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::<math>v = \frac{V_{max}[S]}{K_m +[S]}</math> | ::<math>v = \frac{V_{max}[S]}{K_m +[S]}</math> | ||
で表される。<math> | で表される。<math>K_m</math>はミカエリス定数と呼ばれ、最大反応速度<math>V_{max}</math>の1/2を与える基質濃度に相当する。<math>K_m</math>は酵素基質複合体における酵素と基質の親和性の尺度であり、<math>K_m</math>値が小さいほど酵素と基質の親和性が高いことを示す。酵素の化学的実体が未だ明確にされてはいなかった1913年にL. Michaelis とM. L. Mentenによって導かれたが、この方法は酵素基質複合体が迅速に形成され、尚且つ結合と解離の平衡状態にあることなどを仮定したものであったので、1925年にG. E. BriggsとJ. B. S. Haldaneが、定常状態近似と呼ばれる、より一般化された仮定を用いて同じ式を導出した。<math>K_m</math>の定義が異なっているので、両者は厳密には別の式であるが、形式が全く同じであるので、実際には混同して用いられることが多い。この式を基礎として数理モデルを構築し、実際の酵素活性の測定データをそのモデルに合わせて解析することにより、他の手法では得ることが難しい酵素反応機構や酵素阻害剤の作用機構に関する重要な情報を、比較的簡便に得ることができる。}} | ||
==背景== | ==背景== | ||
酵素は生体内の各種の化学反応を円滑に行わせるための生体触媒であり、脳内においても情報伝達や物質代謝など、あらゆる生化学反応に関わっており、生体を理解する上で、個々の酵素の性質を明らかにすることは極めて重要である。1992年に[[ジーンターゲティング]]の手法を用いて、[[空間記憶]]に関わる酵素として[[CaMキナーゼⅡ]]が初めて特定された<ref><pubmed>1378648</pubmed></ref><ref><pubmed>1321493</pubmed></ref>が、この輝かしい研究成果も、それを遡ること十数年に渡る本酵素に関する地道で精力的な研究の積み重ね<ref><pubmed>12045104</pubmed></ref>があったればこそのものであろう。 | 酵素は生体内の各種の化学反応を円滑に行わせるための生体触媒であり、脳内においても情報伝達や物質代謝など、あらゆる生化学反応に関わっており、生体を理解する上で、個々の酵素の性質を明らかにすることは極めて重要である。1992年に[[ジーンターゲティング]]の手法を用いて、[[空間記憶]]に関わる酵素として[[CaMキナーゼⅡ]]が初めて特定された<ref><pubmed>1378648</pubmed></ref><ref><pubmed>1321493</pubmed></ref>が、この輝かしい研究成果も、それを遡ること十数年に渡る本酵素に関する地道で精力的な研究の積み重ね<ref><pubmed>12045104</pubmed></ref>があったればこそのものであろう。 | ||
酵素の生化学的研究をおこなうにあたっては、酵素の性質を定量的に扱うことが大前提となるが、そのような場合の理論的基盤となるものが、酵素の化学的実体が未だ明確にされてはいなかった1913年に[[wj:レオノール・ミカエリス|L. Michaelis]]と[[wj:モード・メンテン|M. L. Menten]]によって[[wj:インベルターゼ|インベルターゼ]] | 酵素の生化学的研究をおこなうにあたっては、酵素の性質を定量的に扱うことが大前提となるが、そのような場合の理論的基盤となるものが、酵素の化学的実体が未だ明確にされてはいなかった1913年に[[wj:レオノール・ミカエリス|L. Michaelis]]と[[wj:モード・メンテン|M. L. Menten]]によって[[wj:インベルターゼ|インベルターゼ]]に関する研究において導かれたミカエリス・メンテンの式である。ちなみにM. L. Mentenは当時としては珍しい女性研究者である<ref>''' 鈴木紘一、笠井献一、宗川吉汪 監訳<br>ホートン生化学 第4版<br>''東京化学同人 (東京)'':2008</ref>。これは、酵素基質複合体が迅速に形成され、尚且つ結合と解離の平衡状態にあることなどを仮定したものであった。さらに1925年にG. E. BriggsとJ. B. S. Haldaneが、定常状態近似と呼ばれる、より一般化された仮定を用いて同じ式を導出した。<math>K_m</math>の定義が異なっているので、両者は厳密には別の式であるが、形式が全く同じであるので、実際には混同して用いられることが多い。 | ||
==誘導法== | ==誘導法== | ||
27行目: | 27行目: | ||
<math> E + S \overset{k_1}{\underset{k_2}{\rightleftarrows}} ES \xrightarrow{k_3} E + P</math> (1) | <math> E + S \overset{k_1}{\underset{k_2}{\rightleftarrows}} ES \xrightarrow{k_3} E + P</math> (1) | ||
ここに< | ここに<math>E</math>は酵素、<math>S</math>は基質、<math>P</math>は生成物を表す。この時、<math>k_1</math>、<math>k_2</math>は<math>k_3</math>に比べて十分に大きく、<math>ES</math>、<math>E</math>、<math>S</math>は[[wj:平衡状態|平衡状態]]にあって、<math>k_3</math>を[[wj:速度定数|速度定数]]とする過程が全体の酵素反応の[[wj:律速段階|律速段階]]であると仮定すれば、ES complexの[[wj:解離定数|解離平衡定数]]<math>k_d</math>は | ||
<br> <math> K_d = \frac{[E][S]}{[ES]} = \frac{k_2}{k_1}</math> (2) | <br> <math> K_d = \frac{[E][S]}{[ES]} = \frac{k_2}{k_1}</math> (2) | ||
<br> 酵素反応の初速度< | <br> 酵素反応の初速度<math>v</math>は | ||
<br> <math>v = k_3[ES]\,</math> (3) | <br> <math>v = k_3[ES]\,</math> (3) | ||
<br> ここで酵素の全濃度< | <br> ここで酵素の全濃度<math>[E_{sub}]</math>は | ||
<br> <math>[E_0] = [E] + [ES]\,</math> (4) | <br> <math>[E_0] = [E] + [ES]\,</math> (4) | ||
<br> (2)(4)より< | <br> (2)(4)より<math>[E]</math>を消去して整理すると | ||
<br> <math> [ES] = \frac{[E_0][S]}{K_d +[S]}</math> (5) | <br> <math> [ES] = \frac{[E_0][S]}{K_d +[S]}</math> (5) | ||
47行目: | 47行目: | ||
<br> <math> v = k_3[ES] = \frac{k_3[E_0][S]}{K_d +[S]}</math> (6) | <br> <math> v = k_3[ES] = \frac{k_3[E_0][S]}{K_d +[S]}</math> (6) | ||
<br> ここで< | <br> ここで<math>v = k_3[E_0] = V_{max}</math>、<math>K_d = K_m</math>とおくと | ||
<br> <math>v = k_3[ES] = \frac{V_{max}[S]}{K_m +[S]}</math> (7) | <br> <math>v = k_3[ES] = \frac{V_{max}[S]}{K_m +[S]}</math> (7) | ||
この(7)式をミカエリス・メンテンの式と呼び、1913年にドイツの学術雑誌に発表された<ref><pubmed>21888353</pubmed> | この(7)式をミカエリス・メンテンの式と呼び、1913年にドイツの学術雑誌に発表された<ref><pubmed>21888353</pubmed></ref>。ミカエリス定数<math>K_m</math>は基質濃度無限大の時の最大反応速度<math>V_{max}</math>の1/2の速度を与える時の基質濃度に一致する。<math>K_m</math>はES complexの解離平衡定数<math>k_d</math>であるから、酵素と基質の親和性の尺度となり、値が小さいほど酵素と基質の親和性が強い。 | ||
== ブリッグス・ホールデンの式 == | == ブリッグス・ホールデンの式 == | ||
59行目: | 59行目: | ||
<br> <math>\frac{d[ES]}{dt} = 0 = k_1[E][S] - k_2[ES] -k_3[ES]</math> (8) | <br> <math>\frac{d[ES]}{dt} = 0 = k_1[E][S] - k_2[ES] -k_3[ES]</math> (8) | ||
<br> ここで上記と同様に酵素の全濃度< | <br> ここで上記と同様に酵素の全濃度<math>[E_0]</math>は | ||
<br> <math>[E_0]= [E] + [ES]\,</math> (9) | <br> <math>[E_0]= [E] + [ES]\,</math> (9) | ||
<br> (8)(9)より< | <br> (8)(9)より<math>[E]</math>を消去すると | ||
<math>[ES] = \frac{k_1[E_0][S]}{k_1[S]+(k_2 + k_3)}</math> (10) | <math>[ES] = \frac{k_1[E_0][S]}{k_1[S]+(k_2 + k_3)}</math> (10) | ||
<br> 酵素反応の初速度< | <br> 酵素反応の初速度<math>v</math>は | ||
<br> <math>v=k_3[ES]\,</math> (11) | <br> <math>v=k_3[ES]\,</math> (11) | ||
75行目: | 75行目: | ||
<br> <math>v = \frac{k_1k_3[E_0][S]}{k_1[S]+(k_2 + k_3)} = \frac{k_3[E_0][S]}{[S]+\frac{k_2 + k_3}{k_1}}</math> (12) | <br> <math>v = \frac{k_1k_3[E_0][S]}{k_1[S]+(k_2 + k_3)} = \frac{k_3[E_0][S]}{[S]+\frac{k_2 + k_3}{k_1}}</math> (12) | ||
<br> ここで < | <br> ここで <math>(k_2+k_3) / k_1 = K_m</math>、<math>k_3[E_0] = V_{max}</math>とおくと | ||
<br> <math>v = k_3[ES] = \frac{V_{max}[S]}{K_m +[S]}</math> (13) | <br> <math>v = k_3[ES] = \frac{V_{max}[S]}{K_m +[S]}</math> (13) | ||
<br> となり、(7)式と同じ式が得られる。 (13)式は厳密にはブリッグス・ホールデンの式と言うが、 (7)式と同じ形であるので実際にはミカエリス・メンテンの式と言うことが多い。また、(13)式の< | <br> となり、(7)式と同じ式が得られる。 (13)式は厳密にはブリッグス・ホールデンの式と言うが、 (7)式と同じ形であるので実際にはミカエリス・メンテンの式と言うことが多い。また、(13)式の<math>K_m</math>もミカエリス定数と言うが、(7)式の場合と異なり、ES complexの解離平衡定数<math>k_d</math>とは一致しない。<math>k_2>>k_3</math>の場合にのみ、<math>K_m≈k_2/k_1</math>となって<math>k_d</math>と一致するのであるが、多くの場合、(13)式の<math>K_m</math>も酵素と基質の親和性の尺度を表すと考えてよい。実験的には、(13)式の<math>K_m</math>も(7)式の場合と同様、基質濃度無限大の時の最大反応速度<math>V_{max}</math>の1/2の速度を与える基質濃度として定義される。 | ||
86行目: | 86行目: | ||
[[Image:Atsuhikoishida fig 1.jpg|thumb|300px|<b>図1.基質濃度と酵素活性の関係</b><br>(ミカエリス・メンテンプロット、またはS-vプロット)]] | [[Image:Atsuhikoishida fig 1.jpg|thumb|300px|<b>図1.基質濃度と酵素活性の関係</b><br>(ミカエリス・メンテンプロット、またはS-vプロット)]] | ||
(7)式も(13)式も、酵素反応速度(すなわち酵素活性)と基質濃度の関係を定量的に表した式である。実験的には様々な基質濃度で酵素活性を測定し、横軸に基質濃度、縦軸に酵素活性をとってプロットした場合、図1に示すように、数学的には[[wj:直角双曲線|直角双曲線]]の形となる。このようなプロットをミカエリス・メンテンプロット(S-vプロット)と呼ぶ。図1から明らかなように、基質濃度が< | (7)式も(13)式も、酵素反応速度(すなわち酵素活性)と基質濃度の関係を定量的に表した式である。実験的には様々な基質濃度で酵素活性を測定し、横軸に基質濃度、縦軸に酵素活性をとってプロットした場合、図1に示すように、数学的には[[wj:直角双曲線|直角双曲線]]の形となる。このようなプロットをミカエリス・メンテンプロット(S-vプロット)と呼ぶ。図1から明らかなように、基質濃度が<math>K_m</math>値(<math>V_{max}</math>の1/2の速度を与える時の基質濃度)付近或いはそれ以下の場合には酵素活性は基質濃度に大きく依存し、基質濃度の少しの変化でも酵素活性は大きく影響を受けるが、<math>K_m</math>値より十分大きい基質濃度の場合、酵素活性は<math>V_{max}</math>の値に近づき、濃度が大きくなるにつれて基質濃度依存性が殆どなくなる。従って、一般に酵素活性を測定する場合は、基質初濃度の誤差や、反応の進行に伴う基質濃度減少の影響を避けるため、できるだけ高濃度の基質(<math>K_m</math>値の5〜10倍、或いはそれ以上)を用いて活性測定を行うことが望ましい。しかしながら基質阻害により、高濃度では逆に活性が低下する場合もあるので、基質濃度を予め低濃度から高濃度まで振ってみて基質阻害がないことを確認するなどの注意も必要である。 | ||
== 速度論的パラメータの求め方 == | == 速度論的パラメータの求め方 == | ||
図1のようなミカエリス・メンテンプロットより、上記< | 図1のようなミカエリス・メンテンプロットより、上記<math>K_m</math>や<math>V_{max}</math>などの速度論的パラメータを求めることが出来る。(7)式または(13)式の両辺の逆数をとって | ||
<br> <math>\frac{1}{v} = \frac{K_m}{V_{max}}\frac{1}{[S]} + \frac{1}{V_{max}}</math> (14) | <br> <math>\frac{1}{v} = \frac{K_m}{V_{max}}\frac{1}{[S]} + \frac{1}{V_{max}}</math> (14) | ||
<br> とすれば、< | <br> とすれば、<math>1 / [S]</math>に対する<math>1 / v</math>のプロットが直線となる。従ってミカエリス・メンテンの式に従う酵素では、基質濃度の逆数に対して、酵素活性の逆数をプロットすれば図2に示すような直線プロット(ラインウィーバー・バークプロットまたは二重逆数プロット)となり、このプロットのx切片が<math>1/Km</math>,y切片が<math>1 / V_{max}</math>を与える。この方法はグラフ用紙さえあれば簡単にできるので以前はよく行われたが、低基質濃度のデータの誤差が大きく出るなどの欠点もあり、パソコンが普及した現在では、ミカエリス・メンテンプロットを適当なソフトウェアを用いて双曲線にフィッティングして、直接(7)式または(13)式の各パラメータを求めるdirect fitting法によることが多くなった。 | ||
[[Image:AtsuhikoIshida fig 2.jpg|thumb|300px|''' | [[Image:AtsuhikoIshida fig 2.jpg|thumb|300px|'''図2. ラインウィーバー・バークプロット(二重逆数プロット)''']] <br> (7)式または(13)式(ミカエリス・メンテンの式またはブリッグス・ホールデンの式)は多くの酵素にあてはまる便利な式であるが、(1)の反応スキームに従うことを前提にしているので、当然これにあてはまらない場合も存在する。そのような場合に(7)式または(13)式を無理にあてはめて解析することは、誤った結論を導く可能性があるので注意が必要である。そのような場合の扱いに関しては、例えば以下の文献を参照されたい<ref>''' 堀尾武一、山下仁平<br>蛋白質・酵素の基礎実験法<br>''南江堂 (東京)'':1981</ref>。 | ||
== 速度論的パラメータの意味 == | == 速度論的パラメータの意味 == | ||
前にも述べたように、< | 前にも述べたように、<math>K_m</math>は<math>V_{max}</math>の1/2の速度を与える時の基質濃度として定義され、酵素と基質の親和性の尺度となる。また、<math>V_{max}</math>は基質濃度無限大、つまり酵素分子全てが基質で飽和された時の反応速度である。定義により、<math>V_{max}=k_3[E_0]</math>であるが、この<math>k_3</math>を[[触媒定数]]、或いはターンオーバー・ナンバーと呼び、通常<math>k_{cat}</math>で表す。すなわち | ||
<br> <math>k_{cat} = \frac{V_{max}}{[E_0]}</math> (15) | <br> <math>k_{cat} = \frac{V_{max}}{[E_0]}</math> (15) | ||
<br> である(< | <br> である(<math>[E_{sub}]</math>は全酵素濃度)。<math>k_{cat}</math>は酵素が基質で飽和された状態において、1モルの酵素(或いは活性部位)が1秒間に生成物へ変換できる基質のモル数を表し、単位は<math>s^{-1}</math>である。すなわち<math>k_{cat}</math>は酵素の触媒効率を表す指標である。また、(7)または(13)式の<math>V_{max}</math>を(15)式により、<span class="texhtml">''k''<sub>''cat''</sub>[''E''<sub>0</sub>]</span>で置き換えると | ||
<br> <math>v = k_3[ES] = \frac{k_{cat}[E_0][S]}{K_m +[S]}</math> (16) | <br> <math>v = k_3[ES] = \frac{k_{cat}[E_0][S]}{K_m +[S]}</math> (16) | ||
<br> ここで基質濃度が非常に希薄な< | <br> ここで基質濃度が非常に希薄な<math>[S] << K_m</math>の濃度領域を考えると | ||
<br> <math>v = \frac{k_{cat}[E_0][S]}{K_m +[S]} \approx \frac{k_{cat}[E_0][S]}{K_m} = \frac{k_{cat}}{K_m}[E_0][S]</math> (17) | <br> <math>v = \frac{k_{cat}[E_0][S]}{K_m +[S]} \approx \frac{k_{cat}[E_0][S]}{K_m} = \frac{k_{cat}}{K_m}[E_0][S]</math> (17) | ||
<br> 基質が非常に薄い条件下では、基質は殆ど酵素に結合していないと考えられるから | <br> 基質が非常に薄い条件下では、基質は殆ど酵素に結合していないと考えられるから<math>[E_{sub}]\approx[E]</math> | ||
< | |||
従って | 従って | ||
<br> <math>v = \frac{k_{cat}}{K_m}[E][S]</math> (18) | <br> <math>v = \frac{k_{cat}}{K_m}[E][S]</math> (18) | ||
<br> | <br> この式は<math>E</math>と<math>S</math>の衝突が反応全体の速度を支配していると考えた場合の二次反応速度定数が<math>k_{cat}/k_m</math>であることを示している。<math>k_{cat}/k_m</math>の値は、異なる酵素の触媒効率を比較する際のパラメータとして用いられる。また、同一の酵素に対して、異なる基質の特異性を議論する場合にも<math>k_{cat}/k_m</math>の値が用いられ、特異性定数と呼ばれることがある。この場合、<math>k_{cat}/k_m</math>の値が大きいほど、その酵素に対してよい基質であるということになる。 | ||
== 阻害剤存在下の酵素反応速度論 == | == 阻害剤存在下の酵素反応速度論 == | ||
131行目: | 130行目: | ||
<br> <math>E + I {\rightleftarrows} EI</math> (19) | <br> <math>E + I {\rightleftarrows} EI</math> (19) | ||
という結合解離平衡を仮定し、その解離定数を< | という結合解離平衡を仮定し、その解離定数を<math>K_i</math>とおくと | ||
<br> <math>K_i = \frac{[E][I]}{[EI]}</math> (20) | <br> <math>K_i = \frac{[E][I]}{[EI]}</math> (20) | ||
この場合、酵素の全濃度< | この場合、酵素の全濃度<math>[E_{sub}]</math>は(4)式に代わって | ||
<br> <math>[E_0] = [E] + [ES] + [EI]\,</math> (21) | <br> <math>[E_0] = [E] + [ES] + [EI]\,</math> (21) | ||
(2)(20)(21)より< | (2)(20)(21)より<math>[E]</math>と<math>[EI]</math>を消去して<math>[ES]</math>について整理すると | ||
<br> <math>[ES] = \frac{[E_0][S]}{[S]+K_d(1+\frac{[I]}{K_i})}</math> (22) | <br> <math>[ES] = \frac{[E_0][S]}{[S]+K_d(1+\frac{[I]}{K_i})}</math> (22) | ||
これを(3)に代入すれば | これを(3)に代入すれば | ||
<br> <math>v = \frac{k_3[E_0][S]}{[S]+K_d(1+\frac{[I]}{K_i})}</math> (23) | <br> <math>v = \frac{k_3[E_0][S]}{[S]+K_d(1+\frac{[I]}{K_i})}</math> (23) | ||
ここで < | ここで <math>k_3[E_0] = V_{max}、<math>K_d=K_m</math>であるから | ||
<br> <math>v = \frac{V_{max}[S]}{[S]+K_m(1+\frac{[I]}{K_i})}</math> (24) | <br> <math>v = \frac{V_{max}[S]}{[S]+K_m(1+\frac{[I]}{K_i})}</math> (24) | ||
この式を元のミカエリス・メンテンの式 (7)式と比較すると、競合阻害剤<math>I</math>の存在下では< | この式を元のミカエリス・メンテンの式 (7)式と比較すると、競合阻害剤<math>I</math>の存在下では<math>V_{max}</math>は変化しないが、<math>K_m</math>値が<math>1 + [I] / K_i</math>倍だけ増加していることが分かる。 また、(14)式と同様に(24)式の逆数をとって整理すると | ||
<br> <math>\frac{1}{v} = \frac{K_m(1+\frac{[I]}{K_i})}{V_{max}}\frac{1}{[S]} + \frac{1}{V_{max}}</math> (25) | <br> <math>\frac{1}{v} = \frac{K_m(1+\frac{[I]}{K_i})}{V_{max}}\frac{1}{[S]} + \frac{1}{V_{max}}</math> (25) | ||
従って< | 従って<math>1 / [S]</math>に対して<math>1 / v</math>をプロット(ラインウィーバー・バークプロットまたは二重逆数プロット)すると図3のような直線プロットとなり、様々な濃度の阻害剤<math>I</math>の存在下で実験すると、y軸上の一点(y切片 <math>= 1 / V_{max}</math>)で交わる直線群が得られる。 | ||
[[Image:AtsuhikoIshida fig 3.jpg|thumb|300px|'''図3.競合阻害剤存在下でのラインウィーバー・バークプロット'''<br>各直線はy軸上の一点で交わる。]]これらの直線の傾きは | [[Image:AtsuhikoIshida fig 3.jpg|thumb|300px|'''図3.競合阻害剤存在下でのラインウィーバー・バークプロット'''<br>各直線はy軸上の一点で交わる。]]これらの直線の傾きは | ||
161行目: | 160行目: | ||
<br> <math>\frac{K_m(1+\frac{[I]}{K_i})}{V_{max}} = \frac{K_m}{V_{max}}\frac{1}{K_i}[I] + \frac{K_m}{V_{max}}</math> (26) | <br> <math>\frac{K_m(1+\frac{[I]}{K_i})}{V_{max}} = \frac{K_m}{V_{max}}\frac{1}{K_i}[I] + \frac{K_m}{V_{max}}</math> (26) | ||
と表せるので、各阻害剤濃度<span class="texhtml">[''I'']</span>に対して、図3のラインウィーバー・バークプロットの傾きをプロットした図4のような2次プロットを作成すると、(26)式に従った直線となり、その直線のx切片(<math>-K_i</math>に相当)の値から< | と表せるので、各阻害剤濃度<span class="texhtml">[''I'']</span>に対して、図3のラインウィーバー・バークプロットの傾きをプロットした図4のような2次プロットを作成すると、(26)式に従った直線となり、その直線のx切片(<math>-K_i</math>に相当)の値から<math>K_i</math>値を求めることが出来る。<math>K_i</math>は阻害定数と呼ばれ、この場合、酵素—阻害剤複合体の解離定数に相当する。<math>K_i</math>は酵素と阻害剤の親和性の尺度であり、値が小さいほど酵素に対する親和性が強いことを示す。 | ||
[[Image:AtsuhikoIshida fig 4.jpg|thumb|300px|'''図4.Ki値を求めるための二次プロット'''<br>各阻害剤濃度に対して図3のプロットの傾きをプロットしたもの。]] | [[Image:AtsuhikoIshida fig 4.jpg|thumb|300px|'''図4.Ki値を求めるための二次プロット'''<br>各阻害剤濃度に対して図3のプロットの傾きをプロットしたもの。]] | ||
174行目: | 173行目: | ||
<br> <math>EI + S {\rightleftarrows} ESI</math> (28) | <br> <math>EI + S {\rightleftarrows} ESI</math> (28) | ||
という結合解離平衡の存在を仮定することになるが、(27)(28)の解離平衡定数は、互いの結合に影響を及ぼさないという定義により、それぞれ< | という結合解離平衡の存在を仮定することになるが、(27)(28)の解離平衡定数は、互いの結合に影響を及ぼさないという定義により、それぞれ<math>K_i</math>, <math>k_d</math>と等しくなる。すなわち、 | ||
<br> <math>K_i = \frac{[E][I]}{[EI]} = \frac{[ES][I]}{[ESI]}</math> (29) | <br> <math>K_i = \frac{[E][I]}{[EI]} = \frac{[ES][I]}{[ESI]}</math> (29) | ||
<br> <math>K_d = \frac{[E][S]}{[ES]} = \frac{[EI][S]}{[ESI]}</math> (30) | <br> <math>K_d = \frac{[E][S]}{[ES]} = \frac{[EI][S]}{[ESI]}</math> (30) | ||
また酵素の全濃度< | また酵素の全濃度<math>[E_{sub}]</math>は | ||
<br> < | <br> <math>[E_0] = [E] + [ES] + [EI] + [ESI]</math> (31) | ||
となる。上記と同様に(29)(30)(31)より<math>[E]</math>、<math>[EI]</math>、<math>[ESI]</math>を消去し、得られた<math>[ES]</math>を(3)に代入して、<math>k_3[E_0] = V_max</math>、<math>Kd=K_m</math>とおくと、 | |||
<br> <math>v = \frac{1}{1+\frac{[I]}{K_i}}\frac{V_{max}[S]}{K_m +[S]}</math> (32) | <br> <math>v = \frac{1}{1+\frac{[I]}{K_i}}\frac{V_{max}[S]}{K_m +[S]}</math> (32) | ||
この式を元のミカエリス・メンテンの式 (7)式と比較すると、非競合阻害剤<math>I</math>の存在下では< | この式を元のミカエリス・メンテンの式 (7)式と比較すると、非競合阻害剤<math>I</math>の存在下では<math>K_m</math>は変化しないが<math>V_{max}</math>が<math>1 / (1 + [I] / K_i)</math>だけ減少していることが分かる。また、(14)や(24)と同様に(32)式の逆数をとって整理すると | ||
<br> <math>\frac{1}{v} = \frac{K_m(1+\frac{[I]}{K_i})}{V_{max}}\frac{1}{[S]} + \frac{1+\frac{[I]}{K_i}}{V_{max}}</math> (33) | <br> <math>\frac{1}{v} = \frac{K_m(1+\frac{[I]}{K_i})}{V_{max}}\frac{1}{[S]} + \frac{1+\frac{[I]}{K_i}}{V_{max}}</math> (33) | ||
従って< | 従って<math>1 / [S]</math>に対して<math>1 / v</math>をプロットすると図5のような直線プロットとなり、様々な濃度の阻害剤<math>I</math>の存在下で実験すると、x軸上の一点(x切片<math>= − 1 / K_m</math>)で交わる直線群が得られる。これらの直線の傾きは (26)式で表せるので、競合阻害の場合と同様、各阻害剤濃度<math>[I]</math>に対して、図5のラインウィーバー・バークプロットの傾きをプロットした2次プロットは図4のようになり、その直線のx切片の値から<math>K_i</math>値を求めることが出来る。この場合も阻害定数<math>K_i</math>は値が小さいほど酵素に対する親和性が強いことを示す。 [[Image:Atsuhikoishida fig 5.jpg|thumb|300px|'''図5.非競合阻害剤存在下のラインウィーバー・バークプロット'''<br>各直線はx軸上の一点で交わる。]] | ||
以上のように、阻害剤濃度や基質濃度を様々に変えて酵素活性を測定し、図3や図5のようなラインウィーバー・バークプロットのパターンを調べることにより、その阻害剤と酵素の親和性や阻害剤の結合部位に関する情報を簡便に得ることが出来る。 | 以上のように、阻害剤濃度や基質濃度を様々に変えて酵素活性を測定し、図3や図5のようなラインウィーバー・バークプロットのパターンを調べることにより、その阻害剤と酵素の親和性や阻害剤の結合部位に関する情報を簡便に得ることが出来る。 | ||
205行目: | 205行目: | ||
*[[酵素反応速度論]] | *[[酵素反応速度論]] | ||
*[[速度論的パラメータ]] | *[[速度論的パラメータ]] | ||
*[[ミカエリス定数|< | *[[ミカエリス定数|<math>K_m</math>(ミカエリス定数)]] | ||
*[[V max|< | *[[V max|<math>V_{max}</math>]] | ||
*[[触媒定数|< | *[[触媒定数|<math>k_{cat}</math>(触媒定数)]] | ||
*[[酵素基質複合体(ES complex、ミカエリス複合体)]] | *[[酵素基質複合体(ES complex、ミカエリス複合体)]] | ||
*[[酵素活性]] | *[[酵素活性]] |