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<font size="+1">[http://researchmap.jp/UCR2GH 佐久間 康夫]</font><br> | <font size="+1">[http://researchmap.jp/UCR2GH 佐久間 康夫]</font><br> | ||
''日本医科大学大学院医学研究科''<br> | ''日本医科大学大学院医学研究科''<br> | ||
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2012年6月14日 原稿完成日:年月日<br> | |||
担当編集委員:[http://researchmap.jp/ichirofujita 藤田 一郎](大阪大学 大学院生命機能研究科)<br> | 担当編集委員:[http://researchmap.jp/ichirofujita 藤田 一郎](大阪大学 大学院生命機能研究科)<br> | ||
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羅:area praeoptica medialis 英:medial preoptic area 独:mediales präoptisches Areal<br> | 羅:area praeoptica medialis 英:medial preoptic area 独:mediales präoptisches Areal<br> | ||
英略称:MPOA | 英略称:MPOA | ||
{{box|text= | {{box|text= 脳の腹側部、前交連の尾側から視交叉までの第三脳室最吻側部を囲む領域を内側視索前野という。大脳半球が前脳の外反によって生じるのに対し、外反せずにとどまったのが内側視索前野である。3脳胞のうち前脳forebrainの尾側端に由来するので発生学的には終脳telencephalonに属する。脳原基の部域化に関わる転写因子やシグナル分子のいくつかが視床下部と共通で、機能的な関連が大きいことから、しばしば内側視索前野は間脳diencephalonである視床下部の最吻側部と見なされてきたが、最近は内側視索前野の細胞が第三脳室壁に由来するのに対し、視床下部諸核の細胞が間脳尾側に発生すること、発生初期から各段階で細胞レベルでの遺伝子発現が両部位で異なることから、今後は二部位を区別することが必要と思われる。ただし、機能的には視床下部と不可分で、自律神経調節、内分泌機能と本能行動の調節に関わる。進化的には真性有顎動物gnathostomataで初めて出現する('''編集部コメント:本文に相当する内容がないようです''')。}} | ||
(Moreno & González, 2011) | (Moreno & González, 2011)('''編集部コメント:抄録は文献無しでお願い致します''')。 | ||
== 発生 == | == 発生 == | ||
Bromoxyuridine (BrdU) の取り込み実験から、内側視索前野の主なニューロンはラットでは胎生14-18日に第三脳室壁から発生する<ref name= | Bromoxyuridine (BrdU) の取り込み実験から、内側視索前野の主なニューロンはラットでは胎生14-18日に第三脳室壁から発生する<ref name=Orikasa2010a><pubmed>20538023</pubmed></ref>(Orikasa et al., 2010)。3脳胞のうち前脳 (forebrain)の尾側端に由来するので、発生学的には終脳 (telencephalon)に属するが、機能的観点から、間脳 (diencephalon) の最吻側部である視床下部と一体とされることがある<ref name=Clark1950><pubmed>15420400</pubmed></ref> (Le Gros Clark & Meyer, 1950)。かつては脳原基の部域化に関わる多くの転写因子やシグナル分子に視床下部と共通するものがあり、たとえばDlx5、 Pax6、Nkx2.1aの発現パターンから終脳と間脳の分節境界域 prosomeric boundaryを決定することはできないと論じられた<ref name=Puelles2003><pubmed>12948657</pubmed></ref> (Puelles and Rubenstein, 2003)。 | ||
一方、下郡らは異なった発生段階のマウス胎仔の内側視索前野と視床下部のマイクロアレイ解析からマウス胎児の終脳ではFoxg1が、間脳吻側端にはGdf10が発現し境界が存在することを示した<ref name=Blackshaw2010><pubmed>21068293</pubmed></ref> (Blackshaw et al., 2010)。内側視索前野は終脳のFoxg1陽性細胞に由来し、間脳由来の視床下部とは起源が異なる。また、視床下部のランドマーク遺伝子であるソニックヘッジホッグ (Shh)のノックアウトマウスでは視床下部吻側部が欠損するが、内側視索前野は形成される。 | 一方、下郡らは異なった発生段階のマウス胎仔の内側視索前野と視床下部のマイクロアレイ解析からマウス胎児の終脳ではFoxg1が、間脳吻側端にはGdf10が発現し境界が存在することを示した<ref name=Blackshaw2010><pubmed>21068293</pubmed></ref> (Blackshaw et al., 2010)。内側視索前野は終脳のFoxg1陽性細胞に由来し、間脳由来の視床下部とは起源が異なる。また、視床下部のランドマーク遺伝子であるソニックヘッジホッグ (Shh)のノックアウトマウスでは視床下部吻側部が欠損するが、内側視索前野は形成される。 | ||
第三脳室壁から発生するニューロンに加え、齧歯類では性腺刺激ホルモン放出ホルモン(gonadotropin releasing hormone, GnRH)産生ニューロンが嗅上皮の原基である内側嗅板medial olfactory placodeに発生し視索前野に移動し定着する <ref name=Schwanzel-Fukuda1989><pubmed>2645530</pubmed></ref>(Schwanzel-Fukuda & Pfaff, 1989)。Xp22.3上のKAL-1遺伝子の異常により生じるヒトのKallmann症候群は無嗅覚症を伴う伴性低ゴナドトロピン性性腺機能不全で、GnRHニューロンは前頭の篩骨を透過できずこの移動が起こらない。ただし、正常なrhesusやヒトのではGnRHニューロンはさらに尾側に移動を続け、視床下部内側底部から隆起漏斗部に定着する。この移動・定着の障害が視床下部性性腺機能低下症の一つであるKallman症候の病因である<ref name=Schwanzel- | 第三脳室壁から発生するニューロンに加え、齧歯類では性腺刺激ホルモン放出ホルモン(gonadotropin releasing hormone, GnRH)産生ニューロンが嗅上皮の原基である内側嗅板medial olfactory placodeに発生し視索前野に移動し定着する <ref name=Schwanzel-Fukuda1989><pubmed>2645530</pubmed></ref>(Schwanzel-Fukuda & Pfaff, 1989)。Xp22.3上のKAL-1遺伝子の異常により生じるヒトのKallmann症候群は無嗅覚症を伴う伴性低ゴナドトロピン性性腺機能不全で、GnRHニューロンは前頭の篩骨を透過できずこの移動が起こらない。ただし、正常なrhesusやヒトのではGnRHニューロンはさらに尾側に移動を続け、視床下部内側底部から隆起漏斗部に定着する。この移動・定着の障害が視床下部性性腺機能低下症の一つであるKallman症候の病因である<ref name=Schwanzel-Fukuda1989b><pubmed>2687610</pubmed></ref> (Schwanzel-Fukuda et al., 1989)([[#病態]]を参照)。 | ||
== 構造 == | == 構造 == | ||
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内側視索前野には複数の細胞集積が認められるが、視床下部の「核」と異なり、必ずしも境界は鮮明ではない。中央部に位置する性的二型核 (sexually dimorphic nucleus of the preoptic area, SDN-POA, <ref name=Gorski1978><pubmed>656937</pubmed></ref>(Gorski et al., 1978))はニッスル染色で比較的鮮明に描出され、ラット雄が雌より多数のニューロンを擁する<ref name=Orikasa2002><pubmed>11854469</pubmed></ref> (Orikasa et al., 2002)。この核はハムスター、フェレット、テンジクネズミ、ヒツジ、サル、ヒトで認められ<ref name=Orikasa2010><pubmed>20593361</pubmed></ref>(文献はOrikasa & Sakuma, 2010)、長年にわたりマウスではこの核が存在しないとする主張<ref name=Young1982><pubmed>7093678</pubmed></ref> (Young, 1982など) は、calbindin 28k を標識タンパクとして用いて2010年に複数の系統で反駁・立証された<ref name=Orikasa2010></ref> (Orikasa & Sakuma, 2010)。 | 内側視索前野には複数の細胞集積が認められるが、視床下部の「核」と異なり、必ずしも境界は鮮明ではない。中央部に位置する性的二型核 (sexually dimorphic nucleus of the preoptic area, SDN-POA, <ref name=Gorski1978><pubmed>656937</pubmed></ref>(Gorski et al., 1978))はニッスル染色で比較的鮮明に描出され、ラット雄が雌より多数のニューロンを擁する<ref name=Orikasa2002><pubmed>11854469</pubmed></ref> (Orikasa et al., 2002)。この核はハムスター、フェレット、テンジクネズミ、ヒツジ、サル、ヒトで認められ<ref name=Orikasa2010><pubmed>20593361</pubmed></ref>(文献はOrikasa & Sakuma, 2010)、長年にわたりマウスではこの核が存在しないとする主張<ref name=Young1982><pubmed>7093678</pubmed></ref> (Young, 1982など) は、calbindin 28k を標識タンパクとして用いて2010年に複数の系統で反駁・立証された<ref name=Orikasa2010></ref> (Orikasa & Sakuma, 2010)。 | ||
その他の細胞集積には、第3脳室に接する傍室部で吻側から終板器官、前腹側傍室核、腹内側視索前野核、正中視索前核、傍室視索前核などが同定されている。内側部では内側視索前核が中心部に大きな体積を占め、そのほかに傍分界条核、後背側視索前核、腹外側視索前核、中隔視床下部核といった細胞集積がある。マウス内側視索前野前額断の概要はAllen Brain Atlas (2004)に見ることができる。 | |||
('''編集部コメント:主な入出力についてもご記述いただければと思います''') | |||
==機能 == | ==機能 == | ||
内側視索前野は自律機能の最高中枢と呼ばれてきた<ref name=Swanson1999><pubmed>10643453</pubmed></ref> (Swanson, 1999)。視床下部と共に古くは前額断で第三脳室に隣接する第三脳室室傍域、隣接して脳弓の内側を占める領域、より外側の領域がそれぞれ副交感・交感機能に関与するとされた<ref name=CROSBY1969>CROSBY, E. C. & SHOWERS, M. J. C. 1969. Comparative anatomy of the preoptic and hypothalamic areas. In: HAYMAKER, W., ANDERSON, E. & NAUTA, W. J. H. (eds.) The Hypothalamus. Springfield, Il: Charles C. Thomas. </ref> | 内側視索前野は自律機能の最高中枢と呼ばれてきた<ref name=Swanson1999><pubmed>10643453</pubmed></ref> (Swanson, 1999)。視床下部と共に古くは前額断で第三脳室に隣接する第三脳室室傍域、隣接して脳弓の内側を占める領域、より外側の領域がそれぞれ副交感・交感機能に関与するとされた<ref name=CROSBY1969>CROSBY, E. C. & SHOWERS, M. J. C. 1969. Comparative anatomy of the preoptic and hypothalamic areas. In: HAYMAKER, W., ANDERSON, E. & NAUTA, W. J. H. (eds.) The Hypothalamus. Springfield, Il: Charles C. Thomas. </ref>(Crosby & Showers, 1969)。循環、呼吸、排尿、消化、体温調節、内分泌、生殖、代謝など体温・循環調節など古典的な自律機能に加え、睡眠、ストレス反応、歩行運動の歩調取り、雌雄の生殖行動といった、情動・行動要素の調節に内側視索前野が関わる報告がある。 | ||
===循環=== | ===循環=== | ||
血中アンギオテンシンの増加や大動脈弓圧受容器の除神経により、血圧が上昇する。脳室周囲器官の一つである脳弓下器官の破壊あるいは脳弓下器官からMnPOへの投射の切断によりアンギオテンシンの作用は消失するが、圧受容器の除神経の効果は影響を受けない。正中視索前核の破壊により、二つの昇圧効果は共に失われる <ref name=Saper1983><pubmed>6198025</pubmed></ref>(Saper & Levisohn, 1983)。 | |||
===呼吸=== | ===呼吸=== | ||
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===生殖内分泌調節=== | ===生殖内分泌調節=== | ||
雌ラット内側視索前野のGABA作動性ニューロンにエストロゲン受容体が発現している<ref name=Herbison1991><pubmed>19215454</pubmed></ref> (Herbison et al., 1991) | 雌ラット内側視索前野のGABA作動性ニューロンにエストロゲン受容体が発現している<ref name=Herbison1991><pubmed>19215454</pubmed></ref> (Herbison et al., 1991) 。パルブアルブミン陽性のGABA作動性ニューロンが内側中隔から内側視索前野吻側・対角帯野に分布<ref name=Smith2005><pubmed>15802181</pubmed></ref>(Smith & Pang, 2005)し、上述のGnRHニューロンの分布<ref name=Schwanzel-Fukuda1989><pubmed>2645530</pubmed></ref>(Schwanzel-Fukuda & Pfaff, 1989)と重なる。また内側視索前野のGABAA受容体はエストロゲンにより発現が増す<ref name=Herbison1997><pubmed>9370195</pubmed></ref>(Herbison, 1997)。GnRHニューロンはクロライドトランスポーターの発現パターン(NKCC1>KCC2)から、細胞内クロライドイオン濃度が高く、GABA<sub>A</sub>受容体活性化で興奮し、GnRH分泌を起す<ref name=Watanabe2009><pubmed>19357366</pubmed></ref> (Watanabe et al., 2009)ことと相まって、GABAの生殖内分泌調節への関与を示唆している。 | ||
一方、エストロゲン作用をGnRHニューロンに伝え、排卵時の黄体形成ホルモンの一過性大量分泌に関わることが臨床例<ref name= | 一方、エストロゲン作用をGnRHニューロンに伝え、排卵時の黄体形成ホルモンの一過性大量分泌に関わることが臨床例<ref name=deRoux2003><pubmed>12944565</pubmed></ref><ref name=Seminara2003><pubmed>14573733</pubmed></ref>(de Roux et al., 2003, Seminara et al., 2003)を通じて詳細が判明している分子にGPR54リガンドであるキスペプチンがある<ref name=Oakley2009><pubmed>19770291</pubmed></ref> (Oakley et al., 2009)。キスペプチンニューロンは前腹側傍室核に分布するエストロゲン受容体陽性ニューロン<ref name=Orikasa2002><pubmed>11854469</pubmed></ref> (Orikasa et al., 2002) と重なると考えられる。GnRHニューロン膜上にキスペプチン受容体GPR54が存在する<ref name=Parhar2004><pubmed>15155576</pubmed></ref> (Parhar et al., 2004)。なお、視床下部弓状核のエストロゲン受容体陽性キスペプチンニューロンはGnRHの律動的分泌により、下垂体前葉ゴナドトローフ細胞のGnRH受容体を維持するとされる<ref name=Wakabayashi2010><pubmed>20181609</pubmed></ref> (Wakabayashi et al., 2010)。 | ||
===生殖行動=== | ===生殖行動=== | ||
63行目: | 65行目: | ||
何れも低ゴナドトロピン性性腺機能不全症 (Hypogonadotropic hypogonadism または hypothalamic hypogonadism)を示す: | 何れも低ゴナドトロピン性性腺機能不全症 (Hypogonadotropic hypogonadism または hypothalamic hypogonadism)を示す: | ||
=== | ===Fröhlich症候群=== | ||
Fröhlich, 1901<ref name=FRÖLICH1901>Frölich, A. 1901 Ein fall von Tumor der Hypophysis cerebri ohne Akromegalie, Win klin Rundschau, 15:883-906. </ref>; Bruch, 1939<ref name=Bruch1939><pubmed>16350582</pubmed></ref>の英訳あり。発症に間脳下垂体系の障害が関わることが示された最初の疾患である。腫瘍や結核性髄膜炎、外傷などによる間脳底部の破壊により飽食感覚が低下して肥胖が起こり,視索前野から視床下部の機能障害によるGnRH分泌の低下により性腺機能が低下する。 | |||
===Kallman 症候=== | ===Kallman 症候=== | ||
X染色体上のKAL1遺伝子の変異により嗅上皮に発生したGnRHニューロンの脳内への移動不全により、嗅覚脱失を伴う性腺機能低下症が生じる。X連鎖性の伴性遺伝のため、女性ではまれである(出生男子の1万人に1人,出生女子の5万人に1人;1型Kallman 症候)。常染色体8p21-22上のFGFR1遺伝子の異常は口唇口蓋裂を伴う2型のKallmann症候を生じる。 | |||
===GPR54異常=== | ===GPR54異常=== | ||
思春期が発来せず、低ゴナドトロピン性性腺機能不全を示すヒト症例がGnRHニューロン膜上のキスペプチン受容体であるGPR54の異常によることが二つのグループにより同時期に報じられ、ノックアウトマウスの作成で確かめられた<ref name= | 思春期が発来せず、低ゴナドトロピン性性腺機能不全を示すヒト症例がGnRHニューロン膜上のキスペプチン受容体であるGPR54の異常によることが二つのグループにより同時期に報じられ、ノックアウトマウスの作成で確かめられた<ref name=deRoux2003><pubmed>12944565</pubmed></ref><ref name=Seminara2003><pubmed>14573733</pubmed></ref> (de Roux et al., 2003; Seminara et al., 2003)。 | ||
===バルデー・ビードル症候群=== | ===バルデー・ビードル症候群=== |