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== 発生 == | == 発生 == | ||
Bromoxyuridine (BrdU) の取り込み実験から、内側視索前野の主なニューロンはラットでは胎生14-18日に第三脳室壁から発生する<ref name=Orikasa2010a><pubmed>20538023</pubmed></ref>(Orikasa et al., 2010)。3脳胞のうち前脳 (forebrain)の尾側端に由来するので、発生学的には終脳 (telencephalon)に属するが、機能的観点から、間脳 (diencephalon) の最吻側部である視床下部と一体とされることがある<ref name=Clark1950><pubmed>15420400</pubmed></ref> (Le Gros Clark & Meyer, 1950) | Bromoxyuridine (BrdU) の取り込み実験から、内側視索前野の主なニューロンはラットでは胎生14-18日に第三脳室壁から発生する<ref name=Orikasa2010a><pubmed>20538023</pubmed></ref>(Orikasa et al., 2010)。3脳胞のうち前脳 (forebrain)の尾側端に由来するので、発生学的には終脳 (telencephalon)に属するが、機能的観点から、間脳 (diencephalon) の最吻側部である視床下部と一体とされることがある<ref name=Clark1950><pubmed>15420400</pubmed></ref> (Le Gros Clark & Meyer, 1950)。かつては脳原基の部域化に関わる多くの転写因子やシグナル分子に視床下部と共通するものがあり、たとえばDlx5、Pax6、Nkx2.1aの発現パターンから終脳と間脳の分節境界域 prosomeric boundaryを決定することはできないと論じられた<ref name=Puelles2003><pubmed>12948657</pubmed></ref> (Puelles and Rubenstein, 2003)。 | ||
一方、下郡らは異なった発生段階のマウス胎仔の内側視索前野と視床下部のマイクロアレイ解析からマウス胎児の終脳ではFoxg1が、間脳吻側端にはGdf10が発現し境界が存在することを示した<ref name=Blackshaw2010><pubmed>21068293</pubmed></ref> (Blackshaw et al., 2010)。内側視索前野は終脳のFoxg1陽性細胞に由来し、間脳由来の視床下部とは起源が異なる。また、視床下部のランドマーク遺伝子であるソニックヘッジホッグ (Shh)のノックアウトマウスでは視床下部吻側部が欠損するが、内側視索前野は形成される。 | 一方、下郡らは異なった発生段階のマウス胎仔の内側視索前野と視床下部のマイクロアレイ解析からマウス胎児の終脳ではFoxg1が、間脳吻側端にはGdf10が発現し境界が存在することを示した<ref name=Blackshaw2010><pubmed>21068293</pubmed></ref> (Blackshaw et al., 2010)。内側視索前野は終脳のFoxg1陽性細胞に由来し、間脳由来の視床下部とは起源が異なる。また、視床下部のランドマーク遺伝子であるソニックヘッジホッグ (Shh)のノックアウトマウスでは視床下部吻側部が欠損するが、内側視索前野は形成される。 | ||
第三脳室壁から発生するニューロンに加え、齧歯類では性腺刺激ホルモン放出ホルモン(gonadotropin releasing hormone, GnRH)産生ニューロンが嗅上皮の原基である内側嗅板medial olfactory placodeに発生し視索前野に移動し定着する <ref name=Schwanzel-Fukuda1989><pubmed>2645530</pubmed></ref>(Schwanzel-Fukuda & Pfaff, 1989)。Xp22.3上のKAL- | 第三脳室壁から発生するニューロンに加え、齧歯類では性腺刺激ホルモン放出ホルモン(gonadotropin releasing hormone, GnRH)産生ニューロンが嗅上皮の原基である内側嗅板medial olfactory placodeに発生し視索前野に移動し定着する <ref name=Schwanzel-Fukuda1989><pubmed>2645530</pubmed></ref>(Schwanzel-Fukuda & Pfaff, 1989)。Xp22.3上のKAL-1遺伝子の異常により生じるヒトのカルマン症候群は無嗅覚症を伴う伴性低ゴナドトロピン性性腺機能不全で、GnRHニューロンは前頭の篩骨を透過できずこの移動が起こらない。ただし、正常なアカゲザルやヒトではGnRHニューロンはさらに尾側に移動を続け、視床下部内側底部から隆起漏斗部に定着する。この移動・定着の障害が視床下部性性腺機能低下症の一つであるKallman症候の病因である<ref name=Schwanzel-Fukuda1989b><pubmed>2687610</pubmed></ref> (Schwanzel-Fukuda et al., 1989)([[#病態]]を参照)。 | ||
== 構造 == | == 構造 == | ||
内側視索前野は吻側で対角帯核と側坐核に接し、尾側は形態学上明確な境界を持たず、視交叉の高さで視床下部前野に移行する。背側は前交連をはさんで、機能的に関連の深い分界条床核や中隔septumにつながる。なお、ラット、マウスの中隔は、ヒトの25野、嗅傍領と相同で、透明中隔とは異なる。腹側は脳底で視交叉に接する。視交叉の後縁が視床下部前野と灰白隆起の境界となる。前額断面では内側視索前野は第三脳室に接する最内側の傍室部periventricular zoneとその外側で脳弓により境される内側部に区分される。傍室部の細胞群を前腹側傍室核と呼ぶことがある。脳弓より外側を外側視索前野と呼ぶ。外側視索前野は局所のニューロンに加え、傍室部や内側視索前野に発する下行線維が内側前脳束として通過する<ref name=SIMERLY>SIMERLY, R. B. 2004. Anatomical substrates of hypothalamic integration. In: PAXINOS, G. (ed.) The Rat Nervous System. San Diego: Academic Press. </ref> (Simerly, 2004)。 | 内側視索前野は吻側で対角帯核と側坐核に接し、尾側は形態学上明確な境界を持たず、視交叉の高さで視床下部前野に移行する。背側は前交連をはさんで、機能的に関連の深い分界条床核や中隔septumにつながる。なお、ラット、マウスの中隔は、ヒトの25野、嗅傍領と相同で、透明中隔とは異なる。腹側は脳底で視交叉に接する。視交叉の後縁が視床下部前野と灰白隆起の境界となる。前額断面では内側視索前野は第三脳室に接する最内側の傍室部periventricular zoneとその外側で脳弓により境される内側部に区分される。傍室部の細胞群を前腹側傍室核と呼ぶことがある。脳弓より外側を外側視索前野と呼ぶ。外側視索前野は局所のニューロンに加え、傍室部や内側視索前野に発する下行線維が内側前脳束として通過する<ref name=SIMERLY>SIMERLY, R. B. 2004. Anatomical substrates of hypothalamic integration. In: PAXINOS, G. (ed.) The Rat Nervous System. San Diego: Academic Press. </ref> (Simerly, 2004)。 | ||
内側視索前野には複数の細胞集積が認められるが、視床下部の「核」と異なり、必ずしも境界は鮮明ではない。中央部に位置する性的二型核 (sexually dimorphic nucleus of the preoptic area, SDN-POA, <ref name=Gorski1978><pubmed>656937</pubmed></ref>(Gorski et al., 1978))はニッスル染色で比較的鮮明に描出され、ラット雄が雌より多数のニューロンを擁する<ref name=Orikasa2002><pubmed>11854469</pubmed></ref> (Orikasa et al., 2002)。この核はハムスター、フェレット、テンジクネズミ、ヒツジ、サル、ヒトで認められ<ref name=Orikasa2010><pubmed>20593361</pubmed></ref>(文献はOrikasa & Sakuma, 2010)、長年にわたりマウスではこの核が存在しないとする主張<ref name=Young1982><pubmed>7093678</pubmed></ref> (Young, 1982など) | 内側視索前野には複数の細胞集積が認められるが、視床下部の「核」と異なり、必ずしも境界は鮮明ではない。中央部に位置する性的二型核 (sexually dimorphic nucleus of the preoptic area, SDN-POA, <ref name=Gorski1978><pubmed>656937</pubmed></ref>(Gorski et al., 1978))はニッスル染色で比較的鮮明に描出され、ラット雄が雌より多数のニューロンを擁する<ref name=Orikasa2002><pubmed>11854469</pubmed></ref> (Orikasa et al., 2002)。この核はハムスター、フェレット、テンジクネズミ、ヒツジ、サル、ヒトで認められ<ref name=Orikasa2010><pubmed>20593361</pubmed></ref>(文献はOrikasa & Sakuma, 2010)、長年にわたりマウスではこの核が存在しないとする主張<ref name=Young1982><pubmed>7093678</pubmed></ref> (Young, 1982など) は、カルビンディン28k を標識タンパクとして用いて2010年に複数の系統で反駁・立証された<ref name=Orikasa2010></ref> (Orikasa & Sakuma, 2010)。 | ||
その他の細胞集積には、第3脳室に接する傍室部で吻側から終板器官、前腹側傍室核、腹内側視索前野核、正中視索前核、傍室視索前核などが同定されている。内側部では内側視索前核が中心部に大きな体積を占め、そのほかに傍分界条核、後背側視索前核、腹外側視索前核、中隔視床下部核といった細胞集積がある。マウス内側視索前野前額断の概要は[http://connectivity.brain-map.org/static/referencedata Allen Brain Atlas (2004)]に見ることができる。 | その他の細胞集積には、第3脳室に接する傍室部で吻側から終板器官、前腹側傍室核、腹内側視索前野核、正中視索前核、傍室視索前核などが同定されている。内側部では内側視索前核が中心部に大きな体積を占め、そのほかに傍分界条核、後背側視索前核、腹外側視索前核、中隔視床下部核といった細胞集積がある。マウス内側視索前野前額断の概要は[http://connectivity.brain-map.org/static/referencedata Allen Brain Atlas (2004)]に見ることができる。 | ||
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===睡眠=== | ===睡眠=== | ||
ヒトや哺乳類で視索前野の損傷が睡眠の障害を起こす。視索前野腹外側部に分布するGABAやガラニン作動ニューロンがnon-REM睡眠を起こす<ref name=Sherin1996><pubmed>8539624</pubmed></ref><ref name=Gong2004><pubmed>14966298</pubmed></ref><ref name=Takahashi2009><pubmed>19285545</pubmed></ref> (Sherin et al., 1996; Gong et al., 2004; Takahashi et al., 2009)。一方、これらの細胞群の背側と内側に散在するニューロンの破壊はREM睡眠の減少をきたした。Jouvetらは興奮性神経毒によるネコ視索前野ニューロンの破壊が持続的な不眠を起こし、この効果は視床下部後部へのGABA注入で拮抗された<ref name=Sallanon1989><pubmed>2601839</pubmed></ref> (Sallanon et al., 1989)。最近の光遺伝学的研究によれば、マウス内側視索前野腹側部のGABA作動性ニューロンの光刺激により、視床下部後部の隆起乳頭体核のヒスタミン作動ニューロンの抑制によりnon-REM睡眠、REM睡眠を起すとの報告があり<ref name=Chung2017><pubmed>28514446</pubmed></ref> (Chung et al., 2017)、Jouvetら | ヒトや哺乳類で視索前野の損傷が睡眠の障害を起こす。視索前野腹外側部に分布するGABAやガラニン作動ニューロンがnon-REM睡眠を起こす<ref name=Sherin1996><pubmed>8539624</pubmed></ref><ref name=Gong2004><pubmed>14966298</pubmed></ref><ref name=Takahashi2009><pubmed>19285545</pubmed></ref> (Sherin et al., 1996; Gong et al., 2004; Takahashi et al., 2009)。一方、これらの細胞群の背側と内側に散在するニューロンの破壊はREM睡眠の減少をきたした。Jouvetらは興奮性神経毒によるネコ視索前野ニューロンの破壊が持続的な不眠を起こし、この効果は視床下部後部へのGABA注入で拮抗された<ref name=Sallanon1989><pubmed>2601839</pubmed></ref> (Sallanon et al., 1989)。最近の光遺伝学的研究によれば、マウス内側視索前野腹側部のGABA作動性ニューロンの光刺激により、視床下部後部の隆起乳頭体核のヒスタミン作動ニューロンの抑制によりnon-REM睡眠、REM睡眠を起すとの報告があり<ref name=Chung2017><pubmed>28514446</pubmed></ref> (Chung et al., 2017)、Jouvetら<ref name=Sallanon1989></ref>の先行研究と合致する。 | ||
===体温調節=== | ===体温調節=== | ||
ウレタン麻酔下のネコの前交連の前腹側に局所の加温により放電頻度を増す温感受性ニューロンが存在する。反応の特異性は周辺のニューロンが反応しないので特異的であるという中山らの先駆的報告が行われている<ref name=Hardy1962><pubmed>17745919</pubmed></ref> (Hardy et al., 1962)。 | ウレタン麻酔下のネコの前交連の前腹側に局所の加温により放電頻度を増す温感受性ニューロンが存在する。反応の特異性は周辺のニューロンが反応しないので特異的であるという中山らの先駆的報告が行われている<ref name=Hardy1962><pubmed>17745919</pubmed></ref> (Hardy et al., 1962)。 ラットでは視索前野の片側破壊により散熱の抑制(尾血管の収縮、酸素消費の亢進、体温保持姿勢)による致死的な高体温が急速に生じる。術後強制的な冷却により生存した個体は体温の恒常性を維持できず変温動物となったという<ref name=Szymusiak1982><pubmed>7079312</pubmed></ref> (Szymusiak & Satinoff, 1982)。ヒト女性では排卵から黄体期にかけて0.5°C程度の体温上昇が見られる<ref name=Galbraith1992><pubmed>1331684</pubmed></ref> (Galbraith et al., 1992)。ウレタン麻酔科のウサギでプロゲステロンの全身投与は視索前野の温感受性ニューロンを抑制し、ひいては個体の体温上昇を起す<ref name=Nakayama1975><pubmed>1186885</pubmed></ref> (Nakayama et al., 1975)。 | ||
===歩行=== | ===歩行=== | ||
65行目: | 65行目: | ||
何れも低ゴナドトロピン性性腺機能不全症 (Hypogonadotropic hypogonadism または hypothalamic hypogonadism)を示す: | 何れも低ゴナドトロピン性性腺機能不全症 (Hypogonadotropic hypogonadism または hypothalamic hypogonadism)を示す: | ||
=== | ===フレーリヒ症候群=== | ||
Fröhlich, 1901<ref name=FRÖLICH1901>Frölich, A. 1901 Ein fall von Tumor der Hypophysis cerebri ohne Akromegalie, Win klin Rundschau, 15:883-906. </ref>; Bruch, 1939<ref name=Bruch1939><pubmed>16350582</pubmed></ref>の英訳あり。発症に間脳下垂体系の障害が関わることが示された最初の疾患である。腫瘍や結核性髄膜炎、外傷などによる間脳底部の破壊により飽食感覚が低下して肥胖が起こり,視索前野から視床下部の機能障害によるGnRH分泌の低下により性腺機能が低下する。 | Fröhlich, 1901<ref name=FRÖLICH1901>'''Frölich, A. (1901).'''<br>Ein fall von Tumor der Hypophysis cerebri ohne Akromegalie, Win klin Rundschau, 15:883-906. </ref>; Bruch, 1939<ref name=Bruch1939><pubmed>16350582</pubmed></ref>の英訳あり。発症に間脳下垂体系の障害が関わることが示された最初の疾患である。腫瘍や結核性髄膜炎、外傷などによる間脳底部の破壊により飽食感覚が低下して肥胖が起こり,視索前野から視床下部の機能障害によるGnRH分泌の低下により性腺機能が低下する。 | ||
===Kallman 症候=== | ===Kallman 症候=== | ||
X染色体上のKAL1遺伝子の変異により嗅上皮に発生したGnRHニューロンの脳内への移動不全により、嗅覚脱失を伴う性腺機能低下症が生じる。X連鎖性の伴性遺伝のため、女性ではまれである(出生男子の1万人に1人,出生女子の5万人に1人;1型Kallman 症候)。常染色体8p21- | X染色体上のKAL1遺伝子の変異により嗅上皮に発生したGnRHニューロンの脳内への移動不全により、嗅覚脱失を伴う性腺機能低下症が生じる。X連鎖性の伴性遺伝のため、女性ではまれである(出生男子の1万人に1人,出生女子の5万人に1人;1型Kallman 症候)。常染色体8p21-22上のFGFR1遺伝子の異常は口唇口蓋裂を伴う2型のカルマン症候を生じる。 | ||
===GPR54異常=== | ===GPR54異常=== |