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== 機能 == | == 機能 == | ||
アクチビンは、作用も多彩である。生殖腺顆粒膜細胞や膵内分泌細胞の分化促進,赤芽球分化促進,肝細胞や免疫B細胞のアポトーシス誘導,神経細胞の保護作用を列挙することができる。神経細胞の生存因子としても精製されている<ref name=Schubert1990><pubmed>2330043</pubmed></ref>。アクチビンの存在する組織にはフォリスタチンが共存し作用を調節している。アクチビンのシグナルでフォリスタチンの発現は上昇する。 | |||
ラット下垂体前葉細胞では主にオートクリンの機構で作用する。阻害抗体でFSH分泌が抑制されることから下垂体ではアクチビンBが自己分泌機能により基礎的なFSH分泌・産生を主に調節している<ref name=Corrigan1991><pubmed>1900235</pubmed></ref><ref name=Bilezikjian1993><pubmed>8243276</pubmed></ref>。FSHβ鎖サブユニットのmRNA発現を安定化させFSH分泌を促す作用を持つ<ref name=Justice2011><pubmed>21700720</pubmed></ref> | ===内分泌系=== | ||
ラット下垂体前葉細胞では主にオートクリンの機構で作用する。阻害抗体でFSH分泌が抑制されることから下垂体ではアクチビンBが自己分泌機能により基礎的なFSH分泌・産生を主に調節している<ref name=Corrigan1991><pubmed>1900235</pubmed></ref><ref name=Bilezikjian1993><pubmed>8243276</pubmed></ref>。FSHβ鎖サブユニットのmRNA発現を安定化させFSH分泌を促す作用を持つ<ref name=Justice2011><pubmed>21700720</pubmed></ref>。パラクリン作用で下垂体内の他のホルモン分泌にも寄与する可能性がある。 | |||
[[ファイル:Tsuchida Activin Fig6.png|サムネイル|'''図6. 脳におけるアクチビンの機能''']] | [[ファイル:Tsuchida Activin Fig6.png|サムネイル|'''図6. 脳におけるアクチビンの機能''']] | ||
[[ファイル:Tsuchida Activin Fig7.png|サムネイル|'''図7. シナプスでのアクチビンのシグナル''']] | [[ファイル:Tsuchida Activin Fig7.png|サムネイル|'''図7. シナプスでのアクチビンのシグナル''']] | ||
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=== 神経系=== | |||
海馬などに見られる興奮性シナプスには、神経伝達物質の受け取り側のポストシナプスに樹状突起の棘(スパイン)と呼ばれる構造が存在し、記憶素子として重要である。アクチビンには、スパインのネック(首部分)を伸長させる効果と各スパインに接触するプレシナプス数を増加させる作用がある<ref name=Shoji-Kasai2007><pubmed>17940062</pubmed></ref>。この効果は、Erk1/2のリン酸化を介している。 | 海馬などに見られる興奮性シナプスには、神経伝達物質の受け取り側のポストシナプスに樹状突起の棘(スパイン)と呼ばれる構造が存在し、記憶素子として重要である。アクチビンには、スパインのネック(首部分)を伸長させる効果と各スパインに接触するプレシナプス数を増加させる作用がある<ref name=Shoji-Kasai2007><pubmed>17940062</pubmed></ref>。この効果は、Erk1/2のリン酸化を介している。 | ||
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一方、神経新生においては、海馬などの神経系でのアクチビンの発現レベルが、神経形成に関与する。フォリスタチンによってアクチビン活性が抑制されると、神経新生が低下し、その結果、不安行動が増強される<ref name=Ageta2008><pubmed>18382659</pubmed></ref>。さらに、アクチビンは、海馬CA1での前期LTP (early-LTP, E-LTP)の持続期間を長くし、後期LTP(late-LTP, L-LTP)の維持に関与する。脳内のアクチビンのレベルに依存して、記憶の強化あるいは記憶の再固定化や記憶消去に関与する<ref name=Ageta2010><pubmed>20332189</pubmed></ref>'''(図6)'''。シナプス後ニューロンにNMDA受容体を介してカルシウムが流入すると、LTP誘導が惹起される。アクチビンは海馬ニューロンにおいて、持続的なNMDA受容体のリン酸化を引き起こすことでカルシウムを流入させる。アクチビンII型受容体は、カルボキシル末端で後シナプスの裏打ちタンパク質であるS-SCAM (ARIP1)やPSD95と結合する。アクチビン受容体、NMDA受容体、PSD95、S-SCAMが複合体を形成し、Fynを含むSrcファミリーのチロシンキナーゼを活性化することが持続的なNMDA受容体の活性化につながると想定されている<ref name=Kurisaki2008><pubmed>18201830</pubmed></ref>(図7)。 | 一方、神経新生においては、海馬などの神経系でのアクチビンの発現レベルが、神経形成に関与する。フォリスタチンによってアクチビン活性が抑制されると、神経新生が低下し、その結果、不安行動が増強される<ref name=Ageta2008><pubmed>18382659</pubmed></ref>。さらに、アクチビンは、海馬CA1での前期LTP (early-LTP, E-LTP)の持続期間を長くし、後期LTP(late-LTP, L-LTP)の維持に関与する。脳内のアクチビンのレベルに依存して、記憶の強化あるいは記憶の再固定化や記憶消去に関与する<ref name=Ageta2010><pubmed>20332189</pubmed></ref>'''(図6)'''。シナプス後ニューロンにNMDA受容体を介してカルシウムが流入すると、LTP誘導が惹起される。アクチビンは海馬ニューロンにおいて、持続的なNMDA受容体のリン酸化を引き起こすことでカルシウムを流入させる。アクチビンII型受容体は、カルボキシル末端で後シナプスの裏打ちタンパク質であるS-SCAM (ARIP1)やPSD95と結合する。アクチビン受容体、NMDA受容体、PSD95、S-SCAMが複合体を形成し、Fynを含むSrcファミリーのチロシンキナーゼを活性化することが持続的なNMDA受容体の活性化につながると想定されている<ref name=Kurisaki2008><pubmed>18201830</pubmed></ref>(図7)。 | ||
ACVR1C(ALK7)は、アクチビン特に、アクチビンB, ABのシグナルを仲介する受容体である。ACVR1Cは海馬を含めた中枢神経での発現が高い。運動負荷を与えると、CA1領域を含めた背側海馬での発現が上昇し、記憶に関与する分子として作用するとの報告がある<ref name=Keiser2024><pubmed>38714691</pubmed></ref><ref name=LaTour2024><pubmed>39137861</pubmed></ref>。主に記憶の固定化における空間的記憶と認知機能を評価する試験として、物体位置記憶(OLM, object location memory)がある。物体の位置を記憶させ、後で再認識する能力の評価法である。主に記憶の固定化における空間的記憶と認知機能を評価する試験である。増加したACVR1Cは、記憶の固定化、LTPに寄与すること、阻害剤でそれが抑制されることから記憶に深く関わる分子と考えられている。こうしたACVR1Cの発現挙動はBDNF(brain-derived neurotrophic factor)と類似している。自発的運動と長期増強やシナプス可塑性をつなぐ数少ない遺伝子である。アルツハイマーモデル動物や老化モデルの海馬ではACVR1Cが低下しており、強制発現させると記憶機能の回復が見られた<ref name=Keiser2024><pubmed>38714691</pubmed></ref>。 | |||
シナプスタッギングは、特定のシナプスが可塑的変化を維持するために「タグ(標識)」を形成し、その後のタンパク質合成依存的なL-LTPを形成する過程である(シナプスタグ仮説は関連項目を参照。)。アクチビン受容体の一つであるACVR1Cが、シナプスタッギングによる可塑性と長期増強の両者に関与する機構が想定されている<ref name=Keiser2024><pubmed>38714691</pubmed></ref><ref name=Park2017><pubmed>28927503</pubmed></ref>。 | シナプスタッギングは、特定のシナプスが可塑的変化を維持するために「タグ(標識)」を形成し、その後のタンパク質合成依存的なL-LTPを形成する過程である(シナプスタグ仮説は関連項目を参照。)。アクチビン受容体の一つであるACVR1Cが、シナプスタッギングによる可塑性と長期増強の両者に関与する機構が想定されている<ref name=Keiser2024><pubmed>38714691</pubmed></ref><ref name=Park2017><pubmed>28927503</pubmed></ref>。 | ||
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多能性幹細胞であるES細胞(embryonic stem cell)の培養系やEB(embryoid body)において多分化能の維持や分化には多くの因子が働いている。アクチビンは、幹細胞の神経誘導に関与する。また、胚性幹細胞由来の終脳神経前駆細胞における皮質介在ニューロン分化を制御している<ref name=Cambray2012><pubmed>22588303</pubmed></ref>。ES, iPS細胞を用いた研究から、アクチビンは線状体投射ニューロンへの細胞分化の決定に関与するものと考えられる<ref name=Arber2015><pubmed>25804741</pubmed></ref>。近年の再生医療研究に欠かせない因子となっている。 | 多能性幹細胞であるES細胞(embryonic stem cell)の培養系やEB(embryoid body)において多分化能の維持や分化には多くの因子が働いている。アクチビンは、幹細胞の神経誘導に関与する。また、胚性幹細胞由来の終脳神経前駆細胞における皮質介在ニューロン分化を制御している<ref name=Cambray2012><pubmed>22588303</pubmed></ref>。ES, iPS細胞を用いた研究から、アクチビンは線状体投射ニューロンへの細胞分化の決定に関与するものと考えられる<ref name=Arber2015><pubmed>25804741</pubmed></ref>。近年の再生医療研究に欠かせない因子となっている。 | ||
=== | === 骨格筋=== | ||
アクチビンと構造上類似したマイオスタチンは骨格筋により産生され全身の骨格筋に作用し筋肉量を負に調節していることが、マウス、家畜牛、羊、魚類で確認されている<ref name=Kresak2023><pubmed>36642816</pubmed></ref><ref name=Lee1999><pubmed>10508689</pubmed></ref>。マイオカインの1種である。アクチビンも筋量を調節しており、特にヒトを含めた霊長類ではマイオスタチンと共にアクチビンが筋量を調節している可能性が高い<ref name=Latres2017><pubmed>28452368</pubmed></ref><ref name=Lee2007><pubmed>17726519</pubmed></ref><ref name=Lee2010><pubmed>20810712</pubmed></ref>。 | アクチビンと構造上類似したマイオスタチンは骨格筋により産生され全身の骨格筋に作用し筋肉量を負に調節していることが、マウス、家畜牛、羊、魚類で確認されている<ref name=Kresak2023><pubmed>36642816</pubmed></ref><ref name=Lee1999><pubmed>10508689</pubmed></ref>。マイオカインの1種である。アクチビンも筋量を調節しており、特にヒトを含めた霊長類ではマイオスタチンと共にアクチビンが筋量を調節している可能性が高い<ref name=Latres2017><pubmed>28452368</pubmed></ref><ref name=Lee2007><pubmed>17726519</pubmed></ref><ref name=Lee2010><pubmed>20810712</pubmed></ref>。 | ||