「ニューロンモデル」の版間の差分

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==膜電位モデル==
==膜電位モデル==
 ニューロンの細胞膜の電気的特性については、電気生理学実験により明らかにされ、膜電位Vの時間変化は、細胞膜の電気容量をCm、細胞膜を透過する膜電流をIm、外部からの注入電流をIappとすると
 ニューロンの細胞膜の電気的特性については、電気生理学実験により明らかにされ、膜電位Vの時間変化は、細胞膜の電気容量をCm、細胞膜を透過する膜電流をIm、外部からの注入電流をIappとすると<br>
 
:<math>
C_m\frac{dV}{dt} =-I_m+I_{app}
</math>
のように表される。膜電位をニューロンの状態として表すモデルは、基本的に上式の形を持ち、膜電流として何を取り入れるかにより、主に次のようなモデルが提案されている。
のように表される。膜電位をニューロンの状態として表すモデルは、基本的に上式の形を持ち、膜電流として何を取り入れるかにより、主に次のようなモデルが提案されている。


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===コンダクタンスベースモデル===
===コンダクタンスベースモデル===
 Hodgkin-HuxleyモデルにおけるNaチャネルや遅延整流型Kチャネルの動力学にならい、他のイオンチャネルも同様のモデル化を行うことで、細胞膜上に発現した多様なイオンチャネルをモデル化することができる。この場合、膜電流は
 Hodgkin-HuxleyモデルにおけるNaチャネルや遅延整流型Kチャネルの動力学にならい、他のイオンチャネルも同様のモデル化を行うことで、細胞膜上に発現した多様なイオンチャネルをモデル化することができる。この場合、膜電流は
 
:<math>
I_m=\sum_k{g_k}(t)(V-E_k)
</math>
のように書ける。gk(t)は、k種類目のイオンチャネルのコンダクタンス(抵抗の逆数)を表し、Ekは、そのイオンチャネルが透過させるイオンの平衡電位を表す。コンダクタンスはHodgkin-Huxleyの定式化にならい、一般に
のように書ける。gk(t)は、k種類目のイオンチャネルのコンダクタンス(抵抗の逆数)を表し、Ekは、そのイオンチャネルが透過させるイオンの平衡電位を表す。コンダクタンスはHodgkin-Huxleyの定式化にならい、一般に
 
:<math>
g(t)=g_{max}m^ah^b
</math>
の形に表せる<ref name=Hille2001>'''Hille, B. (2001).'''Ion channels of excitable membranes (3rd Edition). Sinauer, Sunderland, Massachusetts.</ref>[4]。mは活性化ゲート変数、hは不活性化ゲート変数である。イオンチャネルによっては、どちらか一方しか持たないものもある。
の形に表せる<ref name=Hille2001>'''Hille, B. (2001).'''Ion channels of excitable membranes (3rd Edition). Sinauer, Sunderland, Massachusetts.</ref>[4]。mは活性化ゲート変数、hは不活性化ゲート変数である。イオンチャネルによっては、どちらか一方しか持たないものもある。
イオンチャネルの活性化・不活性化が細胞内カルシウムイオン濃度に依存するものがあれば、膜電位、各種イオンチャネルのゲート変数の動力学に加え、細胞内カルシウムイオン濃度の動力学のモデルも必要となる。細胞内カルシウムイオン濃度[Ca2+]の最も簡易なモデルは、
イオンチャネルの活性化・不活性化が細胞内カルシウムイオン濃度に依存するものがあれば、膜電位、各種イオンチャネルのゲート変数の動力学に加え、細胞内カルシウムイオン濃度の動力学のモデルも必要となる。細胞内カルシウムイオン濃度[Ca2+]の最も簡易なモデルは、
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===ケーブル方程式===
===ケーブル方程式===
 ニューロンの突起をケーブルとして近似した場合、膜電位の時間変化は
 ニューロンの突起をケーブルとして近似した場合、膜電位の時間変化は
 
:<math>
C_m\frac{\partial{V}(x,t)}{\partial{t}}=-I_m+A\frac{\partial^2V(x,t)}{\partial{x^2}}+I_{app}
</math>
のように表せる<ref name=Rall1998>'''Rall, W., Agmon-Snir, H. (1998)'''.<br>Cable theory for dendritic neurons. In: Koch, C., Segev, I. (Eds.), Methods in Neural Modeling, MIT Press, Cambridge, Massachusetts, 27-92.</ref>[6]。この方程式はケーブル方程式と呼ばれる。右辺第2項はケーブルの軸方向に沿った膜電位勾配により生じる電流の寄与を表す。この方程式は偏微分方程式の形をとり、一般に解を得ることが難しい。膜電流として、リーク電流のみの受動的な膜特性を示す場合、上記の方程式は、
のように表せる<ref name=Rall1998>'''Rall, W., Agmon-Snir, H. (1998)'''.<br>Cable theory for dendritic neurons. In: Koch, C., Segev, I. (Eds.), Methods in Neural Modeling, MIT Press, Cambridge, Massachusetts, 27-92.</ref>[6]。この方程式はケーブル方程式と呼ばれる。右辺第2項はケーブルの軸方向に沿った膜電位勾配により生じる電流の寄与を表す。この方程式は偏微分方程式の形をとり、一般に解を得ることが難しい。膜電流として、リーク電流のみの受動的な膜特性を示す場合、上記の方程式は、
:<math>
C_m\frac{\partial{V}(x,t)}{\partial{t}}=-g_L(V-E_L)+\frac{\partial^2V(x,t)}{\partial{x^2}}+I_{app}
</math>


の形となり、境界条件の与え方によっては、解析的に解くことが可能となる。
の形となり、境界条件の与え方によっては、解析的に解くことが可能となる。
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===マルチコンパートメントモデル===
===マルチコンパートメントモデル===
 イオンチャネルを透過する膜電流を考慮するとなると、そのアクティブな特性のため、ケーブル方程式の形では数値的にも扱いが困難である。そこで、空間方向を離散化することにより、方程式の解法の問題を回避する。ケーブル状の突起を区画(コンパートメント)に分割することで、1つの区画を長さL、半径aの円柱として近似する。1つの区画の範囲内は等電位であるとみなし、各区画の膜電位に対し、膜電位ダイナミクスを与える。加えて、隣接する区画間に電位勾配があれば、一方の区画から他方へ電流が生じるので、この軸方向の電流を考慮する必要がある。k番目の区画に対する膜電位ダイナミクスは、
 イオンチャネルを透過する膜電流を考慮するとなると、そのアクティブな特性のため、ケーブル方程式の形では数値的にも扱いが困難である。そこで、空間方向を離散化することにより、方程式の解法の問題を回避する。ケーブル状の突起を区画(コンパートメント)に分割することで、1つの区画を長さL、半径aの円柱として近似する。1つの区画の範囲内は等電位であるとみなし、各区画の膜電位に対し、膜電位ダイナミクスを与える。加えて、隣接する区画間に電位勾配があれば、一方の区画から他方へ電流が生じるので、この軸方向の電流を考慮する必要がある。k番目の区画に対する膜電位ダイナミクスは、
:<math>
C_m\frac{dV_k}{dt}=-I_m^k+I_{app}^k+g_{k,k+1}(V_{K+1}-V_K)+g_{k,k-1}(V_{K-1}-V_K)
</math>


と表せる<ref name=Segev1998>'''Segev, I., Burke, R.E. (1998)'''<br>Compartmental Models of Complex Neurons. In: Koch, C., Segev, I. (Eds.), Methods in Neural Modeling, MIT Press, Cambridge, Massachusetts, 93-136.</ref>[7]。ここでgk,k+1、gk,k-1はそれぞれ隣接する区画k+1、および、区画k-1との間の伝導度を表す。各区画を小さく取ることにより、連続体に近い結果が得られる一方、計算コストは増大する。各区画を大きく取れば、計算コストは削減できるが、粗視化による誤差の増大を招くという、トレードオフが生じる。細胞全体を1つの膜電位で表す場合は、区画が1つになるので、シングルコンパートメントモデルと呼ばれることがある。扱う問題により、シングルコンパートメントかマルチコンパートメントか、マルチコンパートメントであれば、どの程度の分割でモデル化するか、が異なる。一般的に、単一細胞における情報処理を問題とする場合には、マルチコンパートメントモデル、ネットワークを扱う場合には、シングルコンパートメントモデルを用いることが多い。
と表せる<ref name=Segev1998>'''Segev, I., Burke, R.E. (1998)'''<br>Compartmental Models of Complex Neurons. In: Koch, C., Segev, I. (Eds.), Methods in Neural Modeling, MIT Press, Cambridge, Massachusetts, 93-136.</ref>[7]。ここでgk,k+1、gk,k-1はそれぞれ隣接する区画k+1、および、区画k-1との間の伝導度を表す。各区画を小さく取ることにより、連続体に近い結果が得られる一方、計算コストは増大する。各区画を大きく取れば、計算コストは削減できるが、粗視化による誤差の増大を招くという、トレードオフが生じる。細胞全体を1つの膜電位で表す場合は、区画が1つになるので、シングルコンパートメントモデルと呼ばれることがある。扱う問題により、シングルコンパートメントかマルチコンパートメントか、マルチコンパートメントであれば、どの程度の分割でモデル化するか、が異なる。一般的に、単一細胞における情報処理を問題とする場合には、マルチコンパートメントモデル、ネットワークを扱う場合には、シングルコンパートメントモデルを用いることが多い。