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===解剖=== | ===解剖=== | ||
大きさは7~8mm、重さ約0.7gで、[[視床下部]]につながり[[脳]]からぶら下がっている(図1)。[[ヒト]]では、主に分泌刺激[[ホルモン]]を分泌する[[下垂体前葉]]([[腺性下垂体]]; adenohypophysis)と、[[オキシトシン]]や[[バソプレッシン]]を分泌する[[神経終末]]を持つ[[下垂体後葉]]([[神経性下垂体]]; neurohypophysis)の2つの機能部位から構成されている。中間葉は下等脊椎動物では顕著であるが、ヒトや他の[[哺乳類]] | 大きさは7~8mm、重さ約0.7gで、[[視床下部]]につながり[[脳]]からぶら下がっている('''図1''')。[[ヒト]]では、主に分泌刺激[[ホルモン]]を分泌する[[下垂体前葉]]([[腺性下垂体]]; adenohypophysis)と、[[オキシトシン]]や[[バソプレッシン]]を分泌する[[神経終末]]を持つ[[下垂体後葉]]([[神経性下垂体]]; neurohypophysis)の2つの機能部位から構成されている。中間葉は下等脊椎動物では顕著であるが、ヒトや他の[[哺乳類]]で明瞭な葉を構成しない('''図2''')。 | ||
===下垂体前葉=== | ===下垂体前葉=== | ||
内分泌細胞で構成され、胎生期の[[咽頭膨出]]([[ラトケ囊]];Rathke’s pouch)から発生する。一方、下垂体後葉の大部分は視床下部の[[視索上核]]と[[室傍核]]に[[細胞体]]を有する[[ニューロン]]の[[軸索]]末端からなり、これらの核の延長として発生する。[[下垂体中葉]]がよく発達した生物種においては、中葉は胎生期にラトケ嚢の背側半分から作られるが、成熟すると下垂体後葉と密着する。 | 内分泌細胞で構成され、胎生期の[[咽頭膨出]]([[ラトケ囊]];Rathke’s pouch)から発生する。一方、下垂体後葉の大部分は視床下部の[[視索上核]]と[[室傍核]]に[[細胞体]]を有する[[ニューロン]]の[[軸索]]末端からなり、これらの核の延長として発生する。[[下垂体中葉]]がよく発達した生物種においては、中葉は胎生期にラトケ嚢の背側半分から作られるが、成熟すると下垂体後葉と密着する。 | ||
1950年代に[[w:Geoffrey_Harris_(neuroendocrinologist)|Geoffrey Harris]]によって下垂体前葉は視床下部小細胞生神経内分泌ニューロンによって間接的に制御されていると唱えられた<ref name=Raisman1997><pubmed>9056724</pubmed></ref> 。視床下部正中隆起から下垂体前葉へ血液を運ぶ[[下垂体門脈]] | 1950年代に[[w:Geoffrey_Harris_(neuroendocrinologist)|Geoffrey Harris]]によって下垂体前葉は視床下部小細胞生神経内分泌ニューロンによって間接的に制御されていると唱えられた<ref name=Raisman1997><pubmed>9056724</pubmed></ref> 。視床下部正中隆起から下垂体前葉へ血液を運ぶ[[下垂体門脈]]は、下垂体前葉ホルモン分泌を制御する視床下部ニューロンから分泌されるシグナルを輸送する('''図2''')。[[下垂体漏斗部]]における毛細血管網を一次毛細血管網、前葉におけるものを二次毛細血管網と呼び、両者をつなぐ下垂体門静脈を含め、このような血管系を[[下垂体門脈系]][[hypophyseal portal system]]と呼ぶ。 | ||
====下垂体後葉==== | ====下垂体後葉==== | ||
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下垂体前葉は細胞列が交錯し、その間に洞様毛細血管が発達して存在する。洞様毛細血管の[[内皮]]は他の内分泌器官と同様な[[有窓構造]]をしている。前葉細胞にはホルモンを貯蔵する顆粒が存在し、そのホルモンは[[エキソサイトーシス]]によって細胞外に放出され、毛細血管に取り込まれ、血流にのって標的器官へ運ばれる。 | 下垂体前葉は細胞列が交錯し、その間に洞様毛細血管が発達して存在する。洞様毛細血管の[[内皮]]は他の内分泌器官と同様な[[有窓構造]]をしている。前葉細胞にはホルモンを貯蔵する顆粒が存在し、そのホルモンは[[エキソサイトーシス]]によって細胞外に放出され、毛細血管に取り込まれ、血流にのって標的器官へ運ばれる。 | ||
下垂体前葉は神経系と内分泌系間に介在するインターフェイスとしての機能を有している<ref name=井上1996>< | 下垂体前葉は神経系と内分泌系間に介在するインターフェイスとしての機能を有している<ref name=井上1996>'''井上 金, 小川 智, 坂井 貴 (1996).'''<br>下垂体前葉. 電子顕微鏡. 31:87-93.</ref> 。視床下部の小細胞性神経分泌細胞からのシグナルは下垂体門脈系という複雑な毛細血管網により下垂体前葉に流入する。下垂体前葉から分泌されるホルモン、分泌する細胞のタイプ、分泌細胞中に占める割合、染色性、および分泌顆粒の直径を'''表1'''にまとめて示す。 | ||
細胞によっては複数のホルモンをもつ場合もある。[[卵胞刺激ホルモン]]([[follicle stimulating hormone]]; [[FSH]]), [[黄体形成ホルモン]]([[luteinizing hormone]], [[LH]]), [[甲状腺刺激ホルモン]]([[thyroid stimulating hormone]], [[TSH]])は[[糖タンパク質ホルモン]]である。[[ヘマトキシリン-エオジン染色]]でよく染まる[[色素好性細胞]]chromophilic cellには[[酸好性細胞]]acidophilic | 細胞によっては複数のホルモンをもつ場合もある。[[卵胞刺激ホルモン]] ([[follicle stimulating hormone]]; [[FSH]]), [[黄体形成ホルモン]] ([[luteinizing hormone]], [[LH]]), [[甲状腺刺激ホルモン]] ([[thyroid stimulating hormone]], [[TSH]])は[[糖タンパク質ホルモン]]である。[[ヘマトキシリン-エオジン染色]]でよく染まる[[色素好性細胞]] chromophilic cellには[[酸好性細胞]] (acidophilic cell)と[[塩基好性細胞]] (basophilic cell)がある。前者はさらに[[オレンジ好性細胞]]([[成長ホルモン]] (growth hormone, GH)産生細胞)と[[カルミン好性細胞]]([[プロラクチン]] (prolactin, PRL)産生細胞)がある。後者には[[アルデヒドフクシン]]によく染まるβcell (TSH産生細胞)とアルデヒドフクシンにあまり染まらないδcell (FSH/LH産生細胞)がある。また、ヘマトキシリン-エオジン染色でほとんど染まらない小型の色素嫌性細胞が細胞索の中心部に存在し、一般に未分化の細胞で、色素好性細胞を分裂によって補充する役割をもつものと考えられている(幹細胞)。しかし、特に大型の色素嫌性細胞はACTHの分泌に関わるという説もある。 | ||
一方、下垂体前葉には無顆粒性の[[濾胞星状細胞]] folliculostellate cellsが存在し、分泌細胞の間に突起を伸ばし、濾胞星状細胞間にはよく発達したギャップ結合が認められる<ref name=Allaerts1990><pubmed>2198180</pubmed></ref> <ref name=Soji1989><pubmed>2782632</pubmed></ref> 。濾胞星状細胞は[[S100タンパク質]]や[[グリア線維性酸性タンパク質]] (glial fibrillary acidic protein, GFAP)を有することから、脳の[[アストロサイト]]に似る細胞である。 | |||
下垂体後葉においては、視床下部の視索上核と室傍核から伸びてきた神経軸索の終末が血管に密接している。後葉にはアストロサイトと共通の起源を有する[[pituicyte]]が存在する<ref name=Sano1989><pubmed>2510775</pubmed></ref> 。 | |||
==機能== | ==機能== | ||
===下垂体前葉ホルモン=== | ===下垂体前葉ホルモン=== | ||
下垂体前葉は、視床下部や末梢組織からのシグナルを受け、さまざまなペプチドホルモンを血中に放出することで機能する。一方後葉は細胞体を視床下部にもつ軸索が分布し、同様にペプチドホルモンを血中に放出することで機能する。 | |||
==== | ====成長ホルモン==== | ||
Growth hormone, GH<br> | |||
ヒトでは第17番染色体上に5つの遺伝子(1つの[[偽遺伝子]]を含む)から成る成長ホルモン(hGH)である[[絨毛性ソマトマンモトロピン]](human chorionic somatomammotropin, hCS)遺伝子群が存在する。これらは(1)hGH-N(normal):もっとも普遍的な正常成長ホルモンの遺伝子; (2)hGH-V(variant):変異型成長ホルモン遺伝子; (3) hCS および(4) hCSの偽遺伝子である。(4つしかないようです) | |||
成長ホルモンの成長促進効果やタンパク質代謝に対する作用は成長ホルモンと[[ソマトメジン]]類somatomedineの相互作用による。循環血液中の主な(ヒトでは唯一の)ソマトメジンは[[インスリン様成長因子I]] ([[insulin-like growth factor I]]; [[IGF-I]])と[[インスリン様成長因子II]] ([[IGF-II]])である<ref name=Li2022><pubmed>35432211</pubmed></ref> 。 | |||
成長ホルモンの主な作用としては、骨端の成長、タンパク質合成、脂肪分解、インスリン感受性の低下、Na貯留など、またインスリン様成長因子Iの作用としては骨端の成長、タンパク質合成、抗脂肪分解活性、インスリン様活性などがある。 | |||
====プロラクチン | ====プロラクチン==== | ||
正常成人の血漿プロラクチン濃度は男性で約5ng/ml, 女性で約8ng/ | Prolactin, PL<br> | ||
正常成人の血漿プロラクチン濃度は男性で約5ng/ml, 女性で約8ng/mlであり、その分泌は常時持続的に視床下部により抑制されている。プロラクチンは、予め[[エストロゲン]]と[[プロゲステロン]]を作用させた[[乳腺]]に働いて乳汁分泌を起こし、性腺刺激ホルモンの効果をおそらく[[卵巣]]のレベルで抑制する。また、授乳によりプロラクチン分泌は刺激され、これにより[[性腺刺激ホルモン]]([[gonadotropin releasing hormone]], [[GnRH]])分泌が抑制され、[[排卵]]がおこらず、卵巣の活動が阻害される。正常男性におけるプロラクチンの作用については不明であるが、腫瘍から過剰に分泌されると[[インポテンス]]を起こす。 | |||
====副腎皮質刺激ホルモン | ====副腎皮質刺激ホルモン==== | ||
Adrenocorticotropic hormone, ACTH<br> | |||
ストレス刺激などにより視床下部室傍核から[[コルチコトロピン放出ホルモン]] ([[corticotropin releasing hormone]], [[CRH]])が分泌され、視床下部正中隆起から下垂体門脈に運ばれ、下垂体前葉のACTH細胞からACTHが分泌され、[[副腎皮質]]の[[束状層]]に作用して[[糖質コルチコイド]]([[17-ヒドロキシコルチコイド]];[[コルチゾール]])、[[球状層]]に作用して[[鉱質コルチコイド]]([[アルドステロン]])の産生・分泌を促進する。思春期以降は、[[網状層]]から[[アンドロゲン]] ([[dehydroepiandrosterone sulfate]], [[DHEA-S]])の産生・分泌を促進する。一方、ACTHおよびCRHはコルチゾールのネガティヴフィードバックにより抑制される。したがって、血漿ACTH測定はコルチゾールとともに[[視床下部-下垂体-副腎皮質系]]の機能および病態の診断に不可欠である。 | |||
====甲状腺刺激ホルモン | ====甲状腺刺激ホルモン==== | ||
Thyroid stimulating hormone, TSH<br> | |||
[[甲状腺]]の濾胞細胞に発現している[[甲状腺刺激ホルモン受容体]]に結合し、[[Thyroxin]] ([[T4]])および[[Triiodothyronine]] ([[T3]])を産生・分泌を促進する。 | |||
====性腺刺激ホルモン( | ====性腺刺激ホルモン(卵胞刺激ホルモン; 黄体形成ホルモン)==== | ||
Gonadotropin (follicle stimulating hormone, FSH; luteinizing hormone, LH)<br> | |||
FSHは男性では[[セルトリ細胞]]を刺激して[[精細管]]の[[精子形成上皮]]を維持し、女性では初期の[[卵胞]]発育に関与する。LHは男性では[[ライデイッヒ細胞]]に作用し[[テストステロン]]合成を促進し、女性では卵胞の最終的な成熟と卵胞からのエストロゲン分泌を促す。また、LHは排卵を誘起し、黄体を形成させて[[プロゲステロン]]を分泌させる。ヒトには第3の性腺刺激ホルモンとしてヒト絨毛性ゴナドトロピン(human chorionic gonadotropin, hCG)が存在し、妊娠中の胎盤で産生される。 | |||
===下垂体後葉ホルモン=== | ===下垂体後葉ホルモン=== | ||
下垂体後葉はバソプレッシンとオキシトシンを放出する。 | |||
====バソプレッシン | ====バソプレッシン==== | ||
Vasopressin, VP<br> | |||
バソプレッシンはアミノ酸9つからなるニューロペプチドで、下垂体後葉の軸索末端から直接血液中に分泌され体循環に乗り、腎臓の集合管のバソプレッシン[[V2受容体]]に作用して水透過性を増加して水の再吸収を促進する。そのため尿は濃縮され、尿量は減少することからしばしば[[抗利尿ホルモン]] ([[antidiuretic hormone]], [[ADH]])と呼ばれる。また[[V1a受容体]]はバソプレッシンの血管収縮作用を仲介し、生理的条件下においては複雑に血圧の調節に関与する。さらに、下垂体前葉で発現する[[V1b受容体]]はコルチコトロピン分泌細胞からのACTH分泌を増加させる。 | |||
一方、バソプレッシンはペプチド性神経伝達物質として神経終末から放出されて[[シナプス後細胞]]に作用する分子でもある。V1a受容体やV1b受容体を介してストレス、[[情動]]行動や[[社会的行動]]<ref name=deWinter2003><pubmed>12496950</pubmed></ref><ref name=vanWest2004><pubmed>15094789</pubmed></ref> 、情報処理、[[空間学習]]<ref name=Mishima2003><pubmed>12646291</pubmed></ref> 、[[攻撃行動]]<ref name=Rigney2022><pubmed>35863332</pubmed></ref> などに関与することが報告されている。 | |||
====オキシトシン | ====オキシトシン==== | ||
Oxytocin, OT<br> | |||
オキシトシンはアミノ酸9つからなるニューロペプチドで、バソプレッシンと類似の構造を有し、同様に下垂体後葉の軸索末端から直接血液中に分泌され体循環に乗り、[[乳腺]]に作用して[[射乳]]、子宮[[平滑筋]]を収縮させ陣痛促進作用を示す。 | |||
一方、バソプレッシンと同様に[[神経伝達物質]]としても機能し、子育て行動、特に母子間の絆形成を促進し、[[齧歯類]]の実験ではオキシトシンや[[オキシトシン受容体]]を阻害すると攻撃性が増強し、[[母性行動]]が低下することが報告されている<ref name=Takayanagi2005><pubmed>16249339</pubmed></ref> 。また[[自閉症スペクトラム]]児では血中オキシトシン濃度が低下し<ref name=Green2001><pubmed>11690596</pubmed></ref> 、オキシトシンの点鼻投与により症状が改善することも報告されている。 | |||
==関連項目== | ==関連項目== | ||
* [[視床下部]] | |||
* [[ストレス]] | |||
* [[グルココルチコイド]] | |||
* [[ステロイドホルモン]] | |||
* [[脳弓下器官]] | |||
* [[神経ペプチド]] | |||
==参考文献== | ==参考文献== | ||
<references /> |