「選択的セロトニン再取り込み阻害薬」の版間の差分

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 最も早く実用化されたSSRIは[[ジメリジン]] ([[zimelidine]])であり、1982年にスウェーデンで実用化されたものの副作用([[ギラン・バレー症候群]])のため翌年には市場から撤退を余儀なくされた<ref name=Fagius1985><pubmed>3156214</pubmed></ref> [2]。現在も用いられているSSRIおよびSNRIのうち、最も早く実用化されたのは[[フルボキサミン]]であり、1983年に西ドイツおよびスイスで承認されている(米国での承認は1994年)。米国で最も早く実用化されたのは[[フルオキセチン]]fluoxetine(商品名Prozac、本邦未承認)であり、1987年末に米国FDAの承認を得ている。翌年の上市以降、(あくまでも当時の治療薬と比較してであるが)その副作用の少なさも相まって急速にその売り上げを伸ばし、累計で200億USドル以上の売り上げを記録するなど、ブロックバスターの地位を長年にわたり維持し続けた。1990年のNewsweek誌の表紙で”A breakthrough drug for depression”として、1999年のFortune誌において”Pharmaceutical Products of the Century”として取り上げられるなど、社会全体に大きな影響を与えた薬剤の一つである<ref name=Wong2005><pubmed>16121130</pubmed></ref> [3]。
 最も早く実用化されたSSRIは[[ジメリジン]] ([[zimelidine]])であり、1982年にスウェーデンで実用化されたものの副作用([[ギラン・バレー症候群]])のため翌年には市場から撤退を余儀なくされた<ref name=Fagius1985><pubmed>3156214</pubmed></ref> [2]。現在も用いられているSSRIおよびSNRIのうち、最も早く実用化されたのは[[フルボキサミン]]であり、1983年に西ドイツおよびスイスで承認されている(米国での承認は1994年)。米国で最も早く実用化されたのは[[フルオキセチン]]fluoxetine(商品名Prozac、本邦未承認)であり、1987年末に米国FDAの承認を得ている。翌年の上市以降、(あくまでも当時の治療薬と比較してであるが)その副作用の少なさも相まって急速にその売り上げを伸ばし、累計で200億USドル以上の売り上げを記録するなど、ブロックバスターの地位を長年にわたり維持し続けた。1990年のNewsweek誌の表紙で”A breakthrough drug for depression”として、1999年のFortune誌において”Pharmaceutical Products of the Century”として取り上げられるなど、社会全体に大きな影響を与えた薬剤の一つである<ref name=Wong2005><pubmed>16121130</pubmed></ref> [3]。
 
[[ファイル:Nagayasu SSRI Fig1.png|サムネイル|'''図1. 本邦で使用されているSSRIの化学構造''']]
== 現在使用されているSSRI ==
== 現在使用されているSSRI ==
 本邦ではパロキセチン、フルボキサミン、セルトラリンおよびエスシタロプラムの4剤が臨床使用されているが<ref name=伊豆津>'''伊豆津 宏二, 今井 靖, 桑名 正隆, 寺田 智祐 (2025)'''<br>今日の治療薬2025. 南江堂.</ref> [12](図1)、海外ではfluoxetineに加えてエスシタロプラムのラセミ体であるcitalopramも臨床使用されている<ref name=仙波>'''仙波 純一, 松浦 雅人, 太田 克也 (監訳) (2023)'''<br>ストール精神薬理学エセンシャルズ第5版. メディカル・サイエンス・インターナショナル.</ref> [13]。うつ病治療の第一選択薬候補としてだけでなく、社会不安障害(セルトラリン以外の3剤)、強迫性障害(パロキセチンおよびフルボキサミン)、パニック障害(パロキセチンおよびセルトラリン)、心的外傷後ストレス障害(パロキセチンおよびセルトラリン)に対する治療薬として、また適応外処方ではあるが全般不安症(フルボキサミン以外の3剤)や過食症(フルボキサミン)に対しても用いられている<ref name=伊豆津 /> [12]。
 本邦ではパロキセチン、フルボキサミン、セルトラリンおよびエスシタロプラムの4剤が臨床使用されているが<ref name=伊豆津>'''伊豆津 宏二, 今井 靖, 桑名 正隆, 寺田 智祐 (2025)'''<br>今日の治療薬2025. 南江堂.</ref> [12](図1)、海外ではfluoxetineに加えてエスシタロプラムのラセミ体であるcitalopramも臨床使用されている<ref name=仙波>'''仙波 純一, 松浦 雅人, 太田 克也 (監訳) (2023)'''<br>ストール精神薬理学エセンシャルズ第5版. メディカル・サイエンス・インターナショナル.</ref> [13]。うつ病治療の第一選択薬候補としてだけでなく、社会不安障害(セルトラリン以外の3剤)、強迫性障害(パロキセチンおよびフルボキサミン)、パニック障害(パロキセチンおよびセルトラリン)、心的外傷後ストレス障害(パロキセチンおよびセルトラリン)に対する治療薬として、また適応外処方ではあるが全般不安症(フルボキサミン以外の3剤)や過食症(フルボキサミン)に対しても用いられている<ref name=伊豆津 /> [12]。
[[ファイル:Nagayasu SSRI Fig2.png|サムネイル|図2. SSRIの急性および慢性作用]]
[[ファイル:Nagayasu SSRI Fig2.png|サムネイル|'''図2. SSRIの急性および慢性作用''']]
== 作用機序 ==
== 作用機序 ==
 SSRIは主にセロトニン神経に発現するセロトニントランスポーター(serotonin transporter, SERT)に結合し、その機能を阻害する(図2)。一方で、ノルアドレナリントランスポーター(norepinephrine transporter, NET)あるいはドパミントランスポーター(dopamine transporter, DAT)にはほとんど結合しない(表1)<ref name=Tatsumi1999><pubmed>10193665</pubmed></ref><ref name=Andersen2011><pubmed>21730142</pubmed></ref><ref name=Zhang2010><pubmed>20672825</pubmed></ref> [4–6]。PETを用いた解析からもSERTに対するin vivoにおける高い占拠率(>80%)が示されている<ref name=Sorensen2022><pubmed>34548628</pubmed></ref>[14]。SERTはシナプス間隙に遊離されたセロトニンをシナプス前部に再取り込みすることで、それら神経伝達物質の作用を終止させる<ref name=Shen2004><pubmed>15226739</pubmed></ref><ref name=Mathews2004><pubmed>15589347</pubmed></ref> [7,8]。健常動物におけるマイクロダイアリシス法を用いた検討から、SSRIによるSERTの阻害が、様々な脳部位におけるセロトニン細胞外濃度の速やかな上昇をもたらすことが明らかになっている<ref name=Perry1992><pubmed>1375306</pubmed></ref><ref name=David2003><pubmed>14530210</pubmed></ref><ref name=Tao2000><pubmed>10900234</pubmed></ref> [9–11]。一方で、三環系抗うつ薬やSNRIなどの他の抗うつ薬と同様にSSRIの薬効発現には数週間以上の期間を必要とするなど、セロトニン細胞外濃度上昇と抗うつ作用の間の関係については未だ不明な点が多い。またSSRIは、低用量では比較的選択的にセロトニン細胞外濃度を上昇させるが、高用量ではノルアドレナリン細胞外濃度も上昇させることから、SSRIの作用の一部にノルアドレナリンを介したものがある可能性を示唆する研究もある<ref name=David2003><pubmed>14530210</pubmed></ref> [10]。また、SNRIはSERTに加えてNETも阻害するが、SSRIと比較してSNRIの方が寛解率がより高いかについては未だ結論は出ていない<ref name=仙波 /> [13]。
 SSRIは主にセロトニン神経に発現するセロトニントランスポーター(serotonin transporter, SERT)に結合し、その機能を阻害する(図2)。一方で、ノルアドレナリントランスポーター(norepinephrine transporter, NET)あるいはドパミントランスポーター(dopamine transporter, DAT)にはほとんど結合しない(表1)<ref name=Tatsumi1999><pubmed>10193665</pubmed></ref><ref name=Andersen2011><pubmed>21730142</pubmed></ref><ref name=Zhang2010><pubmed>20672825</pubmed></ref> [4–6]。PETを用いた解析からもSERTに対するin vivoにおける高い占拠率(>80%)が示されている<ref name=Sorensen2022><pubmed>34548628</pubmed></ref>[14]。SERTはシナプス間隙に遊離されたセロトニンをシナプス前部に再取り込みすることで、それら神経伝達物質の作用を終止させる<ref name=Shen2004><pubmed>15226739</pubmed></ref><ref name=Mathews2004><pubmed>15589347</pubmed></ref> [7,8]。健常動物におけるマイクロダイアリシス法を用いた検討から、SSRIによるSERTの阻害が、様々な脳部位におけるセロトニン細胞外濃度の速やかな上昇をもたらすことが明らかになっている<ref name=Perry1992><pubmed>1375306</pubmed></ref><ref name=David2003><pubmed>14530210</pubmed></ref><ref name=Tao2000><pubmed>10900234</pubmed></ref> [9–11]。一方で、三環系抗うつ薬やSNRIなどの他の抗うつ薬と同様にSSRIの薬効発現には数週間以上の期間を必要とするなど、セロトニン細胞外濃度上昇と抗うつ作用の間の関係については未だ不明な点が多い。またSSRIは、低用量では比較的選択的にセロトニン細胞外濃度を上昇させるが、高用量ではノルアドレナリン細胞外濃度も上昇させることから、SSRIの作用の一部にノルアドレナリンを介したものがある可能性を示唆する研究もある<ref name=David2003><pubmed>14530210</pubmed></ref> [10]。また、SNRIはSERTに加えてNETも阻害するが、SSRIと比較してSNRIの方が寛解率がより高いかについては未だ結論は出ていない<ref name=仙波 /> [13]。
 
{| class="wikitable"
|+ '''表1.SSRIのSERT、NETおよびDATに対する阻害作用<ref name=Tatsumi1999><pubmed>10193665</pubmed></ref><ref name=Andersen2011><pubmed>21730142</pubmed></ref><ref name=Zhang2010><pubmed>20672825</pubmed></ref>'''
! 物質 !! SERT !! NET !! DAT
|-
! フルボキサミン(Kd)<ref name=Tatsumi1999 />
| 8.7 || 5.9 || 5.0
|-
! フルオキセチン(Kd)<ref name=Tatsumi1999 />[4]
| 9.1 || 6.6 || 5.4
|-
! パロキセチン(Kd)<ref name=Tatsumi1999 />[4]
| 9.9 || 7.4 || 6.3
|-
! セルトラリン(Kd)<ref name=Tatsumi1999 />[4]
| 9.5 || 6.4 || 7.6
|-
! エスシタロプラム(Ki)
| 8.4<ref name=Andersen2011 /> [5] || 5.5 <ref name=Andersen2011 />[5] || 5.1 <ref name=Zhang2010 />[6]
|-
! シタロプラム(Ki)
| 8.4 <ref name=Andersen2011 />[5] || 5.8 <ref name=Andersen2011 />[5] || 5.0 <ref name=Zhang2010 />[6]
|}
 SSRIを含む抗うつ薬が薬効発現までに時間を要する原因については未だ完全には解明されていないものの、5-HT1A受容体の脱感作あるいはダウンレギュレーションが生じるまでの遅延であるとする説や、神経栄養因子や神経新生などにより神経可塑的変化、神経回路の再編成が生じるのに時間を要するためであるとする説など、様々な仮説が提案されている。セロトニン神経に発現する自己抑制性の5-HT1A受容体(および5-HT1B受容体)は、細胞体/樹状突起やvaricosityと呼ばれるセロトニン放出サイトから遊離したセロトニンにより活性化され、電位依存性カルシウムチャネルの阻害、カリウムチャネルの開口などを介してセロトニン神経活動およびセロトニン遊離にネガティブフィードバックを行っている<ref name=Hajos1995><pubmed>7675121</pubmed></ref><ref name=Gray2013><pubmed>23374637</pubmed></ref> [26,27]。SSRIなどSERTの阻害薬の急性投与によりセロトニンの再取り込みが阻害されると、細胞外セロトニン濃度は上昇するものの、抑制性の5-HT1A受容体の活性化を通じてセロトニン神経活動およびセロトニン遊離が抑制されるため、細胞外セロトニン濃度の上昇は限定的なものとなる。実際、げっ歯類における検討では、SSRI急性投与による細胞外セロトニン濃度上昇が5-HT1A受容体阻害薬の共処置により増強することや、SSRI急性投与によるセロトニン神経活動低下が5-HT1A受容体阻害薬の共処置で抑制されることが示されている<ref name=Hjorth1996><pubmed>8982649</pubmed></ref><ref name=Koda2025><pubmed>39828391</pubmed></ref> [28,29]。SERT阻害薬の慢性投与により5-HT1A受容体が持続的に活性化することで脱感作およびダウンレギュレーションが生じ、セロトニン神経活動に対するネガティブフィードバックが解除される。この5-HT1A受容体の脱感作あるいはダウンレギュレーションに時間を要することが、SSRIなどSERT阻害作用を有する抗うつ薬の薬効発現に時間を要する理由の一つであると考えられている(図2)。一方で、抗うつ薬投与後の5-HT1A受容体量低下と抗うつ効果の間に相関がみられないとする臨床研究もあり、抗うつ薬の薬効発現における意義については不明な点も多く残されている<ref name=Gray2013><pubmed>23374637</pubmed></ref>[27]。SSRIを含む抗うつ薬の慢性投与が、セロトニン神経の自発的な活動性を(抑制性自己受容体とは無関係に)亢進させることや、脳由来神経栄養因子(BDNF)やCREBの発現増加、神経新生の増加などを引き起こすことも明らかにされており、これらの因子を通じた神経可塑的変化や神経回路の再編成が抗うつ作用の発現に重要である可能性も示唆される<ref name=Nibuya1995><pubmed>7472505</pubmed></ref><ref name=Nibuya1996><pubmed>8601816</pubmed></ref><ref name=Santarelli2003><pubmed>12907793</pubmed></ref><ref name=Asaoka2017><pubmed>29051549</pubmed></ref> [30-33]。SSRIを含む抗うつ薬は長年に渡り使用されているもののその機序の解明には未だ至っておらず、さらなる研究がまたれる。
 SSRIを含む抗うつ薬が薬効発現までに時間を要する原因については未だ完全には解明されていないものの、5-HT1A受容体の脱感作あるいはダウンレギュレーションが生じるまでの遅延であるとする説や、神経栄養因子や神経新生などにより神経可塑的変化、神経回路の再編成が生じるのに時間を要するためであるとする説など、様々な仮説が提案されている。セロトニン神経に発現する自己抑制性の5-HT1A受容体(および5-HT1B受容体)は、細胞体/樹状突起やvaricosityと呼ばれるセロトニン放出サイトから遊離したセロトニンにより活性化され、電位依存性カルシウムチャネルの阻害、カリウムチャネルの開口などを介してセロトニン神経活動およびセロトニン遊離にネガティブフィードバックを行っている<ref name=Hajos1995><pubmed>7675121</pubmed></ref><ref name=Gray2013><pubmed>23374637</pubmed></ref> [26,27]。SSRIなどSERTの阻害薬の急性投与によりセロトニンの再取り込みが阻害されると、細胞外セロトニン濃度は上昇するものの、抑制性の5-HT1A受容体の活性化を通じてセロトニン神経活動およびセロトニン遊離が抑制されるため、細胞外セロトニン濃度の上昇は限定的なものとなる。実際、げっ歯類における検討では、SSRI急性投与による細胞外セロトニン濃度上昇が5-HT1A受容体阻害薬の共処置により増強することや、SSRI急性投与によるセロトニン神経活動低下が5-HT1A受容体阻害薬の共処置で抑制されることが示されている<ref name=Hjorth1996><pubmed>8982649</pubmed></ref><ref name=Koda2025><pubmed>39828391</pubmed></ref> [28,29]。SERT阻害薬の慢性投与により5-HT1A受容体が持続的に活性化することで脱感作およびダウンレギュレーションが生じ、セロトニン神経活動に対するネガティブフィードバックが解除される。この5-HT1A受容体の脱感作あるいはダウンレギュレーションに時間を要することが、SSRIなどSERT阻害作用を有する抗うつ薬の薬効発現に時間を要する理由の一つであると考えられている(図2)。一方で、抗うつ薬投与後の5-HT1A受容体量低下と抗うつ効果の間に相関がみられないとする臨床研究もあり、抗うつ薬の薬効発現における意義については不明な点も多く残されている<ref name=Gray2013><pubmed>23374637</pubmed></ref>[27]。SSRIを含む抗うつ薬の慢性投与が、セロトニン神経の自発的な活動性を(抑制性自己受容体とは無関係に)亢進させることや、脳由来神経栄養因子(BDNF)やCREBの発現増加、神経新生の増加などを引き起こすことも明らかにされており、これらの因子を通じた神経可塑的変化や神経回路の再編成が抗うつ作用の発現に重要である可能性も示唆される<ref name=Nibuya1995><pubmed>7472505</pubmed></ref><ref name=Nibuya1996><pubmed>8601816</pubmed></ref><ref name=Santarelli2003><pubmed>12907793</pubmed></ref><ref name=Asaoka2017><pubmed>29051549</pubmed></ref> [30-33]。SSRIを含む抗うつ薬は長年に渡り使用されているもののその機序の解明には未だ至っておらず、さらなる研究がまたれる。


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