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=== 筋萎縮性側索硬化症 === | === 筋萎縮性側索硬化症 === | ||
==== SOD1変異 ==== | ==== SOD1変異 ==== | ||
1993年に[[家族性ALS]]の原因遺伝子として最初に同定されたのがSOD1である<ref name=Deng1993><pubmed>8351519</pubmed></ref><ref name=Rosen1993><pubmed>8446170</pubmed></ref>[14, 15]。当初はSOD1活性の低下がALSの原因になると考えられたが、SOD1[[ノックアウトマウス]]はALS症状を示さず<ref name=Reaume1996><pubmed>8673102</pubmed></ref>[16]、変異SOD1の高発現マウスがALS症状を示したことで、その考えは否定された。全ALS患者の2%程度がSOD1遺伝子の変異によるものと推定されている。 | |||
執筆時点(2021年3月)で153個のアミノ酸残基から成るサブユニットに180個以上の[[点変異]]やC末端を欠損する[[フレームシフト変異]]が報告されている('''図5''')[[https://alsod.ac.uk/|Amyotrophic Lateral Sclerosis online Database]]。ALSを引き起こす変異はあらゆる場所に起こっているが、真核生物間でよく保存されているアミノ酸残基での変異がALS変異になる傾向が高い。図5における黄色背景は酵母、植物、魚類、哺乳類などすべての真核生物において保存されているアミノ酸残基を表し、黄緑色背景は魚類や哺乳類などの脊椎動物で保存されているアミノ酸残基を表している。あまり保存されていないループIIからβ3cストランド(K23~K36)及びループIV(F50~E78)には比較的ALS変異が少ない(図2,5)。 | |||
構成するアミノ酸残基による違いも見られ、システイン残基は4ヶ所すべてにおいてALS変異が見つかっている。SOD1に多く存在する[[グリシン]]残基は25ヶ所あるが、そのうち15ヶ所でALS変異が見つかっており、変異率は60%である。G37R、G85R、G93Aは早期に発見されたALS変異で、ALSモデルマウスが作製されている。特にGly93においてはAla以外に5種類のアミノ酸変異が報告されている。14ヶ所あるバリン残基も10ヶ所でALS変異が見つかっており、変異率は70%に上る。一方、11ヶ所あるリシン残基の点変異は1ヶ所(K3E)のみで、フレームシフトなどによる欠失変異が3ヶ所見つかっている。 | |||
==== SOD1のミスフォールディングと凝集 ==== | ==== SOD1のミスフォールディングと凝集 ==== | ||
SOD1が酵素タンパク質として機能を発揮するには、金属(CuとZn)の配位、Cys57とCys146のジスルフィド結合、そしてサブユニット同士のダイマー化という[[翻訳後修飾]]過程が必要である。この翻訳後修飾を失わせるような処理、つまり、金属を除いてジスルフィド結合を還元すると、野生型SOD1であってもモノマーになり凝集化や[[アミロイド]]化が起こり<ref name=Furukawa2008><pubmed>18552350</pubmed></ref>[17]、高濃度のSOD1アミロイドは[[ヒドロゲル]]を形成する<ref name=Fujiwara2018><pubmed>30289953</pubmed></ref>[18]。 | |||
ALS変異SOD1は野生型SOD1よりも金属がはずれやすくジスルフィド結合も還元されやすいため<ref name=Tiwari2003><pubmed>12458194</pubmed></ref>[19]、熱安定性が低く[[プロテアーゼ]]の攻撃を受けやすい<ref name=Rodriguez2002><pubmed>11854285</pubmed></ref>[20]。そのため、ALS変異SOD1はモノマーになりやすく[[凝集体]]やアミロイドになりやすい性質を有している<ref name=Khare2004><pubmed>15475574</pubmed></ref><ref name=Rakhit2007><pubmed>17486090</pubmed></ref><ref name=Chattopadhyay2008><pubmed>19022905</pubmed></ref>[21, 22, 23]。一方、SOD1は酸化処理によってもアミロイド形成や凝集が起こる<ref name=Rakhit2002><pubmed>12356748</pubmed></ref>[24]。 | |||
[[酸化ストレス]]と[[神経変性疾患]]との関係は[[アルツハイマー病]]や[[パーキンソン病]]でも示唆されているが、SOD1自体の酸化修飾もALS病態に関与している可能性がある<ref name=Fujiwara2007><pubmed>17913710</pubmed></ref><ref name=Bosco2010><pubmed>20953194</pubmed></ref>[10, 25]。ALSにおける酸化ストレス軽減のために、[[ラジカル消去剤]]である[[エダラボン]]([[ラジカット]])が2番目のALS治療薬として認可された。また、SOD1の凝集が運動神経細胞死に関わっているかは議論の余地がある。最近は凝集体よりもミスフォールディングした可溶性SOD1の方に細胞毒性があると報告されている<ref name=Proctor2016><pubmed>26719414</pubmed></ref><ref name=Tokuda2019><pubmed>31744522</pubmed></ref>[26, 27]。 | |||
==== ALSモデル動物 ==== | ==== ALSモデル動物 ==== | ||
家族性ALSで見つかったSOD1の変異遺伝子を高発現させたマウス(変異SOD1トランスジェニックマウス、変異SOD1 tgマウス)がALSと同様の症状を示した<ref name=Gurney1994><pubmed>8209258</pubmed></ref>[28] | 家族性ALSで見つかったSOD1の変異遺伝子を高発現させたマウス(変異SOD1トランスジェニックマウス、変異SOD1 tgマウス)がALSと同様の症状を示した<ref name=Gurney1994><pubmed>8209258</pubmed></ref>[28]ことから、多くの変異SOD1を高発現させたマウスやラットがALSモデル動物として作製された。 | ||
ALSの進行や病態の解析、発症機構の解明、治療方法の開発などに利用され、ALSの研究は大きく飛躍した。長年唯一のALS治療薬として使用されてきた[[リルゾール]]は、神経毒性を示す興奮性神経伝達物質の[[グルタミン酸]]の遊離阻害作用をもつ。実際、変異SOD1 tgマウスを用いた研究では、グルタミン酸を再取込みする[[グルタミン酸トランスポーター1]] ([[GLT1]]) の発現量が低下し、ALS発症前からグルタミン酸量が多くなっていること<ref name=Howland2002><pubmed>11818550</pubmed></ref>[29]や[[イオノマイシン]]処理などの刺激で放出されるグルタミン酸量が野生型SOD1 tgマウスよりも多いこと<ref name=Milanese2011><pubmed>21175617</pubmed></ref>[30]が報告されている。しかし、GLT1を過剰発現させてもG93A tgマウスの生存期間に変化は見られなかった<ref name=Li2015><pubmed>25818008</pubmed></ref>[31]。 | |||
ALSモデル動物の研究により、変異の種類によってALSの発症時期や罹病期間が異なることや、変異SOD1の発現量が多いほどALSの発症が早くなり罹病期間が短くなる(生存期間が短い)ことがわかってきた。またALS患者同様、病変部位である[[脊髄前角細胞]]にはSOD1免疫陽性の封入体や[[レビー小体]]が見つかっている。興味深いことにA4V発現マウス(A4V tgマウス)はALS症状を示さなかったが、野生型SOD1を共発現させるとALS症状が現れた。G93A tgマウスやL126Z tg マウスにおいても野生型SOD1の共発現によって発症が早まり、生存期間も短くなった<ref name=Deng2006><pubmed>16636275</pubmed></ref>[32]。さらに野生型SOD1のみを高発現させたマウスでもALS様の症状が見られたことから<ref name=Jaarsma2000><pubmed>11114261</pubmed></ref>[33]、孤発性ALSにおいても野生型SOD1の関与が示唆されている。実際、変異SOD1のみならず野生型SOD1高発現マウスから樹立させた[[iPS細胞]]由来の[[運動神経細胞]]においてもミスフォールドしたSOD1タンパク質の蓄積が観察されている<ref name=Komatsu2018><pubmed>29140847</pubmed></ref>[34]。従って、変異の有無に関わらずSOD1タンパク質自体のミスフォールディングや凝集化がALS発症に関与する可能性が考えられている。 | |||
====銅シャペロンタンパク質との関係 ==== | ====銅シャペロンタンパク質との関係 ==== | ||
真核生物ではSOD1に銅イオンを渡す[[銅シャペロンタンパク質]](Copper chaperon for SOD1, CCS)が働いており、CCSを欠損した酵母は致死となる<ref name=Culotta1997><pubmed>9295278</pubmed></ref>[35]。しかし、CCSをノックアウトさせたマウスとALSモデルマウスであるG37R、G93A、G85R tgマウスをそれぞれ掛け合わせても発症時期や罹病期間に変化は見られず、CCSによる銅配位とALSには関係がないと思われた<ref name=Subramaniam2002><pubmed>11889469</pubmed></ref>[36]。一方、CCSの高発現はALS病態を増悪させてしまうこともある。 | |||
ヒトCCSとG93AまたはG37Rとのダブルトランスジェニックマウスでは早期からミトコンドリアの空胞化が見られ、生存期間が元のG93AやG37Rトランスジェニックマウスの生存期間より著しく短縮した。一方、銅イオンを配位できない変異SOD1とのダブルトランスジェニックマウスでは変化は見られなかった <ref name=Son2007><pubmed>17389365</pubmed></ref><ref name=Son2009><pubmed>19320055</pubmed></ref>[37, 38]。つまり、銅イオンが少ない条件でCCSと銅配位できる変異SOD1を高発現させると変異SOD1に銅が輸送されてしまい、他の銅要求性タンパク質(ミトコンドリアの[[シトクロムCオキシダーゼ]]など)が銅不足になったことがALS増悪の原因だと考えられている。なお、CCSの一次構造は中央部分がSOD1と相同性が高く(47%)、N末とC末の両側に拡張した領域を持つ。結晶構造解析によると、相同性の高いCCSの中央部分のダイマー構造はSOD1ダイマーと非常によく似ていた<ref name=Lamb1999><pubmed>10426947</pubmed></ref>[39]。ALS患者の脊髄でSOD1-CCSヘテロダイマー中間体も検出されている<ref name=Antinone2017><pubmed>28120938</pubmed></ref>[40]。 | |||
====タンパク質分解機構の関与 ==== | ====タンパク質分解機構の関与 ==== | ||
異常タンパク質の分解に関わる[[ユビキチン]]-[[プロテアソーム]]系や[[オートファジー]]・[[リソソーム]]系の機能低下は、ミスフォールドタンパク質を分解できず凝集化を促進するため神経変性疾患の原因と考えられている<ref name=Bence2001><pubmed>11375494</pubmed></ref><ref name=Cuervo2004><pubmed>15102438</pubmed></ref>[41, 42]。ユビキチン免疫陽性の封入体はALSをはじめ神経変性疾患患者の病変部位でよく観察される。細胞の実験においてもプロテアソーム阻害剤は変異SOD1の分解を阻害し、[[ポリユビキチン]]化SOD1の蓄積を誘導する<ref name=Urushitani2002><pubmed>12437574</pubmed></ref>[43]。 | |||
また神経細胞特異的にオートファジー経路をノックアウトしたマウス(Atg5KO)は運動機能の低下を示し、脳にもユビキチン免疫陽性の封入体が多く見つかっている<ref name=Hara2006><pubmed>16625204</pubmed></ref>[44]。しかし、オートファジー経路をノックアウトしたマウスとG93A tgマウスを掛け合わせたところ、発症は早くなったが生存期間は逆に延長した<ref name=Rudnick2017><pubmed>28904095</pubmed></ref>[45]。 | |||
さらに、運動ニューロン特異的にプロテアソーム系を障害させたマウスはALSに似た運動ニューロン死を誘導したが、オートファジー系を障害させたマウスでは運動機能に異常が認められなかった。つまり、運動ニューロン障害においてはオートファジー・リソソーム系よりもユビキチン・プロテアソーム系が主因となっている可能性がある<ref name=Tashiro2012><pubmed>23095749</pubmed></ref>[46]。 | |||
====ミトコンドリア機能障害 ==== | ====ミトコンドリア機能障害 ==== | ||
ALSでミトコンドリア機能障害が起こることは研究早期から提唱されてきた。変異SOD1 tgマウスの運動ニューロンでミトコンドリア内のCa<sup>2+</sup>緩衝作用と呼吸能障害が見出されている<ref name=Mattiazzi2002><pubmed>12050154</pubmed></ref><ref name=Damiano2006><pubmed>16478527</pubmed></ref>[47, 48]。ミトコンドリアが傷害されるとシトクロムCが放出されアポトーシスが誘導されるが、アポトーシス経路を遮断するとALSモデルマウスの生存期間が延長したとの報告もある<ref name=Reyes2010><pubmed>20890041</pubmed></ref>[49]。 | |||
変異SOD1 tgマウスの筋肉細胞で見られるミトコンドリアの[[uncoupling protein 3]] ([[UCP3]]) の上昇は、ALSにおけるエネルギー代謝の亢進による脂肪量の減少に関与している<ref name=Dupuis2003><pubmed>14500553</pubmed></ref>[50]。一方、神経保護に働く[[UCP2]]を高発現させたG93A tgマウスは逆にALSの進行が早まった<ref name=Peixoto2013><pubmed>24141050</pubmed></ref>[51]。 | |||
====オルガネラ異常 ==== | ====オルガネラ異常 ==== | ||
神経変性疾患の原因の一つとして[[小胞体ストレス]]が考えられている。ALSにおいても、ミスフォールディングした変異SOD1が運動ニューロン内の[[小胞体]]に蓄積して小胞体ストレスを誘導することで脆弱な運動ニューロンが細胞死に至ると考えられている<ref name=Nishitoh2008><pubmed>18519638</pubmed></ref><ref name=Atkin2008><pubmed>18440237</pubmed></ref><ref name=Saxena2009><pubmed>19330001</pubmed></ref>[52, 53, 54]。さらに、ALS患者や変異SOD1 tgマウスにおいて、ゴルジ体の断片化<ref name=Mourelatos1996><pubmed>8643599</pubmed></ref><ref name=Bellouze2016><pubmed>27277231</pubmed></ref>[55, 56]や[[核膜]]形態異常<ref name=Kinoshita2009><pubmed>19816199</pubmed></ref>[57]、[[核輸送]]障害<ref name=Zhong2017><pubmed>28463106</pubmed></ref>[58]なども観察されており、ミトコンドリア以外のオルガネラ異常の関与が注目されている。 | |||
==== 非細胞自律性神経細胞死 ==== | ==== 非細胞自律性神経細胞死 ==== | ||
変異SOD1 tgマウスにおいて、ミクログリアや[[アストロサイト]]での変異SOD1の発現量が多いほどALSの進行速度が速くなり、逆にミクログリアやアストロサイトでの変異SOD1を除去するとALSの進行速度が遅くなることが証明された。つまり、変異SOD1を発現している運動神経細胞が自律的に[[細胞死]]をきたすわけではない『非細胞自律性神経細胞死』の概念が提唱されている<ref name=Boillee2006><pubmed>16741123</pubmed></ref><ref name=Yamanaka2008><pubmed>18246065</pubmed></ref>[59, 60]。 | |||
=== SOD1欠損症 === | === SOD1欠損症 === | ||
1993年以降SOD1の変異がALS患者で続々と見つかってきたのとは対照的に、SOD1の欠損症は2019年に初めてホモ接合性SOD1トランケーション変異(c.335dupG, p.C112Wfs*11, | 1993年以降SOD1の変異がALS患者で続々と見つかってきたのとは対照的に、SOD1の欠損症は2019年に初めてホモ接合性SOD1トランケーション変異(c.335dupG, p.C112Wfs*11, SOD活性なし)の症例が2例報告された。なお、p.C112Wfs*11はメチオニンから数えて112番目のCys(従来の表記ではCys111)がTrpになるフレームシフトが起こり、さらに10個の余分なアミノ酸の後に終止コドンになった欠失変異を意味している。 | ||
その2歳と6歳の患者は進行性の運動失調を伴う[[精神運動遅滞]]、[[過剰驚愕症]]([[びっくり病]])、[[痙性麻痺]]、[[耳介]]低位などの症状がみられており、SOD1の機能喪失とALS病態の関わりを再考する症例となっている<ref name=Park2019><pubmed>31332433</pubmed></ref><ref name=Andersen2019><pubmed>31314961</pubmed></ref>[75, 76]。これらの症例の家族にALS症状は見られていないものの、SOD1の機能喪失によるのかC末端が欠失したSOD1タンパク質の影響なのかも議論の余地がある。 | |||
SOD1ノックアウトマウスはALS症状を示さず一見正常に生育するものの雌の不妊が見つかり<ref name=Reaume1996><pubmed>8673102</pubmed></ref>[61]、その後多くの異常が報告されるようになった。SOD1は赤血球に多く発現しているため、その欠損は[[溶血性貧血]]を引き起こし<ref name=Iuchi2007><pubmed>17059387</pubmed></ref>[62]、腎臓や肝臓に鉄が蓄積すると考えられる<ref name=Yoshihara2012><pubmed>22435664</pubmed></ref><ref name=Yoshihara2016><pubmed>27629432</pubmed></ref>[63, 64]。また、普通食でも脂肪肝から肝硬変になり<ref name=Uchiyama2006><pubmed>16921198</pubmed></ref><ref name=Sakiyama2016><pubmed>26981929</pubmed></ref>[65, 66]、高齢になると肝腫瘍が発生する<ref name=Elchuri2005><pubmed>15531919</pubmed></ref>[67]。さらに、[[難聴]]<ref name=McFadden1999><pubmed>10466888</pubmed></ref>[68]、骨減少症<ref name=Nojiri2011><pubmed>22025246</pubmed></ref>[69]、[[骨格筋]]の萎縮<ref name=Muller2006><pubmed>16716900</pubmed></ref>[70]、[[皮膚萎縮症]]<ref name=Murakami2009><pubmed>19289104</pubmed></ref>[71]、[[加齢黄斑変性]]<ref name=Imamura2006><pubmed>16844785</pubmed></ref>[72]などの老化症状が見られている。[[アルツハイマー病]]モデルマウスと掛け合わせると認知機能がさらに低下することも報告されている<ref name=Murakami2011><pubmed>22072713</pubmed></ref>[73]。またSOD1ノックアウトマウスは行動異常を起こし、[[大脳]]では[[ドーパミントランスポーター]]の発現が上昇していることが観察されている<ref name=Yoshihara2016><pubmed>27629432</pubmed></ref>[74]。 | |||
== 酵素活性以外の機能 == | == 酵素活性以外の機能 == |