「健忘症候群」の版間の差分

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 HM(名はヘンリー)は、10歳のころから[[てんかん]]の[[小発作]]が頻発するようになり、16歳からは[[大発作]]へと移行した。神経学的所見は正常。脳波で両側[[側頭葉]]に2~3Hzのspike &amp; wave complexを認めた。薬物治療の効果のない難治性てんかんと診断され、1953年25歳時に両側[[側頭葉]]切除術を受けた。その結果、てんかん発作は消失したが重度の記憶障害を呈するようになった。HMは、手術を受けてからの記憶はまったくなく、主治医も担当ナースも毎朝会う時は“初対面の人”であった。新しいものごとについては、7秒間だけ覚えていることができた。手術前1~2年の記憶は曖昧で、2年以上前の記憶は正常に保たれていた。[[鏡像模写]]などの新しい技能については、毎日の訓練により上達がみられるが、練習したこと自体は覚えていなかった。HMは、自分が容易に課題をこなしてしまうので「なんでこんなに上手くできるのだ?」と驚いた。後年の脳[[MRI]]検査により、両側の側頭葉内側の先端部、[[扁桃体]]、[[嗅内野]]([[海馬傍回]]前部)の大部分、海馬の前半分が切除されていることが明らかになった<ref name=ref2><pubmed>9133414</pubmed></ref>。
 HM(名はヘンリー)は、10歳のころから[[てんかん]]の[[小発作]]が頻発するようになり、16歳からは[[大発作]]へと移行した。神経学的所見は正常。脳波で両側[[側頭葉]]に2~3Hzのspike &amp; wave complexを認めた。薬物治療の効果のない難治性てんかんと診断され、1953年25歳時に両側[[側頭葉]]切除術を受けた。その結果、てんかん発作は消失したが重度の記憶障害を呈するようになった。HMは、手術を受けてからの記憶はまったくなく、主治医も担当ナースも毎朝会う時は“初対面の人”であった。新しいものごとについては、7秒間だけ覚えていることができた。手術前1~2年の記憶は曖昧で、2年以上前の記憶は正常に保たれていた。[[鏡像模写]]などの新しい技能については、毎日の訓練により上達がみられるが、練習したこと自体は覚えていなかった。HMは、自分が容易に課題をこなしてしまうので「なんでこんなに上手くできるのだ?」と驚いた。後年の脳[[MRI]]検査により、両側の側頭葉内側の先端部、[[扁桃体]]、[[嗅内野]]([[海馬傍回]]前部)の大部分、海馬の前半分が切除されていることが明らかになった<ref name=ref2><pubmed>9133414</pubmed></ref>。


 HMは学用患者として現在も米国の某大学内で居住しており、半世紀を経た現在でも数年に一度、彼に関する論文が発表されている(2008年に亡くなりました)。現在も症状に変化はない。HMに鏡を見せると、映った自分の顔に驚愕する。なぜならHMの記憶に貯えられている自分の顔は、25歳時の顔だからだ。鏡が見ている人の容貌を映すということは知っているので、「この老人は誰だ!いったいどうなっているのだ!」と現在の自分の姿に非常なショックを受ける。しかし、鏡を取り除いて10分もするとHMは、さっきあれほどショックを受けたこと自体を覚えていない。
 HMは学用患者として現在も米国の某大学内で居住しており、半世紀を経た現在でも数年に一度、彼に関する論文が発表されている。現在も症状に変化はない。HMに鏡を見せると、映った自分の顔に驚愕する。なぜならHMの記憶に貯えられている自分の顔は、25歳時の顔だからだ。鏡が見ている人の容貌を映すということは知っているので、「この老人は誰だ!いったいどうなっているのだ!」と現在の自分の姿に非常なショックを受ける。しかし、鏡を取り除いて10分もするとHMは、さっきあれほどショックを受けたこと自体を覚えていない。


 HMの症状の詳細は、数年間にわたって彼を観察・取材した結果であるルポルタージュ<ref name=ref3>'''フィリップ・ヒルツ、竹内和世訳'''<br>記憶の亡霊:なぜヘンリー・Mの記憶は消えたのか<br>''白揚社''、東京、1997</ref>に詳しい。HMの所見から、記憶には7秒くらいしか続かない短いものと、数年以上の長期間にわたって保持される長いものの最低でも2種類あること、記憶には両側側頭葉の内側部、特に海馬が重要であること、技能はそのほかの記憶とは異なる機序で脳内に蓄えられることが明らかになった。    
 HMの症状の詳細は、数年間にわたって彼を観察・取材した結果であるルポルタージュ<ref name=ref3>'''フィリップ・ヒルツ、竹内和世訳'''<br>記憶の亡霊:なぜヘンリー・Mの記憶は消えたのか<br>''白揚社''、東京、1997</ref>に詳しい。HMの所見から、記憶には7秒くらいしか続かない短いものと、数年以上の長期間にわたって保持される長いものの最低でも2種類あること、記憶には両側側頭葉の内側部、特に海馬が重要であること、技能はそのほかの記憶とは異なる機序で脳内に蓄えられることが明らかになった。    

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