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==定義== | ==定義== | ||
認知的構えとは広くは外界からの刺激に対して選択的な[[知覚]]情報処理を行い、これを特定のやり方で解釈し、目的を達成する為運動に変換する、一連の情報処理のマッピングのルールの事を指す<ref name=Miller2001><pubmed>11283309</pubmed></ref>[1]。また認知的構えは、知覚、[[注意]]、[[短期的記憶]]、[[長期的記憶]]、[[運動]]などの要素を含む。 | |||
この特定の課題・タスクを遂行するための準備状態は、過去の経験<ref name=Monsell2003><pubmed>12639695</pubmed></ref>[2]や、これを保持する者の外界やゴールに関する信念や期待に影響される<ref name=Braver2012><pubmed>22245618</pubmed></ref><ref name=Botvinick2015><pubmed>25251491</pubmed></ref>[3], [4]。また課題やゴールを達成するための情報処理の複雑さ、新奇性、難しさにも影響される<ref name=Shenhav2017><pubmed>28375769</pubmed></ref>[5]。さらに課題の遂行に関する習熟度や、特定の課題をどれだけ集中して行うかというコミットメントの度合いにも認知的構えは影響される<ref name=Risko2016><pubmed>27542527</pubmed></ref><ref name=Badre2022>D. Badre, On Task: How Our Brain Gets Things Done. Princeton University Press, 2022. </ref>[6], [7] | この特定の課題・タスクを遂行するための準備状態は、過去の経験<ref name=Monsell2003><pubmed>12639695</pubmed></ref>[2]や、これを保持する者の外界やゴールに関する信念や期待に影響される<ref name=Braver2012><pubmed>22245618</pubmed></ref><ref name=Botvinick2015><pubmed>25251491</pubmed></ref>[3], [4]。また課題やゴールを達成するための情報処理の複雑さ、新奇性、難しさにも影響される<ref name=Shenhav2017><pubmed>28375769</pubmed></ref>[5]。さらに課題の遂行に関する習熟度や、特定の課題をどれだけ集中して行うかというコミットメントの度合いにも認知的構えは影響される<ref name=Risko2016><pubmed>27542527</pubmed></ref><ref name=Badre2022>D. Badre, On Task: How Our Brain Gets Things Done. Princeton University Press, 2022. </ref>[6], [7]。長い間繰り返された課題やタスクについては自動化・[[習慣的行動|習慣]]化が進み効率的な遂行が可能になる反面、タスクの切り替えなどの柔軟性の面で支障が生じる事も多い<ref name=Monsell2003 />[2]。 | ||
基本的には特定のゴールを達成するための[[実行機能|実行の機能]]として認知的構えが扱われることが多いが、ゴールの達成が階層的になっている様に認知的構えも階層的な面を持ちうる<ref name=Badre2008><pubmed>18403252</pubmed></ref><ref name=Koechlin2003><pubmed>14615530</pubmed></ref>[8], [9]。例えば一番低次のレベルでは特定の[[感覚]]刺激と運動を結びつける様な認知的構えもあれば、この結び付けのルールを環境の文脈に応じて決めるレベルもあり、さらにはこのルールをより抽象的に扱うようなレベルもある<ref name=Koechlin2003 /><ref name=Badre2018><pubmed>29229206</pubmed></ref>[9], [10]。 | |||
ゴールを達成するための実行機能である側面から、[[報酬]]などのゴールそのものに影響を受ける面もある<ref name=Kouneiher2009><pubmed>19503087</pubmed></ref>[11]。モチベーションや報酬との関連性においてこの実行機能の効率性やその速度や柔軟性などが影響を受けることも有る<ref name=Shenhav2017 /><ref name=Shenhav2013><pubmed>23889930</pubmed></ref><ref name=Shenhav2016><pubmed>27669989</pubmed></ref>[5], [12], [13]。 | |||
より近年の研究ではこの認知的構えの切り替えやその構築の過程が、精神的な努力や疲労などとの関連で議論されることが多くなっている<ref name=Botvinick2015 /><ref name=Shenhav2017 /><ref name=Shenhav2013 />[4], [5], [12]。より正確には経済学的な意思決定の枠組みでの負の報酬価値をこうした精神的な努力が持っていることが注目されてきている<ref name=Shenhav2013 /><ref name=Inzlicht2018><pubmed>29477776</pubmed></ref>[12], [14]。しかし正確にどの様な要素が精神的な努力やその疲労に繋がるのかについては分かっていない事も多く、心理学や神経科学での活発な研究の対象になっている<ref name=Kurzban2013><pubmed>24304775</pubmed></ref><ref name=Kool2013><pubmed>24304795</pubmed></ref><ref name=Mattar2015><pubmed>26629847</pubmed></ref><ref name=Gu2015><pubmed>26423222</pubmed></ref>[15]–[18]。 | より近年の研究ではこの認知的構えの切り替えやその構築の過程が、精神的な努力や疲労などとの関連で議論されることが多くなっている<ref name=Botvinick2015 /><ref name=Shenhav2017 /><ref name=Shenhav2013 />[4], [5], [12]。より正確には経済学的な意思決定の枠組みでの負の報酬価値をこうした精神的な努力が持っていることが注目されてきている<ref name=Shenhav2013 /><ref name=Inzlicht2018><pubmed>29477776</pubmed></ref>[12], [14]。しかし正確にどの様な要素が精神的な努力やその疲労に繋がるのかについては分かっていない事も多く、心理学や神経科学での活発な研究の対象になっている<ref name=Kurzban2013><pubmed>24304775</pubmed></ref><ref name=Kool2013><pubmed>24304795</pubmed></ref><ref name=Mattar2015><pubmed>26629847</pubmed></ref><ref name=Gu2015><pubmed>26423222</pubmed></ref>[15]–[18]。 | ||
==多様な認知的構え== | ==多様な認知的構え== | ||
認知的構えには大きく分けて知覚・注意に関するもの、短期的な[[記憶]]に関するもの、長期的な記憶に関するもの、運動に関するものがあり得る。これらの分類は完全に切り分けが可能なものではないが、認知的構えがそれぞれの認知的機能に及ぼす影響について理解してその全体像を知る上で重要であるためこの様な分類を用いる。 | |||
===知覚・注意=== | ===知覚・注意=== | ||
認知的構えは我々が外界の状況を知覚し解釈するプロセスにも影響を与える<ref name=Stokes2013>D. Stokes, ‘Cognitive Penetrability of Perception’, Philos. Compass, vol. 8, no. 7, pp. 646–663, 2013, doi: 10.1111/phc3.12043. </ref><ref name=Desimone1995><pubmed>7605061</pubmed></ref>[19], [20](ただし認知的侵入不可能性Cognitive impenetrabilityなどの様に影響を与えないという別の意見もある<ref name=Firestone2016><pubmed>26189677</pubmed></ref><ref name=Pylyshyn1999><pubmed>11301517</pubmed></ref>[21], [22] | 認知的構えは我々が外界の状況を知覚し解釈するプロセスにも影響を与える<ref name=Stokes2013>D. Stokes, ‘Cognitive Penetrability of Perception’, Philos. Compass, vol. 8, no. 7, pp. 646–663, 2013, doi: 10.1111/phc3.12043. </ref><ref name=Desimone1995><pubmed>7605061</pubmed></ref>[19], [20](ただし認知的侵入不可能性Cognitive impenetrabilityなどの様に影響を与えないという別の意見もある<ref name=Firestone2016><pubmed>26189677</pubmed></ref><ref name=Pylyshyn1999><pubmed>11301517</pubmed></ref>[21], [22])。 | ||
例えばある特定の[[視覚]]空間の部分に[[注意]]を向けて、その部分から起こる視覚刺激の情報処理の速度や効率を上げることができる<ref name=Desimone1995 /><ref name=Moore2003><pubmed>12540901</pubmed></ref><ref name=Posner1990><pubmed>2183676</pubmed></ref>[20], [23], [24]。または複数の視覚の物体がある時には、ある特定の物体に注意を向け、その他の物体を無視することも出来る<ref name=Duncan1984><pubmed>6240521</pubmed></ref>[25]。または同じ視覚の物体の中でも異なった特徴に注意を払うことが出来る<ref name=Maunsell2006><pubmed>16697058</pubmed></ref>[26]。この様な認知的な構えの仕組みはゴール達成に必要のない余計な情報の処理をせずに済むというような有用な効果を持つが、[[非注意性盲目]](inattentional blindness)などと呼ばれるような知覚・注意の機能の欠陥をもたらす事もある<ref name=Simons1999><pubmed>10694957</pubmed></ref><ref name=Mack2003>A. Mack, ‘Inattentional blindness: Looking without seeing’, Curr. Dir. Psychol. Sci., vol. 12, no. 5, pp. 180–184, 2003. </ref>[27], [28]。 | |||
===短期的な記憶=== | ===短期的な記憶=== | ||
認知的構えそのものが短期的な記憶によって保持され、注意などの他の認知的な処理に影響を与えると言われている<ref name=Miller2001 /><ref name=Desimone1995 /> | 認知的構えそのものが短期的な記憶によって保持され、注意などの他の認知的な処理に影響を与えると言われている<ref name=Miller2001 /><ref name=Desimone1995 /> | ||
[1], [20]。また短期的な記憶の中にどの情報を保持するかも、認知的構えの機能とも言われている<ref name=Sakai2002><pubmed>11953754</pubmed></ref>[29] | [1], [20]。また短期的な記憶の中にどの情報を保持するかも、認知的構えの機能とも言われている<ref name=Sakai2002><pubmed>11953754</pubmed></ref>[29]。この情報の選択性は[[ディストラクター抵抗]](distracter resistance)と呼ばれるゴール達成に必要な情報だけを保持する機能と関係している<ref name=Suzuki2013><pubmed>23242309</pubmed></ref>[30]。またこの様な機能は[[前頭葉]]特有の機能であるとも言われている<ref name=Passingham2004><pubmed>15082320</pubmed></ref>[31]。 | ||
===長期的な記憶=== | ===長期的な記憶=== | ||
認知的構えは長期的記憶の仕組みである[[符号化]](encoding)、[[貯蔵]](storage)、[[想起]](retrieval)の3つの機能のそれぞれで選択的な情報の処理に関わる可能性が有る<ref name=Neisser2014>U. Neisser, Cognitive psychology: Classic edition. Psychology press, 2014. </ref><ref name=Badre2007><pubmed>17675110</pubmed></ref>[32], [33]。つまりゴールの達成に必要な情報だけを長期記憶に取り入れ、必要な情報だけを継続的に保持し、必要な情報だけをその時々で長期的な記憶から読み出す様な情報処理で有る<ref name=Mather2005><pubmed>16420131</pubmed></ref>[34]。 | |||
<ref name=Badre2007><pubmed>17675110</pubmed></ref>[32], [33] | |||
===運動=== | ===運動=== | ||
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====学習・習熟度==== | ====学習・習熟度==== | ||
同じ課題に関して経験を積めば積むほどその課題の遂行の効率が上がっていく<ref name=Cohen1990><pubmed>2200075</pubmed></ref> | 同じ課題に関して経験を積めば積むほどその課題の遂行の効率が上がっていく<ref name=Cohen1990><pubmed>2200075</pubmed></ref><ref name=Hikosaka2002><pubmed>12015240</pubmed></ref>[39], [40]。これは必要な情報だけにより集中する様になり、余計な情報を無視することに長けて来るからであったり、その情報処理に関連した神経回路の経路が強化されるからと考えられる<ref name=Cohen1990 /><ref name=Nissen1987>M. J. Nissen and P. Bullemer, ‘Attentional requirements of learning: Evidence from performance measures’, Cognit. Psychol., vol. 19, no. 1, pp. 1–32, 1987. </ref><ref name=Willingham1998><pubmed>9697430</pubmed></ref> | ||
<ref name=Hikosaka2002><pubmed>12015240</pubmed></ref>[39], [40]。これは必要な情報だけにより集中する様になり、余計な情報を無視することに長けて来るからであったり、その情報処理に関連した神経回路の経路が強化されるからと考えられる<ref name=Cohen1990 /><ref name=Nissen1987>M. J. Nissen and P. Bullemer, ‘Attentional requirements of learning: Evidence from performance measures’, Cognit. Psychol., vol. 19, no. 1, pp. 1–32, 1987. </ref><ref name=Willingham1998><pubmed>9697430</pubmed></ref> | [39], [41], [42]。また[[チャンキング]](chunking)など連続した情報をまとまった単位で情報として処理する様になるなど、情報処理の構造化が進むことによる効率の上昇の側面もある<ref name=Sakai2003a><pubmed>12879170</pubmed></ref><ref name=Servan-Schreibe1990>E. Servan-Schreiber and J. R. Anderson, ‘Learning artificial grammars with competitive chunking.’, J. Exp. Psychol. Learn. Mem. Cogn., vol. 16, no. 4, p. 592, 1990. </ref><ref name=Sakai2004><pubmed>15556024</pubmed></ref>[43]–[45]。 | ||
[39], [41], [42] | |||
====直近の経験の効果==== | ====直近の経験の効果==== | ||
直近の経験は認知的構えに強い影響を与える。これは例えば同じ課題を連続して行えば行うほど、同じ情報処理のやり方に慣れていき[[反応時間]]に見られるようにその速度が上がっていくということが起こる<ref name=Nissen1987 /><ref name=Willingham1998 />[41], [42]。しかし[[タスクスウィッチ]]などと呼ばれる状況の様に複数の違う課題を切り替えて行う様な状況では、直近の経験で違う課題を経験したことがマイナスに働き、次の課題の遂行の妨げになることも有る<ref name=Monsell2003 />[2]。 | |||
====コミットメント==== | ====コミットメント==== | ||
62行目: | 62行目: | ||
==課題の特徴== | ==課題の特徴== | ||
課題を遂行する[[ヒト]]や[[動物]]の状態だけでなく、課題そのものの特徴も認知的構えに影響を与える。 | |||
===複雑さ=== | ===複雑さ=== | ||
72行目: | 72行目: | ||
===難しさ=== | ===難しさ=== | ||
課題の難易度が上がる時には、適切な認知的構えを用意する為により多くの注意や認知的なリソースが必要になる場合がある。この様な状況ではより多くの[[メンタルエフォート]](mental effort)を課題の遂行に関する監視に割くことが必要となり、課題の遂行に関する間違いも増えてくる<ref name=Shenhav2017 /><ref name=Inzlicht2018 /> | |||
<ref name=Kool2013 />[5], [14], [16]。逆に課題が簡単な場合には特別な注意も必要でなく、正確に速い速度での課題の遂行が可能になる。 | <ref name=Kool2013 />[5], [14], [16]。逆に課題が簡単な場合には特別な注意も必要でなく、正確に速い速度での課題の遂行が可能になる。 | ||
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===低次階層=== | ===低次階層=== | ||
最も低次な認知的構えには基本的な知覚、注意、運動のプロセスが含まれる<ref name=Hikosaka2002 /> | 最も低次な認知的構えには基本的な知覚、注意、運動のプロセスが含まれる<ref name=Hikosaka2002 />。これらには既に自動化・習慣化が進み少ないメンタルエフォートで遂行が可能な課題に関する認知的構えが該当する。 | ||
===高次階層=== | ===高次階層=== | ||
より高次の認知的構えには複数のステップを要する行動の計画<ref name=Tanji2001 />[35]、問題を把握し解決する様な情報処理<ref name=Newell1972>A. Newell and H. A. Simon, Human problem solving, vol. 104. Prentice-hall Englewood Cliffs, NJ, 1972. </ref>[50] | より高次の認知的構えには複数のステップを要する行動の計画<ref name=Tanji2001 />[35]、問題を把握し解決する様な情報処理<ref name=Newell1972>A. Newell and H. A. Simon, Human problem solving, vol. 104. Prentice-hall Englewood Cliffs, NJ, 1972. </ref>[50]、価値の判断を伴うような[[意思決定]]などに関わるものが挙げられる<ref name=Shenhav2017 /><ref name=Shenhav2013 />[5], [12]。この様な認知的構えには、抽象的な思考や複数の情報を組み合わせる能力が求められる。 | ||
===タスクのルール=== | ===タスクのルール=== | ||
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====抽象的なルール==== | ====抽象的なルール==== | ||
より抽象的なルールは「意思決定をする際には最も重要な情報に着目せよ」といったような指示によって表される<ref name=Wilson2014><pubmed>25347535</pubmed></ref>[53] | より抽象的なルールは「意思決定をする際には最も重要な情報に着目せよ」といったような指示によって表される<ref name=Wilson2014><pubmed>25347535</pubmed></ref>[53]。もしくは低次の知覚の特徴によらないようなルール、視覚の物体の認識や分類などやその組み合わせについてのルールなどが含まれる<ref name=Sakai2008 /><ref name=Wallis2001><pubmed>11418860</pubmed></ref><ref name=Wallis2003><pubmed>12736235</pubmed></ref>[51], [54], [55]。 | ||
===文脈的な制御=== | ===文脈的な制御=== | ||
文脈的な情報による制御は最も高次な認知的構えの一つと考えられている<ref name=Koechlin2003 /><ref name=Badre2018 /><ref name=Kouneiher2009 />[9]–[11]。これらの文脈は一つ一つの知覚の刺激やアクションにはよらず、長期的な記憶も含むような大きな行動の文脈を基にして、ルールなどの適用を左右する要素として捉えられる<ref name=Koechlin2003 />[9]。 | 文脈的な情報による制御は最も高次な認知的構えの一つと考えられている<ref name=Koechlin2003 /><ref name=Badre2018 /><ref name=Kouneiher2009 />[9]–[11]。これらの文脈は一つ一つの知覚の刺激やアクションにはよらず、長期的な記憶も含むような大きな行動の文脈を基にして、ルールなどの適用を左右する要素として捉えられる<ref name=Koechlin2003 />[9]。 | ||
==報酬・モチベーションと認知的な構え== | ==報酬・モチベーションと認知的な構え== | ||
より近年になり認知的構えと[[モチベーション]]などの価値に関わる要素の関連性が注目を集めるようになっている<ref name=Botvinick2015 />[4]。本来ゴールを達成するために認知的構えが存在するため、このゴールに関連する報酬の価値が認知的構えに影響を与えるのは自然とも言える。またこのゴールを達成するための認知的構えに関連する努力などの要素も、この様な価値に関する情報処理と関連している<ref name=Shenhav2017 /><ref name=Nagase2018><pubmed>29431647</pubmed></ref>[5], [56]。 | |||
==報酬== | ==報酬== | ||
104行目: | 103行目: | ||
==モチベーション== | ==モチベーション== | ||
この様なゴールの報酬による課題の成績の向上は、認知的構えを用いた課題の遂行のためのモチベーションを上げているからと解釈される。また課題の遂行、特に難しい課題の遂行や課題の切り替えを伴う情報処理が本質的にコストを伴うものであり、モチベーションを損なう効果を持つことも提案されている<ref name=Shenhav2017 /><ref name=Kool2013 /><ref name=Kool2018a><pubmed>30988433</pubmed></ref><ref name=Kool2018b>W. Kool and M. Botvinick, A labor/leisure tradeoff in cognitive control., 2014.</ref> | |||
<ref name=Kool2010><pubmed>20853993</pubmed></ref>[5], [16], [58]–[60]。 | <ref name=Kool2010><pubmed>20853993</pubmed></ref>[5], [16], [58]–[60]。 | ||
=== | ===[[メンタルエフォート]](精神的な努力)=== | ||
認知的構えを用いた課題の実行やその切り替えや準備などが努力を伴うものであることは、それを避けようとする様な行動からも確認されている<ref name=Shenhav2017 /><ref name=Nagase2018 /><ref name=Kool2010 />[5], [56], [60]。 | 認知的構えを用いた課題の実行やその切り替えや準備などが努力を伴うものであることは、それを避けようとする様な行動からも確認されている<ref name=Shenhav2017 /><ref name=Nagase2018 /><ref name=Kool2010 />[5], [56], [60]。 | ||
====セルフコントロール==== | ====セルフコントロール==== | ||
より長期的なゴールを達成する為に短期的な報酬への反応を抑えるような情報処理を[[セルフコントロール]]と呼んでいる。この様な情報処理にメンタルエフォートが関与する事が示唆されている<ref name=Muraven2000><pubmed>10748642</pubmed></ref>[61]。 | |||
====意思決定とメンタルエフォート==== | ====意思決定とメンタルエフォート==== | ||
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==神経基盤== | ==神経基盤== | ||
認知的構えの神経メカニズムの説明は脳を構成する要素の規模のレベルで分かれてくる。例えば脳領域レベルでの機能の説明もあれば神経細胞レベルでの情報の表現のレベルもある<ref name=Sakai2008 />[51]。基本的には前頭葉外側を中心としたネットワークが認知的構えの機能を担う神経基盤と考えられている<ref name=Miller2001 /><ref name=Wallis2001><pubmed>11418860</pubmed></ref><ref name=Wallis2003><pubmed>12736235</pubmed></ref><ref name=Sakai2003b><pubmed>12469132</pubmed></ref>[1], [54], [55], [64]。しかしここまで述べてきた認知的構えの行動のメカニズムの研究と同じように、認知的構えのモチベーションや報酬価値との結びつきの研究から前頭葉内側面での研究も盛んになっている<ref name=Botvinick2015><pubmed>25251491</pubmed></ref><ref name=Kouneiher2009><pubmed>19503087</pubmed></ref>[4], [11] | 認知的構えの神経メカニズムの説明は脳を構成する要素の規模のレベルで分かれてくる。例えば脳領域レベルでの機能の説明もあれば神経細胞レベルでの情報の表現のレベルもある<ref name=Sakai2008 />[51]。基本的には前頭葉外側を中心としたネットワークが認知的構えの機能を担う神経基盤と考えられている<ref name=Miller2001 /><ref name=Wallis2001><pubmed>11418860</pubmed></ref><ref name=Wallis2003><pubmed>12736235</pubmed></ref><ref name=Sakai2003b><pubmed>12469132</pubmed></ref>[1], [54], [55], [64]。しかしここまで述べてきた認知的構えの行動のメカニズムの研究と同じように、認知的構えのモチベーションや報酬価値との結びつきの研究から前頭葉内側面での研究も盛んになっている<ref name=Botvinick2015><pubmed>25251491</pubmed></ref><ref name=Kouneiher2009><pubmed>19503087</pubmed></ref>[4], [11]。また近年提唱されている[[混合選択性]](mixed selectivity)との関係も深い為、認知的構えの神経メカニズムの一例としてここに記述する<ref name=Rigotti2013><pubmed>23685452</pubmed></ref><ref name=Fusi2016><pubmed>26851755</pubmed></ref><ref name=Mante2013><pubmed>24201281</pubmed></ref><ref name=Yang2019><pubmed>30643294</pubmed></ref>[65]–[68]。 | ||
===脳領域レベル=== | ===脳領域レベル=== | ||
131行目: | 130行目: | ||
====運動前野==== | ====運動前野==== | ||
[[運動前野]]は認知的構えに関する運動が出力される際にその運動の計画に関わり、[[一次運動野]]への投射などを通じて最終的な適切な課題の実行に繋げる役割を担う<ref name=Tanji2001><pubmed>11520914</pubmed></ref><ref name=Tanji2008><pubmed>18195082</pubmed></ref><ref name=Passingham1995 />[35], [37], [52]。 | |||
====背外側前頭前野==== | ====背外側前頭前野==== | ||
[[背外側前頭前野]]([[dorsolateral prefrontal cortex]], DLPFC)は[[作業記憶]]・短期記憶の貯蔵などに関わり<ref name=Funahashi1989><pubmed>2918358</pubmed></ref><ref name=Goldman-Rakic1995><pubmed>7695894</pubmed></ref><ref name=Goldman-Rakic1988><pubmed>3284439</pubmed></ref>[73]–[75]、この一時的に保持された情報を通じて認知的構えの機能に関わる<ref name=Miller2001 /><ref name=Desimone1995><pubmed>7605061</pubmed></ref>[1], [20]。例えば短期記憶に保持されている認知的構えに関する情報から適切な対象に注意を向けるための[[トップダウン信号]]を発生させ、ゴールの達成に必要な情報の重点的な処理を行う<ref name=Desimone1995><pubmed>7605061</pubmed></ref><ref name=Curtis2010><pubmed>20381406</pubmed></ref>[20], [76]。また前頭葉の短期記憶はゴールの達成に必要な情報のみを選択的に保持する機能(Distracter Resistance)にも関わる<ref name=Sakai2002><pubmed>11953754</pubmed></ref><ref name=Suzuki2013><pubmed>23242309</pubmed></ref>[29], [30]。また運動前野の上位の運動領域として、抽象的なレベルで運動の順序の情報を生成・保持し、運動前野などの下位の運動領域での運動の計画に影響を与える<ref name=Tanji2008><pubmed>18195082</pubmed></ref><ref name=Shima2007><pubmed>17183266</pubmed></ref>[37], [77]。また情報を保持するのみならず保持した情報の操作にも関わる<ref name=Sakai2003b><pubmed>12469132</pubmed></ref><ref name=D'Esposito1999><pubmed>10536086</pubmed></ref>[64], [78]。 | |||
====腹外側前頭前野==== | ====腹外側前頭前野==== | ||
[[腹外側前頭前野]]はより背側の背外側前頭前野の領域と比べより密な感覚信号の入力を受けて、より感覚情報に近いレベルでの認知的構えに関する情報処理を行う<ref name=Tanji2008><pubmed>18195082</pubmed></ref><ref name=Passingham2013><pubmed>23123632</pubmed></ref> | |||
[37], [72]。例えば認知的構えの課題に特徴的な手がかり刺激などの視覚物体の情報の処理などに関わる<ref name=Yamagata2012><pubmed>22973018</pubmed></ref> | [37], [72]。例えば認知的構えの課題に特徴的な手がかり刺激などの視覚物体の情報の処理などに関わる<ref name=Yamagata2012><pubmed>22973018</pubmed></ref> | ||
[79] | [79]。また[[ボトムアップ]]での認知的構えの情報処理の制御に関わり、感覚情報に基づく注意の切り替えや、予想外の感覚刺激に基づく速い認知的情報や運動情報の抑制などにも関わる<ref name=Corbetta2002><pubmed>11994752</pubmed></ref><ref name=Aron2004><pubmed>15050513</pubmed></ref><ref name=Aron2014><pubmed>24440116</pubmed></ref>[80]–[82]。 | ||
====前頭極皮質==== | ====前頭極皮質==== | ||
[[外側前頭葉]]の一番前に位置しており、認知的構えの情報処理の階層においても最も上位の情報処理を担当すると考えられている<ref name=Koechlin2003><pubmed>14615530</pubmed></ref>[9]。この領域は[[マカクサル]]などと比べてヒトにしかない神経線維結合を持つ脳領域である可能性もある<ref name=Neubert2014><pubmed>24485097</pubmed></ref> | |||
[83]。記憶や環境の文脈を基にした認知的構えの制御や、複数の認知的構えに関する情報を保持しその切り替えに関わる事もある<ref name=Koechlin2007><pubmed>17962551</pubmed></ref><ref name=Koechlin1999><pubmed>10335843</pubmed></ref> | [83]。記憶や環境の文脈を基にした認知的構えの制御や、複数の認知的構えに関する情報を保持しその切り替えに関わる事もある<ref name=Koechlin2007><pubmed>17962551</pubmed></ref><ref name=Koechlin1999><pubmed>10335843</pubmed></ref> | ||
[84], [85]。神経生理的な知見では非常に選択的な認知的構えや行動の選択の後の結果の情報の表象にも関わることが知られている<ref name=Tsujimoto2010><pubmed>19966838</pubmed></ref><ref name=Tsujimoto2011><pubmed>21388858</pubmed></ref>[86], [87]。 | [84], [85]。神経生理的な知見では非常に選択的な認知的構えや行動の選択の後の結果の情報の表象にも関わることが知られている<ref name=Tsujimoto2010><pubmed>19966838</pubmed></ref><ref name=Tsujimoto2011><pubmed>21388858</pubmed></ref>[86], [87]。 | ||
===内側前頭前野=== | ===内側前頭前野=== | ||
[[内側前頭前野]]の情報処理はモチベーションや報酬によって認知的構えを用いた情報処理に影響を与える<ref name=Botvinick2015><pubmed>25251491</pubmed></ref><ref name=Kouneiher2009><pubmed>19503087</pubmed></ref>[4], [11]。さらにメンタルエフォートなど、認知的構えに関する価値情報の情報処理にも関わる<ref name=Shenhav2013><pubmed>23889930</pubmed></ref><ref name=Shenhav2016><pubmed>27669989</pubmed></ref><ref name=Nagase2018><pubmed>29431647</pubmed></ref>[12], [13], [56]。また運動領域にも近いことから認知的構えの実行面での機能にも関わる<ref name=Tanji2001><pubmed>11520914</pubmed></ref><ref name=Tanji2008><pubmed>18195082</pubmed></ref>[35], [37]。 | |||
====背側前部帯状皮質==== | ====背側前部帯状皮質==== | ||
[[背側前部帯状皮質]](dorsal anterior cingulate cortex, dACC)は認知的制御(cognitive control)と呼ばれる認知的構えの主要な機能と関係している<ref name=Miller2001><pubmed>11283309</pubmed></ref><ref name=Botvinick2004><pubmed>15556023</pubmed></ref><ref name=Botvinick2001><pubmed>11488380</pubmed></ref>[1], [47], [48]。複数の運動計画や認知的構えの情報が存在するときに、その情報処理の混乱をいち早く検知し(Conflict Monitoring)、認知的構えの情報処理に誤りがあれば検知して訂正する役割も果たすと考えられている<ref name=Botvinick2004><pubmed>15556023</pubmed></ref><ref name=Botvinick2001><pubmed>11488380</pubmed></ref>[47], [48]。(しかしこの監視機能が課題や情報の種類依存的に外側の前頭前野で行われているという報告もある<ref name=Mansouri2009><pubmed>19153577</pubmed></ref><ref name=Mansouri2007><pubmed>17962523</pubmed></ref>[69], [70])この様な認知的レベルでの努力を伴う様な情報処理(メンタルエフォート)は、モチベーションとも深く結びついており、この領域での情報表現がどれくらいの精神的なリソースを使って課題を遂行するかなど、課題の実行に値する価値の計算を通じて行動と行動の選択の制御に役立てられている<ref name=Shenhav2017><pubmed>28375769</pubmed></ref><ref name=Shenhav2013><pubmed>23889930</pubmed></ref>[5], [12]。 | |||
===脳領域間で働く神経メカニズム=== | ===脳領域間で働く神経メカニズム=== | ||
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====機能的結合==== | ====機能的結合==== | ||
認知的構えに関わる脳領域間の相互作用を理解する上で重要なのは、タスクの種類やタスクにどの程度集中して取り組んでいるかによって脳領域間の結合の仕方がダイナミックに変わってくることである<ref name=Sakai2008><pubmed>18558854</pubmed></ref> | 認知的構えに関わる脳領域間の相互作用を理解する上で重要なのは、タスクの種類やタスクにどの程度集中して取り組んでいるかによって脳領域間の結合の仕方がダイナミックに変わってくることである<ref name=Sakai2008><pubmed>18558854</pubmed></ref><ref name=Sakai2003b><pubmed>12469132</pubmed></ref>[51], [64]。[[機能的磁気共鳴画像法]] ([[機能的磁気共鳴画像法|fMRI]])の機能的結合や電気生理学的な信号の同期や信号の伝播などを調べる技術により、この様な脳領域間の相互作用が分かるようになってきている<ref name=Moore2003><pubmed>12540901</pubmed></ref><ref name=Sakai2002><pubmed>11953754</pubmed></ref><ref name=Gregoriou2009><pubmed>19478185</pubmed></ref>[23], [29], [88]。 | ||
<ref name=Sakai2003b><pubmed>12469132</pubmed></ref>[51], [64] | |||
====ディフォルトモードネットワークとタスク活性化ネットワーク==== | ====ディフォルトモードネットワークとタスク活性化ネットワーク==== | ||
[[ディフォルトモードネットワーク]]はタスクの遂行中ではなく休息中や自己に関連した内向きの情報処理を行っている際に活動が増す脳領域群であり、これと反対にタスク遂行中に活動を増す領域群を[[タスク活性化ネットワーク]]という<ref name=Raichle2015><pubmed>25938726</pubmed></ref><ref name=Anticevic2012><pubmed>23142417</pubmed></ref>[89], [90]。先に述べた背外側前頭前野や内側前頭前野などはこのタスク活性化ネットワークに含まれる。これらの二つの脳領域群は互いに負の相関が通常はあるネットワークである。認知的構えの情報処理を担うタスク活性化ネットワークはより外向きのその場の状況に応じた情報処理を行うネットワークであることがディフォルトモードネットワークとの比較で分かる。ただしこの二つのネットワークはいつでも負の関係を持つわけではなく、安静時やタスク遂行中にもダイナミックに機能的結合のパターンを変え相互に連絡しあっている事も報告されている<ref name=Hutchison2013><pubmed>23707587</pubmed></ref><ref name=Allen2014><pubmed>23146964</pubmed></ref>[91], [92]。 | |||
====脳領域の階層性==== | ====脳領域の階層性==== | ||
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===神経細胞レベル=== | ===神経細胞レベル=== | ||
認知的構えに関わる各脳領域はそれぞれタスクの異なった部分の情報を表象する[[神経細胞]]から成り立っている<ref name=Sakai2008><pubmed>18558854</pubmed></ref>[51]。しかし従来信じられてきた単一細胞レベルでの認知的構えに対する選択性については複数の選択性も持つことが提唱されてきている<ref name=Rigotti2013><pubmed>23685452</pubmed></ref>[65]。 | |||
====単一細胞レベルでの表象==== | ====単一細胞レベルでの表象==== | ||
176行目: | 174行目: | ||
==認知的構えは何処から来るか== | ==認知的構えは何処から来るか== | ||
動物の実験では認知的構えは長期間にわたる集中的なトレーニングによってもたらされるが、ヒトの場合には認知的構えに関する情報は社会的な情報源から得られる<ref name=Monsell2003><pubmed>12639695</pubmed></ref>[2]。認知的構えと深い関係のある実行機能や認知制御が社会的な文脈によって強く影響され、またその発達過程が文化的な要素に左右されることが分かってきている<ref name=Munakata2021>Y. Munakata and L. E. Michaelson, ‘Executive Functions in Social Context: Implications for Conceptualizing, Measuring, and Supporting Developmental Trajectories’, Annu. Rev. Dev. Psychol., vol. 3, no. 1, pp. 139–163, 2021, doi: 10.1146/annurev-devpsych-121318-085005. | |||
</ref><ref name=Yanaoka2022><pubmed>35749259</pubmed></ref>[93], [94] | </ref><ref name=Yanaoka2022><pubmed>35749259</pubmed></ref>[93], [94]。例えば[[マシュマロテスト]]のようなセルフコントロールを要する課題では、実験者の振る舞いの信頼性により子どもがマシュマロテストでどのくらいの長い時間待つことができるかを左右することが分かっている<ref name=Kidd2013><pubmed>23063236</pubmed></ref> | ||
<ref name=Michaelson2013><pubmed>23801977</pubmed></ref>[95], [96]。 | <ref name=Michaelson2013><pubmed>23801977</pubmed></ref>[95], [96]。 | ||