いた研究からその前駆細胞には転写因子の''[[Olig3]]''が発現することが報告されている。視床はさらにpTH-RとpTH-Cの二つに分けられ、吻側のpTH-Rには''[[Ascl1]]''と''[[Nkx2.2]]''が、尾側のpTH-Cには''[[Neurog1]]''、''[[Neurog2]]''、''[[Olig2]]''''[[Dbx1]]''がそれぞれ発現している('''図4''')。これらのうち、''Olig2''は前方で強く後方で弱い発現勾配を示し、''Dbx1''はこれとは逆の発現勾配を示す。つまり、視床前駆細胞には様々な転写因子が異なるパターンで発現しており、このことが多様な視床神経核群を生み出す基盤となっていると考えられる<ref name=yasushi2012/>。


 最近の比較形態学的研究や発生学的研究ではプロソメアに基づくモデルが使われる場合が多いようである。プロソメアはPuellesとRubensteinによって提唱され幾度かの改訂がなされていくうちに、間脳から終脳をカバーする大規模な分節として、菱脳のロンボメアと同じく重要な脳分節として捉えられるようになった。現在では、プロソメア1から3の三つの領域については、その存在が多くの研究者によって認められている。ただし、プロソメア3より前方にあるコンパートメントについては、現在も議論が続けられている(以下参照)。
 最近の比較形態学的研究や発生学的研究ではプロソメアに基づくモデルが使われる場合が多いようである。プロソメアはPuellesとRubensteinによって提唱され幾度かの改訂がなされていくうちに、間脳から終脳をカバーする大規模な分節として、菱脳のロンボメアと同じく重要な脳分節として捉えられるようになった。現在では、プロソメア1から3の三つの領域については、その存在が多くの研究者によって認められている。ただし、プロソメア3より前方にあるコンパートメントについては、現在も議論が続けられている(以下参照)。