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上記のヒトFOXP2特有のアミノ酸置換をマウスのFoxp2に導入した研究が報告されている。ヒトFOXP2特有のアミノ酸置換(T303N, N325S)を部分的に模倣したオーソログをもつ遺伝子組換えマウス(Foxp2hum/humマウス: T302N, N324S)が作製され、その表現型が調べられた<ref name=Enard2009><pubmed>19490899</pubmed></ref>(Enard & Paabo et al., Cell, 2009)。Foxp2hum/humマウスは、Foxp2 KOマウスとは異なり、生後3週間で死亡するようなことはなく<ref name=French2007><pubmed>17619227</pubmed></ref><ref name=Fujita2008><pubmed>18287060</pubmed></ref><ref name=Groszer2008><pubmed>18328704</pubmed></ref><ref name=Shu2005><pubmed>15983371</pubmed></ref>(French et al., 2007; Fujita et al., 2008; Groszer et al., 2008; Shu et al., 2005)、多くの生理学的パラメータおよび行動において、Foxp2hum/humマウスと野生型マウスとの間に違いは見られなかった。ただし、[[探索行動]]の低下とUSVのパターンが異なるという結果が得られた。これらのFoxp2hum/humマウスの行動レベルでの表現型は、Foxp2wt/KOマウスとは真逆であったことから、Foxp2の部分的なアミノ酸置換(T302N, N324S)は機能欠損したFoxp2とは異なることが示唆されている。野生型と比べて、Foxp2hum/humマウス大脳基底核における[[中型有棘神経細胞]]([[medium spiny neuron]], [[MSN]])の[[樹状突起]]は長い、[[シナプス長期抑制]]([[LTD]])がより強く生じるといったことが報告されている。Foxp2hum/humマウスのMSNのこれらの性質は、Foxp2が皮質脊髄路の発達と機能に関与するという報告と一致している<ref name=Vernes2011><pubmed>21765815</pubmed></ref><ref name=French2012><pubmed>21876543</pubmed></ref><ref name=French2019><pubmed>30108312</pubmed></ref><ref name=Chen2016><pubmed>27595386</pubmed></ref><ref name=Hachigian2017><pubmed>29212017</pubmed></ref><ref name=vanRhijn2018><pubmed>30187194</pubmed></ref>(Vernes et al., 2011; French et al., 2012, 2019; Chen et al., 2016; Hachigian et al., 2017; van Rhijn et al., 2018)。 | 上記のヒトFOXP2特有のアミノ酸置換をマウスのFoxp2に導入した研究が報告されている。ヒトFOXP2特有のアミノ酸置換(T303N, N325S)を部分的に模倣したオーソログをもつ遺伝子組換えマウス(Foxp2hum/humマウス: T302N, N324S)が作製され、その表現型が調べられた<ref name=Enard2009><pubmed>19490899</pubmed></ref>(Enard & Paabo et al., Cell, 2009)。Foxp2hum/humマウスは、Foxp2 KOマウスとは異なり、生後3週間で死亡するようなことはなく<ref name=French2007><pubmed>17619227</pubmed></ref><ref name=Fujita2008><pubmed>18287060</pubmed></ref><ref name=Groszer2008><pubmed>18328704</pubmed></ref><ref name=Shu2005><pubmed>15983371</pubmed></ref>(French et al., 2007; Fujita et al., 2008; Groszer et al., 2008; Shu et al., 2005)、多くの生理学的パラメータおよび行動において、Foxp2hum/humマウスと野生型マウスとの間に違いは見られなかった。ただし、[[探索行動]]の低下とUSVのパターンが異なるという結果が得られた。これらのFoxp2hum/humマウスの行動レベルでの表現型は、Foxp2wt/KOマウスとは真逆であったことから、Foxp2の部分的なアミノ酸置換(T302N, N324S)は機能欠損したFoxp2とは異なることが示唆されている。野生型と比べて、Foxp2hum/humマウス大脳基底核における[[中型有棘神経細胞]]([[medium spiny neuron]], [[MSN]])の[[樹状突起]]は長い、[[シナプス長期抑制]]([[LTD]])がより強く生じるといったことが報告されている。Foxp2hum/humマウスのMSNのこれらの性質は、Foxp2が皮質脊髄路の発達と機能に関与するという報告と一致している<ref name=Vernes2011><pubmed>21765815</pubmed></ref><ref name=French2012><pubmed>21876543</pubmed></ref><ref name=French2019><pubmed>30108312</pubmed></ref><ref name=Chen2016><pubmed>27595386</pubmed></ref><ref name=Hachigian2017><pubmed>29212017</pubmed></ref><ref name=vanRhijn2018><pubmed>30187194</pubmed></ref>(Vernes et al., 2011; French et al., 2012, 2019; Chen et al., 2016; Hachigian et al., 2017; van Rhijn et al., 2018)。 | ||
2002年に発表された[[wd:Wolfgang Enard|Enard]]らの研究から<ref name=Enard2002 />[25]、FOXP2の現生人類特有の2つのアミノ酸置換が、言語・発話機能の進化の要因である、という考え方が広まり、定着した。しかし、近年の研究から、この考え方を改める必要性が提示されている。FOXP2が言語・発話機能の進化において重要だと考えられるようになったのは、FOXP2遺伝子の[[選択的スイープ]](selective sweep、ある集団において、新規の有益な変異が、塩基配列の多様性を減少させること)は100-200万年前に生じたとする結果が報告されたからである<ref name=Enard2002 />[25]。100-200万年前とは、現生人類が出現した、または出現した後の期間に該当する<ref name=Klein2010>'''Richard G. Klein. (1989).'''<br>The Human Career, Human Biological and Cultural Origins<br>Univ, Chicago Press. ISBN-10 : 0226439658</ref>(Klein, 1989, the Human Career, Human Biological and Cultural Origins, Unic, Chicago Press)。従って、現生人類が出現してから生じたFOXP2遺伝子の選択的スイープが言語・発話機能の進化において重要な役割を果たしている、と考えられるようになった。 | |||
現生人類の祖先と[[ネアンデルタール人]] | 現生人類の祖先と[[ネアンデルタール人]]とは400,000 - 700,000年前に分かれたと考えられている。[[w:Johannes Krause|Krause]]らの研究によって、現生人類とネアンデルタール人のFOXP2 配列(Exon7の911と977番目の塩基を含むDNA領域。このDNA領域から、現生人類特有のアミノ酸配列が生み出される。)は非常に類似していることが明らかにされた<ref name=Krause2007><pubmed>17949978</pubmed></ref>(Krause et al., Curr Biol, 2007)。この結果は、FOXP2の選択的スイープが生じたのが比較的最近とするEnardらの仮説(100,00 - 200,000年前)に反するものであった。Krauseらの研究によって、現生人類とネアンデルタール人の共通の祖先の時代に、FOXP2の選択的スイープが生じたことが示唆された。 | ||
さらに、近年、FOXP2の選択的スイープが比較的最近生じたとする仮説を支持しないさらなる知見が提示された。巨大な次世代型遺伝情報データベース ([[ | さらに、近年、FOXP2の選択的スイープが比較的最近生じたとする仮説を支持しないさらなる知見が提示された。巨大な次世代型遺伝情報データベース ([[https://www.internationalgenome.org The 1000 Genomes project Consortium]])<ref name=Henn2016><pubmed>26712023</pubmed></ref>(Hann et al., 2016; the 1000 Genomes project Consortium)を用いたAtkinsonらの研究から、現生人類とネアンデルタール人との間には、現生人類特有のFOXP2のアミノ酸配列の変化は認められない、という結果が示された<ref name=Atkinson2018><pubmed>30078708</pubmed></ref>(Atkinson et al., Cell, 2018)。また、Atkinsonらは、サンプルの大きさと構成(75%のサンプルを非アフリカ系のヒト由来にする等)を変化させるとEnardら<ref name=Enard2002 />(2002)の結果を再現できることを示した。つまり、サンプルのサイズが小さく、サンプルの構成に偏りがあったためにEnardら<ref name=Enard2002 />(2002)の結果に有意差が生じた可能性が高い。従って、FOXP2の選択的スイープが比較的最近生じたとする仮説(100,000 - 200,000年前)は支持されず、現生人類とネアンデルタール人との共通祖先の時期(400,000 - 700,000年前)に選択的スイープは生じたとする仮説が支持されるようになった<ref name=Fisher2019><pubmed>30668952</pubmed></ref>(Fisher, Curr Biol, 2019)。 | ||
FOXP2はヒトの言語・発話機能において非常に重要な役割を果たしていることは明らかである。しかし、たった1つの遺伝子によってヒトの言語・発話機能が進化したと考えるのではなく、より多くの遺伝子によってこの進化が起きたのではないか、という提案がなされている<ref name=Hunter2019><pubmed>30635342</pubmed></ref>(Hunter, 2019)。これからの研究で、ヒト特有の言語・発話機能がどのようにして進化してきたのか、その解明が期待される。 | FOXP2はヒトの言語・発話機能において非常に重要な役割を果たしていることは明らかである。しかし、たった1つの遺伝子によってヒトの言語・発話機能が進化したと考えるのではなく、より多くの遺伝子によってこの進化が起きたのではないか、という提案がなされている<ref name=Hunter2019><pubmed>30635342</pubmed></ref>(Hunter, 2019)。これからの研究で、ヒト特有の言語・発話機能がどのようにして進化してきたのか、その解明が期待される。 |