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<font size="+1">[https://researchmap.jp/486CGZ 井上 浩一]</font><br> | |||
''名古屋市立大学医学研究科統合解剖学分野''<br> | |||
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2023年3月1日 原稿完成日:2023年3月XX日<br> | |||
担当編集委員:[http://researchmap.jp/wadancnp 和田 圭司](国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター)<br> | |||
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英:Na-K-2Cl cotransporter<br> | 英:Na-K-2Cl cotransporter<br> | ||
英略語:NKCC<br> | 英略語:NKCC<br> | ||
{{box|text= Na-K-2Cl共輸送体(Na-K-2Cl cotransporter; NKCC)は、細胞膜上に局在し、Na<sup>+</sup>、K<sup>+</sup>と2個のCl<sup>-</sup>を同時に輸送するイオントランスポーターである。高等動物ではNKCC1 ( | {{box|text= Na-K-2Cl共輸送体(Na-K-2Cl cotransporter; NKCC)は、細胞膜上に局在し、Na<sup>+</sup>、K<sup>+</sup>と2個のCl<sup>-</sup>を同時に輸送するイオントランスポーターである。高等動物ではNKCC1 (SLC12A2)とNKCC2 (SLC12A1)の2つのサブファミリーが存在し、NKCC1はユビキタスに、NKCC2は主に腎臓の尿細管に発現する。主な働きとして、細胞内外へのイオン輸送の制御と、それによる生体・細胞内の容量制御に関与する。その他、神経細胞においては、NKCC1が細胞内Cl<sup>-</sup>濃度の調節に関与し、細胞内Cl<sup>-</sup>濃度はGABAやグリシン受容体など陰イオンチャネルを介する膜電位変化(脱分極・過分極)に影響を及ぼすため、神経機能、特に生体における脳機能・精神機能に重要な役割を果たすことが示唆されている。ヒトNKCC2は低カリウム血症などを起こすBartter症候群の原因遺伝子であることが報告されている。}} | ||
==NKCCとは== | ==NKCCとは== | ||
16世紀から[[浮腫]]に対する[[利尿薬]]の治療効果が知られていた。20世紀に入り合成化学が進歩すると、1950年代に[[サイアザイド系利尿薬]]が、1960年代に[[ループ利尿薬]]が開発された<ref name=野田裕美2011><pubmed></pubmed></ref> | 16世紀から[[浮腫]]に対する[[利尿薬]]の治療効果が知られていた。20世紀に入り合成化学が進歩すると、1950年代に[[サイアザイド系利尿薬]]が、1960年代に[[ループ利尿薬]]が開発された<ref name=野田裕美2011><pubmed></pubmed></ref> 。ループ利尿薬の標的の分子実態を探す目的で、[[イヌ]]の[[腎臓]]の[[膜タンパク質]]抽出液を用いて放射線同位元素で標識したループ利尿薬と結合する分子を同定し、[[モノクローナル抗体]]を作成した<ref name=Lytle1992><pubmed> 1460038 </pubmed></ref> 。それらを用い、[[λファージ]]の[[cDNAライブラリー]]を利用した[[発現クローニング]]で[[NKCC1]] (SLC12A2)<ref name=Xu1994><pubmed>8134373</pubmed></ref>と[[NKCC2]] (SLC12A1)<ref name=Payne1994><pubmed>7514306</pubmed></ref> がクローニングされ、その後各生物のNKCC1及びNKCC2の遺伝子が次々に同定された。 | ||
==構造== | ==構造== | ||
[[図1. NKCC1/2の構造<ref name=Garneau2020><pubmed>33052775</pubmed></ref> | [['''図1. NKCC1/2の構造<ref name=Garneau2020><pubmed>33052775</pubmed></ref>'''<br> | ||
NKCC1/2はいずれも12回膜貫通型の膜タンパク質で、両末端は細胞質に局在している。いずれもエクソン4によってコードされる膜貫通領域(transmembrane region; TM)2付近のアミノ酸配列がイオン輸送に重要であることが示唆されており、NKCC2では異なるエクソン4が挿入されることにより、イオンへの親和性が異なるバリアントが存在する<ref name=Gimenez2002><pubmed>11815599</pubmed></ref> 。NKCC1/2はいずれもN末の細胞質領域のセリン/スレオニンがリン酸化酵素SPAK及びOSR1によりリン酸化されることによりイオントランスポート活性が増強される(図内の数字は主なリン酸化部位)。]] | NKCC1/2はいずれも12回膜貫通型の膜タンパク質で、両末端は細胞質に局在している。いずれもエクソン4によってコードされる膜貫通領域(transmembrane region; TM)2付近のアミノ酸配列がイオン輸送に重要であることが示唆されており、NKCC2では異なるエクソン4が挿入されることにより、イオンへの親和性が異なるバリアントが存在する<ref name=Gimenez2002><pubmed>11815599</pubmed></ref> 。NKCC1/2はいずれもN末の細胞質領域のセリン/スレオニンがリン酸化酵素SPAK及びOSR1によりリン酸化されることによりイオントランスポート活性が増強される(図内の数字は主なリン酸化部位)。]] | ||
Solute carrier protein (溶質輸送体タンパク質, Slc)12ファミリーに属する膜タンパク質は12回膜貫通型でN末、C末が細胞内に局在する構造を取る。NKCC1は約1200アミノ酸(サメ型は1191残基) | [[Solute carrier protein]] ([[溶質輸送体タンパク質]], Slc)12ファミリーに属する膜タンパク質は12回膜貫通型でN末、C末が細胞内に局在する構造を取る。NKCC1は約1200アミノ酸(サメ型は1191残基)を含み、[[ウェスタンブロッティング]]では見かけ上195kDaほどの大きさとなる。[[膜貫通領域]](transmembrane, TM)7-8の細胞外領域で[[グリコシル化]]([[糖鎖修飾]])を受けており、[[グルコシダーゼ]]による[[脱グリコシル化]]で、分子量から期待されるサイズである~130kDaでの検出となる<ref name=Xu1994><pubmed>8134373</pubmed></ref> 。 | ||
[[ヒト]]のNKCC1遺伝子は5番目の染色体上にあり、27のエクソンが連なり、mRNAが作製される。21番目のエクソン(16アミノ酸をコード)がスキップしたスプライスバリアントが存在し、NKCC1B と呼ばれる。NKCC2は15番目の染色体上にあり、約1100アミノ酸(ヒト型は1099残基)を含み、NKCC1同様グリコシル化を受けている<ref name=Payne1994><pubmed>7514306</pubmed></ref> 。NKCC2のORFは26のエクソンにまたがっているが、NKCC2のクローニングの際、4番目のエクソンが異なる3つのスプライスバリアント(NKCC2A, B, F)が見いだされている<ref name=Igarashi1995><pubmed>7573490</pubmed></ref> 。 | |||
==サブファミリー== | ==サブファミリー== | ||
NKCCが含まれるSlc12にはNKCC1/2の他に、Na<sup>+</sup>、Cl<sup>-</sup>の共輸送体である[[Na-Cl共輸送体]] (NCC)とK<sup>+</sup>、Cl<sup>-</sup>の共輸送体である[[K-Cl共輸送体]][[KCC]]1-4が含まれる。機能未知の[[CCC8]]及び[[CCC9]]を構造上ファミリーに加える考えもあるが、相同性はNKCC、NCC、KCCと比べて低い<ref name=Reid2020><pubmed>32286222</pubmed></ref> 。 | |||
==発現== | ==発現== | ||
[['''図2. 腎臓におけるNKCC2スプライスバリアントの発現分布'''<br> | |||
マウスの胎仔の腎臓組織を用いて行ったin situ hybridizationの結果をカラー表示したもの<ref name=Gimenez2002><pubmed>11815599</pubmed></ref> 。]] | マウスの胎仔の腎臓組織を用いて行ったin situ hybridizationの結果をカラー表示したもの<ref name=Gimenez2002><pubmed>11815599</pubmed></ref> 。]] | ||
NKCC1はユビキタスに発現している。神経細胞においては、発達につれてNKCC1の発現量が減少するとの報告があるが、ある程度成長した後も野生型とNKCC1欠損マウスでの細胞内Cl<sup>-</sup>濃度が異なっており、成長後も一定量存在するものと考えられる<ref name=Khirug2008><pubmed>18448640</pubmed></ref><ref name=Yamada2004><pubmed>15090604</pubmed></ref> 。細胞内の局在に関しては、NKCC1A/ | NKCC1はユビキタスに発現している。神経細胞においては、発達につれてNKCC1の発現量が減少するとの報告があるが、ある程度成長した後も野生型とNKCC1欠損マウスでの細胞内Cl<sup>-</sup>濃度が異なっており、成長後も一定量存在するものと考えられる<ref name=Khirug2008><pubmed>18448640</pubmed></ref><ref name=Yamada2004><pubmed>15090604</pubmed></ref> 。細胞内の局在に関しては、NKCC1A/B間で異なるエクソン21に相当する16アミノ酸が[[極性]]細胞におけるNKCC1の[[基底膜]]側への局在に重要であるとの報告がある<ref name=Carmosino2008><pubmed>18667527</pubmed></ref> 。 | ||
NKCC2は腎臓特異的に発現しているが、[[腸管]]や[[膵臓]][[ランゲルハンス島]]の[[β細胞]]に発現するという報告もある<ref name=Alshahrani2012><pubmed>22759959</pubmed></ref><ref name=Xue2009><pubmed>19460103</pubmed></ref> 。腎臓では[[ヘンレ係蹄]]の太い[[上行脚]]から[[遠位尿細管]]に発現しており、その中でのバリアントの発現分布は、NKCC2Fは腎髄質内の[[尿細管]]、NKCC2Aは[[腎皮質]]尿細管と[[遠位尿細管]]、NKCC2Bは[[マクラデンサ]]に発現している<ref name=Gimenez2002><pubmed>11815599</pubmed></ref> 。 | |||
==機能== | ==機能== | ||
Slc12に属する分子は、Na<sup>+</sup>-K<sup>+</sup>-ATPaseによって生じるNa<sup>+</sup>、K<sup>+</sup>の濃度勾配を利用してCl<sup>-</sup>の移動を行うシンポーターであり、その中でNKCCは1つのNa<sup>+</sup>、1つのK<sup>+</sup>、2つのCl<sup>-</sup>を同時に同方向に輸送する。NKCC1を介するCl<sup>-</sup>の取り込みとそれに伴う水分の流入は細胞の高張ストレスに対する細胞容積調節の主因子となっている。腎尿細管(NKCC2優位)や唾液腺分泌上皮など極性のある細胞では一面に局在することにより、Na<sup>+</sup>やCl<sup>-</sup>等のイオンを一方向行に移行し、Na<sup>+</sup>の再吸収や分泌液の生成に作用する<ref name=Khalafalla2020><pubmed>32231563</pubmed></ref><ref name=MacAulay2020><pubmed>32870507</pubmed></ref> 。 | |||
[['''図3. 腎尿細管におけるNKCC2の局在''')<br> | [['''図3. 腎尿細管におけるNKCC2の局在''')<br> | ||
腎尿細管ではNKCC2は尿管側に局在し、尿管内の Na<sup>+</sup>、K<sup>+</sup>、2Cl<sup>-</sup> を細胞内に流入させる。K<sup>+</sup>はROMKを介して再び尿管側へ、Na<sup>+</sup>とCl<sup>-</sup>はそれぞれCl<sup>-</sup>チャネル(ClC-Kb)とNa<sup>+</sup>/K<sup>+</sup>-ATPaseを介して血管内に輸送される。<br> | 腎尿細管ではNKCC2は尿管側に局在し、尿管内の Na<sup>+</sup>、K<sup>+</sup>、2Cl<sup>-</sup> を細胞内に流入させる。K<sup>+</sup>はROMKを介して再び尿管側へ、Na<sup>+</sup>とCl<sup>-</sup>はそれぞれCl<sup>-</sup>チャネル(ClC-Kb)とNa<sup>+</sup>/K<sup>+</sup>-ATPaseを介して血管内に輸送される。<br> | ||
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</math> | </math> | ||
E: | E: 平衡電位、R: 気体定数、T: 温度(K)、F: ファラデー定数、z: イオンの価数、[ion]<sub>out</sub>: 細胞外イオン濃度、[ion]<sub>in</sub>: 細胞内イオン濃度 | ||
電気生理学的に平衡電位を測定することによりネルンストの式を用い、該当イオンの細胞内濃度を計算することができる。例として、NKCC1が検出できる生後1-3日のラット脳の皮質板(cortical plate)の[Cl<sup>-</sup>]inは約30 mMであるが、NKCC1が検出感度以下になる生後11-20日の大脳皮質II/III層の神経細胞の[Cl<sup>-</sup>]inは約9 mMであった<ref name=Yamada2004><pubmed>15090604</pubmed></ref> 。 | 電気生理学的に平衡電位を測定することによりネルンストの式を用い、該当イオンの細胞内濃度を計算することができる。例として、NKCC1が検出できる生後1-3日のラット脳の皮質板(cortical plate)の[Cl<sup>-</sup>]inは約30 mMであるが、NKCC1が検出感度以下になる生後11-20日の大脳皮質II/III層の神経細胞の[Cl<sup>-</sup>]inは約9 mMであった<ref name=Yamada2004><pubmed>15090604</pubmed></ref> 。 |