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同義語:恐怖
同義語:恐怖


{{box|text=
{{box|text= 外的あるいは内的な特定の危険、あるいは、危険と判断したことに対して誘発される嫌悪的な感情(情動)。特に、その危険の発生を自分で制御できず、対処が十分にできないと認知した時に生じる。進化の過程で形成された神経基盤が想定されている基本的な感情(情動)の一つとして考えられている。恐れが誘発されると、恐れの対象となるものを避ける行動、神経内分泌反応、自律神経反応が誘発される。基本的には、これらの反応は、危険なことから生体を保護することに寄与している。}}
 外的あるいは内的な特定の危険、あるいは、危険と判断したことに対して誘発される嫌悪的な感情(情動)。特に、その危険の発生を自分で制御できず、対処が十分にできないと認知した時に生じる。進化の過程で形成された神経基盤が想定されている基本的な感情(情動)の一つとして考えられている。恐れが誘発されると、恐れの対象となるものを避ける行動、神経内分泌反応、自律神経反応が誘発される。基本的には、これらの反応は、危険なことから生体を保護することに寄与している。
}}


==概念とこれを修飾する因子==
==概念とこれを修飾する因子==
「恐れ(恐怖)」は、身体に対して、或いは、社会的な自己の存在に対して危害を加えるもの、あるいは危害を加えると判断したものに対して生じる基本情動(喜び(幸福)、怒り、悲しみ、嫌悪、驚愕、恐怖)の一つ<ref name=ref1><pubmed>5773719</pubmed></ref>。このとき、中枢神経系と末梢臓器に様々な反応が誘発される。これに対し、不安は対象の無い漠然とした未分化な恐れと言われている。
「恐れ(恐怖)」は、身体に対して、或いは、社会的な自己の存在に対して危害を加えるもの、あるいは危害を加えると判断したものに対して生じる基本[[情動]]([[喜び]](幸福)、[[怒り]]、[[悲しみ]]、[[嫌悪]]、[[驚愕]]、[[恐怖]])の一つ<ref name=ref1><pubmed>5773719</pubmed></ref>。このとき、[[中枢神経系]]と[[末梢臓器]]に様々な反応が誘発される。これに対し、不安は対象の無い漠然とした未分化な恐れと言われている。


 恐れの主観的な経験を重視し「恐れの感情feeling」とよび、恐れに対する客観的にとらえられる反応(脳を含めた身体的変化)を主眼とした「恐れの情動emotion」と区別することがある。後者は動物実験で研究可能となる。
 恐れの主観的な経験を重視し「[[恐れの感情]] feeling」とよび、恐れに対する客観的にとらえられる反応(脳を含めた身体的変化)を主眼とした「[[恐れの情動]] emotion」と区別することがある。後者は動物実験で研究可能となる。
 このように恐怖刺激は、恐れの感情をもたらすとともに後述するような様々な末梢臓器の情動反応をもたらす<ref name=ref2><pubmed>21872619</pubmed></ref>[2]。恐れの情動反応は必ずしも恐れを意識した結果生じるものではない。多くの恐れの情動反応は無意識的に生じうる<ref name=ref3>'''LeDoux J.'''<br>Anxious: using the brain to understand and treat fear and anxiety.<br>''Viking'' 2015</ref>[3]。恐怖刺激により惹起された末梢臓器の情動反応の情報は、中枢神経系にフィードバックされ、恐れを修飾する。例えば、ドキドキという心臓の鼓動により恐れの感情・情動が影響を受ける。しかし、末梢臓器の反応の知覚が必ずしも個別の感情そのものを引き起こすわけではない。心臓の鼓動の知覚が、すなわち恐れというわけではない。
 
 このように恐怖刺激は、恐れの感情をもたらすとともに後述するような様々な末梢臓器の情動反応をもたらす<ref name=ref2><pubmed>21872619</pubmed></ref>[2]。恐れの情動反応は必ずしも恐れを意識した結果生じるものではない。多くの恐れの情動反応は無意識的に生じうる<ref name=ref3>'''LeDoux J.'''<br>Anxious: using the brain to understand and treat fear and anxiety.<br>''Viking'' 2015</ref>[3]。恐怖刺激により惹起された末梢臓器の情動反応の情報は、中枢神経系にフィードバックされ、恐れを修飾する。例えば、ドキドキという[[心臓]]の鼓動により恐れの感情・情動が影響を受ける。しかし、末梢臓器の反応の知覚が必ずしも個別の感情そのものを引き起こすわけではない。心臓の鼓動の知覚が、すなわち恐れというわけではない。


 恐れを生じるかどうかは、刺激を受け取る個体の状態に影響を受ける。外的あるいは内的な状況を、その個体がどう認知し評価するかに依存する。同じ状況でも、自身にとって脅威で制御できないと認識すると恐れを感じるが、対処可能でたいしたことはないと評価した場合には恐れは生じない。さらに、恐れの感情は、社会的文化的な影響も受ける。その社会・文化に特有の恐れの状況があることが指摘されている。
 恐れを生じるかどうかは、刺激を受け取る個体の状態に影響を受ける。外的あるいは内的な状況を、その個体がどう認知し評価するかに依存する。同じ状況でも、自身にとって脅威で制御できないと認識すると恐れを感じるが、対処可能でたいしたことはないと評価した場合には恐れは生じない。さらに、恐れの感情は、社会的文化的な影響も受ける。その社会・文化に特有の恐れの状況があることが指摘されている。


 恐れは、感情の二次元モデル(快―不快、覚醒度の高―低)<ref name=ref4><pubmed>10353204</pubmed></ref>[4]で表すと、不快で嫌悪性をもち、また、覚醒レベルが高い状態で、恐れを引き起こすものあるいは状況を避けようとする行動を生体に引き起こす誘因となる。
 恐れは、感情の二次元モデル([[快―不快]]、[[覚醒]]度の高―低)<ref name=ref4><pubmed>10353204</pubmed></ref>[4]で表すと、[[不快]]で嫌悪性をもち、また、覚醒レベルが高い状態で、恐れを引き起こすものあるいは状況を避けようとする行動を生体に引き起こす誘因となる。


 恐れの身体情動反応と主観的感情は、他の情動・感情と同様に<ref name=ref5>'''戸田山和久 (2016).'''<br>恐怖の哲学<br>''NHK出版新書''</ref> <ref name=ref6>'''Cornelius, R. R.'''<br>The science of emotion.<br>''Prentice-Hall, Inc,'' 1996.<br>'''コーネリアス・ランドルフ・ランディ'''<br>感情の科学―心理学は感情をどこまで理解できたか<br>''誠信書房''、1999</ref>[5] [6]、しかるべき中枢神経系の特定の状態である(基本情動説(Darwin説)、感情中枢起源説(Cannon-Bard説))とともに、末梢臓器の反応による修飾を受ける(感情末梢起源説(James-Lange説))。また、状況に対する認知的な評価に依存する側面をもつ(感情認知評価説)<ref name=ref7>'''Lazarus, R.'''<br>Stress and emotion: A new synthesis.<br>''New York: Springer Pub. Co.'' 1999. <br>'''リチャード S. ラザルス'''<br>ストレスと情動の心理学―ナラティブ研究の視点から <br>''実務教育出版''、2004</ref>[7]。生じている身体的反応の情報(内受容感覚(内臓感覚))とそのときの状況の評価と身体反応の原因の推論から意思決定が影響され、主観的感情である「恐れ」が形成されるとする考えもある(ソマティック・マーカー説(Damasio説)<ref name=ref8>'''Damasio, A.'''<br>The feeling of what happens: body and emotion in the making of consciousness.<br>''Harcourt Brace'', New York. 1999.<br>'''アントニオ・R・ダマシオ'''<br>無意識の脳 自己意識の脳 身体と情動と感情の神秘<br>''講談社'' 2003</ref>[8]、身体的評価仮説(Prinz説)<ref name=ref9>'''Prinz, J.'''<br>Gut reactions: A perceptual theory of emotion. <br>''Oxford University Press'', USA. 2006.</ref>[9])。また、恐れは、社会文化的な制約もうける(感情社会構成説)。一方、「恐れ」を含め、様々な感情は概念で形成されたもので、特定の神経回路により生じるというよりは、脳の広範な領域に分布する様々な経験依存性のシステムで生じるもので、共通した普遍的なものではないという考えも提唱されている(構成主義的情動理論<ref>'''Barrett, L.F. (2017)'''<br>How emotions are made. Brockman Inc., New York. <br>'''リサ・フェルドマン・バレット (2019).'''<br>情動はこうしてつくられる 紀伊国屋書店</ref>[10])。
 恐れの身体情動反応と主観的感情は、他の情動・感情と同様に<ref name=ref5>'''戸田山和久 (2016).'''<br>恐怖の哲学<br>''NHK出版新書''</ref> <ref name=ref6>'''Cornelius, R. R.'''<br>The science of emotion.<br>''Prentice-Hall, Inc,'' 1996.<br>'''コーネリアス・ランドルフ・ランディ'''<br>感情の科学―心理学は感情をどこまで理解できたか<br>''誠信書房''、1999</ref>[5] [6]、しかるべき中枢神経系の特定の状態である([[基本情動説]]([[Darwin説]])、[[感情中枢起源説]]([[Cannon-Bard説]]))とともに、末梢臓器の反応による修飾を受ける(感情末梢起源説(James-Lange説))。また、状況に対する認知的な評価に依存する側面をもつ(感情認知評価説)<ref name=ref7>'''Lazarus, R.'''<br>Stress and emotion: A new synthesis.<br>''New York: Springer Pub. Co.'' 1999. <br>'''リチャード S. ラザルス'''<br>ストレスと情動の心理学―ナラティブ研究の視点から <br>''実務教育出版''、2004</ref>[7]。生じている身体的反応の情報(内受容感覚(内臓感覚))とそのときの状況の評価と身体反応の原因の推論から意思決定が影響され、主観的感情である「恐れ」が形成されるとする考えもある(ソマティック・マーカー説(Damasio説)<ref name=ref8>'''Damasio, A.'''<br>The feeling of what happens: body and emotion in the making of consciousness.<br>''Harcourt Brace'', New York. 1999.<br>'''アントニオ・R・ダマシオ'''<br>無意識の脳 自己意識の脳 身体と情動と感情の神秘<br>''講談社'' 2003</ref>[8]、身体的評価仮説(Prinz説)<ref name=ref9>'''Prinz, J.'''<br>Gut reactions: A perceptual theory of emotion. <br>''Oxford University Press'', USA. 2006.</ref>[9])。また、恐れは、社会文化的な制約もうける(感情社会構成説)。一方、「恐れ」を含め、様々な感情は概念で形成されたもので、特定の神経回路により生じるというよりは、脳の広範な領域に分布する様々な経験依存性のシステムで生じるもので、共通した普遍的なものではないという考えも提唱されている(構成主義的情動理論<ref>'''Barrett, L.F. (2017)'''<br>How emotions are made. Brockman Inc., New York. <br>'''リサ・フェルドマン・バレット (2019).'''<br>情動はこうしてつくられる 紀伊国屋書店</ref>[10])。


== 誘発する刺激 ==
== 誘発する刺激 ==

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