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 これらの一連の結果は主に電気生理学的手法により得られたものであったが、その後のさまざまな技術革新(遺伝子改変技術や、蛍光タンパクによるシナプスの可視化、高性能顕微鏡の開発等)により、LTP発現機構の解明はさらにすすめられ、現在では、LTPの発現は、主としてシナプス後細胞における神経伝達物質感受性の亢進により引き起こされるといった考えが広く受け入れられている(詳細は後述のシナプス後性LTP参照)。一方、特定の条件下、あるいは特定のシナプスでは、NMDA型受容体の活性化を必要とせず、シナプス前部の変化(=シナプス前終末からの神経伝達物質放出の亢進)によってLTPが発現する<ref name=Nicoll2005><pubmed>16261180</pubmed></ref>(27)ことも知られている(=後述するシナプス前性LTP参照)。
 これらの一連の結果は主に電気生理学的手法により得られたものであったが、その後のさまざまな技術革新(遺伝子改変技術や、蛍光タンパクによるシナプスの可視化、高性能顕微鏡の開発等)により、LTP発現機構の解明はさらにすすめられ、現在では、LTPの発現は、主としてシナプス後細胞における神経伝達物質感受性の亢進により引き起こされるといった考えが広く受け入れられている(詳細は後述のシナプス後性LTP参照)。一方、特定の条件下、あるいは特定のシナプスでは、NMDA型受容体の活性化を必要とせず、シナプス前部の変化(=シナプス前終末からの神経伝達物質放出の亢進)によってLTPが発現する<ref name=Nicoll2005><pubmed>16261180</pubmed></ref>(27)ことも知られている(=後述するシナプス前性LTP参照)。
 
[[ファイル:Kobayashi LTP Fig1.png|サムネイル|'''図1. LTP誘導機構'''<br>
'''A.''' 定常状態における神経伝達:シナプス前終末から放出されたグルタミン酸(●)が、シナプス後細胞に発現しているAMPA型グルタミン酸受容体を活性化することにより、ナトリウムイオンの流入、カリウムイオンの流出が起きる。放出されたグルタミン酸は、NMDA型受容体にも結合するが、細胞外のマグネシウムイオン(<span style="color:red">●</span>)により受容体チャネルがブロックされているため、イオンの移動は起きない。<br>
'''B.''' 刺激によりシナプス後細胞が強く脱分極すると、NMDA型グルタミン酸受容体のマグネシウムブロックが外れ、ナトリウム、カリウムイオンの移動とともに、細胞内へとカルシウムイオンの流入がおきる。]][[ファイル:Kobayashi LTP Fig2.jpg|サムネイル|'''図2. シナプス後性LTP'''<br>
'''A.''' シャッファー側枝-CA1シナプスにおけるシナプス後性LTPの例。上段はテタヌス刺激前後の興奮性シナプス後電位(excitatory postsynaptic potential: EPSP)の傾き(EPSP slope) の経時変化をプロットしている。100Hz、1秒刺激(上向き矢印)以降、持続的にシナプス応答が増大している。下段は上段プロット図中の数字で示した時間において記録されたEPSPの波形を示している。<br>
'''B, C.''' LTP発現機構の模式図<br>
'''B.''' シナプス後細胞に発現するAMPA型グルタミン酸受容体が増加する際には、エクソサイトーシスにより新たに細胞表面に受容体が発現する可能性(左)や、シナプス外に発現していた受容体が、側方拡散によってPSDへと移行する可能性(右)が考えられている。<br>
'''C.''' AMPA型受容体がリン酸化を受け、単一チャネルのコンダクタンスが増大(右)することで、シナプス応答が増大するとする説も唱えられている。]]
== シナプス後性LTP ==
== シナプス後性LTP ==
 シナプス前終末から放出された神経伝達物質に対するシナプス後細胞の感受性の増大が長期間持続する現象を指す。最も代表的なシナプス後性のLTPは、海馬CA1領域の興奮性シナプス伝達のLTPで、実験的には、100Hz程度の高頻度のシナプス前線維の電気刺激により誘導される(図2A)。
 シナプス前終末から放出された神経伝達物質に対するシナプス後細胞の感受性の増大が長期間持続する現象を指す。最も代表的なシナプス後性のLTPは、海馬CA1領域の興奮性シナプス伝達のLTPで、実験的には、100Hz程度の高頻度のシナプス前線維の電気刺激により誘導される(図2A)。
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 細胞内へと流入したカルシウムイオンは、さまざまなシグナル伝達系を活性化することが知られているが、中でもLTPと密接に関連していると考えられているのが、カルシウム-カルモデュリン依存性キナーゼII(calcium-calmodulin-dependent kinase II: CaMKII)である<ref name=Lisman2012><pubmed>22334212</pubmed></ref>(36)。CaMKIIの基質にはAMPA型受容体も含まれており、CaMKIIによるAMPA型受容体のリン酸化がPSDへの受容体の移行を制御しているといった報告<ref name=Henley2016><pubmed>27080385</pubmed></ref><ref name=Huganir2013><pubmed>24183021</pubmed></ref>(37、38)や、AMPA型受容体のリン酸化により受容体の単一チャネルコンダクタンス(single-channel conductance)が上昇する(図2C)という報告もあるが<ref name=Benke1998><pubmed>9655394</pubmed></ref><ref name=Derkach1999><pubmed>10077673</pubmed></ref>(39、40)、CaMKIIには他にも数百に及ぶ基質が知られており<ref name=Hornbeck2015><pubmed>25514926 </pubmed>[https://www.phosphosite.org/ [URL<nowiki>]</nowiki>]</ref>(41)、いずれの基質がLTPに重要であるのかは現在も検討が続いている状況である<ref name=Hayashi2022><pubmed>34375719</pubmed></ref>(42)。またCaMKIIは他のリン酸化酵素と異なり、シナプスでの発現量が非常に多く、その量はアクチンなどの細胞骨格に匹敵するほどであることに加え<ref name=Erondu1985><pubmed>4078628</pubmed></ref>(43)、12量体構造をとるといった特徴を持つことから<ref name=Hoelz2003><pubmed>12769848</pubmed></ref>(44)、単にリン酸化酵素として機能するにとどまらず、構造タンパクとしての側面がLTP制御の上で重要な役割を果たしている可能性も近年指摘されている<ref name=Hayashi2022><pubmed>34375719</pubmed></ref><ref name=Nicoll2023><pubmed>37290118</pubmed></ref>(42、45)。
 細胞内へと流入したカルシウムイオンは、さまざまなシグナル伝達系を活性化することが知られているが、中でもLTPと密接に関連していると考えられているのが、カルシウム-カルモデュリン依存性キナーゼII(calcium-calmodulin-dependent kinase II: CaMKII)である<ref name=Lisman2012><pubmed>22334212</pubmed></ref>(36)。CaMKIIの基質にはAMPA型受容体も含まれており、CaMKIIによるAMPA型受容体のリン酸化がPSDへの受容体の移行を制御しているといった報告<ref name=Henley2016><pubmed>27080385</pubmed></ref><ref name=Huganir2013><pubmed>24183021</pubmed></ref>(37、38)や、AMPA型受容体のリン酸化により受容体の単一チャネルコンダクタンス(single-channel conductance)が上昇する(図2C)という報告もあるが<ref name=Benke1998><pubmed>9655394</pubmed></ref><ref name=Derkach1999><pubmed>10077673</pubmed></ref>(39、40)、CaMKIIには他にも数百に及ぶ基質が知られており<ref name=Hornbeck2015><pubmed>25514926 </pubmed>[https://www.phosphosite.org/ [URL<nowiki>]</nowiki>]</ref>(41)、いずれの基質がLTPに重要であるのかは現在も検討が続いている状況である<ref name=Hayashi2022><pubmed>34375719</pubmed></ref>(42)。またCaMKIIは他のリン酸化酵素と異なり、シナプスでの発現量が非常に多く、その量はアクチンなどの細胞骨格に匹敵するほどであることに加え<ref name=Erondu1985><pubmed>4078628</pubmed></ref>(43)、12量体構造をとるといった特徴を持つことから<ref name=Hoelz2003><pubmed>12769848</pubmed></ref>(44)、単にリン酸化酵素として機能するにとどまらず、構造タンパクとしての側面がLTP制御の上で重要な役割を果たしている可能性も近年指摘されている<ref name=Hayashi2022><pubmed>34375719</pubmed></ref><ref name=Nicoll2023><pubmed>37290118</pubmed></ref>(42、45)。
 
[[ファイル:Kobayashi LTP Fig3.jpg|サムネイル|'''図3. シナプス前性LTPの例(海馬苔状線維-CA3シナプスにおけるLTP)'''<br>
マウス海馬スライス標本の歯状回の細胞層にタングステン双極電極を刺入して顆粒細胞を電気刺激することにより苔状線維を発火させ、細胞外電位記録法によりCA3領域の透明層に刺入したガラス管記録電極で興奮性シナプス後電位(excitatory postsynaptic potential: EPSP)を記録している。0.1Hzでベースラインの反応を記録したあと、図中の上向き矢印の時点で100Hzの高頻度刺激を1秒間与え、その後、0.1Hzに戻してさらに1時間以上EPSPを記録しているが、シナプス応答が約2倍に増大し、持続している。高頻度刺激を与える際にNMDA受容体のアンタゴニストである<small>D</small>-APVを灌流投与した(グラフ中の黒いバー)条件下でLTPが誘導されていることから、苔状線維シナプスでのLTP誘導にはシナプス後細胞の活動が不要であることを示している。]]
== シナプス前性LTP ==
== シナプス前性LTP ==
 シナプス前終末からの神経伝達物質の放出が長期間にわたり増加する現象を指す。原理的には、ひとつのシナプス小胞内に含まれる神経伝達物質の量が増えることでもLTPが発現し得るが、ほとんどの場合は、シナプス小胞からの神経伝達物質の放出確率が長期的に増加することにより発現する。
 シナプス前終末からの神経伝達物質の放出が長期間にわたり増加する現象を指す。原理的には、ひとつのシナプス小胞内に含まれる神経伝達物質の量が増えることでもLTPが発現し得るが、ほとんどの場合は、シナプス小胞からの神経伝達物質の放出確率が長期的に増加することにより発現する。


 シナプス前性LTPの代表は、海馬CA3領域苔状線維 (mossy fiber) シナプスでのLTPである<ref name=Nicoll2005><pubmed>16261180</pubmed></ref><ref name=Zalutsky1990><pubmed>2114039</pubmed></ref>(27、46)。CA3錐体細胞への入力線維である苔状線維に100Hz程度の高頻度刺激を与えると、その直後にはシナプス応答が10倍程度に増大し(図3A、矢印)、それ以降は急速に漸減するが、約30分程度で、もとのレベルの2倍~数倍程度増強された状態で安定する。この際、シナプス後細胞の活動は必要なく、シナプス前終末の活動だけで誘導されることから、いわゆるヘブ型(Hebbian LTP)と区別し、非ヘブ型LTP(non-Hebbian LTP)と呼ばれる。長期的な放出確率の増大にシナプス前終末内のcAMPが関与していると考えられている<ref name=Weisskopf1994><pubmed>7916482</pubmed></ref>(47)。それに引き続く細胞内生化学過程についてはAキナーゼが関与するとの報告がある<ref name=Shahoha2022><pubmed>35444523</pubmed></ref> (48)。
 シナプス前性LTPの代表は、海馬CA3領域苔状線維 (mossy fiber) シナプスでのLTPである<ref name=Nicoll2005><pubmed>16261180</pubmed></ref><ref name=Zalutsky1990><pubmed>2114039</pubmed></ref>(27、46)。CA3錐体細胞への入力線維である苔状線維に100Hz程度の高頻度刺激を与えると、その直後にはシナプス応答が10倍程度に増大し(図3A、矢印)、それ以降は急速に漸減するが、約30分程度で、もとのレベルの2倍~数倍程度増強された状態で安定する。この際、シナプス後細胞の活動は必要なく、シナプス前終末の活動だけで誘導されることから、いわゆるヘブ型(Hebbian LTP)と区別し、非ヘブ型LTP(non-Hebbian LTP)と呼ばれる。長期的な放出確率の増大にシナプス前終末内のcAMPが関与していると考えられている<ref name=Weisskopf1994><pubmed>7916482</pubmed></ref>(47)。それに引き続く細胞内生化学過程についてはAキナーゼが関与するとの報告がある<ref name=Shahoha2022><pubmed>35444523</pubmed></ref> (48)。
図1:LTP誘導機構
A) 定常状態における神経伝達:シナプス前終末から放出されたグルタミン酸(●)が、シナプス後細胞に発現しているAMPA型グルタミン酸受容体を活性化することにより、ナトリウムイオンの流入、カリウムイオンの流出が起きる。放出されたグルタミン酸は、NMDA型受容体にも結合するが、細胞外のマグネシウムイオン(赤丸)により受容体チャネルがブロックされているため、イオンの移動は起きない。
B) 刺激によりシナプス後細胞が強く脱分極すると、NMDA型グルタミン酸受容体のマグネシウムブロックが外れ、ナトリウム、カリウムイオンの移動とともに、細胞内へとカルシウムイオンの流入がおきる。
図2: シナプス後性LTP
A) シャッファー側枝-CA1シナプスにおけるシナプス後性LTPの例。上段はテタヌス刺激前後の興奮性シナプス後電位(excitatory postsynaptic potential: EPSP)の傾き(EPSP slope) の経時変化をプロットしている。100Hz、1秒刺激(上向き矢印)以降、持続的にシナプス応答が増大している。下段は上段プロット図中の数字で示した時間において記録されたEPSPの波形を示している。
B、C) : LTP発現機構の模式図
B) シナプス後細胞に発現するAMPA型グルタミン酸受容体が増加する際には、エクソサイトーシスにより新たに細胞表面に受容体が発現する可能性(左)や、シナプス外に発現していた受容体が、側方拡散によってPSDへと移行する可能性(右)が考えられている。
C) AMPA型受容体がリン酸化を受け、単一チャネルのコンダクタンスが増大(右)することで、シナプス応答が増大するとする説も唱えられている。
[[ファイル:Kobayashi LTP Fig3.jpg ナビゲーションに移動検索に移動|サムネイル|'''図3. シナプス前性LTPの例(海馬苔状線維-CA3シナプスにおけるLTP)'''<br>
マウス海馬スライス標本の歯状回の細胞層にタングステン双極電極を刺入して顆粒細胞を電気刺激することにより苔状線維を発火させ、細胞外電位記録法によりCA3領域の透明層に刺入したガラス管記録電極で興奮性シナプス後電位(excitatory postsynaptic potential: EPSP)を記録している。0.1Hzでベースラインの反応を記録したあと、図中の上向き矢印の時点で100Hzの高頻度刺激を1秒間与え、その後、0.1Hzに戻してさらに1時間以上EPSPを記録しているが、シナプス応答が約2倍に増大し、持続している。高頻度刺激を与える際にNMDA受容体のアンタゴニストである<small>D</small>-APVを灌流投与した(グラフ中の黒いバー)条件下でLTPが誘導されていることから、苔状線維シナプスでのLTP誘導にはシナプス後細胞の活動が不要であることを示している。]]
== 参考文献 ==
== 参考文献 ==

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