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<font size="+1">[https://researchmap.jp/t-kikkawa 吉川 貴子]、[http://researchmap.jp/noriko1128 大隅 典子]</font><br> | <font size="+1">[https://researchmap.jp/t-kikkawa 吉川 貴子]、[http://researchmap.jp/noriko1128 大隅 典子]</font><br> | ||
''東北大学 大学院医学系研究科 発生発達神経科学分野''<br> | ''東北大学 大学院医学系研究科 発生発達神経科学分野''<br> | ||
DOI:<selfdoi /> | DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2021年8月2日 原稿完成日:2021年8月4日<br> | ||
担当編集委員:<br> | 担当編集委員:<br> | ||
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英:radial glial | 英:radial glial cell 独:radiale Gliazelle | ||
{{box|text= 放射状グリア細胞は、胎生期脳の発生過程における、自己複製能と多分化能を持つ神経幹細胞(神経前駆細胞)である。放射状グリア細胞は、脳表面(軟膜側)まで非常に長い放射状の突起を伸ばしており、この突起は放射状グリア細胞から生み出された新生ニューロンが軟膜側に移動する際の足場となる。この基底膜方向に向かう放射状の突起は基底膜側突起と呼ばれ、突起の先端部は基底膜に接して固定されている。一方、脳室面側では、放射状グリア細胞は細胞接着装置によって互いに繋ぎとめられている。ヒトなどの霊長類で特に発達した大脳皮質原基において、脳室帯の外側にある外側脳室下帯には、脳室面側の突起が無く基底膜側突起のみを持つ外側放射状グリア細胞(outer radial glial cells, oRG cells)が豊富に存在する。oRG 細胞もまた神経幹細胞として働き、進化の過程において大脳皮質の拡大に貢献したことが近年明らかになっている。}} | {{box|text= 放射状グリア細胞は、胎生期脳の発生過程における、自己複製能と多分化能を持つ神経幹細胞(神経前駆細胞)である。放射状グリア細胞は、脳表面(軟膜側)まで非常に長い放射状の突起を伸ばしており、この突起は放射状グリア細胞から生み出された新生ニューロンが軟膜側に移動する際の足場となる。この基底膜方向に向かう放射状の突起は基底膜側突起と呼ばれ、突起の先端部は基底膜に接して固定されている。一方、脳室面側では、放射状グリア細胞は細胞接着装置によって互いに繋ぎとめられている。ヒトなどの霊長類で特に発達した大脳皮質原基において、脳室帯の外側にある外側脳室下帯には、脳室面側の突起が無く基底膜側突起のみを持つ外側放射状グリア細胞(outer radial glial cells, oRG cells)が豊富に存在する。oRG 細胞もまた神経幹細胞として働き、進化の過程において大脳皮質の拡大に貢献したことが近年明らかになっている。}} | ||
[[Image: 放射状グリア図1.jpg|thumb|right|300px|'''図1 放射状グリア細胞の役割''']] | [[Image: 放射状グリア図1.jpg|thumb|right|300px|'''図1. 放射状グリア細胞の役割''']] | ||
== 放射状グリア細胞とは == | == 放射状グリア細胞とは == | ||
放射状グリア細胞は、その名が示す様に、長い放射状の突起を持つ特徴的な形態をしている。胎生期の[[中枢神経系]]([[脳]]・[[脊髄]])に存在する。 | 放射状グリア細胞は、その名が示す様に、長い放射状の突起を持つ特徴的な形態をしている。胎生期の[[中枢神経系]]([[脳]]・[[脊髄]])に存在する。 | ||
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なお、[[ニューロン新生]]が生後も続く[[海馬]]でも、[[神経幹細胞]]は放射状グリアの形態を取ることが知られている([[ニューロン新生]]参照)。 | なお、[[ニューロン新生]]が生後も続く[[海馬]]でも、[[神経幹細胞]]は放射状グリアの形態を取ることが知られている([[ニューロン新生]]参照)。 | ||
[[Image: 放射状グリア図2.jpg|thumb|right|200px|'''図2 放射状グリア細胞に発現する分子''']] | [[Image: 放射状グリア図2.jpg|thumb|right|200px|'''図2. 放射状グリア細胞に発現する分子''']] | ||
==分子局在== | ==分子局在== | ||
放射状グリア細胞は非常に極性が高く、細胞内での分子の局在は著しく偏っている('''図2''')。 | 放射状グリア細胞は非常に極性が高く、細胞内での分子の局在は著しく偏っている('''図2''')。 | ||
31行目: | 31行目: | ||
基底膜側突起の先端部は基底膜に接しており、[[細胞外基質]]から[[インテグリン受容体]]を介して増殖のためのシグナルを受け取っている<ref><pubmed> 24496617 </pubmed></ref>。近年、[[大脳皮質]]では、[[脆弱X症候群]]の原因遺伝子[[FMR1]]にコードされる[[RNA結合タンパク質]]の[[FMRP]]が、基底膜側突起の先端部に存在し、特定の[[mRNA]]を輸送していることが明らかになった<ref><pubmed> 21273427 </pubmed></ref><ref><pubmed> 27916527 </pubmed></ref><ref><pubmed> 33323119 </pubmed></ref>。また、細胞周期促進因子の[[Cyclin D2]]([[Ccnd2]])のmRNAやタンパク質が基底膜側突起の先端部に集積しており、放射状グリア細胞の運命決定を行なう可能性が示唆された<ref><pubmed> 3343330 </pubmed></ref>。 | 基底膜側突起の先端部は基底膜に接しており、[[細胞外基質]]から[[インテグリン受容体]]を介して増殖のためのシグナルを受け取っている<ref><pubmed> 24496617 </pubmed></ref>。近年、[[大脳皮質]]では、[[脆弱X症候群]]の原因遺伝子[[FMR1]]にコードされる[[RNA結合タンパク質]]の[[FMRP]]が、基底膜側突起の先端部に存在し、特定の[[mRNA]]を輸送していることが明らかになった<ref><pubmed> 21273427 </pubmed></ref><ref><pubmed> 27916527 </pubmed></ref><ref><pubmed> 33323119 </pubmed></ref>。また、細胞周期促進因子の[[Cyclin D2]]([[Ccnd2]])のmRNAやタンパク質が基底膜側突起の先端部に集積しており、放射状グリア細胞の運命決定を行なう可能性が示唆された<ref><pubmed> 3343330 </pubmed></ref>。 | ||
[[Image: 放射状グリア図3.jpg|thumb|right|350px|'''図3 大脳皮質発生様式の種による違い''']] | [[Image: 放射状グリア図3.jpg|thumb|right|350px|'''図3. 大脳皮質発生様式の種による違い''']] | ||
==脳の進化との関わり == | ==脳の進化との関わり == | ||
[[霊長類]]などで特に発達した大脳皮質においては、脳室帯(ventricular zone, VZ)および脳室下帯(subventricular zone, SVZ)のさらに外側に、発達した増殖層が存在する。この層は、[[外側脳室下帯]]([[outer subventricular zone]], [[OSVZ]])と呼ばれ、脳室面側突起が無く基底膜側突起のみを持つ放射状グリア細胞([[outer radial glial cells]], [[oRG細胞]])が豊富に存在する<ref><pubmed> 20154730 </pubmed></ref>。oRG 細胞は神経幹細胞として働き、[[転写制御因子]]のPax6, Sox2, [[HopX]]([[HOP homeobox]])などの分子マーカーを発現する<ref><pubmed> 20436478 </pubmed></ref><ref><pubmed> 20154730 </pubmed></ref><ref><pubmed> 26406371 </pubmed></ref>。マウスではoRG 細胞がごく少数であるのに対し、ヒトを含む霊長類では多くのoRG細胞が存在し、莫大な数の[[ニューロン]]を生み出すことに繋がったと考えられている('''図3''')。このような放射状グリア細胞集団が進化の過程において大脳皮質の拡大に貢献した可能性が高い。 | [[霊長類]]などで特に発達した大脳皮質においては、脳室帯(ventricular zone, VZ)および脳室下帯(subventricular zone, SVZ)のさらに外側に、発達した増殖層が存在する。この層は、[[外側脳室下帯]]([[outer subventricular zone]], [[OSVZ]])と呼ばれ、脳室面側突起が無く基底膜側突起のみを持つ放射状グリア細胞([[outer radial glial cells]], [[oRG細胞]])が豊富に存在する<ref><pubmed> 20154730 </pubmed></ref>。oRG 細胞は神経幹細胞として働き、[[転写制御因子]]のPax6, Sox2, [[HopX]]([[HOP homeobox]])などの分子マーカーを発現する<ref><pubmed> 20436478 </pubmed></ref><ref><pubmed> 20154730 </pubmed></ref><ref><pubmed> 26406371 </pubmed></ref>。マウスではoRG 細胞がごく少数であるのに対し、ヒトを含む霊長類では多くのoRG細胞が存在し、莫大な数の[[ニューロン]]を生み出すことに繋がったと考えられている('''図3''')。このような放射状グリア細胞集団が進化の過程において大脳皮質の拡大に貢献した可能性が高い。 |