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脳梁は左右大脳半球の内側面にあり、両者を広く結ぶ[[白質]]束である。全長は成人では約8cmで、約2億~2億5千万本の交連線維から構成されており、前部から順に[[脳梁吻]] (rostrum)、[[脳梁膝]](genu)、[[脳梁幹]](trunk)、[[脳梁膨大]](splenium)に区分される('''図1''')。脳梁幹は[[体部]](body)とも呼ばれ、[[前方幹]](anterior body: AB)、[[前方中央幹]](anterior midbody: AM)、[[後方幹]](posterior midbody; PM)、[[峡部]](isthmus: I)の4つにさらに分けられる。 | 脳梁は左右大脳半球の内側面にあり、両者を広く結ぶ[[白質]]束である。全長は成人では約8cmで、約2億~2億5千万本の交連線維から構成されており、前部から順に[[脳梁吻]] (rostrum)、[[脳梁膝]](genu)、[[脳梁幹]](trunk)、[[脳梁膨大]](splenium)に区分される('''図1''')。脳梁幹は[[体部]](body)とも呼ばれ、[[前方幹]](anterior body: AB)、[[前方中央幹]](anterior midbody: AM)、[[後方幹]](posterior midbody; PM)、[[峡部]](isthmus: I)の4つにさらに分けられる。 | ||
脳梁の大部分は[[前大脳動脈]]から分かれる[[脳梁周囲動脈]]によって還流されているが、脳梁膨大の後方部は[[後大脳動脈]]の分枝から還流されている。左右大脳半球を連絡する交連線維には[[前交連]]、[[後交連]]、[[海馬交連]]などがあるが、脳梁が最も主要な機能を担っていると考えられている。脳梁の部位と、そこを通る神経線維が結合する脳の部位は、ある程度位置的に対応しており、脳梁前部(脳梁吻・膝)は左右の[[前頭前野]]を、中部(脳梁幹)は左右の[[側頭葉]]・[[頭頂葉]]領域を、後部(脳梁膨大)は左右の[[視覚野]]を結ぶ線維からなっており、それぞれの機能に応じた情報が伝達されていることが分離脳研究によって明らかにされた<ref name=Ughwanogho2022>'''Ughwanogho, U.O., Taber, K.H., & Chiou-Tan, F.Y. (2022).'''<br>Special anatomy series: Updates in structural, functional, and clinical relevance of the corpus callosum: What new imaging techniques have revealed. The Journal of the International Society of Physical and Rehabilitation Medicine. 5(3). 81-89. [DOI: 10.4103/jisprm.JISPRM-000159]" </ref>。 | 脳梁の大部分は[[前大脳動脈]]から分かれる[[脳梁周囲動脈]]によって還流されているが、脳梁膨大の後方部は[[後大脳動脈]]の分枝から還流されている。左右大脳半球を連絡する交連線維には[[前交連]]、[[後交連]]、[[海馬交連]]などがあるが、脳梁が最も主要な機能を担っていると考えられている。脳梁の部位と、そこを通る神経線維が結合する脳の部位は、ある程度位置的に対応しており、脳梁前部(脳梁吻・膝)は左右の[[前頭前野]]を、中部(脳梁幹)は左右の[[側頭葉]]・[[頭頂葉]]領域を、後部(脳梁膨大)は左右の[[視覚野]]を結ぶ線維からなっており、それぞれの機能に応じた情報が伝達されていることが分離脳研究によって明らかにされた<ref name=Ughwanogho2022>'''Ughwanogho, U.O., Taber, K.H., & Chiou-Tan, F.Y. (2022).'''<br>Special anatomy series: Updates in structural, functional, and clinical relevance of the corpus callosum: What new imaging techniques have revealed. The ''Journal of the International Society of Physical and Rehabilitation Medicine''. 5(3). 81-89. [DOI: 10.4103/jisprm.JISPRM-000159]" </ref>。 | ||
== 脳梁離断術 == | == 脳梁離断術 == | ||
=== 初期の研究 === | === 初期の研究 === | ||
てんかん患者に対する脳梁離断術は、片側で生じた異常放電が対側に伝播することを防ぐことで症状を軽減することを意図したもので、1930年代後半にヴァン・ウァーグネン(Van Wagenen, W.P.)によって20名以上に実施された。これらの患者に一連の検査を行った神経科医アケライティス(Akelaitis, A. J.)によれば、手術直後には、一部の患者で右手がドアを開けると、左手が閉める、右手が服を着ようとすると左手が脱ごうとするなどの異常([[拮抗失行]])が認められたが、その後消失した。その他の[[知覚機能]]や[[運動機能]]には特に問題はなく脳梁には特別な機能はないと結論された<ref name= Akelaitis1944>'''Akelaitis, A. J. (1944).'''<br>Study on gnosis, praxis, and language following section of corpus callosum and anterior commissure. Journal of Neurosurgery, 1(2), 94–102.[DOI: 10.3171/jns.1944.1.2.0094]</ref><ref name=Zaidel2004>'''Zaidel, E., Iacoboni, M., Zaidel, D., & Bogen, J. (2003).'''<br>The callosal syndromes. In K. M. Heilman & E. Valenstein (Eds.), Clinical neuropsychology (pp. 347–403). New York: Oxford University Press. </ref>。 | てんかん患者に対する脳梁離断術は、片側で生じた異常放電が対側に伝播することを防ぐことで症状を軽減することを意図したもので、1930年代後半にヴァン・ウァーグネン(Van Wagenen, W.P.)によって20名以上に実施された。これらの患者に一連の検査を行った神経科医アケライティス(Akelaitis, A. J.)によれば、手術直後には、一部の患者で右手がドアを開けると、左手が閉める、右手が服を着ようとすると左手が脱ごうとするなどの異常([[拮抗失行]])が認められたが、その後消失した。その他の[[知覚機能]]や[[運動機能]]には特に問題はなく脳梁には特別な機能はないと結論された<ref name= Akelaitis1944>'''Akelaitis, A. J. (1944).'''<br>Study on gnosis, praxis, and language following section of corpus callosum and anterior commissure. ''Journal of Neurosurgery'', 1(2), 94–102.[DOI: 10.3171/jns.1944.1.2.0094]</ref><ref name=Zaidel2004>'''Zaidel, E., Iacoboni, M., Zaidel, D., & Bogen, J. (2003).'''<br>The callosal syndromes. In K. M. Heilman & E. Valenstein (Eds.), Clinical neuropsychology (pp. 347–403). New York: Oxford University Press. </ref>。 | ||
=== スペリーとガザニガの研究 === | === スペリーとガザニガの研究 === | ||
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== 臨床場面でみられる分離脳 == | == 臨床場面でみられる分離脳 == | ||
[[抗てんかん薬]]の増加や治療法の進歩により、[[てんかん外科]]における脳梁離断術の適用はかなり限定的になっており、また副作用である離断症状を出さない手技が検討されている。ガザニカも患者の高齢化による研究の継続を危ぶんでいる。1980年代以降の分離脳研究の進展は主に一般の脳神経内科・外科の臨床で遭遇する患者を対象にした研究に拠っている。最も多いのは脳梁付近の[[脳梗塞]]に起因する部分的な離断である。脳梁の前半から中間部までの損傷は前大脳動脈もしくはそこから分かれる脳梁周囲動脈の閉塞で、脳梁膨大の損傷は後大脳動脈あるいはその分枝の閉塞で生じる。しかし、損傷の程度は様々であり、また閉塞した血管の左右によって左脳もしくは右脳の皮質損傷を伴うことが多く、脳梁そのもの損傷による症状なのか、皮質の損傷を含めた症状なのかが判別しにくいという問題もある。また、皮質損傷による麻痺や感覚障害、失語症などがあるとそれによって症状が隠ぺいされてしまう場合もある<ref name=馬場2005>馬原孝彦, 朝長正徳, 吉村正博, 山之内博, 勝沼英宇 | [[抗てんかん薬]]の増加や治療法の進歩により、[[てんかん外科]]における脳梁離断術の適用はかなり限定的になっており、また副作用である離断症状を出さない手技が検討されている。ガザニカも患者の高齢化による研究の継続を危ぶんでいる。1980年代以降の分離脳研究の進展は主に一般の脳神経内科・外科の臨床で遭遇する患者を対象にした研究に拠っている。最も多いのは脳梁付近の[[脳梗塞]]に起因する部分的な離断である。脳梁の前半から中間部までの損傷は前大脳動脈もしくはそこから分かれる脳梁周囲動脈の閉塞で、脳梁膨大の損傷は後大脳動脈あるいはその分枝の閉塞で生じる。しかし、損傷の程度は様々であり、また閉塞した血管の左右によって左脳もしくは右脳の皮質損傷を伴うことが多く、脳梁そのもの損傷による症状なのか、皮質の損傷を含めた症状なのかが判別しにくいという問題もある。また、皮質損傷による麻痺や感覚障害、失語症などがあるとそれによって症状が隠ぺいされてしまう場合もある<ref name=馬場2005>'''馬原孝彦, 朝長正徳, 吉村正博, 山之内博, 勝沼英宇 (2005).'''<br>虚血性脳血管障害例における脳梁の病理. 脳卒中, 12(2), 97-105. [DOI: 10.3995/jstroke.12.97] </ref>。 | ||
Marchiafava-Bignami病は主にアルコール多飲者に生じ、脳梁の脱髄壊死を病理学的な特徴とする疾患である。一般に急性期には意識障害、痙攣、前頭葉症状を呈し,意識清明となった後に脳梁病変に伴う多彩な半球離断症候と構音障害を呈することが知られている<ref name=石川2008>'''石川直将, 高橋伸佳, 河村満, 塩田純一, 荒木重夫 (2008).'''<br>Marchiafava-Bignami病の臨床的検討. 昭和医学会雑誌, 68(4), 232-237. [DOI: 10.14930/jsma1939.68.232] </ref>。 | Marchiafava-Bignami病は主にアルコール多飲者に生じ、脳梁の脱髄壊死を病理学的な特徴とする疾患である。一般に急性期には意識障害、痙攣、前頭葉症状を呈し,意識清明となった後に脳梁病変に伴う多彩な半球離断症候と構音障害を呈することが知られている<ref name=石川2008>'''石川直将, 高橋伸佳, 河村満, 塩田純一, 荒木重夫 (2008).'''<br>Marchiafava-Bignami病の臨床的検討. 昭和医学会雑誌, 68(4), 232-237. [DOI: 10.14930/jsma1939.68.232] </ref>。 | ||
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=== 分離性運動抑制障害 === | === 分離性運動抑制障害 === | ||
==== 拮抗失行 ==== | ==== 拮抗失行 ==== | ||
[[拮抗失行]](diagonistic dyspraxia)は 、当初、左右の手に拮抗する動作が出現して、日常行為が妨げられる現象(右手で開けた扉を左手が閉める、右手で上げたズボンを左手が下げる)として記載された | [[拮抗失行]](diagonistic dyspraxia)は 、当初、左右の手に拮抗する動作が出現して、日常行為が妨げられる現象(右手で開けた扉を左手が閉める、右手で上げたズボンを左手が下げる)として記載された<ref name= Akelaitis1944 />。手術間もない脳梁離断術患者に認められたことで有名になった。患者の意図は右手の動作には反映されているが、それに誘発される形で左手が拮抗的動作を行う。しかし、実際の左手の動きは必ずしも右手と拮抗的ではなく、無関係な動きや右手と同じ動きをする場合もある。脳血管障害でも稀に生じる場合があり、その中で最も多いのは右前大脳動脈の閉塞による、脳梁膝部から脳梁幹前部と右前頭葉内側面の同時損傷である<ref name=山鳥1985 /><ref name=田中1994 /><ref name=Tanaka1996><pubmed>8673498</pubmed></ref>。 | ||
==== 道具の強迫的使用 ==== | ==== 道具の強迫的使用 ==== | ||