「セマフォリン」の版間の差分

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 セマフォリン分子群の先駆けは、特定の神経束を染め分ける[[wj:モノクローナル抗体|モノクローナル抗体]]により同定されたファシクリンIVと、[[wj:ニワトリ|ニワトリ]][[後根神経節]]細胞の[[成長円錐]]退縮応答を指標に同定されたコラプシン(後の[[セマフォリン3A]], Sema3A)である。セマフォリン3Aは、当初、退縮活性を有することからコラプシンと命名されたが<ref name=ref1><pubmed>10679438</pubmed></ref>、セマドメインを共有するセマフォリン3A以外のセマフォリンファミリー分子群が、必ずしも退縮活性を示さないことから、これらを総称して、セマフォリン(ギリシア語の手旗信号)ファミリー分子群と命名されるに至った<ref name=ref2><pubmed>10367884</pubmed></ref>。
 セマフォリン分子群の先駆けは、特定の神経束を染め分ける[[wj:モノクローナル抗体|モノクローナル抗体]]により同定されたファシクリンIVと、[[wj:ニワトリ|ニワトリ]][[後根神経節]]細胞の[[成長円錐]]退縮応答を指標に同定されたコラプシン(後の[[セマフォリン3A]], Sema3A)である。セマフォリン3Aは、当初、退縮活性を有することからコラプシンと命名されたが<ref name=ref1><pubmed>10679438</pubmed></ref>、セマドメインを共有するセマフォリン3A以外のセマフォリンファミリー分子群が、必ずしも退縮活性を示さないことから、これらを総称して、セマフォリン(ギリシア語の手旗信号)ファミリー分子群と命名されるに至った<ref name=ref2><pubmed>10367884</pubmed></ref>。


 セマフォリンのプロトタイプであるセマフォリン3Aはその後、[[ニューロピリン1]]を受容体とすること、この受容体が、[[血管内皮細胞増殖因子]] ([[vascular endothelial growth factor]], [[VEGF]])の受容体でもあることが発見されるに及び<ref name=ref3><pubmed>10688880</pubmed></ref>、セマフォリンが血管系、免疫系等の神経系以外の様々な組織で重要な役割をすることが広く認識されるようになった。また[[wj:アトピー性皮膚炎|アトピー性皮膚炎]]、[[wj:がん|がん]]、[[多発性硬化症]]、[[wj:骨粗鬆症|骨粗鬆症]]など<ref name=ref4><pubmed>24171101</pubmed></ref>、セマフォリン分子が密接に関係する病態が発見されるようになった。最近では、COVID-19の病原ウイルスであるSARS-CoV2表面のスパイクタンパク質Sが、フリンプロテアーゼによって限定分解され、そのうちのS1と呼ばれる部位が、宿主細胞に発現するニューロピリン1に相互作用することが、SAR-CoV2の細胞内への取り込みを促進して感染効率を上昇させることを示す知見が報告された<ref><pubmed>33082294</pubmed></ref><ref><pubmed>33082293 </pubmed></ref>(Daly JL et al., 2020; Cantuti-Castelvetri L et al, 2020)。このように、現在ではセマフォリンおよびその受容体分子群は重要な創薬ターゲットとしても多くの研究者の注目を集めている<ref><pubmed>25082288</pubmed></ref> (Worzfeld and Offermanns, 2014)
 セマフォリンのプロトタイプであるセマフォリン3Aはその後、[[ニューロピリン1]]を受容体とすること、この受容体が、[[血管内皮細胞増殖因子]] ([[vascular endothelial growth factor]], [[VEGF]])の受容体でもあることが発見されるに及び<ref name=ref3><pubmed>10688880</pubmed></ref>、セマフォリンが血管系、免疫系等の神経系以外の様々な組織で重要な役割をすることが広く認識されるようになった。また[[wj:アトピー性皮膚炎|アトピー性皮膚炎]]、[[wj:がん|がん]]、[[多発性硬化症]]、[[wj:骨粗鬆症|骨粗鬆症]]など<ref name=ref4><pubmed>24171101</pubmed></ref>、セマフォリン分子が密接に関係する病態が発見されるようになった。
 
 最近では、COVID-19の病原ウイルスであるSARS-CoV2表面のスパイクタンパク質Sが、フリンプロテアーゼによって限定分解され、そのうちのS1と呼ばれる部位が、宿主細胞に発現するニューロピリン1に相互作用することが、SAR-CoV2の細胞内への取り込みを促進して感染効率を上昇させることを示す知見が報告された<ref><pubmed>33082294</pubmed></ref><ref><pubmed>33082293 </pubmed></ref>
 
 このように、現在ではセマフォリンおよびその受容体分子群は重要な創薬ターゲットとしても多くの研究者の注目を集めている<ref><pubmed>25082288</pubmed></ref>。


[[image:semaphorin 1.jpg|thumb|300px|'''図1.セマフォリンファミリータンパク質と受容体の関係'''<br>[[TIM-2]]:[[T cell immunoglobulin and mucin-domain-containing 2]], [[CSPG]]: [[コンドロイチン硫酸プロテオグリカン]], [[HSPG]]: ヘパラン硫酸プロテオグリカン]]
[[image:semaphorin 1.jpg|thumb|300px|'''図1.セマフォリンファミリータンパク質と受容体の関係'''<br>[[TIM-2]]:[[T cell immunoglobulin and mucin-domain-containing 2]], [[CSPG]]: [[コンドロイチン硫酸プロテオグリカン]], [[HSPG]]: ヘパラン硫酸プロテオグリカン]]
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[[image:semaphorin 3.jpg|thumb|300px|'''図3.プレキシンの活性化メカニズム'''<br>プレキシンは、細胞の上で二量体を作って不活性な状態になっている。プレキシンは、同じく二量体を形成するセマフォリンが結合すると分離して別々にセマフォリンに結合する。これにともなう位置関係・構造の変化がシグナルを発生する<ref name=ref11 />。]]
[[image:semaphorin 3.jpg|thumb|300px|'''図3.プレキシンの活性化メカニズム'''<br>プレキシンは、細胞の上で二量体を作って不活性な状態になっている。プレキシンは、同じく二量体を形成するセマフォリンが結合すると分離して別々にセマフォリンに結合する。これにともなう位置関係・構造の変化がシグナルを発生する<ref name=ref11 />。]]
===ニューロピリン===
===ニューロピリン===
 藤澤らは、[[アフリカツメガエル]]の幼生[[視蓋]]組織から標品を調整し、これを抗原として、2つの[[モノクローナル抗体]]、MAb5A MAbB2を単離した。この二つの抗体は、それぞれ視蓋の特定の網状層を染め分けた。これがのちにニューロピリンと後述するプレキシンが同定される契機となった<ref><pubmed>3297854</pubmed></ref><ref><pubmed>9078440</pubmed></ref>(Takagi et al, 1987; Fujisawa et al, 1997)。後に、これらがセマフォリンの受容体分子であることが明らかにされた<ref><pubmed>9875845</pubmed></ref><ref><pubmed> 10520994</pubmed></ref> (Winberg et al, 1998; Takahashi et al, 1999)。
 藤澤らは、[[アフリカツメガエル]]の幼生[[視蓋]]組織から標品を調整し、これを抗原として、2つの[[モノクローナル抗体]]、MAb5A MAbB2を単離した。この二つの抗体は、それぞれ視蓋の特定の網状層を染め分けた。これがのちにニューロピリンと後述するプレキシンが同定される契機となった<ref><pubmed>3297854</pubmed></ref><ref><pubmed>9078440</pubmed></ref>。後に、これらがセマフォリンの受容体分子であることが明らかにされた<ref><pubmed>9875845</pubmed></ref><ref><pubmed> 10520994</pubmed></ref>


 クラス3セマフォリンは分泌型であり、セマフォリン3A~3Gの7つが同定されている(表1)。このうちセマフォリン3EはプレキシンDを受容体とするが、それ以外は[[ニューロピリン1]]、あるいは[[ニューロピリン2]]を直接の受容体とする。ニューロピリン1、ニューロピリン2はプレキシンAと複合体を改正し、クラス3セマフォリンの機能的な受容体を形成する。またニューロピリン1およびニューロピリン2は[[血管内皮増殖因子]] ([[vascular endothelial growth factor]], [[VEGF]])165の受容体としても作動する<ref name=ref8 />。
 クラス3セマフォリンは分泌型であり、セマフォリン3A~3Gの7つが同定されている(表1)。このうちセマフォリン3EはプレキシンDを受容体とするが、それ以外は[[ニューロピリン1]]、あるいは[[ニューロピリン2]]を直接の受容体とする。ニューロピリン1、ニューロピリン2はプレキシンAと複合体を改正し、クラス3セマフォリンの機能的な受容体を形成する。またニューロピリン1およびニューロピリン2は[[血管内皮増殖因子]] ([[vascular endothelial growth factor]], [[VEGF]])165の受容体としても作動する<ref name=ref8 />。
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=== イオンチャネル ===
=== イオンチャネル ===
 セマフォリンファミリー分子の細胞内情報伝達には、様々な[[カルシウムチャネル|カルシウム]]<ref><pubmed>10514436</pubmed></ref><ref><pubmed>10557350</pubmed></ref><ref><pubmed>21602796</pubmed></ref> (Sakai et al, 1999; Behar et al, 1999; Nishiyama et al, 2011)、[[カリウムチャネル|カリウム]]、[[ナトリウムチャネル]]<ref><pubmed>24599038</pubmed></ref> (Yamashita et a, 2014) が関わる。神経系では、セマフォリン3Aがイオンチャネルの活性化を介してその受容体複合体とTrkAなどの[[ニューロトロフィン受容体]]との相互作用や、順向性・逆行性の[[軸索内輸送]]を促す<ref><pubmed>27392015</pubmed></ref>(Goshima et al, 2016)。このセマフォリン3Aによる細胞内応答は、[[樹状突起]]上の[[グルタミン酸受容体]]の輸送と樹状突起形成にもたらすことが示されている。しかしセマフォリンによって惹起される、様々な分子を含む細胞内膜の輸送と融合がどのように制御され、セマフォリン作用の発現に関わるかについては未解明である。
 セマフォリンファミリー分子の細胞内情報伝達には、様々な[[カルシウムチャネル|カルシウム]]<ref><pubmed>10514436</pubmed></ref><ref><pubmed>10557350</pubmed></ref><ref><pubmed>21602796</pubmed></ref>、[[カリウムチャネル|カリウム]]、[[ナトリウムチャネル]]<ref><pubmed>24599038</pubmed></ref>が関わる。神経系では、セマフォリン3Aがイオンチャネルの活性化を介してその受容体複合体とTrkAなどの[[ニューロトロフィン受容体]]との相互作用や、順向性・逆行性の[[軸索内輸送]]を促す<ref><pubmed>27392015</pubmed></ref>。このセマフォリン3Aによる細胞内応答は、[[樹状突起]]上の[[グルタミン酸受容体]]の輸送と樹状突起形成にもたらすことが示されている。しかしセマフォリンによって惹起される、様々な分子を含む細胞内膜の輸送と融合がどのように制御され、セマフォリン作用の発現に関わるかについては未解明である。


===修飾因子===
===修飾因子===
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 この発見を経緯に、セマフォリンのシナプスや樹状突起パターン形成における作用が解析された。Kolodkinらのグループは同じクラス3セマフォリンに属するセマフォリン3Fの作用を追究する過程で、セマフォリン3Fが樹状突起スパインの数や興奮性シナプス電流の減少を引き起こすことを報告した。一方、同グループは、セマフォリン3Aとの結合を欠失したニューロピリン1をノックインしたマウスの解析から、セマフォリン3Aは樹状突起パターンには作用するが、スパインの数や形態には影響を与えないと報告しており、研究グループ間にセマフォリン3A作用の解釈をめぐって相違がある<ref name=ref13 /> <ref name=ref14><pubmed>20010807</pubmed></ref>。
 この発見を経緯に、セマフォリンのシナプスや樹状突起パターン形成における作用が解析された。Kolodkinらのグループは同じクラス3セマフォリンに属するセマフォリン3Fの作用を追究する過程で、セマフォリン3Fが樹状突起スパインの数や興奮性シナプス電流の減少を引き起こすことを報告した。一方、同グループは、セマフォリン3Aとの結合を欠失したニューロピリン1をノックインしたマウスの解析から、セマフォリン3Aは樹状突起パターンには作用するが、スパインの数や形態には影響を与えないと報告しており、研究グループ間にセマフォリン3A作用の解釈をめぐって相違がある<ref name=ref13 /> <ref name=ref14><pubmed>20010807</pubmed></ref>。


 セマフォリンが学習・記憶等の生理学的過程にどのような役割を果たしているかは今後の重要課題の一つである。最近になり、海馬において神経活動依存性にセマフォリン3Aが分泌され、AMPA受容体のトラフィッキングを促進することが記憶学習の成立に必要であることが示された<ref><pubmed> 33772906</pubmed></ref>(Jitsuki-Takahashi et al, 2021)。
 セマフォリンが学習・記憶等の生理学的過程にどのような役割を果たしているかは今後の重要課題の一つである。最近になり、海馬において神経活動依存性にセマフォリン3Aが分泌され、AMPA受容体のトラフィッキングを促進することが記憶学習の成立に必要であることが示された<ref><pubmed> 33772906</pubmed></ref>


==関連項目==
==関連項目==