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==初期選択モデル vs. 後期選択モデル== | ==初期選択モデル vs. 後期選択モデル== | ||
[[ファイル:横澤 注意のモデル Fig1.png|サムネイル|'''図1. 典型的な初期選択モデルと後期選択モデル'''<br>'''上''' 典型的な初期選択モデルであるBroadbent<ref name=Broadbent1958 />のフィルタモデル。感覚器から得られた情報は物理特性などの特徴に基づいて選択フィルタで選択され、容量に限界のある知覚システムで分析される。この内容に基づいて反応が出力される。<br>'''下''' 典型的な後期選択モデルであるNorman<ref name=Norman1968 />の選択と注意のモデル。物理的入力と適切さの両方に基づいて、どの項目をさらなる処理の対象とするかが決まる。感覚入力は分析され、記憶にある表象を活性化させる。この分析結果は期待や過去の経験とともにその事態で最も適切だと考えられる表象を決定する。最大の賦活度をもつものがその後の分析の対象として選択される。]] | [[ファイル:横澤 注意のモデル Fig1.png|サムネイル|'''図1. 典型的な初期選択モデルと後期選択モデル'''<br>'''上''' 典型的な初期選択モデルであるBroadbent<ref name=Broadbent1958 />のフィルタモデル。感覚器から得られた情報は物理特性などの特徴に基づいて選択フィルタで選択され、容量に限界のある知覚システムで分析される。この内容に基づいて反応が出力される。<br>'''下''' 典型的な後期選択モデルであるNorman<ref name=Norman1968 />の選択と注意のモデル。物理的入力と適切さの両方に基づいて、どの項目をさらなる処理の対象とするかが決まる。感覚入力は分析され、記憶にある表象を活性化させる。この分析結果は期待や過去の経験とともにその事態で最も適切だと考えられる表象を決定する。最大の賦活度をもつものがその後の分析の対象として選択される。]] | ||
[[注意]]に関する様々な現象を説明するために、様々な説明モデルが提案されてきたが<ref name=横澤2010>'''横澤一彦 (2010).'''<br>視覚科学、勁草書房</ref> <ref name=河原2015>'''河原純一郎、横澤一彦 (2015).'''<br>注意 選択と統合、勁草書房</ref>、最初のモデル化は、[[w:Donald Broadbent|Broadbent]] <ref name=Broadbent1958>'''Broadbent, D. (2018)'''.<br>Perception and Communication. London, Pergamon Press. [https://doi.org/10.1037/10037-000 PDF]</ref>の[[フィルタモデル]]から始まる。このモデルでは、入力された刺激の単純な物理的特徴(音の高さや位置)が処理された段階で非関連な情報を除外する[[注意フィルタ]]がはたらくと提案された。これは注意による選択は情報処理の早い段階で起こるという立場であり、[[初期選択モデル]]と呼ばれた('''図1上''')。左右の[[耳]]から別々の音声を聞き、そのうち一方の内容を追唱し他方を無視する[[両耳分離聴取課題]]では、参加者は声の高さや音の左右などの低次の特徴に基づいて選択的に追唱できる<ref name=Treisman1960>'''Treisman, A. M. (1960).'''<br>Contextual cues in selective listening. The Quarterly Journal of Experimental Psychology, 12, 242-248. [https://doi.org/10.1080/17470216008416732 PDF]</ref>。また、無視側の耳からの内容をほぼ再生できないという知見はこのモデルを支持する。しかし、非注意側の耳に参加者の名前が呼ばれると、その後に続く内容に気づきやすくなった。この結果は無視したはずの情報も弱められるが一部は意味的に処理されていることを示唆する。Deutsch & [[wj:ダイアナ・ドイチュ|Deutsch]] <ref name=Deutsch1963><pubmed>14027390</pubmed></ref>は、注意は処理のかなり後の段階で作用すると考えた。この考えでは非注意情報はフィルタリングされる前に、完全に意味的記述レベルまで処理されているとされる。これを[[後期選択モデル]]という('''図1下''')<ref name=Norman1968>'''Norman, D. A. (1968).'''<br>Memory and attention: An introduction to human information processing, Willy. </ref>。ただし、これらの意味的記述が意識に上っていたとは述べておらず、意識は注意選択という容量制限のあるプロセスの後にのみ生じ、参加者はある瞬間には利用可能な意味的記述の一部しか意識していないと捉えていた。 | |||
非注意刺激が行動成績に影響を与えなければ初期選択の裏付けだと解釈された。一方で、[[フランカ効果]]や[[ストループ効果]]のように、非注意刺激が行動成績に影響を与える場合は後期選択を支持と解釈された。[[機能的核磁気共鳴画像]]([[fMRI]])を用いた研究では、[[一次視覚野]]<ref name=Somers1999><pubmed>9990081</pubmed></ref>や[[外側膝状体]]<ref name=O'Connor2002><pubmed>12379861</pubmed></ref>でも初期選択を裏付ける注意選択の効果が観察されている。さらに、[[事象関連電位]]([[event related potential]]: [[ERP]])の最初期成分である[[C1]]に刺激呈示後の非常に早い段階(50ms)で注意の変調が起こることが示されている<ref name=Zhang2012><pubmed>22243756</pubmed></ref>。ただし、注意選択はこうした初期段階での信号増幅だけでなく、複数の段階で作用しうる。[[半側無視]]に関する神経心理研究によれば、無視された刺激であっても、顔か否かといったカテゴリ分類程度の比較的高度な処理まで進んでいることを示す知見がある<ref name=Vuilleumier2001><pubmed>11248106</pubmed></ref>。 | |||
課題の性質によって選択の水準は変動しうる。負荷が高く、特定の位置や特徴に強い[[焦点的注意]]を必要とする課題では初期選択、広めの注意の焦点化で遂行できる課題では後期選択となる。Lavie & Dalton<ref name=Lavie2014>'''Lavie, N., & Dalton, P. (2014).'''<br>Load theory of attention and cognitive control. The Oxford handbook of attention, 56-75. [https://doi.org/10.1093/oxfordhb/9780199675111.013.003 PDF]</ref>は負荷理論を提案した。知覚能力の限界に達したときに知覚処理は選択的になると考え、課題要求が容量限界を超えるほど高いとき、課題非関連な項目は処理されず、結果としてうまく無視でき、初期選択が可能となる。一方、知覚負荷が低い課題の場合、残りの容量は自動的に課題非関連の妨害刺激の処理に割り当てられ、結果として干渉が生じ、後期選択となる。このように、負荷理論は課題の知覚負荷に応じて選択の水準が変動することを示唆し、初期・後期選択論争の解決策を提案している。 | |||
[[ファイル:横澤 注意のモデル Fig2.png|サムネイル|'''図2. バイアス競合理論'''<br>ボトムアップ・感覚依存メカニズムとトップダウン・フィードバックメカニズムに基づき、呈示された複数刺激の競合によって視覚野での脳内表象が形成されると仮定される。]] | [[ファイル:横澤 注意のモデル Fig2.png|サムネイル|'''図2. バイアス競合理論'''<br>ボトムアップ・感覚依存メカニズムとトップダウン・フィードバックメカニズムに基づき、呈示された複数刺激の競合によって視覚野での脳内表象が形成されると仮定される。]] | ||
==バイアス競合理論== | ==バイアス競合理論== | ||
[[バイアス競合理論]]は、視覚的注意の神経基盤を体系化するための有用なフレームワークを提供してきた<ref name=Desimone1995><pubmed>7605061</pubmed></ref><ref name=Beck2009><pubmed>18694779</pubmed></ref>。'''図2'''に示すように、外因的要因に基づく[[ボトムアップ]]・感覚依存メカニズムと内因的要因に基づく[[トップダウン・フィードバックメカニズム]]に基づき、視覚野での脳内表象が形成されるが、バイアス競合理論の最も基本的な仮定は、複数のオブジェクトの刺激呈示において、同側の視覚野の神経表象が競合するという仮定である。単一[[ニューロン]]計測と脳機能計測による多くの研究報告は、同時に存在する複数の刺激が独立して処理されるのではなく、相互に抑制的に相互作用することを示唆している。例えば、[[下側頭葉]]皮質の細胞の反応におけるオブジェクト選択の影響を調べると、事前手がかりで選択的に反応する刺激に対して発火するとともに、後続する複数の刺激が同側に呈示されたとき、まず標的であるかどうかに関係なく発火し、その後選択的に発火するが、これが競合過程を反映した現象であると考えられている<ref name=Desimone1995 />。単一細胞に関する生理学研究では、受容野内で単独で提示された単一の視覚刺激に対する神経反応を、同じ[[受容野]]内で別の刺激が同時に提示されたときに、その刺激によって誘発された反応と比較した結果、対になった刺激に対する反応は、各刺激による個別の反応の合計よりも小さくなる<ref name=Everling2002><pubmed>12068302</pubmed></ref>。 | |||
バイアス競合理論は、選択的注意が標的刺激の処理を容易にし、同時に近接する妨害刺激をフィルタリングすることによって、競合的相互作用し、神経活動の競合を解消すると仮定するので、視野に同時に存在する複数の刺激間のこれらの抑制的相互作用は、これらの刺激が[[視覚野]]の単一ニューロンによる表象をめぐって競合しているというバイアス競合理論の仮定と一致する。複数の刺激間の抑制的相互作用は、[[サル]]の単一ニューロン計測などによって、[[V2]]、[[V4]]、[[MT]]、[[MST]]など、脳のいくつかの視覚領域で発見されている<ref name=Reynolds1999><pubmed>10024360</pubmed></ref><ref name=Recanzone2000><pubmed>10669493</pubmed></ref>。このような抑制的相互作用は、fMRI研究に基づいて、人間の視覚野内の複数のオブジェクト間の競争のための神経相関として解釈されている<ref name=Beck2007><pubmed>18217834</pubmed></ref>。 | |||
このように、電気生理学的研究とfMRI研究に基づいて、バイアス競合理論に基づく感覚競合と注意変調効果の関係が支持され、ニューロン集団の局所的および大規模な相互作用の両方を考慮したメカニズムの、ネットワークレベルでの実装について研究されている<ref name=Buschman2015><pubmed>26447577</pubmed></ref><ref name=Halassa2017><pubmed>29184210</pubmed></ref>。 | このように、電気生理学的研究とfMRI研究に基づいて、バイアス競合理論に基づく感覚競合と注意変調効果の関係が支持され、ニューロン集団の局所的および大規模な相互作用の両方を考慮したメカニズムの、ネットワークレベルでの実装について研究されている<ref name=Buschman2015><pubmed>26447577</pubmed></ref><ref name=Halassa2017><pubmed>29184210</pubmed></ref>。 | ||
[[ファイル:横澤 注意のモデル Fig3.png|サムネイル|'''図3. Posnerが提案する3つの注意ネットワーク'''<br> | [[ファイル:横澤 注意のモデル Fig3.png|サムネイル|'''図3. Posnerが提案する3つの注意ネットワーク'''<br>覚醒・警戒ネットワークは[[脳幹]]の[[青斑核]]から[[前頭・頭頂背側経路]]に投射する[[ノルアドレナリン]]システムによって[[覚醒]]状態の形成と維持を主たる機能とする。定位ネットワークは空間的注意を特定の位置に向けるはたらきを持つ。背側システムは[[上頭頂小葉]]、[[頭頂間溝]]から[[前頭眼野]]が関与し、意図的な注意の定位を行う。腹側システムは[[側頭頭頂接合部]]から[[中前頭回|中]]・[[下前頭回]]が関与し、[[注意捕捉]]のようなボトムアップの注意定位を行う。実行制御ネットワークは[[内側前頭前野]]、[[帯状-弁蓋システム]]が関与し、適切に行動計画を立てるといった[[実行機能]]を担う。]] | ||
==注意のネットワーク理論== | ==注意のネットワーク理論== | ||
[[注意のネットワーク理論]]は[[w:Michael Posner (psychologist)|Posner]]<ref name=Posner1980><pubmed>7367577</pubmed></ref><ref name=Posner1990><pubmed>2183676</pubmed></ref><ref name=Petersen2012><pubmed>22524787</pubmed></ref><ref name=Posner2014><pubmed>25110757</pubmed></ref>が提案した注意の理論であり、注意は知覚や意思決定、反応遂行とは解剖学的には異なる別のシステムであり、いくつかの機能に分解でき、[[眼球運動]]や[[知覚]]・[[運動]]を制御する次の3つの脳内ネットワークとして働くと位置づけられる('''図3''')。 | |||
#'''覚醒・警戒ネットワーク:''' | #'''[[覚醒・警戒ネットワーク]]:''' 適切な覚醒状態をつくり、維持する機能をもつ。[[脳幹]]([[青斑核]])に由来する[[ノルアドレナリン]]システムと、右半球がこの働きに関わっているとみられる。 | ||
#'''定位ネットワーク:''' | #'''[[定位ネットワーク]]:''' 感覚入力をモダリティや位置を選ぶことで優先順位づけをする機能を持ち、注意をシフトさせる働きを担う。[[視床枕]]、[[上丘]]、[[頭頂皮質]]、前頭眼野が関与するネットワークを構成する。注意の空間的定位は古くから空間的手がかり課題を用いて特性が詳細に測定・分析されてきた。外発的手がかりは主として刺激の出現や輝度変化によって注意を自動的に捕捉させるもので、比較的素早い(~100ms)過渡的・非意図的な効果を生む。これはボトムアップの注意定位ともいう。一方、内発的手がかりは記号等の解釈で注意の意図的シフトを促すもので、定常的(一般には300ms~)な効果がある。これはトップダウンの注意定位ともいう。この2タイプの注意定位には、それぞれに対応する2つの注意定位の下位ネットワークが見出されている<ref name=Corbetta2008><pubmed>18466742</pubmed></ref>。その下位ネットワークのひとつがボトムアップの注意定位に関わる腹側ネットワークであり、側頭頭頂接合部、[[腹側前頭皮質]]を中心とする領域が関わる。もうひとつがトップダウンの注意定位に関わる背側ネットワークであり、[[上頭頂葉]]と前頭眼野が含まれる。 | ||
#'''実行制御ネットワーク:''' | #'''[[実行制御ネットワーク]]:''' 反応行動生成時の葛藤制御や、課題の構えを維持するはたらきを担う。[[中前頭皮質]]、[[前帯状回]]が関わる。実行制御にも2つの下位ネットワークがあるともいわれる<ref name=Dosenbach2007><pubmed>17576922</pubmed></ref>。 | ||
これら3つの注意ネットワークの効率を測定する手法が注意ネットワーク検査である<ref name=Fan2009><pubmed> 19269079 </pubmed></ref> | これら3つの注意ネットワークの効率を測定する手法が注意ネットワーク検査である<ref name=Fan2009><pubmed> 19269079 </pubmed></ref> |