「長期増強」の版間の差分

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=== 発現部位をめぐる論争 -シナプス前性か?シナプス後性か? ===
=== 発現部位をめぐる論争 -シナプス前性か?シナプス後性か? ===
 誘導後に起こるシナプスの変化を発現(expression)と呼ぶ。シナプス伝達効率の持続的な増強を支える基盤機構であるため、その変化がシナプスのどこで起きているのかが早くから関心を集め、盛んに研究が行われた。
 誘導後に起こるシナプスの変化を発現 (expression) と呼ぶ。シナプス伝達効率の持続的な増強を支える基盤機構であるため、その変化がシナプスのどこで起きているのかが早くから関心を集め、盛んに研究が行われた。


 量子解析(quantal analysis)を用いた研究において、変動係数(coefficient of variation: CV)の変化、およびシナプス応答欠損(synaptic failure)の減少が確認されたことから、LTPはシナプス前終末からの神経伝達物質放出確率(release probability: Pr)の増加に起因するとの説が、当初有力であった<ref name=Bekkers1990><pubmed>2167454</pubmed></ref><ref name=Malinow1990><pubmed>2164158</pubmed></ref>(15、16)。確かにこれらの実験結果は複数の異なる研究グループによって再現性が確かめられてはいたものの、一方でLTPが主にAMPA型グルタミン酸受容体を介したシナプス応答に選択的に認められる現象であることや<ref name=Kullmann1994><pubmed>7910467</pubmed></ref><ref name=Muller1988><pubmed>2904701</pubmed></ref>(17、18)、LTP中に実際にグルタミン酸放出が亢進しているという実験結果が得られなかったこと<ref name=Diamond1998><pubmed>9728923</pubmed></ref><ref name=Luscher1998><pubmed>9728924</pubmed></ref><ref name=Manabe1993><pubmed>7904300</pubmed></ref> (19、20、21)などとは矛盾しており、グルタミン酸放出の増加ではLTPを十分に説明することができないとする考えも多くあった。
 量子解析(quantal analysis)を用いた研究において、変動係数(coefficient of variation: CV)の変化、およびシナプス応答欠損(synaptic failure)の減少が確認されたことから、LTPはシナプス前終末からの神経伝達物質放出確率(release probability: Pr)の増加に起因するとの説が、当初有力であった<ref name=Bekkers1990><pubmed>2167454</pubmed></ref><ref name=Malinow1990><pubmed>2164158</pubmed></ref>(15、16)。確かにこれらの実験結果は複数の異なる研究グループによって再現性が確かめられてはいたものの、一方でLTPが主にAMPA型グルタミン酸受容体を介したシナプス応答に選択的に認められる現象であることや<ref name=Kullmann1994><pubmed>7910467</pubmed></ref><ref name=Muller1988><pubmed>2904701</pubmed></ref>(17、18)、LTP中に実際にグルタミン酸放出が亢進しているという実験結果が得られなかったこと<ref name=Manabe1993><pubmed>7904300</pubmed></ref><ref name=Diamond1998><pubmed>9728923</pubmed></ref><ref name=Luscher1998><pubmed>9728924</pubmed></ref>(19、20、21)などとは矛盾しており、グルタミン酸放出の増加ではLTPを十分に説明することができないとする考えも多くあった。


 その後、synaptic failureの減少は必ずしも放出確率の増加を意味するのではなく、シナプス後細胞に新たに機能的なAMPA型受容体が発現することによっても説明がつくとの見方が提示されたのち<ref name=Manabe1993><pubmed>7904300</pubmed></ref>(19)、神経伝達物質の放出確率を薬理学的に評価する新たな方法を用いた研究でも、LTPに伴って放出確率は増加しないことが報告された<ref name=Manabe1994><pubmed>7916483</pubmed></ref>(22)。さらに、AMPA型受容体を欠くサイレントシナプス(silent synapse)が発見され、LTP誘導によりこのシナプスに新たにAMPA型受容体が挿入されること(unsilencing)が実験的に確かめられた<ref name=Isaac1995><pubmed>7646894</pubmed></ref><ref name=Liao1995><pubmed>7760933</pubmed></ref> (23、24)。また、LTP誘導前後の微小シナプス後電流(miniature excitatory postsynaptic currents: mEPSCs)の詳細な解析から、サイレントシナプスだけでなく、もともとAMPA型受容体を発現しているシナプスにおいても、AMPA型受容体の発現増加によるLTPがおきることが確かめられ<ref name=Manabe1992><pubmed>1346229</pubmed></ref><ref name=Oliet1996><pubmed>8638114</pubmed></ref> (25、26)、LTP発現部位としてのシナプス後細胞の重要性が強く認識されることとなった。
 その後、synaptic failureの減少は必ずしも放出確率の増加を意味するのではなく、シナプス後細胞に新たに機能的なAMPA型受容体が発現することによっても説明がつくとの見方が提示されたのち<ref name=Manabe1993><pubmed>7904300</pubmed></ref>(19)、神経伝達物質の放出確率を薬理学的に評価する新たな方法を用いた研究でも、LTPに伴って放出確率は増加しないことが報告された<ref name=Manabe1994><pubmed>7916483</pubmed></ref>(22)。さらに、AMPA型受容体を欠くサイレントシナプス(silent synapse)が発見され、LTP誘導によりこのシナプスに新たにAMPA型受容体が挿入されること(unsilencing)が実験的に確かめられた<ref name=Isaac1995><pubmed>7646894</pubmed></ref><ref name=Liao1995><pubmed>7760933</pubmed></ref> (23、24)。また、LTP誘導前後の微小シナプス後電流(miniature excitatory postsynaptic currents: mEPSCs)の詳細な解析から、サイレントシナプスだけでなく、もともとAMPA型受容体を発現しているシナプスにおいても、AMPA型受容体の発現増加によるLTPがおきることが確かめられ<ref name=Manabe1992><pubmed>1346229</pubmed></ref><ref name=Oliet1996><pubmed>8638114</pubmed></ref> (25、26)、LTP発現部位としてのシナプス後細胞の重要性が強く認識されることとなった。
これらの一連の結果は主に電気生理学的手法により得られたものであったが、その後のさまざまな技術革新(遺伝子改変技術や、蛍光タンパクによるシナプスの可視化、高性能顕微鏡の開発等)により、LTP発現機構の解明はさらにすすめられ、現在では、LTPの発現は、主としてシナプス後細胞における神経伝達物質感受性の亢進により引き起こされるといった考えが広く受け入れられている(詳細は後述のシナプス後性LTP参照)。一方、特定の条件下、あるいは特定のシナプスでは、NMDA型受容体の活性化を必要とせず、シナプス前部の変化(=シナプス前終末からの神経伝達物質放出の亢進)によってLTPが発現する<ref name=Nicoll2005><pubmed>16261180</pubmed></ref>(27)ことも知られている(=後述するシナプス前性LTP参照)。
 
 これらの一連の結果は主に電気生理学的手法により得られたものであったが、その後のさまざまな技術革新(遺伝子改変技術や、蛍光タンパクによるシナプスの可視化、高性能顕微鏡の開発等)により、LTP発現機構の解明はさらにすすめられ、現在では、LTPの発現は、主としてシナプス後細胞における神経伝達物質感受性の亢進により引き起こされるといった考えが広く受け入れられている(詳細は後述のシナプス後性LTP参照)。一方、特定の条件下、あるいは特定のシナプスでは、NMDA型受容体の活性化を必要とせず、シナプス前部の変化(=シナプス前終末からの神経伝達物質放出の亢進)によってLTPが発現する<ref name=Nicoll2005><pubmed>16261180</pubmed></ref>(27)ことも知られている(=後述するシナプス前性LTP参照)。


== シナプス後性LTP ==
== シナプス後性LTP ==

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