「スフィンゴミエリン」の版間の差分

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 同じ極性頭部、ホスホコリンを持つグリセロリン脂質、[[ホスファチジルコリン]](PC)と異なり、スフィンゴミエリンは水素結合供与基(2位のアミノ基と3位の水酸基)を有しており('''図1''')、分子内、分子間で水素結合ネットワークを形成しうる<ref name=Murata2022><pubmed>35791389</pubmed></ref><ref name=Slotte2016><pubmed>26656158</pubmed></ref>。この性質が以下に述べるコレステロールとの相互作用による秩序液体(liquid-ordered (Lo))ドメインの形成において重要である。
 同じ極性頭部、ホスホコリンを持つグリセロリン脂質、[[ホスファチジルコリン]](PC)と異なり、スフィンゴミエリンは水素結合供与基(2位のアミノ基と3位の水酸基)を有しており('''図1''')、分子内、分子間で水素結合ネットワークを形成しうる<ref name=Murata2022><pubmed>35791389</pubmed></ref><ref name=Slotte2016><pubmed>26656158</pubmed></ref>。この性質が以下に述べるコレステロールとの相互作用による秩序液体(liquid-ordered (Lo))ドメインの形成において重要である。


== 生合成と代謝 ==
[[ファイル:Kobayashi sphingomyelin Fig2.png|サムネイル|'''図2. スフィンゴミエリン生合成経路'''<br>スフィンゴミエリンとその前駆体、反応を担う酵素とその阻害剤をそれぞれ、黒、青、赤字で示す。]]
 スフィンゴミエリン生合成経路は、小胞体における前駆体セラミド合成、ゴルジ体へのセラミドの輸送とゴルジ体におけるスフィンゴミエリン合成、と異なるコンパートメントにまたがり進行する。一連の反応は、小胞体の複数回膜貫通タンパク質である、セリンパルミトイルトランスフェラーゼを含む複合体によるL-セリンとパルミトイルCoAの縮合から始まる。この反応産物3-ケト-スフィンガニンは、3-ケト-スフィンガニンレダクターゼによりジヒドロスフィンゴシン/スフィンガニンへ還元された後、セラミド合成酵素によりアシル化され、ジヒドロセラミドが生じる。セラミド合成酵素は、哺乳動物細胞では、異なる基質特異性を持つ6種の酵素からなるファミリーを形成し、スフィンゴミエリンのアシル鎖長を決定している。ジヒドロセラミドの長鎖塩基の4、5位の間にトランス二重結合がジヒドロセラミド不飽和化酵素により導入され、セラミドが合成される<ref name=Hanada2009><pubmed>19416656</pubmed></ref>('''図2''')。セラミドは、セラミド輸送タンパク質CERTによって、小胞体とトランスゴルジ領域間の膜接触部位(membrane contact sites)において小胞輸送非依存に輸送される<ref name=Hanada2009><pubmed>19416656</pubmed></ref><ref name=Murata2022><pubmed>35791389</pubmed></ref>。長鎖セラミド(C14:0, C16:0, C18:0, C20:0)がCERTの主要なリガンドである<ref name=Kumagai2005><pubmed>15596449</pubmed></ref>のに対し、極長鎖セラミド(C24)は小胞輸送によってゴルジ体へ運ばれることが最近報告されている<ref name=Fougere2025><pubmed>40000850</pubmed></ref><ref name=Kim2023><pubmed>37787764</pubmed></ref><ref name=Kim2025><pubmed>39990424</pubmed></ref>。ゴルジ体に輸送されたセラミドへ、スフィンゴミエリン合成酵素(sphingomyelin synthase or phosphatidylcholine:ceramide cholinephosphotransferase)によって、PC由来のホスホコリンが付加されることにより、スフィンゴミエリンが生合成される(図2)。この際、PCからホスホコリンが除かれることにより、ジアシルグリセロールが副産物として生成される。
== 生合成 ==
=== 細胞局在 ===
 スフィンゴミエリンの生合成は、[[小胞体]]における前駆体[[セラミド]]合成、[[ゴルジ体]]へのセラミドの輸送とゴルジ体におけるスフィンゴミエリン合成、と異なるコンパートメントにまたがり進行する。一連の反応は、小胞体の複数回膜貫通タンパク質である、[[セリンパルミトイルトランスフェラーゼ]]を含む複合体による[[L-セリン]]と[[パルミトイルCoA]]の縮合から始まる。この反応産物[[3-ケト-スフィンガニン]]は、[[3-ケト-スフィンガニンレダクターゼ]]によりジヒドロスフィンゴシン/スフィンガニンへ還元された後、セラミド合成酵素によりアシル化され、ジヒドロセラミドが生じる。セラミド合成酵素は、哺乳動物細胞では、異なる基質特異性を持つ6種の酵素からなるファミリーを形成し、スフィンゴミエリンのアシル鎖長を決定している。ジヒドロセラミドの長鎖塩基の4、5位の間にトランス二重結合がジヒドロセラミド不飽和化酵素により導入され、セラミドが合成される<ref name=Hanada2009><pubmed>19416656</pubmed></ref>('''図2''')。


 酵素活性は1970年代より、マウス肝臓の膜画分に検出されていたが<ref name=Ullman1974><pubmed>4817756</pubmed></ref><ref name=Voelker1982><pubmed>7093220</pubmed></ref>、2004年に二つのグループからスフィンゴミエリン合成酵素遺伝子のクローニングが報告された<ref name=Huitema2004><pubmed>14685263</pubmed></ref><ref name=Yamaoka2004><pubmed>14976195</pubmed></ref>。HuitemaらはLipid phosphate phosphatase (LPP)の特徴的モチーフなど、配列情報を基にin silicoスクリーニングを用い<ref name=Huitema2004><pubmed>14685263</pubmed></ref>、Yamaokaらはスフィンゴミエリン 合成欠損マウスリンパ細胞を用いた発現クローニングの手法により<ref name=Yamaoka2004><pubmed>14976195</pubmed></ref>、スフィンゴミエリン合成酵素遺伝子を同定した。ヒトでは、sphingomyelin synthase 1 (SMS1) 、2 (SMS2)の二つの酵素がSGMS1とSGMS2の二つの遺伝子にコードされている。これらSGMS1、SGMS2は哺乳動物間で非常に高く保存されている(ヒト対マウス: >90%)他、スフィンゴミエリンを持つ生物、線虫C. eleganceなどでも遺伝子とその産物の酵素活性が確認されている<ref name=Huitema2004><pubmed>14685263</pubmed></ref>。両者の転写産物は、ヒト脳、心臓、腎臓、肝臓、筋肉、および胃で検出されており、さまざまな臓器に広く発現していることが明らかになっている<ref name=Huitema2004><pubmed>14685263</pubmed></ref>。SMS1はトランスゴルジ膜に局在し、新規スフィンゴミエリン合成に関わっているのに対し、SMS2はゴルジ体膜にも局在するが、主に細胞膜に局在し、細胞膜のスフィンゴ脂質の異化により生じたセラミドを基質としていると考えられている<ref name=Huitema2004><pubmed>14685263</pubmed></ref><ref name=Sokoya2022><pubmed>36102623</pubmed></ref>。SMS1、SMS2は6回膜貫通タンパク質であり、その触媒中心はSMS1ではゴルジ体内腔側を、SMS2では細胞外側を向いていると考えられている。上記、SMS1、SMS2の他に、配列類似性を基にSMSr (sphingomyelin synthase-related protein)もまた同定された<ref name=Huitema2004><pubmed>14685263</pubmed></ref>。試験管内のアッセイでは、SMSrはSM合成活性は示さず、哺乳類ではごく微量存在するスフィンゴ脂質、セラミドホスホエタノールアミン(CPE)合成活性を示す<ref name=Hu2024><pubmed>38388831</pubmed></ref><ref name=Huitema2004><pubmed>14685263</pubmed></ref>。SMSrは小胞体に局在し、CPEを合成することで小胞体のセラミドレベルを調節すると考えられている<ref name=Vacaru2009><pubmed>19506037</pubmed></ref>。スフィンゴミエリン生合成に伴う、セラミド消費とジアシルグリセロール産生は、単に生合成のみならず、二つの生理活性脂質を介したシグナル伝達により細胞増殖に関与するという仮説“スフィンゴミエリンサイクル”が立てられている<ref name=Hannun1994><pubmed>8106344</pubmed></ref><ref name=Pagano1988><pubmed>3255201</pubmed></ref>。
 セラミドは、[[セラミド輸送タンパク質]][[CERT]]によって、小胞体と[[トランスゴルジ]]領域間の[[膜接触部位]]([[membrane contact site]]s)において[[小胞輸送]]非依存に輸送される<ref name=Hanada2009><pubmed>19416656</pubmed></ref><ref name=Murata2022><pubmed>35791389</pubmed></ref>。[[長鎖セラミド]](C14:0, C16:0, C18:0, C20:0)がCERTの主要なリガンドである<ref name=Kumagai2005><pubmed>15596449</pubmed></ref>のに対し、[[極長鎖セラミド]](C24)は小胞輸送によってゴルジ体へ運ばれることが最近報告されている<ref name=Fougere2025><pubmed>40000850</pubmed></ref><ref name=Kim2023><pubmed>37787764</pubmed></ref><ref name=Kim2025><pubmed>39990424</pubmed></ref>。ゴルジ体に輸送されたセラミドへ、[[スフィンゴミエリン合成酵素]](sphingomyelin synthase or phosphatidylcholine:ceramide cholinephosphotransferase)によって、ホスファチジルコリン由来のホスホコリンが付加されることにより、スフィンゴミエリンが生合成される('''図2''')。この際、PCからホスホコリンが除かれることにより、[[ジアシルグリセロール]]が副産物として生成される。


 スフィンゴミエリンの分解に関しては、5つの異なるスフィンゴミエリナーゼ(SMPD1-4, SMPDL3A)が、細胞膜、小胞体、ゴルジ体、核、リソソーム、ミトコンドリア、細胞外スペースに局在することが知られている<ref name=Hannun2018><pubmed>29165427</pubmed></ref>。これらの酵素は至適pHが異なっており、それぞれの細胞内機能部位におけるpHを反映していると考えられる。中性スフィンゴミエリナーゼ(nSMase2:SMPD3)は、酸性リン脂質によってアロステリックに活性化され、二カ所のパルミトイル化により細胞膜内層に局在する<ref name=Airola2017><pubmed>28652336</pubmed></ref>。酸性スフィンゴミエリナーゼ(aSMase:SMPD1)は、分泌経路を通り、リソソームへ局在し、酵素活性に必要なZnと結合する。TNFやIL-1などのサイトカイン刺激により細胞外へ分泌される<ref name=Jenkins2011a><pubmed>21098024</pubmed></ref>が、分泌された分子が至適pH、Zn不在の環境下、酵素活性を発揮するかは不明である。
=== スフィンゴミエリン合成酵素 ===
 スフィンゴミエリン合成酵素活性は1970年代より、[[マウス]][[肝臓]]の膜画分に検出されていたが<ref name=Ullman1974><pubmed>4817756</pubmed></ref><ref name=Voelker1982><pubmed>7093220</pubmed></ref>、2004年に二つのグループからスフィンゴミエリン合成酵素遺伝子のクローニングが報告された<ref name=Huitema2004><pubmed>14685263</pubmed></ref><ref name=Yamaoka2004><pubmed>14976195</pubmed></ref>。Huitemaらは[[lipid phosphate phosphatase]] ([[LPP]])の特徴的モチーフなど、配列情報を基に''in silico''スクリーニングを用い<ref name=Huitema2004><pubmed>14685263</pubmed></ref>、Yamaokaらはスフィンゴミエリン合成欠損マウスリンパ細胞を用いた発現クローニングの手法により<ref name=Yamaoka2004><pubmed>14976195</pubmed></ref>、スフィンゴミエリン合成酵素遺伝子を同定した。
図2. スフィンゴミエリン生合成経路
 
スフィンゴミエリンとその前駆体、反応を担う酵素とその阻害剤をそれぞれ、黒、青、赤字で示す。
 ヒトでは、[[スフィンゴミエリン合成酵素1]] ([[sphingomyelin synthase 1]]; [[SMS1]]) 、[[スフィンゴミエリン合成酵素2|2]] ([[SMS2]])の二つの酵素が[[SGMS1]]と[[SGMS2]]の二つの遺伝子にコードされている。これらSGMS1、SGMS2は哺乳動物間で非常に高く保存されている(ヒト対マウス: >90%)他、スフィンゴミエリンを持つ生物、線虫''[[Caenorhabditis elegans|C. elegans]]''などでも遺伝子とその産物の酵素活性が確認されている<ref name=Huitema2004><pubmed>14685263</pubmed></ref>。両者の転写産物は、ヒト脳、[[心臓]]、[[腎臓]]、肝臓、[[筋肉]]、および[[胃]]で検出されており、さまざまな臓器に広く発現していることが明らかになっている<ref name=Huitema2004><pubmed>14685263</pubmed></ref>。
 
 SMS1はトランスゴルジ膜に局在し、新規スフィンゴミエリン合成に関わっているのに対し、SMS2はゴルジ体膜にも局在するが、主に細胞膜に局在し、細胞膜のスフィンゴ脂質の異化により生じたセラミドを基質としていると考えられている<ref name=Huitema2004><pubmed>14685263</pubmed></ref><ref name=Sokoya2022><pubmed>36102623</pubmed></ref>。SMS1、SMS2は6回膜貫通タンパク質であり、その触媒中心はSMS1ではゴルジ体内腔側を、SMS2では細胞外側を向いていると考えられている。
 
 上記、SMS1、SMS2の他に、配列類似性を基に[[スフィンゴミエリン合成酵素関連タンパク質]]([[sphingomyelin synthase-related protein]]; [[SMSr]])もまた同定された<ref name=Huitema2004><pubmed>14685263</pubmed></ref>。試験管内のアッセイでは、SMSrはスフィンゴミエリン合成活性は示さず、哺乳類ではごく微量存在するスフィンゴ脂質、[[セラミドホスホエタノールアミン]](CPE)合成活性を示す<ref name=Hu2024><pubmed>38388831</pubmed></ref><ref name=Huitema2004><pubmed>14685263</pubmed></ref>。SMSrは小胞体に局在し、セラミドホスホエタノールアミンを合成することで小胞体のセラミドレベルを調節すると考えられている<ref name=Vacaru2009><pubmed>19506037</pubmed></ref>。スフィンゴミエリン生合成に伴う、セラミド消費とジアシルグリセロール産生は、単に生合成のみならず、二つの生理活性脂質を介したシグナル伝達により細胞増殖に関与するという仮説“スフィンゴミエリンサイクル”が立てられている<ref name=Hannun1994><pubmed>8106344</pubmed></ref><ref name=Pagano1988><pubmed>3255201</pubmed></ref>。
 
== 代謝 ==
 スフィンゴミエリンの分解に関しては、5つの異なる[[スフィンゴミエリナーゼ]]([[スフィンゴミエリナーゼホスホジエステラーぜ]]、[[sphingomyelin phosphodiesterase]]; [[SMPD1]]-[[SMPD4|4]], [[SMPDL3A]])が、細胞膜、小胞体、ゴルジ体、[[核]]、[[リソソーム]]、[[ミトコンドリア]]、細胞外スペースに局在することが知られている<ref name=Hannun2018><pubmed>29165427</pubmed></ref>。これらの酵素は至適pHが異なっており、それぞれの細胞内機能部位におけるpHを反映していると考えられる。[[中性スフィンゴミエリナーゼ]](nSMase2:[[SMPD3]])は、[[酸性リン脂質]]によって[[アロステリック]]に活性化され、二カ所の[[パルミトイル化]]により細胞膜内層に局在する<ref name=Airola2017><pubmed>28652336</pubmed></ref>。[[酸性スフィンゴミエリナーゼ]]([[aSMase]]:[[SMPD1]])は、分泌経路を通り、リソソームへ局在し、酵素活性に必要な[[Zn]]と結合する。[[腫瘍壊死因子]] ([[tumor necrosis factor]]; [[TNF]]や[[インターロイキン1]]([[interleukin-1]]; [[IL-1]])などの[[サイトカイン]]刺激により細胞外へ分泌される<ref name=Jenkins2011a><pubmed>21098024</pubmed></ref>が、分泌された分子が至適pH、Zn不在の環境下、酵素活性を発揮するかは不明である。


== 細胞内局在 ==
== 細胞内局在 ==