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== 分子機能 == | == 分子機能 == | ||
さまざまな細胞膜タンパク質とアクチン細胞骨格間のクロスリンカーとして、[[Rhoファミリー低分子量Gタンパク質]]の調節因子として、また[[PI3キナーゼ]] ([[PI3K]])-[[Akt]]経路などのシグナル伝達に関連するタンパク質の足場タンパク質として働く。これらの機能はがんの[[浸潤]]・[[転移]]にも密接に関わる。 | |||
=== 細胞膜タンパク質とアクチン細胞骨格間のクロスリンカー === | === 細胞膜タンパク質とアクチン細胞骨格間のクロスリンカー === | ||
==== 細胞接着タンパク質との結合 ==== | ==== 細胞接着タンパク質との結合 ==== | ||
単一の膜貫通領域をもつ[[細胞接着タンパク質]]とFERMドメインで直接に結合し、アクチン細胞骨格へのクロスリンカータンパク質として働く。すべてのERMタンパク質が、細胞表面で[[ヒアルロン酸]]の[[受容体]]として機能する[[CD44]]の細胞質ドメインと結合し、アクチン細胞骨格との間でクロスリンカーとして働き、がん細胞の遊走や浸潤に関連する<ref name=Tsukita1994><pubmed>7518464</pubmed></ref><ref name=Yonemura1998><pubmed>9472040</pubmed></ref>[39][40]。また、エズリンは細胞間接着分子[[ICAM-1]]および[[ICAM-2]]の細胞質ドメインに結合する<ref name=Heiska1998><pubmed>9705328</pubmed></ref> [41]。モエシンは[[CD44]]のほか細胞接着タンパク質である[[CD43]]、細胞間接着分子ICAM-2とも直接に結合する<ref name=Yonemura1998 /> [40] ('''図2''')。 | |||
==== 膜輸送体や受容体との結合 ==== | ==== 膜輸送体や受容体との結合 ==== | ||
[[膜輸送体]]とも直接に結合し、アクチン細胞骨格との相互作用を介して、頂端膜で安定に発現させる。たとえば、エズリンは、FERM ドメインで[[Na+/H+交換輸送体1|Na<sup>+</sup>/H<sup>+</sup>交換輸送体1]] ([[NHE1]]) のC末端の細胞質領域と結合する<ref name=Denker2000><pubmed>11163215</pubmed></ref> [42]。また、がんにおける[[多剤耐性]]機構に重要な因子となる[[P糖タンパク質]] ([[P-gp]]) とも同様に結合し、P-gpの細胞膜発現と基質輸送能を高める<ref name=Luciani2002><pubmed>11781249</pubmed></ref> [43]。ラディキシンは、[[multi-drug resistance protein 2]] ([[MRP2]])のC末端の細胞質ドメインに直接結合し、[[胆管]]への[[抱合型ビリルビン]]の分泌に関与する<ref name=Kikuchi2002><pubmed>12068294</pubmed></ref>[44]。 モエシンは、FERMドメインで、[[Na+/K+/2Cl-共輸送体2|Na<sup>+</sup>/K<sup>+</sup>/2Cl<sup>-</sup>共輸送体2]] ([[NKCC2]]) のC末端領域と結合することで、NKCC2を頂端膜で安定に発現させる<ref name=Carmosino2012><pubmed>22708623</pubmed></ref>[45]。 | |||
また、エズリンは、足場タンパク質を介して膜輸送体や受容体と間接的に複合体を形成する。足場タンパク質である Na+/H+ | また、エズリンは、足場タンパク質を介して膜輸送体や受容体と間接的に複合体を形成する。足場タンパク質である[[Na+/H+交換輸送体制御因子1|Na<sup>+</sup>/H<sup>+</sup>交換輸送体制御因子1]] ([[NHERF1]]) および2は、2つの[[PDZドメイン|PDZ]] ([[PSD-95]]、[[Discs-large]]、[[ZO-1]]) ドメインをもつ一方、C末端でERMタンパク質のFERMドメインに結合する<ref name=Reczek1997 ./><ref name=Takeda2003 /> [9][10]。NHERF1のPDZドメインは、[[クロライドチャネル]]である[[嚢胞性線維症膜コンダクタンス制御因子]] ([[CFTR]])、[[Na+/H+交換輸送体3|Na<sup>+</sup>/H<sup>+</sup>交換輸送体3]] ([[NHE3]]) 、[[Na+/リン酸共輸送体2a|Na<sup>+</sup>/リン酸共輸送体2a]] ([[Npt2a]])、[[グルタミン酸輸送体]][[GLAST]]などの膜輸送体のほか、[[β2アドレナリン受容体|β<sub>2</sub>アドレナリン受容体]]([[β2AR]])のC末端に存在するPDZ結合モチーフと結合する。その結果、膜輸送体や受容体がアクチン細胞骨格に結合して細胞膜で安定に発現する<ref name=Hatano2013 /><ref name=Short1998><pubmed>9677412</pubmed></ref><ref name=Lamprecht1998><pubmed>9792717</pubmed></ref><ref name=Lee2007><pubmed>17048262</pubmed></ref><ref name=Kawaguchi2022b><pubmed>35132996</pubmed></ref>[23][46][47][48][49] ('''図2''')。 | ||
[[ファイル:Asano ERM proteins Fig3.png|サムネイル|'''図3. | [[ファイル:Asano ERM proteins Fig3.png|サムネイル|'''図3. ERMタンパク質によるRhoファミリー低分子量Gタンパク質活性の制御'''<br>GTP結合型のRhoファミリー低分子量Gタンパク質は活性型であり、下流のエフェクターと相互作用する。GDP結合型のRhoファミリー低分子量Gタンパク質は不活性型であり、下流のエフェクターとの親和性が大幅に低下している。Rho-GEFは、結合したGDPからGTPへの交換を誘導し、Rhoファミリー低分子量Gタンパク質を活性化する。Rho-GDIは、不活性型のGDP結合型Rhoファミリー低分子量Gタンパク質と結合し、安定化させることで活性型への変換を妨げる。ERMタンパク質はRho-GEFとFERMドメインで結合し、Rhoファミリー低分子量Gタンパク質においてGDPからGTPへの交換を促進することで活性化する (図中(a))。また、Rho-GDIともFERMドメインで結合し、Rhoファミリー低分子量Gタンパク質からのRho-GDIの解離を促進することで活性化する (図中(b))。]] | ||
=== | === Rhoファミリー低分子量Gタンパク質の調節 === | ||
エズリンは、細胞骨格のダイナミクスを制御するRhoファミリー低分子量Gタンパク質の上流および下流の[[エフェクター]]として機能する<ref name=Ivetic2004><pubmed>15147559</pubmed></ref>[50]。Rhoファミリー低分子量Gタンパク質は皮質アクチンの再構築を誘導し、[[フィロポディア]]、[[ラメリポディア]]といった細胞の形態変化や、遊走などの細胞運動を引き起こす。エズリンはRho関連タンパク質などに結合してRhoファミリー低分子量Gタンパク質活性を制御する一方、[[Rhoキナーゼ]]によるリン酸化によって活性化される。 | |||
エズリンは[[胃壁細胞]]の管腔側膜に発現する。胃壁細胞を[[ヒスタミン]]処理すると、[[cAMP依存性プロテインキナーゼ]] ([[PKA]]) によってエズリンのN末端側のSer66がリン酸化を受ける。この際にエズリンは[[ARF6 GTPase]]および[[ARF GTPase活性化タンパク質]]である[[ACAP4]]と結合し、胃酸分泌細胞内のプロトンポンプを含む細管小胞と管腔側膜との融合を促して酸分泌を開始する<ref name=Ding2010><pubmed>20360010</pubmed></ref> [51]。実際にエズリンを[[ノックダウン]]したマウスでは、細管小胞と管腔側膜との融合はおこらず、胃酸の分泌が傷害される<ref name=Tamura2005><pubmed>15809309</pubmed></ref> [52]。 | |||
ラディキシンについても、[[前立腺がん]]細胞PC3や[[乳がん]]細胞MDA-MB-231においてRhoファミリー低分子量Gタンパク質の一種である[[Rac1]]を介して細胞形態の変化や[[細胞遊走]]、細胞接着を制御する<ref name=Valderrama2012><pubmed>22467863</pubmed></ref>[53]。ラディキシンをノックダウンすると細胞面積の増加を引き起こすが、Rac1を発現抑制すると、この細胞面積増加は抑制される。一方、恒常的に活性化したRac1は、細胞の拡散と細胞間接触における[[N-カドヘリン]]の発現増加を引き起こす<ref name=Valderrama2012 /> [53]。 | |||
==== Rhoグアニンヌクレオチド交換因子との相互作用 ==== | ==== Rhoグアニンヌクレオチド交換因子との相互作用 ==== | ||
エズリンは、FERMドメインを介して、Rhoファミリー低分子量Gタンパク質を活性化する酵素である[[Rhoグアニンヌクレオチド交換因子]] ([[Rho-GEF]]) の1つである[[Pleckstrin Homology Domain-Containing Family G Member 6]] ([[PLEKHG6]])と結合する。腎尿細管由来のLLC-PK1細胞とA431細胞において、エズリンはPLEKHG6と結合して頂端膜へと誘導し、PLEKFG6による[[RhoG]]の活性化を介して微絨毛と[[ラッフル膜]]の形成と[[マクロピノサイトーシス]]を引き起こす<ref name=DAngelo2007><pubmed>17881735</pubmed></ref>[54]。また、エズリンはRac1のGEFである[[DOCK1]]と、[[engulfment and cell motility]] ([[ELMO]]) タンパク質、およびRac1からなる複合体と反応する。[[ゼブラフィッシュ]]の胚では、[[線毛]]の形成過程で[[基底小体]]の細胞内移動や細胞膜とのドッキングにはたらく<ref name=Epting2015><pubmed>25516973</pubmed></ref>[55]。 | |||
==== Rho-GDP解離阻害因子との相互作用 ==== | ==== Rho-GDP解離阻害因子との相互作用 ==== | ||
すべてのRhoファミリーメンバーの阻害性調節因子である[[Rho-GDI]]は、不活性型であるGDP結合Rhoファミリー低分子量Gタンパク質と結合し、Rho-GDP/GDI複合体を安定化することでRhoファミリー低分子量Gタンパク質の活性化を妨げる。エズリンはFERMドメインでRho-GDIと結合し、Rho-GDP/GDI複合体の形成を妨げることでRhoファミリー低分子量Gタンパク質の活性化を補助する<ref name=Takahashi1997 /> [11] ('''図3''')。 | |||
==== Rho関連コイルドコイル含有キナーゼとの相互作用 ==== | ==== Rho関連コイルドコイル含有キナーゼとの相互作用 ==== | ||
[[Rho関連コイルドコイル含有キナーゼ]]は、Rhoファミリー低分子量Gタンパク質の1つであるRhoAの下流エフェクターである<ref name=Leung1995><pubmed>7493923</pubmed></ref><ref name=Nakagawa1996><pubmed>8772201</pubmed></ref>[56][57]。[[ミオシン軽鎖]]を直接リン酸化、[[ミオシンホスファターゼ]]を阻害することで、[[ストレスファイバー]]の集合を誘導する<ref name=Totsukawa2000><pubmed>10953004</pubmed></ref>[58]。その一方、Rho関連コイルドコイル含有キナーゼはエズリンのC末端ドメインのThr567をリン酸化して活性化する。一方、Rho関連コイルドコイル含有キナーゼ阻害剤である[[Y27632]]はエズリンのリン酸化とアクチン細胞骨格への結合を阻害する<ref name=Quang2000><pubmed>10970850</pubmed></ref>[59]。 | |||
==== シグナル伝達タンパク質の足場タンパク質 ==== | ==== シグナル伝達タンパク質の足場タンパク質 ==== | ||
エズリンはリン酸化を受けて、[[肝細胞増殖因子]] (HGF)、[[上皮成長因子]] (EGF)、PI3キナーゼ(PI3K)-Akt経路などのシグナル伝達において、関連タンパク質の足場タンパク質として機能する。いくつかのシグナル伝達経路はクロストークして、細胞増殖やがんの浸潤や転移に関わる。 | |||
==== HGF/c-Metシグナル伝達 ==== | ==== HGF/c-Metシグナル伝達 ==== | ||
エズリンは、肝細胞増殖因子/[[c-Met]]シグナル伝達誘導性の細胞の形態変化や、がん細胞の浸潤・転移を引き起こす。HGFは[[受容体型チロシンキナーゼ]]c-Metと結合してリン酸化を引き起こす。この活性化c-Metは[[非受容体型チロシンキナーゼ]][[c-Src]]を誘導し、エズリンのTyr477をリン酸化する (Tyr477はエズリンに見られるがERMタンパク質の中では保存されていない)。リン酸化エズリンは、細胞の形態変化にかかわる非受容体型チロシンキナーゼである[[Fes]]と結合する。活性化されたFesはエズリンによってシート状の細胞間の接着部にリクルートされ、細胞の形態変化をともなう拡散・散乱をおこす<ref name=Naba2008><pubmed>18046454</pubmed></ref>[60]。 | |||
==== EGF/EGFRシグナル伝達 ==== | ==== EGF/EGFRシグナル伝達 ==== | ||
ヒトの[[皮膚]]がん由来のA431細胞を上皮成長因子で処理すると、エズリンのリン酸化と共に、微絨毛様構造やラッフル膜が形成されるなど細胞表面構造の変化が観察される<ref name=Bretscher1989><pubmed>2646308</pubmed></ref>[61]。エズリンは[[上皮成長因子受容体]]と複合体を形成する。上皮成長因子処理によってエズリンのFERMドメインのTyr145と、中央αヘリックス構造のTyr353がリン酸化を受け、上皮成長因子受容体との結合が増強される<ref name=Krieg1992><pubmed>1382070</pubmed></ref>[62]。エズリンを欠損または阻害すると、上皮成長因子受容体のリン酸化やシグナル下流の[[Erk]]や[[STAT3]]の活性化、細胞増殖が阻害を受ける<ref name=SaygidegerKont2016><pubmed>26936397</pubmed></ref>[63]。Tyr353のリン酸化は細胞増殖や[[上皮間葉転換]]、[[アポトーシス]]阻害にも関わる<ref name=Wang2014><pubmed>24346284</pubmed></ref>[64]。 | |||
==== PI3K-Akt経路 ==== | ==== PI3K-Akt経路 ==== | ||
エズリンは上皮成長因子のような外部シグナルを受けてTyr353がリン酸化されると、PI3Kの調節サブユニットである[[p85]]のC末端SH2ドメインと結合することでPI3Kを活性化する。PI3Kによって産生される[[ホスファチジルイノシトール3,4,5-三リン酸]]は、プロテインキナーゼであるAktを活性化し、細胞増殖を促すとともに細胞をアポトーシスから保護する<ref name=Gautreau1999><pubmed>10377409</pubmed></ref>[65]。また、上皮間葉転換を促進する。 | |||
一方、マーリンは脳特異的GTPaseである[[PI3Kエンハンサー]]([[PIKE]]) Lに結合し、PI3K活性を阻害して細胞増殖を抑制する<ref name=Rong2004><pubmed>15598747</pubmed></ref>[66]。 | |||
[[ファイル:Asano ERM proteins Fig4.png|サムネイル|'''図4. 成長円錐におけるガイダンス因子を受容するERMタンパク質複合体'''<br>神経軸索の誘因/反発因子として働く分泌性タンパク質Netrin-1は受容体であるDCCに結合し、PKA依存的にニューロン発達を誘導する。ERMタンパク質はDCCと結合すると共にPKAとも結合し、タンパク質複合体を形成する。この複合体形成が、DCCを介したPKAの活性化に重要である。特にエズリン は、Netrin-1依存的にDCCと結合し、Rhoキナーゼによって自身がリン酸化を受けてアクチン細胞骨格の再構築を引き起こし、神経軸索伸長などを引き起こすと考えられる。]] | [[ファイル:Asano ERM proteins Fig4.png|サムネイル|'''図4. 成長円錐におけるガイダンス因子を受容するERMタンパク質複合体'''<br>神経軸索の誘因/反発因子として働く分泌性タンパク質Netrin-1は受容体であるDCCに結合し、PKA依存的にニューロン発達を誘導する。ERMタンパク質はDCCと結合すると共にPKAとも結合し、タンパク質複合体を形成する。この複合体形成が、DCCを介したPKAの活性化に重要である。特にエズリン は、Netrin-1依存的にDCCと結合し、Rhoキナーゼによって自身がリン酸化を受けてアクチン細胞骨格の再構築を引き起こし、神経軸索伸長などを引き起こすと考えられる。]] | ||
== 神経での機能 == | == 神経での機能 == | ||
=== 成長円錐の形成 === | === 成長円錐の形成 === | ||