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抗精神病薬 英: antipsychotics, neuroleptics  
英: antipsychotics, neuroleptics  


 抗精神病薬は、向精神薬 (psychotropic drugs)の一種で抗精神病作用、すなわち幻覚、妄想、作為体験などの精神病症状に対して効果を有する薬物の総称である。主に統合失調症や双極性障害などの精神疾患の治療を目的として用いられる。神経遮断薬 (neuroleptics)や強力精神安定剤 (major tranquilizer)とも呼ばれる。  
 抗精神病薬は、[[向精神薬]] (psychotropic drugs)の一種で抗精神病作用、すなわち[[幻覚]]、[[妄想]]、[[作為体験]]などの精神病症状に対して効果を有する薬物の総称である。主に[[統合失調症]]や[[双極性障害]]などの[[精神疾患]]の治療を目的として用いられる。[[神経遮断薬]] (neuroleptics)や[[強力精神安定剤]] (major tranquilizer)とも呼ばれる。  


== 抗精神病薬の歴史 ==
== 歴史 ==


 抗精神病薬の歴史は、1950年に中枢作用の強い抗histamine薬として開発されたchlorpromazineに端を発する。当初は外科医のLaboritが、強化麻酔(人工冬眠)に用いて外科手術後のショックを予防する目的で使用した。その後、1952年に精神科医のDelayとDenikerが、統合失調症や躁病患者に投与したところ、覚醒状態で抗幻覚・妄想作用と鎮静作用を示すことを報告した。1958年にベルギーのJanssenは、butyrophenone系抗精神病薬のhaloperidolを開発した。1963年にはCarlssonとLindqvistが、これらの薬物が脳内dopamineの代謝産物を増加させることを報告し、統合失調症の「dopamine仮説」(dopamine神経の過剰興奮が統合失調症の病因)の糸口を作った。その後benzamide系、iminodibenzyl系などの第1世代(定型または従来型)抗精神病薬 (First-Generation Antipsychotics; FGA)が数多く開発され上市された。 FGAの開発コンセプトは、抗精神病薬の臨床用量(または血漿中濃度)が、dopamine D<sub>2</sub>受容体遮断作用と正の相関を示すため、D<sub>2</sub>受容体の遮断作用が抗精神病効果の発現に本質的に重要であるというものであった。しかしFGAは、①アカシジア (akathisia)や遅発性ジスキネジア (tardive dyskinesia; TD)などの急性および慢性の錐体外路系副作用 (extrapyramidal side effects; EPS)を高率に生じさせたり、②乳汁分泌や性機能障害を生じる可能性のある高prolactin血症を起こしたり、③陰性症状(意欲低下、感情の平板化、社会的引きこもりなど)や認知機能障害(記憶力低下、注意力低下、遂行機能障害など)に対して無効あるいは増悪させたりするなどの宿命的問題点があった <ref name="ref1">'''Miyamoto S, Merrill DB, Lieberman JA, Fleischhacker WW, Marder SR''': <br>Antipsychotic Drugs, In PSYCHIATRY (Third edition) <br>'''Tasman A, Kay J, Lieberman JA, First MB, Maj M'''  eds<br>pp. 2161-2201<br>John Wiley & Sons, Ltd (Chichester):2008</ref>。 1958年に合成された第2世代(非定型または新規)抗精神病薬(Second-Generation Antipsychotics; SGA)の原型であるclozapineは、FGAの欠点をかなり克服したが、約1%の頻度で無顆粒球症という致死的副作用が発現したため、本邦を含む多くの国で開発が中断された。しかし、clozapineの薬理作用の研究が進むにつれて、抗D<sub>2</sub>受容体作用に比べて相対的に強いserotonin 5-HT<sub>2A</sub>受容体遮断作用が注目されるようになった。Janssenは、5-HT<sub>2A</sub>受容体遮断作用を有するpipamperoneが、陰性症状に比較的有効でEPSの発現が少ない事実に気づき、1984年にserotonin dopamine遮断薬 (Serotonin Dopamine Antagonist; SDA)の原型といえるrisperidoneの開発を導いた。さらに無顆粒球症を伴わず、clozapine類似の薬理学的プロフィールを持つ抗精神病薬の開発が進み、1982年にolanzapine、1985年にquetiapineが合成された。本邦でも1987年にSDAとしてperospironeが開発された。Clozapineは、1988年に米国のKaneらによって治療抵抗性統合失調症に対するchlorpromazineとの二重盲検比較試験で優位性が証明されたのを受け、1990年米国で承認された。現在厳密な副作用モニタリングのもと、世界100ヶ国以上の国々で上市されている。 本邦では2006年にD<sub>2</sub>受容体部分作動薬のaripiprazoleが、2008年にblonanserin、2009年にclozapine、2011年にrisperidoneの主要活性代謝産物であるpaliperidoneが上市され、2012年4月現在8種類のSGAが統合失調症の薬物治療の中心となっている。特に、aripiprazoleをはじめとするD<sub>2</sub>受容体部分作動薬は、FGAやSGAとは異なる機序でdopamine伝達の安定化作用を有しているため、第3世代抗精神病薬 (Third-Generation Antipsychotics; TGA)と位置付ける研究者もいる。
 抗精神病薬の歴史は、1950年に中枢作用の強い抗ヒスタミン(histamine)薬として開発されたクロルプロマジン(chlorpromazine)に端を発する。当初は外科医のLaboritが、強化[[麻酔]](人工冬眠)に用いて外科手術後のショックを予防する目的で使用した。その後、1952年に精神科医のDelayとDenikerが、統合失調症や[[躁病]]患者に投与したところ、覚醒状態で抗幻覚・妄想作用と鎮静作用を示すことを報告した。1958年にベルギーのJanssenは、ブチロフェノン(butyrophenone)系抗精神病薬の[[ハロペリドール]](haloperidol)を開発した。1963年には[[wikipedia:JA:|Carlsson]]とLindqvistが、これらの薬物が脳内[[ドーパミン]](dopamine)の代謝産物を増加させることを報告し、統合失調症の「[[dopamine仮説]]」(dopamine神経の過剰興奮が統合失調症の病因)の糸口を作った。その後ベンズアミド(benzamide)系、イミノジベンジル(iminodibenzyl)系などの第1世代(定型または従来型)抗精神病薬 (First-Generation Antipsychotics; FGA)が数多く開発され上市された。 FGAの開発コンセプトは、抗精神病薬の臨床用量(または血漿中濃度)が、[[dopamine D<sub>2</sub>受容体]]遮断作用と正の相関を示すため、D<sub>2</sub>受容体の遮断作用が抗精神病効果の発現に本質的に重要であるというものであった。


== 抗精神病薬の対象疾患 ==
 しかしFGAは、①[[アカシジア]] (akathisia)や遅発性[[ジスキネジア]] (tardive dyskinesia; TD)などの急性および慢性の[[錐体外路系]]副作用 (extrapyramidal side effects; EPS)を高率に生じさせたり、②乳汁分泌や性機能障害を生じる可能性のある高[[プロラクチン]](prolactin)血症を起こしたり、③[[陰性症状]](意欲低下、感情の平板化、社会的引きこもりなど)や認知機能障害(記憶力低下、注意力低下、遂行機能障害など)に対して無効あるいは増悪させたりするなどの宿命的問題点があった <ref name="ref1">'''Miyamoto S, Merrill DB, Lieberman JA, Fleischhacker WW, Marder SR''': <br>Antipsychotic Drugs, In PSYCHIATRY (Third edition) <br>'''Tasman A, Kay J, Lieberman JA, First MB, Maj M''' eds<br>pp. 2161-2201<br>John Wiley & Sons, Ltd (Chichester):2008</ref>。


 抗精神病薬は、統合失調症、統合失調感情障害、短期(急性一過性)精神病性障害や妄想性障害といった統合失調症圏の精神病性障害を主な対象疾患とするが、双極性障害(躁うつ病)や認知症の問題行動(暴力や興奮など)にも有用である。さらに基礎疾患によらず、幻覚妄想状態や精神運動興奮を呈する場合は、保険適応外で使用されることが多い。また、強度の不安や焦燥感、重度のうつ状態や不眠、せん妄、悪心・嘔吐、吃逆に対する対処薬として利用される場合がある。
 1958年に合成された第2世代(非定型または新規)抗精神病薬(Second-Generation Antipsychotics; SGA)の原型であるクロザピン(clozapine)は、FGAの欠点をかなり克服したが、約1%の頻度で[[無顆粒球症]]という致死的副作用が発現したため、本邦を含む多くの国で開発が中断された。しかし、クロザピンの薬理作用の研究が進むにつれて、抗D<sub>2</sub>受容体作用に比べて相対的に強い[[セロトニン]](serotonin) [[5-HT<sub>2A</sub>受容体]]遮断作用が注目されるようになった。Janssenは、5-HT<sub>2A</sub>受容体遮断作用を有する[[ピパンペロン]](pipamperone)が、陰性症状に比較的有効でEPSの発現が少ない事実に気づき、1984年にserotonin dopamine遮断薬 (Serotonin Dopamine Antagonist; SDA)の原型といえる[[リスペリドン]](risperidone)の開発を導いた。


== 抗精神病薬の種類  ==
 さらに無顆粒球症を伴わず、clozapine類似の薬理学的プロフィールを持つ抗精神病薬の開発が進み、1982年にオランザピン(olanzapine)、1985年にquetiapineが合成された。本邦でも1987年にSDAとしてペロスピロン(perospirone)が開発された。


=== 第1世代抗精神病薬 ===
 Clozapineは、1988年に米国のKaneらによって治療抵抗性統合失調症に対するchlorpromazineとの[[二重盲検比較試験]]で優位性が証明されたのを受け、1990年米国で承認された。現在厳密な副作用モニタリングのもと、世界100ヶ国以上の国々で上市されている。
 
 本邦では2006年にD<sub>2</sub>受容体[[部分作動薬]]のアリピプラゾール(aripiprazole)が、2008年にブロナンセリン(blonanserin)、2009年にclozapine、2011年にrisperidoneの主要活性代謝産物であるパリペリドン(paliperidone)が上市され、2012年4月現在8種類のSGAが統合失調症の薬物治療の中心となっている。特に、aripiprazoleをはじめとするD<sub>2</sub>受容体部分作動薬は、FGAやSGAとは異なる機序でdopamine伝達の安定化作用を有しているため、第3世代抗精神病薬 (Third-Generation Antipsychotics; TGA)と位置付ける研究者もいる。
 
== 対象疾患  ==
 
 抗精神病薬は、統合失調症、[[統合失調感情障害]]、[[短期(急性一過性)精神病性障害]]や[[妄想性障害]]といった統合失調症圏の精神病性障害を主な対象疾患とするが、双極性障害(躁うつ病)や[[認知症]]の問題行動(暴力や興奮など)にも有用である。さらに基礎疾患によらず、幻覚妄想状態や[[精神運動興奮]]を呈する場合は、保険適応外で使用されることが多い。また、強度の不安や焦燥感、重度のうつ状態や不眠、[[せん妄]]、悪心・嘔吐、吃逆に対する対処薬として利用される場合がある。
 
== 種類  ==
 
=== 第1世代 ===


[[Image:第1世代抗精神病薬の構造式.jpg|thumb|right|300px|'''図1 代表的な第1世代抗精神病薬の化学構造式''']]  
[[Image:第1世代抗精神病薬の構造式.jpg|thumb|right|300px|'''図1 代表的な第1世代抗精神病薬の化学構造式''']]  
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 Phenothiazine誘導体として、chlorpromazine、fluphenazine、levomepromazine、perphenazine、propericiazineなどが挙げられる。Butyrophenone誘導体として、bromperidol、haloperidol、pipamperone、timiperoneなどが含まれる。Benzamide誘導体として、nemonapride、sulpiride、sultoprideなどがある。Iminodibenzyl誘導体として、carpipramine、clocapramine、mosapramine、diphenylbutylpiperidine誘導体としてpimozide、indole誘導体としてoxypertineがある。Thiepin誘導体としてzotepineがあるが、欧米ではSGAに分類されることが多い。(図1)  
 Phenothiazine誘導体として、chlorpromazine、fluphenazine、levomepromazine、perphenazine、propericiazineなどが挙げられる。Butyrophenone誘導体として、bromperidol、haloperidol、pipamperone、timiperoneなどが含まれる。Benzamide誘導体として、nemonapride、sulpiride、sultoprideなどがある。Iminodibenzyl誘導体として、carpipramine、clocapramine、mosapramine、diphenylbutylpiperidine誘導体としてpimozide、indole誘導体としてoxypertineがある。Thiepin誘導体としてzotepineがあるが、欧米ではSGAに分類されることが多い。(図1)  


=== 第2世代抗精神病薬 ===
=== 第2世代 ===


[[Image:第2世代抗精神病薬の構造式.jpg|thumb|right|300px|'''図2 代表的な第2,3世代抗精神病薬の化学構造式''']]  
[[Image:第2世代抗精神病薬の構造式.jpg|thumb|right|300px|'''図2 代表的な第2,3世代抗精神病薬の化学構造式''']]  
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 SDAとしてrisperidone、perospirone、paliperidone、lurasidone(本邦臨床試験中)、ziprasidone(本邦臨床試験中)、asenapine(本邦臨床試験中)がある。多元受容体標的化抗精神病薬 (multi-acting receptor-targeted antipsychotics; MARTA)としてclozapine、olanzapine、quetiapineがあるが、欧米ではMARTAの呼称は一般的ではない。BlonanserinはD<sub>2</sub>受容体の親和性が5-HT<sub>2A</sub>受容体の親和性よりも強いSGAであるため、Dopamine Serotonin Antagonist (DSA)と呼ぶ研究者もいる。なお、本邦では未承認のamisulprideは、D<sub>2</sub>受容体よりもD<sub>3</sub>受容体に選択性が高いbenzamide誘導体でありSGAに分類される。(図2)  
 SDAとしてrisperidone、perospirone、paliperidone、lurasidone(本邦臨床試験中)、ziprasidone(本邦臨床試験中)、asenapine(本邦臨床試験中)がある。多元受容体標的化抗精神病薬 (multi-acting receptor-targeted antipsychotics; MARTA)としてclozapine、olanzapine、quetiapineがあるが、欧米ではMARTAの呼称は一般的ではない。BlonanserinはD<sub>2</sub>受容体の親和性が5-HT<sub>2A</sub>受容体の親和性よりも強いSGAであるため、Dopamine Serotonin Antagonist (DSA)と呼ぶ研究者もいる。なお、本邦では未承認のamisulprideは、D<sub>2</sub>受容体よりもD<sub>3</sub>受容体に選択性が高いbenzamide誘導体でありSGAに分類される。(図2)  


=== 第3世代抗精神病薬 ===
=== 第3世代 ===


 Aripiprazoleが現在上市されており、dopamine system stabilizer (DSS)とも称される。D<sub>2</sub>受容体と5-HT<sub>1A</sub>部分作動作用などを有するOPC-34712と、D<sub>2</sub>とD<sub>3</sub>受容体の遮断作用と部分作動作用を有するcariprazineは、2012年4月現在臨床試験中である。  
 Aripiprazoleが現在上市されており、[[dopamine system stabilizer]] (DSS)とも称される。D<sub>2</sub>受容体と5-HT<sub>1A</sub>部分作動作用などを有するOPC-34712と、D<sub>2</sub>とD<sub>3</sub>受容体の遮断作用と部分作動作用を有するcariprazineは、2012年4月現在臨床試験中である。  


== 抗精神病薬の作用機序 ==
== 作用機序 ==


=== 共通の作用機序  ===
=== 共通の作用機序  ===

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