「追従眼球運動」の版間の差分

ナビゲーションに移動 検索に移動
編集の要約なし
編集の要約なし
編集の要約なし
6行目: 6行目:
</div>
</div>


英語名:ocular following response、英略語:OFR
英語名:ocular following response、


同義語:OFR
英略語:OFR


{{box|text= 追従眼球運動は、眼前の広視野パターンが突然動く時に誘発される反射的な眼 球運動である。網膜像のぶれを防ぎ、良好な視覚を保つ働きがある。視覚刺激が 動き始めてから眼の動きが起こるまでの潜時が非常に短いことがその特徴として 挙げられる。大脳皮質MT/MST野、背外側橋核、小脳腹側傍片葉を経て外眼筋運動 神経核に到る経路が追従眼球運動の発現に関わると考えられている。}}
{{box|text= 追従眼球運動は、眼前の広視野パターンが突然動く時に誘発される反射的な眼 球運動である。網膜像のぶれを防ぎ、良好な視覚を保つ働きがある。視覚刺激が 動き始めてから眼の動きが起こるまでの潜時が非常に短いことがその特徴として 挙げられる。大脳皮質MT/MST野、背外側橋核、小脳腹側傍片葉を経て外眼筋運動 神経核に到る経路が追従眼球運動の発現に関わると考えられている。}}
14行目: 14行目:
== 追従眼球運動とは ==
== 追従眼球運動とは ==


 眼前の広視野パターンが突然動く時に誘発される反射的な眼球運動である。[[視覚]]刺激が動き始めてから眼の動きが起こるまでの[[反応時間|潜時]]が非常に短いことがその特徴として挙げられる([[wikipedia:ja:サル|サル]]で&lt;60ms、[[wikipedia:ja:ヒト|ヒト]]で&lt;80ms)<ref><pubmed>3794772</pubmed></ref> <ref><pubmed>2278939</pubmed></ref> <ref name="refkawano1999"><pubmed>10448153</pubmed></ref>。
 眼前の広視野パターンが突然動く時に誘発される反射的な眼球運動である。[[視覚]]刺激が動き始めてから眼の動きが起こるまでの[[反応時間|潜時]]が非常に短いことがその特徴として挙げられる([[wj:サル|サル]]で&lt;60ms、[[wj:ヒト|ヒト]]で&lt;80ms)<ref><pubmed>3794772</pubmed></ref> <ref><pubmed>2278939</pubmed></ref> <ref name="refkawano1999"><pubmed>10448153</pubmed></ref>。


==機能==
==機能==
25行目: 25行目:
 追従眼球運動反応は視覚刺激のサイズに依存する。広い視野を覆う視覚刺激は追従眼球運動の有効刺激であるが、視野全体を覆うテクスチャパターンは最適刺激ではない。横に細長い帯状の刺激(高さ1度、幅45度)を用い、それを画面上に間欠的に配置して調べると、帯状刺激の本数が多くなるにつれて刺激の動きに対する眼の動きの振幅は大きくなるが、数本配置すると飽和する。さらに、視野全体を覆う刺激に対する反応は、たった一本の帯状刺激で起こる反応よりも小さい。これらのサイズの影響は、追従眼球運動の視覚情報処理に、[[正規化]](divisive normalization)や[[周辺抑制]](surround inhibitory mechanism)といった機構が関わることを示唆している<ref><pubmed> 18603279 </pubmed></ref>。  
 追従眼球運動反応は視覚刺激のサイズに依存する。広い視野を覆う視覚刺激は追従眼球運動の有効刺激であるが、視野全体を覆うテクスチャパターンは最適刺激ではない。横に細長い帯状の刺激(高さ1度、幅45度)を用い、それを画面上に間欠的に配置して調べると、帯状刺激の本数が多くなるにつれて刺激の動きに対する眼の動きの振幅は大きくなるが、数本配置すると飽和する。さらに、視野全体を覆う刺激に対する反応は、たった一本の帯状刺激で起こる反応よりも小さい。これらのサイズの影響は、追従眼球運動の視覚情報処理に、[[正規化]](divisive normalization)や[[周辺抑制]](surround inhibitory mechanism)といった機構が関わることを示唆している<ref><pubmed> 18603279 </pubmed></ref>。  


 追従眼球運動は視覚刺激の[[wikipedia:ja:空間周波数|空間周波数]]と[[wikipedia:ja:時間周波数|時間周波数]]に依存する<ref><pubmed> 21421006 </pubmed></ref>。様々な空間周波数の[[wikipedia:ja:正弦波|正弦波]]運動縞に対する反応からその周波数特性を調べると、刺激の時間周波数が25Hzの時には平均0.2-0.3 cycles/度の刺激が最適であることが報告されている。また、高い時間周波数の正弦波運動縞に対して早く大きく応答する。サルでは20-40Hzの刺激で眼球運動濳時が最も短くなる。ヒトでは16-20 Hz程度が最適と報告されている。  
 追従眼球運動は視覚刺激の[[wj:空間周波数|空間周波数]]と[[wj:時間周波数|時間周波数]]に依存する<ref><pubmed> 21421006 </pubmed></ref>。様々な空間周波数の[[wj:正弦波|正弦波]]運動縞に対する反応からその周波数特性を調べると、刺激の時間周波数が25Hzの時には平均0.2-0.3 cycles/度の刺激が最適であることが報告されている。また、高い時間周波数の正弦波運動縞に対して早く大きく応答する。サルでは20-40Hzの刺激で眼球運動濳時が最も短くなる。ヒトでは16-20 Hz程度が最適と報告されている。  


 追従眼球運動は一次運動に対する応答である。一次運動とは輝度の時空間的分布で定義される視覚刺激の動きであり、視覚像の輝度の時空間スペクトルからその運動を推定することができる。実現の段階においては網膜像の時空間フィルタリングに基づく空間周波数成分の運動を検出して全体の運動を決める検出機構による。一次運動の検出機構の特徴としていくつかの[[運動錯視]]が知られている。例えば、パターンをある方向に移動させると同時にコントラストを反転させると、移動と反対方向への動きが知覚される。その運動錯視は逆転運動(reversed phi)と呼ばれる。この運動錯視は空間周波数成分の動きから像の運動方向を決める運動検出機構があることを示している。その運動刺激に対する追従眼球運動は刺激を移動させた方向と反対の方向に起こる<ref><pubmed> 12169427 </pubmed></ref>。  
 追従眼球運動は一次運動に対する応答である。一次運動とは輝度の時空間的分布で定義される視覚刺激の動きであり、視覚像の輝度の時空間スペクトルからその運動を推定することができる。実現の段階においては網膜像の時空間フィルタリングに基づく空間周波数成分の運動を検出して全体の運動を決める検出機構による。一次運動の検出機構の特徴としていくつかの[[運動錯視]]が知られている。例えば、パターンをある方向に移動させると同時にコントラストを反転させると、移動と反対方向への動きが知覚される。その運動錯視は逆転運動(reversed phi)と呼ばれる。この運動錯視は空間周波数成分の動きから像の運動方向を決める運動検出機構があることを示している。その運動刺激に対する追従眼球運動は刺激を移動させた方向と反対の方向に起こる<ref><pubmed> 12169427 </pubmed></ref>。  


 また、矩形波縞からその基本周波数の正弦波成分を除いて構成される縞刺激(MF: [[wikipedia:missing fundamental|missing fundamental]])をその周期の1/4だけステップさせると刺激を動かした方向と逆方向の動きが知覚される。矩形波は基本波と振幅が順次小さくなってゆく奇数高調波の和で構成されるので、MF刺激は第3高調波を最大振幅とする奇数調波の和となる。パターンを1/4周期ステップさせると、第3高調波成分は1/4だけ反対方向に動くことになる。MF縞の仮現運動刺激に対する追従眼球運動はパターンを動かした方向と逆方向に起こる<ref><pubmed> 15894346 </pubmed></ref> <ref><pubmed> 16356529 </pubmed></ref>。  
 また、矩形波縞からその基本周波数の正弦波成分を除いて構成される縞刺激(MF: [[w:missing fundamental|missing fundamental]])をその周期の1/4だけステップさせると刺激を動かした方向と逆方向の動きが知覚される。矩形波は基本波と振幅が順次小さくなってゆく奇数高調波の和で構成されるので、MF刺激は第3高調波を最大振幅とする奇数調波の和となる。パターンを1/4周期ステップさせると、第3高調波成分は1/4だけ反対方向に動くことになる。MF縞の仮現運動刺激に対する追従眼球運動はパターンを動かした方向と逆方向に起こる<ref><pubmed> 15894346 </pubmed></ref> <ref><pubmed> 16356529 </pubmed></ref>。  


 これらの運動錯視刺激に対する追従眼球運動反応は一次運動の検出機構が運動発現の基盤となっていることを示している。
 これらの運動錯視刺激に対する追従眼球運動反応は一次運動の検出機構が運動発現の基盤となっていることを示している。
35行目: 35行目:
== 神経機構  ==
== 神経機構  ==


 追従眼球運動に関連して、サルの[[大脳皮質]][[MST野|MST(Medial Superior Temporal)野]]、[[脳幹]]の[[背外側橋核]]、脳幹の[[視索核]]、[[小脳]]の[[腹側傍片葉]]のニューロン活動が調べられている。これらの脳部位を含み、最終的に脳幹の[[wikipedia:ja:外眼筋|外眼筋]][[運動神経核]]に到る経路が追従眼球運動の発現に関わると考えられている。この神経経路に沿って行われる視覚情報から運動指令信号への変換について、共通の視覚刺激(ランダムドットパターン)、共通の解析法(網膜誤差からの神経活動の再構成および眼球運動からの再構成)を用いた研究が系統的に行われてきた<ref name="refkawano1999" />。  
 追従眼球運動に関連して、サルの[[大脳皮質]][[MST野|MST(Medial Superior Temporal)野]]、[[脳幹]]の[[背外側橋核]]、脳幹の[[視索核]]、[[小脳]]の[[腹側傍片葉]]のニューロン活動が調べられている。これらの脳部位を含み、最終的に脳幹の[[wj:外眼筋|外眼筋]][[運動神経核]]に到る経路が追従眼球運動の発現に関わると考えられている。この神経経路に沿って行われる視覚情報から運動指令信号への変換について、共通の視覚刺激(ランダムドットパターン)、共通の解析法(網膜誤差からの神経活動の再構成および眼球運動からの再構成)を用いた研究が系統的に行われてきた<ref name="refkawano1999" />。  


=== 大脳皮質MST野   ===
=== 大脳皮質MST野   ===
51行目: 51行目:
=== 小脳腹側傍片葉 ===
=== 小脳腹側傍片葉 ===


 小脳の腹側傍片葉の[[プルキンエ細胞]]の単純[[スパイク]]の最適方向は同側か下方向である。単純スパイクの発火頻度は、網膜誤差ではなく、追従眼球運動の速度、加速度と良く相関する。単純スパイクの時間経過は眼球運動の位置、速度、加速度を用いた逆ダイナミクス表現によって再構成できる<ref><pubmed> 8361536 </pubmed></ref> <ref><pubmed> 9705471 </pubmed></ref>。このことから小脳は追従眼球運動の運動指令の構成に重要な役割を果たすと考えられている。複雑スパイクの最適方向は対側か上方向である。複雑スパイクの時間経過についても、網膜誤差よりも、眼球運動の位置、速度、加速度から良く再構成できる<ref><pubmed> 9705472 </pubmed></ref> 。しかし、単純スパイクに比べて網膜誤差との相関が高いことが指摘されている。複雑スパイクは視索核から[[下オリーブ核]]を介する小脳への入力によるものと考えられ、それによって運ばれる網膜誤差の信号と単純スパイクに表現される信号との間の長期的相互作用が追従眼球運動の適応に貢献する可能性が指摘されている<ref><pubmed> 11877526 </pubmed></ref>。  
 小脳の腹側傍片葉の[[プルキンエ細胞]]の単純[[スパイク]]の最適方向は同側か下方向である。単純スパイクの発火頻度は、網膜誤差ではなく、追従眼球運動の速度、加速度と良く相関する。単純スパイクの時間経過は眼球運動の位置、速度、加速度を用いた逆ダイナミクス表現によって再構成できる<ref><pubmed> 8361536 </pubmed></ref><ref><pubmed> 9705471 </pubmed></ref>。このことから小脳は追従眼球運動の運動指令の構成に重要な役割を果たすと考えられている。複雑スパイクの最適方向は対側か上方向である。複雑スパイクの時間経過についても、網膜誤差よりも、眼球運動の位置、速度、加速度から良く再構成できる<ref><pubmed> 9705472 </pubmed></ref> 。しかし、単純スパイクに比べて網膜誤差との相関が高いことが指摘されている。複雑スパイクは視索核から[[下オリーブ核]]を介する小脳への入力によるものと考えられ、それによって運ばれる網膜誤差の信号と単純スパイクに表現される信号との間の長期的相互作用が追従眼球運動の適応に貢献する可能性が指摘されている<ref><pubmed> 11877526 </pubmed></ref>。  


==終わりに==
==終わりに==


 近年では、追従眼球運動の基盤となる視覚運動検出の神経機構に関する研究が進んでいる。様々な[[wikipedia:ja:正弦波|正弦波]]運動縞や、行動実験で用いられた運動錯視刺激に対するMST野のニューロン活動が調べられており、視覚運動の検出過程の詳細に迫りつつある。追従眼球運動のこれまでの研究は、視覚像の位置、速度、加速度との関係を解析することで調べられてきた。今後、視覚運動の検出過程の詳細が解明されることにより、視覚画像入力から眼球運動出力までの一貫した神経情報処理が明らかになることが期待される。
 近年では、追従眼球運動の基盤となる視覚運動検出の神経機構に関する研究が進んでいる。様々な[[wj:正弦波|正弦波]]運動縞や、行動実験で用いられた運動錯視刺激に対するMST野のニューロン活動が調べられており、視覚運動の検出過程の詳細に迫りつつある。追従眼球運動のこれまでの研究は、視覚像の位置、速度、加速度との関係を解析することで調べられてきた。今後、視覚運動の検出過程の詳細が解明されることにより、視覚画像入力から眼球運動出力までの一貫した神経情報処理が明らかになることが期待される。


==関連項目==
==関連項目==

案内メニュー