「ヒストン脱アセチル化酵素」の版間の差分

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== 疾患との関わり ==
== 疾患との関わり ==
 アルツハイマー病患者死後脳海馬におけるHDAC2発現の増加が観察されており、HDAC2のアルツハイマー病態に対する関与が示唆されている<ref name=Graff2012><pubmed>22388814</pubmed></ref> 。
 [[アルツハイマー病]]患者死後脳海馬におけるHDAC2発現の増加が観察されており、HDAC2のアルツハイマー病態に対する関与が示唆されている<ref name=Graff2012><pubmed>22388814</pubmed></ref> 。


 大うつ病性障害、双極性障害、統合失調症患者における大規模ゲノム関連解析(GWAS)の結果、いずれの疾患においてもヒストン修飾に関わる遺伝子パスウェイとの強い関連が見出されている <ref name=Network2015><pubmed>25599223</pubmed></ref> 。
 [[大うつ病性障害]]、[[双極性障害]]、[[統合失調症]]患者における[[大規模ゲノム関連解析]]([[GWAS]])の結果、いずれの疾患においてもヒストン修飾に関わる遺伝子パスウェイとの強い関連が見出されている <ref name=Network2015><pubmed>25599223</pubmed></ref> 。


 慢性ストレスを負荷したうつモデルマウスやうつ病患者死後脳において、様々なクラスのヒストン脱アセチル化酵素の発現・機能異常が観察されている。慢性的ストレスを曝露したうつ状態のマウスにおいてHDAC2(側坐核)やHDAC4/5(海馬)の有意な発現増加が認められている <ref name=Higuchi2016><pubmed>27383599</pubmed></ref><ref name=Uchida2011><pubmed>21262472</pubmed></ref> 。一方、ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤投与マウスにおいては慢性ストレス負荷後のうつ様行動が消失していた。これらの結果は、ストレス負荷によるHDAC2やHDAC4/5の発現・機能亢進が標的遺伝子群の発現を抑制することでうつ様行動を誘発することを示唆している。
 慢性ストレスを負荷したうつモデルマウスやうつ病患者死後脳において、様々なクラスのヒストン脱アセチル化酵素の発現・機能異常が観察されている。慢性的ストレスを曝露したうつ状態のマウスにおいてHDAC2([[側坐核]])やHDAC4/5([[海馬]])の有意な発現増加が認められている <ref name=Higuchi2016><pubmed>27383599</pubmed></ref><ref name=Uchida2011><pubmed>21262472</pubmed></ref> 。一方、ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤投与マウスにおいては[[慢性ストレス負荷]]後のうつ様行動が消失していた。これらの結果は、ストレス負荷によるHDAC2やHDAC4/5の発現・機能亢進が標的遺伝子群の発現を抑制することでうつ様行動を誘発することを示唆している。


 気分障害とSIRT1遺伝子との関連を示唆するエビデンスも多数報告されている。2010年、日本人の大うつ病性障害患者におけるSIRT1遺伝子の多型解析から、SIRT1遺伝子rs10997875と大うつ病性障害との有意な関連が報告された <ref name=Kishi2010><pubmed>20451257</pubmed></ref> 。また、2011年にはSIRT1遺伝子rs12413112と大うつ病性障害との有意な関連が報告された <ref name=Libert2011><pubmed>22169038</pubmed></ref> 。さらに、2015年、4509人の大うつ病性障害の女性患者に限定した全ゲノムシークエンシング解析の結果、SIRT1遺伝子が同定された <ref name=consortium2015><pubmed>26176920</pubmed></ref> 。遺伝子発現解析においても大うつ病性障害患者におけるSIRT1遺伝子の有意な発現減少が報告されている <ref name=Abe2011><pubmed>21349544</pubmed></ref><ref name=Liu2019><pubmed>31819045</pubmed></ref> 。非臨床研究においてもうつモデルマウス海馬におけるSIRT1発現の有意な低下とSIRT1活性化剤投与による抗うつ様作用が報告されている <ref name=Abe-Higuchi2016><pubmed>27016384</pubmed></ref> 。
 [[気分障害]]とSIRT1遺伝子との関連を示唆するエビデンスも多数報告されている。2010年、日本人の大うつ病性障害患者におけるSIRT1遺伝子の多型解析から、SIRT1遺伝子rs10997875と大うつ病性障害との有意な関連が報告された <ref name=Kishi2010><pubmed>20451257</pubmed></ref> 。また、2011年にはSIRT1遺伝子rs12413112と大うつ病性障害との有意な関連が報告された <ref name=Libert2011><pubmed>22169038</pubmed></ref> 。さらに、2015年、4509人の大うつ病性障害の女性患者に限定した[[全ゲノムシークエンシング解析]]の結果、SIRT1遺伝子が同定された <ref name=consortium2015><pubmed>26176920</pubmed></ref> 。遺伝子発現解析においても大うつ病性障害患者におけるSIRT1遺伝子の有意な発現減少が報告されている <ref name=Abe2011><pubmed>21349544</pubmed></ref><ref name=Liu2019><pubmed>31819045</pubmed></ref> 。非臨床研究においてもうつモデルマウス海馬におけるSIRT1発現の有意な低下とSIRT1活性化剤投与による抗うつ様作用が報告されている <ref name=Abe-Higuchi2016><pubmed>27016384</pubmed></ref> 。


 コカインの乱用によりひき起こされる異常行動は、薬物のエピジェネティックな作用が原因となっていることが示唆されている。HDAC5はコカインにより誘発されたcAMPシグナル伝達系により核へと移行し,コカインにより誘発される報酬行動に関わることから、依存との関連が示唆されている<ref name=Taniguchi2012><pubmed>22243750</pubmed></ref> 。
 [[コカイン]]の乱用によりひき起こされる異常行動は、薬物のエピジェネティックな作用が原因となっていることが示唆されている。HDAC5はコカインにより誘発された[[cAMP]]シグナル伝達系により核へと移行し,コカインにより誘発される報酬行動に関わることから、依存との関連が示唆されている<ref name=Taniguchi2012><pubmed>22243750</pubmed></ref> 。


 自閉症とヒストン脱アセチル化酵素との関連も示唆されている。特発性自閉症の原因として、胎児期の造血系細胞のHDAC1異常に起因する脳や腸に見られる免疫異常が指摘されている <ref name=Lin2022><pubmed>35491410</pubmed></ref> 。また、自閉症モデルマウスへのヒストン脱アセチル化酵素阻害剤投与は社会性低下を回復させる <ref name=Qin2018><pubmed>29531362</pubmed></ref> 。
 [[自閉症]]とヒストン脱アセチル化酵素との関連も示唆されている。特発性自閉症の原因として、胎児期の造血系細胞のHDAC1異常に起因する脳や[[腸]]に見られる免疫異常が指摘されている <ref name=Lin2022><pubmed>35491410</pubmed></ref> 。また、自閉症モデルマウスへのヒストン脱アセチル化酵素阻害剤投与は社会性低下を回復させる <ref name=Qin2018><pubmed>29531362</pubmed></ref> 。


 精神疾患病態に加えて、向精神薬の作用/副作用機序との関連も示唆されている。抗うつ薬による抗うつ効果にはHDAC5阻害活性が必須であること <ref name=Tsankova2006><pubmed>16501568</pubmed></ref> 、抗精神病薬による認知機能低下といった副作用にはHDAC2機能亢進が関わっていることが報告されている <ref name=Ibi2017><pubmed>28783139</pubmed></ref> 。
 精神疾患病態に加えて、[[向精神薬]]の作用/副作用機序との関連も示唆されている。[[抗うつ薬]]による抗うつ効果にはHDAC5阻害活性が必須であること <ref name=Tsankova2006><pubmed>16501568</pubmed></ref> 、抗精神病薬による認知機能低下といった副作用にはHDAC2機能亢進が関わっていることが報告されている <ref name=Ibi2017><pubmed>28783139</pubmed></ref> 。


== ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤 ==
== ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤 ==
 ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤はがん、感染症、炎症性疾患に対する治療薬としての開発が進められている('''表2''')が、上述の通り最近では、うつ病、自閉症、アルツハイマー病などの神経精神疾患に対する治療薬としての可能性も期待されている。そのため、脳移行性が高くアイソフォーム選択的なヒストン脱アセチル化酵素阻害剤が必要とされている。
 ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤はがん、[[感染症]]、[[炎症]]性疾患に対する治療薬としての開発が進められている('''表2''')が、上述の通り最近では、うつ病、自閉症、アルツハイマー病などの神経精神疾患に対する治療薬としての可能性も期待されている。そのため、脳移行性が高くアイソフォーム選択的なヒストン脱アセチル化酵素阻害剤が必要とされている。


 古典的なヒストン脱アセチル化酵素阻害剤はクラスI、II、IVに作用し、ヒストン脱アセチル化酵素の亜鉛含有触媒部位に結合する。クラスIIIのヒストン脱アセチル化酵素であるサーチュインはNAD+に依存しており、ニコチンアミドとその誘導体によって阻害される。
 古典的なヒストン脱アセチル化酵素阻害剤はクラスI、II、IVに作用し、ヒストン脱アセチル化酵素の亜鉛含有触媒部位に結合する。クラスIIIのヒストン脱アセチル化酵素であるサーチュインはNAD+に依存しており、ニコチンアミドとその誘導体によって阻害される。
{| class="wikitable"
{| class="wikitable"
|+表2. 代表的なヒストン脱アセチル化酵素阻害剤
|+表2. 代表的なヒストン脱アセチル化酵素阻害剤
! 名称 !! タイプ !! 選択性 !! ポテンシー
! 名称 !! タイプ !! 選択性 !! ポテンシー
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| バルプロ酸 (VPA) || 脂肪族化合物 || クラスI, IIa || mM
| [[バルプロ酸]] (VPA) || 脂肪族化合物 || クラスI, IIa || mM
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| 酪酸ナトリウム(NaB) || 脂肪族化合物 || クラスI, IIa || mM
|[[ 酪酸ナトリウム]](NaB) || 脂肪族化合物 || クラスI, IIa || mM
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| トリコスタチンA (TSA) || ヒドロキサム酸系 || Pan || nM
| [[トリコスタチンA]] (TSA) || ヒドロキサム酸系 || Pan || nM
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| スベロイルアニリドヒドロキサム酸 (SAHA, ボリノスタット) || ヒドロキサム酸系 || Pan || μM
| [[スベロイルアニリドヒドロキサム酸]] (SAHA, [[ボリノスタット]]) || ヒドロキサム酸系 || Pan || μM
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| APHA 8 || ヒドロキサム酸系 || クラスI || μM
| [[APHA8]] || ヒドロキサム酸系 || クラスI || μM
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| MC1568 || ヒドロキサム酸系 || クラスII || nM
| [[MC1568]] || ヒドロキサム酸系 || クラスII || nM
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| 1-ナフトルヒドロキサム酸 || ヒドロキサム酸系 || HDAC8 || μM
| [[1-ナフトルヒドロキサム酸]] || ヒドロキサム酸系 || HDAC8 || μM
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| エンチノスタット (MS-275) || ベンズアミド系 || クラスI || μM
| [[エンチノスタット]] ([[MS-275]]) || ベンズアミド系 || クラスI || μM
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| ツバスタチンA (TBSA) || ベンズアミド系 || HDAC6 || nM
| [[ツバスタチンA]] (TBSA) || ベンズアミド系 || HDAC6 || nM
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| RGFP966 || ベンズアミド系 || HDAC3 || nM
| [[RGFP966]]|| ベンズアミド系 || HDAC3 || nM
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|-
| シルチノ-ル || - || SIRT1, SIRT2 || μM
| [[シルチノール]] || - || SIRT1, SIRT2 || μM
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|-
| Ex-527 || - || SIRT1 || nM
| [[Ex-527]] || - || SIRT1 || nM
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| AGK2 || - || SIRT2 || μM
| [[AGK2]] || - || SIRT2 || μM
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