「脊髄小脳変性症」の版間の差分

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== 分類 ==
== 分類 ==
 ここでは遺伝の有無に基づく分類をする。
=== 弧発性脊髄小脳変性症 ===
==== 多系統萎縮症 ====
 多系統萎縮症は、弧発性脊髄小脳変性症で最も頻度が高い。多系統萎縮症の詳細は、脳科学辞典の多系統萎縮症の項を参照。


遺伝の有無に基づく脊髄小脳変性症の
====皮質性小脳萎縮症====
1. 弧発性脊髄小脳変性症
 皮質性小脳萎縮症 (cortical cerebellar atrophy、 CCA; 純粋小脳型の失調症) は、小脳皮質の萎縮が主病変とする失調症の総称である ('''図1''') 。多くは高齢発症であることから、晩発性皮質性小脳萎縮症 (late cortical cerebellar atrophy、 LCCA) とも呼ばれてきた疾患群である。つまり、皮質性小脳萎縮症は単一の疾患ではなく、小脳皮質が比較的選択的に変性、脱落する疾患の一群を示している。
(1) 多系統萎縮症
多系統萎縮症は、弧発性脊髄小脳変性症で最も頻度が高い。多系統萎縮症の詳細は、脳科学辞典の多系統萎縮症の項を参照。


(2) 純粋小脳型の失調症 (皮質性小脳萎縮症)
 皮質性小脳萎縮症は、成人期に発症し、緩徐進行性の小脳失調を主体とする変性疾患である。皮質性小脳萎縮症については、これまでsporadic adult-onset ataxia of unknown origin (SAOA) <ref name=Abele2007><pubmed>17934884</pubmed></ref> 、idiopathic cerebellar ataxia (IDCA) <ref name=Burk2004><pubmed>14570820</pubmed></ref> 、idiopathic cerebellar ataxia of late onset<ref name=Klockgether1990><pubmed>2341843</pubmed></ref> など報告者によって様々な疾患名で呼ばれてきた経緯があり、疾患概念に混乱が生じていた。皮質性小脳萎縮症の疾患概念の混乱の理由は、診断特異的バイオマーカーや特異的な蛋白蓄積などが発見されていないため、皮質性小脳萎縮症の診断は、除外診断によりなされる点である。つまり皮質性小脳萎縮症の診断においては、初期の多系統萎縮症、自己免疫性失調症、spinocerebellar ataxia 6 (SCA6)やspinocerebellar ataxia 31 (SCA31) のように小脳失調が主体の遺伝性脊髄小脳変性症など、高齢発症の他の脊髄小脳変性症を除外することが必須である。
皮質性小脳萎縮症 (cortical cerebellar atrophy、 CCA) は、小脳皮質の萎縮が主病変とする失調症の総称である (図1) 。多くは高齢発症であることから、晩発性皮質性小脳萎縮症 (late cortical cerebellar atrophy、 LCCA) とも呼ばれてきた疾患群である。つまり、皮質性小脳萎縮症は単一の疾患ではなく、小脳皮質が比較的選択的に変性、脱落する疾患の一群を示している。
皮質性小脳萎縮症は、成人期に発症し、緩徐進行性の小脳失調を主体とする変性疾患である。皮質性小脳萎縮症については、これまでsporadic adult-onset ataxia of unknown origin (SAOA) <ref name=Abele2007><pubmed>17934884</pubmed></ref> 、idiopathic cerebellar ataxia (IDCA) <ref name=Burk2004><pubmed>14570820</pubmed></ref> 、idiopathic cerebellar ataxia of late onset<ref name=Klockgether1990><pubmed>2341843</pubmed></ref> など報告者によって様々な疾患名で呼ばれてきた経緯があり、疾患概念に混乱が生じていた。皮質性小脳萎縮症の疾患概念の混乱の理由は、診断特異的バイオマーカーや特異的な蛋白蓄積などが発見されていないため、皮質性小脳萎縮症の診断は、除外診断によりなされる点である。つまり皮質性小脳萎縮症の診断においては、初期の多系統萎縮症、自己免疫性失調症、spinocerebellar ataxia 6 (SCA6)やspinocerebellar ataxia 31 (SCA31) のように小脳失調が主体の遺伝性脊髄小脳変性症など、高齢発症の他の脊髄小脳変性症を除外することが必須である。


このことから、本邦の「運動失調症の医療基盤に関する調査研究班」では、皮質性小脳萎縮症や晩発性皮質性小脳萎縮症に変わる臨床診断名として、特発性小脳失調症 (idiopathic cerebellar ataxia、IDCA) を提唱し、診断基準を策定した<ref name=Yoshida2018><pubmed>29249373</pubmed></ref> 。本邦での特発性小脳失調症と従来報告されてきたSAOAを比較すると、特発性小脳失調症は小脳症状以外の神経症状の合併頻度が少なく、特に錐体路症状や排尿障害の合併はSAOAと比べて本邦の特発性小脳失調症は低いことが明かとなっている。つまり、本邦の特発性小脳失調症はより純粋小脳型の失調症を反映していると考えられる<ref name=Yoshida2018><pubmed>29249373</pubmed></ref> 。今後、これらの知見の集積により、特発性小脳失調症から新たな疾患が分離独立することが予想される。
 このことから、本邦の「運動失調症の医療基盤に関する調査研究班」では、皮質性小脳萎縮症や晩発性皮質性小脳萎縮症に変わる臨床診断名として、特発性小脳失調症 (idiopathic cerebellar ataxia、IDCA) を提唱し、診断基準を策定した<ref name=Yoshida2018><pubmed>29249373</pubmed></ref> 。本邦での特発性小脳失調症と従来報告されてきたSAOAを比較すると、特発性小脳失調症は小脳症状以外の神経症状の合併頻度が少なく、特に錐体路症状や排尿障害の合併はSAOAと比べて本邦の特発性小脳失調症は低いことが明かとなっている。つまり、本邦の特発性小脳失調症はより純粋小脳型の失調症を反映していると考えられる<ref name=Yoshida2018><pubmed>29249373</pubmed></ref> 。今後、これらの知見の集積により、特発性小脳失調症から新たな疾患が分離独立することが予想される。


2. 遺伝性脊髄小脳変性症
=== 遺伝性脊髄小脳変性症 ===
遺伝性脊髄小脳変性症は、大きく顕性 (優性) 遺伝と潜性 (劣性) 遺伝の脊髄小脳変性症が存在する。現在まで遺伝子座または原因遺伝子が同定された遺伝性脊髄小脳変性症の概略を表1,2に示す。顕性 (優性) 遺伝の脊髄小脳変性症では、原因遺伝子により発症年齢が異なるが、spinocerebellar ataxia 1 (SCA1)、spinocerebellar ataxia 2 (SCA2)、Machado-Joseph disease (MJD)、spinocerebellar ataxia 6 (SCA6)、dentatorubral-pallidoluysian atrophy (DRPLA) のように遺伝子変異がC(シトシン)、A(アデニン)、G(グアニン)、3塩基の組み合わせであるCAGリピートの異常伸長により発症する疾患は、CAGリピート長が長いほど、発症年齢は若年化し、より重症化する。また親から子に異常遺伝子が伝達される際に、子どものCAGリピート長が親のリピート長より伸長することにより、子供の発症年齢の若年化、症状が重症化する表現促進現象を認める。ただし、SCA6では、表現促進現象は認められてない<ref name=Ishikawa1997><pubmed>9311738</pubmed></ref> 。潜性 (劣性) 遺伝の脊髄小脳変性症は、一般的に原因遺伝子蛋白の機能喪失 (loss of function) により発症すると考えられており、そのため若年発症の疾患が多い。
 遺伝性脊髄小脳変性症は、大きく顕性 (優性) 遺伝と潜性 (劣性) 遺伝の脊髄小脳変性症が存在する。現在まで遺伝子座または原因遺伝子が同定された遺伝性脊髄小脳変性症の概略を表1,2に示す。顕性 (優性) 遺伝の脊髄小脳変性症では、原因遺伝子により発症年齢が異なるが、spinocerebellar ataxia 1 (SCA1)、spinocerebellar ataxia 2 (SCA2)、Machado-Joseph disease (MJD)、spinocerebellar ataxia 6 (SCA6)、dentatorubral-pallidoluysian atrophy (DRPLA) のように遺伝子変異がC(シトシン)、A(アデニン)、G(グアニン)、3塩基の組み合わせであるCAGリピートの異常伸長により発症する疾患は、CAGリピート長が長いほど、発症年齢は若年化し、より重症化する。また親から子に異常遺伝子が伝達される際に、子どものCAGリピート長が親のリピート長より伸長することにより、子供の発症年齢の若年化、症状が重症化する表現促進現象を認める。ただし、SCA6では、表現促進現象は認められてない<ref name=Ishikawa1997><pubmed>9311738</pubmed></ref> 。潜性 (劣性) 遺伝の脊髄小脳変性症は、一般的に原因遺伝子蛋白の機能喪失 (loss of function) により発症すると考えられており、そのため若年発症の疾患が多い。


病態生理
== 病態生理 ==
人が動作をする際には、小脳による運動制御が必須であるが、その制御を行う際には、脳内に内部モデルを必要とする「内部モデル仮説」が提唱されている<ref name=Wolpert1998><pubmed>21227230</pubmed></ref> 。運動に必要な内部モデルの形成、情報処理、最適化において、小脳の役割が重要であると考えられている。
 人が動作をする際には、小脳による運動制御が必須であるが、その制御を行う際には、脳内に内部モデルを必要とする「内部モデル仮説」が提唱されている<ref name=Wolpert1998><pubmed>21227230</pubmed></ref> 。運動に必要な内部モデルの形成、情報処理、最適化において、小脳の役割が重要であると考えられている。
脊髄小脳変性症では、小脳や小脳につながる神経路の障害により運動失調を来すが、疾患により変性部位に差違がある (表3、図2) <ref name=Tada2015><pubmed>25637456</pubmed></ref> 。つまり、障害される解剖学的部位により、小脳失調を生じる機序が異なると考えられる。一方現在の診察方法では、小脳症状は後述の通り表面的な症状でしか評価ができないため、表3に示すような障害されている部位を推定することは困難である。今後小脳症状の機能解析の新たな開発により、障害部位特異的な小脳症状の評価が可能となり、さらにはリハビリテーションを始めとする疾患特異的な治療法の開発が期待される。


臨床症状
 脊髄小脳変性症では、小脳や小脳につながる神経路の障害により運動失調を来すが、疾患により変性部位に差違がある ('''表5'''、'''図2''') <ref name=Tada2015><pubmed>25637456</pubmed></ref> 。つまり、障害される解剖学的部位により、小脳失調を生じる機序が異なると考えられる。一方現在の診察方法では、小脳症状は後述の通り表面的な症状でしか評価ができないため、'''表5'''に示すような障害されている部位を推定することは困難である。今後小脳症状の機能解析の新たな開発により、障害部位特異的な小脳症状の評価が可能となり、さらにはリハビリテーションを始めとする疾患特異的な治療法の開発が期待される。
脊髄小脳変性症で認められる臨床症状は、小脳やその経路に起因する症状、個々の疾患に合併する他の神経部位に起因する症状 (末梢神経障害や自律神経障害など) を認める。この項では、主に小脳に起因する症状について、概説する。
小脳失調の臨床症状は、小脳の障害される部位により、様々な症状を認める<ref name=筧慎治2015><pubmed>筧慎治, 石川享宏, 本多武尊, 三苫博. (2015)<br> 【小脳の最新知見-基礎研究と臨床の最前線】小脳は何をしているか 構造と機能の最先端 小脳の機能 平衡、協調運動機能. 医学のあゆみ. 255, 947-954
</pubmed></ref>
(1) 大脳小脳 (小脳半球外側部) の障害 (図3)
小脳半球外側部と歯状核からなる大脳小脳は、脊髄などの末梢から直接入力は少なく、大脳皮質から橋を経由して入力を受ける。出力は、歯状核を起始部として、視床や赤核へ入力される。視床から大脳皮質広範囲に投射することにより、四肢の遠位筋の運動制御が行われる。そのため、同部位の障害では、運動分解 (decomposition) や、測定異常 (dysmetria) 、反復拮抗運動不能 (adiadochokinesis) など四肢の運動症状を認める。
(2)脊髄小脳(小脳虫部、小脳半球内側部)の障害 (図4)
小脳虫部および小脳半球内側部と中位核 (球状核、栓状核) からなる脊髄小脳は、脊髄からの触覚、圧覚、位置覚などの体性感覚の情報入力を受け、前庭や網様体へ投射し、前庭脊髄路、網様体脊髄路を経由して脊髄に出力される。これらの出力は、最終的に体幹筋に支配し姿勢制御に重要であり、脊髄小脳の障害では、小脳性の体幹失調や歩行障害を起こす。
(3)前庭小脳 (片葉小節葉) の障害 (図5)
前庭小脳 (片葉小節葉) は、三半規管や耳石器などの前庭から入力を受ける。また、中脳および視覚野から視覚入力も受ける。前庭小脳からの出力は、前庭神経核に投射される。同部は、前庭眼反射の制御を行っており、障害されることにより眼振、眼球測定異常、前庭眼反射の異常などの眼球運動障害を起こす。


治療
== 臨床症状 ==
脊髄小脳変性症の根本的治療法は、いまだ確立されていない。本邦で小脳失調症状の改善を目的として、TRH (thyrotropin releasing hormone) 誘導体が使用されている。TRH誘導体使用の経緯は、1970年代初頭に開発された失調症モデルマウスであるrolling mouse Nagoyaの解析に由来する<ref name=織田鉄一1973><pubmed>織田鉄一. (1973) <br>歩行異常マウスの発見と維持. 実験動物. 22, 281-288</pubmed></ref> 。このマウスは、のちにP/Q-type Ca2+ channelsに変異を有していることが明かとなっている<ref name=Mori2000><pubmed>10908603</pubmed></ref> 。このrolling mouse Nagoyaでは、小脳脳幹部のTRH含有量が減少していること<ref name=祖父江逸郎1977><pubmed>祖父江逸郎. (1977)<br> 視床下部ホルモンと中枢神経機能との新しい接点TRHと運動失調との関連をめぐって. 臨床神経学. 17, 791-799
 脊髄小脳変性症で認められる臨床症状は、小脳やその経路に起因する症状、個々の疾患に合併する他の神経部位に起因する症状 (末梢神経障害や自律神経障害など) を認める。この項では、主に小脳に起因する症状について、概説する。
</pubmed></ref> 、小脳ではノルアドレナリン神経終末に異常があることが報告され<ref name=Adachi1975><pubmed></pubmed></ref> 、TRHはノルアドレナリンのturnoverに関与することなどから、TRH投与が失調症状改善につながると可能性が期待された。実際にrolling mouse Nagoya にTRHを投与により失調症状に有効であることが示され<ref name=小長谷正明1980><pubmed>小長谷正明, 高柳哲也, 室賀辰夫, and 他. (1980) RollingmouseNagoyaの脳内ノルアドレナリン代謝とthyrotropinreleasinghormoneの影響. 臨床神経学. 20, 181-188</pubmed></ref> 、その後本邦の多施設での治験を経て1985年に点滴用TRH製剤であるプロチレリン酒石酸が脊髄小脳変性症の運動失調症状の改善として保険適応となり<ref name=祖父江1982><pubmed>祖父江逸郎, 高柳哲也,  中西孝. (1982)<br> 脊髄小脳変性症に対するThyrotropin Releasing Hormone Tartrateの治療研究 二重盲検比較対照臨床試験による検討. 神経研究の進歩. 26, 1190-1214</pubmed></ref> 、2000年以降は内服のTRH製剤であるタルチレリン水和物が脊髄小脳変性症の運動失調の改善を目的として使用されている<ref name=金澤一郎1997><pubmed>金澤一郎, 里吉栄二郎, 平山惠造, 他. (1997) <br>Taltirelin hydrate(TA-0910)の脊髄小脳変性症に対する臨床評価 プラセボを対照とした臨床第III相二重盲検比較試験. 臨床医薬. 13, 4169-4224</pubmed></ref> 。タルチレリン水和物の失調症状の改善効果は極めて限定的であり、現在より効果の強いTRH製剤の開発が行われている<ref name=Nishizawa2020><pubmed>31937586</pubmed></ref> 。
小脳失調の臨床症状は、小脳の障害される部位により、様々な症状を認める<ref name=筧慎治2015>筧慎治, 石川享宏, 本多武尊, 三苫博. (2015)<br> 【小脳の最新知見-基礎研究と臨床の最前線】小脳は何をしているか 構造と機能の最先端 小脳の機能 平衡、協調運動機能. 医学のあゆみ. 255, 947-954</ref> 。
脊髄小脳変性症などの神経変性疾患では、運動機能の維持、合併症の予防目的にリハビリテーションが実施されている。脊髄小脳変性症において、短期集中リハビリテーションが有効であることを日本の「運動失調症の病態解明と治療法開発に関する研究」を中心とする研究班での研究により示されている。このリハビリテーションの研究 (Trial for Cerebellar Ataxia Rehabilitation, CAR trial) では、小脳症状が主体であるSCA6、SCA31、皮質性小脳萎縮症患者に対して、1日1~2時間、週3~7回、4週間のバランスや歩行を中心とした短期集中リハビリテーションにより、運動失調や歩行の改善を認め、かつその効果が半年~1年継続することが示されている<ref name=Miyai2012><pubmed>22140200</pubmed></ref> 。
=== 大脳小脳 (小脳半球外側部) の障害 ===
(図3)
 小脳半球外側部と歯状核からなる大脳小脳は、脊髄などの末梢から直接入力は少なく、大脳皮質から橋を経由して入力を受ける。出力は、歯状核を起始部として、視床や赤核へ入力される。視床から大脳皮質広範囲に投射することにより、四肢の遠位筋の運動制御が行われる。そのため、同部位の障害では、運動分解 (decomposition) や、測定異常 (dysmetria) 、反復拮抗運動不能 (adiadochokinesis) など四肢の運動症状を認める。
=== 脊髄小脳(小脳虫部、小脳半球内側部)の障害 ===
(図4)
 小脳虫部および小脳半球内側部と中位核 (球状核、栓状核) からなる脊髄小脳は、脊髄からの触覚、圧覚、位置覚などの体性感覚の情報入力を受け、前庭や網様体へ投射し、前庭脊髄路、網様体脊髄路を経由して脊髄に出力される。これらの出力は、最終的に体幹筋に支配し姿勢制御に重要であり、脊髄小脳の障害では、小脳性の体幹失調や歩行障害を起こす。
=== 前庭小脳 (片葉小節葉) の障害 ===
(図5)
 前庭小脳 (片葉小節葉) は、三半規管や耳石器などの前庭から入力を受ける。また、中脳および視覚野から視覚入力も受ける。前庭小脳からの出力は、前庭神経核に投射される。同部は、前庭眼反射の制御を行っており、障害されることにより眼振、眼球測定異常、前庭眼反射の異常などの眼球運動障害を起こす。
 
== 治療 ==
 脊髄小脳変性症の根本的治療法は、いまだ確立されていない。本邦で小脳失調症状の改善を目的として、TRH (thyrotropin releasing hormone) 誘導体が使用されている。TRH誘導体使用の経緯は、1970年代初頭に開発された失調症モデルマウスであるrolling mouse Nagoyaの解析に由来する<ref name=織田鉄一1973>織田鉄一. (1973) <br>歩行異常マウスの発見と維持. 実験動物. 22, 281-288</ref> 。このマウスは、のちにP/Q-type Ca2+ channelsに変異を有していることが明かとなっている<ref name=Mori2000><pubmed>10908603</pubmed></ref> 。このrolling mouse Nagoyaでは、小脳脳幹部のTRH含有量が減少していること<ref name=祖父江逸郎1977>祖父江逸郎. (1977)<br> 視床下部ホルモンと中枢神経機能との新しい接点TRHと運動失調との関連をめぐって. 臨床神経学. 17, 791-799</ref> 、小脳ではノルアドレナリン神経終末に異常があることが報告され<ref name=Adachi1975><pubmed></pubmed></ref> 、TRHはノルアドレナリンのturnoverに関与することなどから、TRH投与が失調症状改善につながると可能性が期待された。実際にrolling mouse Nagoya にTRHを投与により失調症状に有効であることが示され<ref name=小長谷正明1980>小長谷正明, 高柳哲也, 室賀辰夫, 他. (1980) RollingmouseNagoyaの脳内ノルアドレナリン代謝とthyrotropinreleasinghormoneの影響. 臨床神経学. 20, 181-188</ref> 、その後本邦の多施設での治験を経て1985年に点滴用TRH製剤であるプロチレリン酒石酸が脊髄小脳変性症の運動失調症状の改善として保険適応となり<ref name=祖父江1982>祖父江逸郎, 高柳哲也,  中西孝. (1982)<br> 脊髄小脳変性症に対するThyrotropin Releasing Hormone Tartrateの治療研究 二重盲検比較対照臨床試験による検討. 神経研究の進歩. 26, 1190-1214</ref> 、2000年以降は内服のTRH製剤であるタルチレリン水和物が脊髄小脳変性症の運動失調の改善を目的として使用されている<ref name=金澤一郎1997>金澤一郎, 里吉栄二郎, 平山惠造他. (1997) <br>Taltirelin hydrate(TA-0910)の脊髄小脳変性症に対する臨床評価 プラセボを対照とした臨床第III相二重盲検比較試験. 臨床医薬. 13, 4169-4224</ref> 。タルチレリン水和物の失調症状の改善効果は極めて限定的であり、現在より効果の強いTRH製剤の開発が行われている<ref name=Nishizawa2020><pubmed>31937586</pubmed></ref> 。
 
 脊髄小脳変性症などの神経変性疾患では、運動機能の維持、合併症の予防目的にリハビリテーションが実施されている。脊髄小脳変性症において、短期集中リハビリテーションが有効であることを日本の「運動失調症の病態解明と治療法開発に関する研究」を中心とする研究班での研究により示されている。このリハビリテーションの研究 (Trial for Cerebellar Ataxia Rehabilitation, CAR trial) では、小脳症状が主体であるSCA6、SCA31、皮質性小脳萎縮症患者に対して、1日1~2時間、週3~7回、4週間のバランスや歩行を中心とした短期集中リハビリテーションにより、運動失調や歩行の改善を認め、かつその効果が半年~1年継続することが示されている<ref name=Miyai2012><pubmed>22140200</pubmed></ref> 。
また現在まで、非常に種々の薬物等で治験が実施されており、現在も治験が進行中である (表4) 。一部は部分的に効果を認めているが、多くは効果を示すことができていない。今後は、遺伝性脊髄小脳変性症に対する核酸医療の開発も期待されている。
また現在まで、非常に種々の薬物等で治験が実施されており、現在も治験が進行中である (表4) 。一部は部分的に効果を認めているが、多くは効果を示すことができていない。今後は、遺伝性脊髄小脳変性症に対する核酸医療の開発も期待されている。


疫学
== 疫学 ==
脊髄小脳変性症は、国や地域ごとに分布は異なっている。
 脊髄小脳変性症は、国や地域ごとに分布は異なっている。
 
 弧発性脊髄小脳変性症では多系統萎縮症の頻度が最も高い。多系統萎縮症では、本邦では病初期に小脳症状が主体であるMSA-C (以前はオリーブ橋小脳萎縮症;olivopontocerebellar atrophy;OPCAと診断されていた臨床型) の頻度が高いが<ref name=Ozawa2010><pubmed>20571046</pubmed></ref> 、ヨーロッパや北米では病初期はパーキンソン症状が主体であるMSA-P (以前は線条体黒質変性症;striatonigral degeneration;SNDと診断されていた臨床型) の頻度が高い<ref name=Stefanova2009><pubmed>19909915</pubmed></ref> 。
 弧発性脊髄小脳変性症では多系統萎縮症の頻度が最も高い。多系統萎縮症では、本邦では病初期に小脳症状が主体であるMSA-C (以前はオリーブ橋小脳萎縮症;olivopontocerebellar atrophy;OPCAと診断されていた臨床型) の頻度が高いが<ref name=Ozawa2010><pubmed>20571046</pubmed></ref> 、ヨーロッパや北米では病初期はパーキンソン症状が主体であるMSA-P (以前は線条体黒質変性症;striatonigral degeneration;SNDと診断されていた臨床型) の頻度が高い<ref name=Stefanova2009><pubmed>19909915</pubmed></ref> 。
 遺伝性脊髄小脳変性症も、国や地域により疾患の分布は大きく異なる。世界規模では顕性 (優性) 遺伝のSCDでは、Machado-Joseph disease (MJD) /spinocerebellar ataxia 3 (SCA3) の頻度が最も高く、それに続きspinocerebellar ataxia 2 (SCA2) やspinocerebellar ataxia 6 (SCA6) の頻度が高いとされている。日本でもMJD、SCA6の頻度が高く、この他にspinocerebellar ataxia 31 (SCA31) の頻度が高い。また、日本国内においても、地域ごとに頻度が異なり、北海道や宮城県ではspinocerebellar ataxia 1 (SCA1) が他の地域と比較して頻度は高い。長野県や鳥取県では、MJDよりSCA6の頻度が高い<ref name=石川2015><pubmed>石川, 欽. (2015) <br>【小脳の最新知見-基礎研究と臨床の最前線】小脳の病態 小脳疾患の診療の最前線 日本に多い優性遺伝性脊髄小脳変性症(SCA3、6、31、DRPLA). 医学のあゆみ. 255, 1026-1032</pubmed></ref> 。
 
潜性 (劣性) 遺伝の脊髄小脳変性症では、白人ではFriedreich失調症の頻度が最も高いが、日本ではFriedreich失調症は1例も認められてない。一方日本では、Friedreich失調症に類似の臨床症状を示し、眼球運動失行、低アルブミン血症を合併するearly onset ataxia with ocular motor apraxia and hypoalbuminemia (EAOH) /ataxia-ocular motor apraxia type1 (AOA1) の頻度が高い<ref name=Yokoseki2011><pubmed>21486904</pubmed></ref> 。また、これまで日本からFriedreich失調症として報告されていた症例の多くが、EAOHであると考えられている。
 遺伝性脊髄小脳変性症も、国や地域により疾患の分布は大きく異なる。世界規模では顕性 (優性) 遺伝のSCDでは、Machado-Joseph disease (MJD) /spinocerebellar ataxia 3 (SCA3) の頻度が最も高く、それに続きspinocerebellar ataxia 2 (SCA2) やspinocerebellar ataxia 6 (SCA6) の頻度が高いとされている。日本でもMJD、SCA6の頻度が高く、この他にspinocerebellar ataxia 31 (SCA31) の頻度が高い。また、日本国内においても、地域ごとに頻度が異なり、北海道や宮城県ではspinocerebellar ataxia 1 (SCA1) が他の地域と比較して頻度は高い。長野県や鳥取県では、MJDよりSCA6の頻度が高い<ref name=石川2015>石川欽也. (2015) <br>【小脳の最新知見-基礎研究と臨床の最前線】小脳の病態 小脳疾患の診療の最前線 日本に多い優性遺伝性脊髄小脳変性症(SCA3、6、31、DRPLA). 医学のあゆみ. 255, 1026-1032</ref> 。
 
 潜性 (劣性) 遺伝の脊髄小脳変性症では、白人ではFriedreich失調症の頻度が最も高いが、日本ではFriedreich失調症は1例も認められてない。一方日本では、Friedreich失調症に類似の臨床症状を示し、眼球運動失行、低アルブミン血症を合併するearly onset ataxia with ocular motor apraxia and hypoalbuminemia (EAOH) /ataxia-ocular motor apraxia type1 (AOA1) の頻度が高い<ref name=Yokoseki2011><pubmed>21486904</pubmed></ref> 。また、これまで日本からFriedreich失調症として報告されていた症例の多くが、EAOHであると考えられている。


==参考文献==
==参考文献==
<references />
<references />

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