「模倣学習」の版間の差分

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 人工物による模倣学習では、これらの課題のほとんどを事前決定しているケースが多い。Herman <ref name=Herman2002>'''Louis M. Herman (2002).'''<br>Vocal, social, and self imitation by bottlenosed dolphins. In Kerstin Dautenhahn and Chrystopher L. Nehaniv, editors, Imitation in Animals and Artifacts, p. Chapter 3. The MIT Press. </ref>[8]は、ハンドウイルカの興味ある模倣行動について報告している。視覚や聴覚を始めとする多様なモダリティや形態の模倣行動、トレーナーのジェスチャーによる模倣行動制御、そして自己模倣などが含まれる。彼らは、即時に同時に相互模倣すること、さらに人間のジェスチャーを模倣する際、異なる身体部位を使うが、模倣自体は的確に表現されている。ハンドウイルカは上記の5つの課題を巧妙に解いているように見える(後半で述べる計算論的な枠組みでは、これらの課題に直接結びつくアプローチも提案されており、後で触れる)。
 人工物による模倣学習では、これらの課題のほとんどを事前決定しているケースが多い。Herman <ref name=Herman2002>'''Louis M. Herman (2002).'''<br>Vocal, social, and self imitation by bottlenosed dolphins. In Kerstin Dautenhahn and Chrystopher L. Nehaniv, editors, Imitation in Animals and Artifacts, p. Chapter 3. The MIT Press. </ref>[8]は、ハンドウイルカの興味ある模倣行動について報告している。視覚や聴覚を始めとする多様なモダリティや形態の模倣行動、トレーナーのジェスチャーによる模倣行動制御、そして自己模倣などが含まれる。彼らは、即時に同時に相互模倣すること、さらに人間のジェスチャーを模倣する際、異なる身体部位を使うが、模倣自体は的確に表現されている。ハンドウイルカは上記の5つの課題を巧妙に解いているように見える(後半で述べる計算論的な枠組みでは、これらの課題に直接結びつくアプローチも提案されており、後で触れる)。


 これらは、特別のメカニズムによるのか、他者を含む環境との相互作用による創発行動なのかの議論がある。新生児模倣<ref name=Meltzoff1977><pubmed>897687</pubmed></ref>[9]は、模倣の生得性を謳ったが、その後、多くの観察から、感覚運動学習の可能性が高くなっている(例えば、<ref name=Ray2011><pubmed>21159091</pubmed></ref>[10])。そして、'''図1'''でもすでに示されているように、模倣の進化の連続性の観点からは、共通のメカニズムとして、ミラーニューロンシステム(以降、MNSと略記)<ref name=リゾラッティ2009>'''ジャコモ ・リゾラッティ&コラド・シニガリア, 柴田裕之 (訳), 茂木健一郎 (監修) (2009).'''<br>『ミラーニューロン』. 紀伊国屋書店. </ref>[11]が重要な役割を果たしているように見える。ミラーニューロンはマカクザルの下前頭回(F5領域)と下頭頂葉で発見され、運動の観測と実行を司るニューロンと称されてきた。そして、先に示した共感やメンタライジング、さらには、ヒトのブローカ野に近いこともあり、言語能力にも関連しているとさえ言われてきた<ref name=Rizzolatti1998><pubmed> 9610880 </pubmed></ref>[12]。これらは、過渡の期待であり、多くの懸念を示す研究者もいる<ref name=Hickok2009><pubmed>19199415</pubmed></ref>[13]。行為理解に無関係ではないが、そのような高次の機能を担っていないとも言われている<ref name=Hickok2013><pubmed>23147121</pubmed></ref>[14]。MNSの定義自体にもよるが、ヒトのMNSの解析では、Oosterhof et al. <ref name=Oosterhof2013><pubmed>23746574</pubmed></ref>[15]は、multivariate pattern analysis (MVPA) <ref name=Mahmoudi2012><pubmed>23401720</pubmed></ref>[16]を用いて、以下を示した('''図2'''も参照)。
 これらは、特別のメカニズムによるのか、他者を含む環境との相互作用による創発行動なのかの議論がある。新生児模倣<ref name=Meltzoff1977><pubmed>897687</pubmed></ref>[9]は、模倣の生得性を謳ったが、その後、多くの観察から、感覚運動学習の可能性が高くなっている(例えば、<ref name=Ray2011><pubmed>21159091</pubmed></ref>[10])。そして、'''図1'''でもすでに示されているように、模倣の進化の連続性の観点からは、共通のメカニズムとして、ミラーニューロンシステム<ref name=リゾラッティ2009>'''ジャコモ ・リゾラッティ&コラド・シニガリア, 柴田裕之 (訳), 茂木健一郎 (監修) (2009).'''<br>『ミラーニューロン』. 紀伊国屋書店. </ref>[11]が重要な役割を果たしているように見える。ミラーニューロンはマカクザルの下前頭回(F5領域)と下頭頂葉で発見され、運動の観測と実行を司るニューロンと称されてきた。そして、先に示した共感やメンタライジング、さらには、ヒトのブローカ野に近いこともあり、言語能力にも関連しているとさえ言われてきた<ref name=Rizzolatti1998><pubmed> 9610880 </pubmed></ref>[12]。これらは、過渡の期待であり、多くの懸念を示す研究者もいる<ref name=Hickok2009><pubmed>19199415</pubmed></ref>[13]。行為理解に無関係ではないが、そのような高次の機能を担っていないとも言われている<ref name=Hickok2013><pubmed>23147121</pubmed></ref>[14]。ミラーニューロンシステムの定義自体にもよるが、ヒトのミラーニューロンシステムの解析では、Oosterhof et al. <ref name=Oosterhof2013><pubmed>23746574</pubmed></ref>[15]は、multivariate pattern analysis (MVPA) <ref name=Mahmoudi2012><pubmed>23401720</pubmed></ref>[16]を用いて、以下を示した('''図2'''も参照)。


[[ファイル:Asada Imitation Learning Fig2.png|サムネイル|'''図2 ヒトにおけるクロスモーダルでアクション固有の活動の本人/第三者視点の違いを示すスコア'''(文献<ref name=Oosterhof2013><pubmed>23746574</pubmed></ref>[15]より改編)]]
[[ファイル:Asada Imitation Learning Fig2.png|サムネイル|'''図2 ヒトにおけるクロスモーダルでアクション固有の活動の本人/第三者視点の違いを示すスコア'''(文献<ref name=Oosterhof2013><pubmed>23746574</pubmed></ref>[15]より改編)]]


*腹側運動前野(PMv)は、視覚運動表現において、第三者視点よりも本人の視点からの応答が強かった。マカクザルでは、この該当領域(F5)において、自己他者の視点の違いによらない行動認識とされていたことと異なる。
*腹側運動前野(PMv)は、視覚運動表現において、第三者視点よりも本人の視点からの応答が強かった。マカクザルでは、この該当領域(F5)において、自己他者の視点の違いによらない行動認識とされていたことと異なる。
*前頭頂間溝(aIPS)は、視覚、運動、および心象のモダリティ全体を一般化することに関して、最も一貫した行動のコーディングを示した。このことは、ヒトMNSの基本的なハブの可能性が高い。
*前頭頂間溝(aIPS)は、視覚、運動、および心象のモダリティ全体を一般化することに関して、最も一貫した行動のコーディングを示した。このことは、ヒトミラーニューロンシステムの基本的なハブの可能性が高い。
*外側後頭側頭皮質(OT)の領域は、クロスモーダルでアクション固有、視点に依存しない行動表現を示している。伝統的にはこの領域は視覚の一部で、視覚運動、身体部位、物体形状などの隣接表現に関与してきたが、最近の多くの研究では、ハプティクス、運動行動、道具使用等の汎用領域であることを示唆する。よってこのOT領域は、ヒトMNSの候補部分である。
*外側後頭側頭皮質(OT)の領域は、クロスモーダルでアクション固有、視点に依存しない行動表現を示している。伝統的にはこの領域は視覚の一部で、視覚運動、身体部位、物体形状などの隣接表現に関与してきたが、最近の多くの研究では、ハプティクス、運動行動、道具使用等の汎用領域であることを示唆する。よってこのOT領域は、ヒトミラーニューロンシステムの候補部分である。
*ミラーニューロンが(前)運動野で発見されたことで、前頭頭頂ヒトMNSの直接マッピング機構仮説が唱えられたが、ヒトの運動野以外のクロスモーダルでアクション固有の表現が、上記のOTや海馬にもあることが発見され、この仮説が不完全であることが明らかになった。
*ミラーニューロンが(前)運動野で発見されたことで、前頭頭頂ヒトミラーニューロンシステムの直接マッピング機構仮説が唱えられたが、ヒトの運動野以外のクロスモーダルでアクション固有の表現が、上記のOTや海馬にもあることが発見され、この仮説が不完全であることが明らかになった。


 加えて、クロスモーダルでアクション固有に応答するニューロンは従来唱えられていたミラーニューロンのメインの領域である前頭頂ネットワーク以外にも多く存在する(文献<ref name=Oosterhof2013><pubmed>23746574</pubmed></ref>[15])。例えば、てんかん患者21人のある行動の観察や実行時に対して、観察と実行の両方に反応する細胞が観測されている領域として、補足運動野(SMA)、海馬傍回(PHG)、海馬(H)が挙げられ<ref name=Mukamel2010><pubmed>20381353</pubmed></ref>[17]、情動や記憶とも密接に関連していると察せられる。その他の多くの領域においても、先の三領域ほど強くないが、観測されており、これらの領域では、より抽象的な表現がコードされ、一般的な連想機構が想定される。これらのことから、ミラーニューロンが特別なニューロンではなく、クロスモーダル性を示す多様なニューロン群の一種であり、マカクザルの場合は、他動詞的動作だったものが、ヒトの場合、自動詞的動作も含めた、より一般的な模倣行動生成メカニズムを、これらの多様なニューロン群が連携して実現しているとみなせる。これが、狭義のミラーニューロンが行動理解を担っていないという主張<ref name=Hickok2013><pubmed>23147121</pubmed></ref>[14]と一致する。
 加えて、クロスモーダルでアクション固有に応答するニューロンは従来唱えられていたミラーニューロンのメインの領域である前頭頂ネットワーク以外にも多く存在する(文献<ref name=Oosterhof2013><pubmed>23746574</pubmed></ref>[15])。例えば、てんかん患者21人のある行動の観察や実行時に対して、観察と実行の両方に反応する細胞が観測されている領域として、補足運動野、海馬傍回、海馬が挙げられ<ref name=Mukamel2010><pubmed>20381353</pubmed></ref>[17]、情動や記憶とも密接に関連していると察せられる。その他の多くの領域においても、先の三領域ほど強くないが、観測されており、これらの領域では、より抽象的な表現がコードされ、一般的な連想機構が想定される。これらのことから、ミラーニューロンが特別なニューロンではなく、クロスモーダル性を示す多様なニューロン群の一種であり、マカクザルの場合は、他動詞的動作だったものが、ヒトの場合、自動詞的動作も含めた、より一般的な模倣行動生成メカニズムを、これらの多様なニューロン群が連携して実現しているとみなせる。これが、狭義のミラーニューロンが行動理解を担っていないという主張<ref name=Hickok2013><pubmed>23147121</pubmed></ref>[14]と一致する。


 ヒトの場合、広範なネットワーク構造により、疑似模倣から真の模倣に至る発達過程を通じて、文化的・社会的環境の下で多様な模倣行動を表出していると考えられる。
 ヒトの場合、広範なネットワーク構造により、疑似模倣から真の模倣に至る発達過程を通じて、文化的・社会的環境の下で多様な模倣行動を表出していると考えられる。