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<font size="+1">松本 敦</font><br> | <font size="+1">松本 敦</font><br> | ||
''国立研究開発法人 情報通信研究機構 脳情報通信融合研究センター''<br> | ''国立研究開発法人 情報通信研究機構 脳情報通信融合研究センター''<br> | ||
DOI:<selfdoi /> | DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2016年12月29日 原稿完成日:2021年12月7日<br> | ||
担当編集委員:[http://researchmap.jp/read0048432 定藤 規弘](自然科学研究機構生理学研究所 | 担当編集委員:[http://researchmap.jp/read0048432 定藤 規弘](自然科学研究機構生理学研究所 大脳皮質機能研究系)、[http://researchmap.jp/keijitanaka 田中 啓治](国立研究開発法人理化学研究所 脳神経科学研究センター)<br> | ||
</div> | </div> | ||
{{box|text= | 英:event-related potentials 独:ereigniskorrelierte Potentiale 仏:potentiel évoqué<br> | ||
英略語:ERP<br> | |||
{{box|text= 知覚や認知処理に関連して発生する脳波の総称である。数十回以上の加算平均により得られる。視覚誘発電位では潜時が短い成分は一次視覚野での処理を反映し、潜時が長くなるほど高次の視覚野での処理を反映する。高頻度刺激に混ざった低頻度刺激に対応して引き起こされるミスマッチ陰性電位については、先行刺激の記憶痕跡との照合過程を反映するという説や予測コードとの照合のエラーを反映するという説がある。}} | |||
== 事象関連電位とは == | == 事象関連電位とは == | ||
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通常、[[脳]]が活動している際には脳内に電気的な活動が発生している。頭皮上においた2つの電極から計測されるわずかな電位差を[[脳波]]と呼び、これは脳内で起こった電気的活動の一部を計測したものである。脳波は、ある特定の事象、例えば[[記憶想起|記憶の想起]]や[[注意]]の方向の変化、[[視覚]]刺激や[[聴覚]]刺激の特徴抽出に際して特有の変化を起こす場合がある。 | 通常、[[脳]]が活動している際には脳内に電気的な活動が発生している。頭皮上においた2つの電極から計測されるわずかな電位差を[[脳波]]と呼び、これは脳内で起こった電気的活動の一部を計測したものである。脳波は、ある特定の事象、例えば[[記憶想起|記憶の想起]]や[[注意]]の方向の変化、[[視覚]]刺激や[[聴覚]]刺激の特徴抽出に際して特有の変化を起こす場合がある。 | ||
事象関連電位とは、そのようなある特定の事象に関連して発生する脳波の総称である。事象関連電位という言葉をその字義通りに考えてみれば、「ある特定の出来事(事象)に関連して発生する一過性の脳波」であるが、最近では[[加算平均法]]によって得られたものを事象関連電位と呼ぶのが普通である。例えば、特定の視覚刺激を呈示し、その際の脳波を記録すると刺激呈示後100-200msの間に波形の変化を観察できるが単一の試行では多くのノイズに埋もれて観察が難しいため、複数回(数十回)刺激を呈示し、刺激呈示のオンセットに合わせた脳波を試行分切り出してきて加算平均することによって、ランダムに発生するノイズは相殺されて全試行において現れる振動(deflections)が残り、これを事象関連電位と呼ぶ。 | |||
事象関連電位は[[知覚]]や[[認知]]処理に対応して出現し、これらの処理の過程を検討するための有用な指標として、心理学や神経科学分野で頻繁に用いられてきた。一つの課題の中では複数の波の振れが観察され、この振れのことを一般的には成分と呼び、多くの成分には特定の名前が付けられて検討されることが多い。例えば[[oddball課題]]と呼ばれる課題で得られる刺激呈示後300msあたりに頂点を持つ極性がプラス(陽性)の成分は[[事象関連電位#P300|P300]]と呼ばれる。また、単語処理に関わる成分で有名なものは[[事象関連電位#N400|N400]]と呼ばれる成分である。ここでいうPやNはそれぞれPositiveとNegativeを表しており、振れの極性を表している。すなわち、極性が陽性(+)ならPではじまる成分名を、陰性(-)ならばNではじまる成分名を持つ。PやNの後に続く数字はその成分が見られる潜時を表すことが多い。つまり、P300というのは刺激提示後300ms近辺に頂点を持つ陽性成分ということになる。また、振れが現れる順番をとってP1やN2などと名をつけることもある。N2というのは2番目に現れた陰性成分という意味である。各成分はそれぞれ固有の頭皮上分布と課題に対する反応を持ち、これらの成分の振る舞いを検討することによって認知処理を推測していくことになる。新しい課題を用いて事象関連電位を検討する場合にはまずターゲットをどの成分において検討するのかを決めておくと、効率よくデータを解釈することができるだろう。 | 事象関連電位は[[知覚]]や[[認知]]処理に対応して出現し、これらの処理の過程を検討するための有用な指標として、心理学や神経科学分野で頻繁に用いられてきた。一つの課題の中では複数の波の振れが観察され、この振れのことを一般的には成分と呼び、多くの成分には特定の名前が付けられて検討されることが多い。例えば[[oddball課題]]と呼ばれる課題で得られる刺激呈示後300msあたりに頂点を持つ極性がプラス(陽性)の成分は[[事象関連電位#P300|P300]]と呼ばれる。また、単語処理に関わる成分で有名なものは[[事象関連電位#N400|N400]]と呼ばれる成分である。ここでいうPやNはそれぞれPositiveとNegativeを表しており、振れの極性を表している。すなわち、極性が陽性(+)ならPではじまる成分名を、陰性(-)ならばNではじまる成分名を持つ。PやNの後に続く数字はその成分が見られる潜時を表すことが多い。つまり、P300というのは刺激提示後300ms近辺に頂点を持つ陽性成分ということになる。また、振れが現れる順番をとってP1やN2などと名をつけることもある。N2というのは2番目に現れた陰性成分という意味である。各成分はそれぞれ固有の頭皮上分布と課題に対する反応を持ち、これらの成分の振る舞いを検討することによって認知処理を推測していくことになる。新しい課題を用いて事象関連電位を検討する場合にはまずターゲットをどの成分において検討するのかを決めておくと、効率よくデータを解釈することができるだろう。 | ||
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== 代表的な事象関連電位成分 == | == 代表的な事象関連電位成分 == | ||
[[ファイル:ComponentsofERP.svg|サムネイル|'''図. 事象関連電位'''<br>Wikipediaより。]] | |||
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=== 視覚誘発電位 === | === 視覚誘発電位 === | ||
visual evoked potentials; VEP | visual evoked potentials; VEP | ||
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mismach negativity; MMN | mismach negativity; MMN | ||
Naatanen et al. <ref><pubmed> 685709</pubmed></ref>は、高い音と低い音を1: | Naatanen et al. <ref><pubmed> 685709</pubmed></ref>は、高い音と低い音を1:9の割合でランダムに被験者に呈示した。被験者は時折呈示される低頻度音でも高頻度音でもないターゲット音に対して反応することを求めた。この様な課題はoddball課題と呼ばれる。低頻度刺激呈示条件では高頻度呈示条件に比べて、刺激提示後200ms近辺で陰性の成分が観察され、この成分はミスマッチ陰性電位と名付けられた。 | ||
ミスマッチ陰性電位は刺激に対して注意を向けているか向けていないかに関係なく惹起され、自動的で受動的な脳の定位反応成分と考えられている。ミスマッチ陰性電位は聴覚刺激のみで反応するわけではなく、視覚刺激の逸脱に対しても反応し、各感覚モダリティーに特異的に観察されると考えられる。ミスマッチ陰性電位に関しては、先行刺激の[[記憶痕跡]]との照合過程を反映するという説や[[予測コード]]との照合のエラーを反映するという説などが提唱されているが、現状ではまだ議論があるところである。 | ミスマッチ陰性電位は刺激に対して注意を向けているか向けていないかに関係なく惹起され、自動的で受動的な脳の定位反応成分と考えられている。ミスマッチ陰性電位は聴覚刺激のみで反応するわけではなく、視覚刺激の逸脱に対しても反応し、各感覚モダリティーに特異的に観察されると考えられる。ミスマッチ陰性電位に関しては、先行刺激の[[記憶痕跡]]との照合過程を反映するという説や[[予測コード]]との照合のエラーを反映するという説などが提唱されているが、現状ではまだ議論があるところである。 | ||
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== 参考文献 == | == 参考文献 == | ||
<references /> | <references /> |