「受容野」の版間の差分

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 個体は、周囲の環境あるいは体内の変化を刺激としてとらえ知覚することができる。これは感覚受容器で物理エネルギーから電気信号へと変換された刺激情報が大脳皮質感覚野を含む感覚処理経路に沿って伝達されることによる。このとき経路の個々の細胞は自身の電気活動を増加あるいは減少させることで刺激情報の処理伝達を行うが、末梢の特定の部位に生じた刺激しか取り扱わない。この限られた末梢部位の範囲を細胞の受容野とよぶ。視覚の場合は、細胞が光刺激を受け取る網膜の範囲(あるいはその部位に対応する視野範囲)を意味し、体性感覚では、細胞が触、圧、痛、温冷などの刺激を受け取る体部位の範囲を指す。  
 個体は、周囲の環境あるいは体内の変化を刺激としてとらえ知覚することができる。これは感覚受容器で物理エネルギーから電気信号へと変換された刺激情報が大脳皮質感覚野を含む感覚処理経路に沿って伝達されることによる。このとき経路の個々の細胞は自身の電気活動を増加あるいは減少させることで刺激情報の処理伝達を行うが、末梢の特定の部位に生じた刺激しか取り扱わない。この限られた末梢部位の範囲を細胞の受容野とよぶ。視覚の場合は、細胞が光刺激を受け取る網膜の範囲(あるいはその部位に対応する視野範囲)を意味し、体性感覚では、細胞が触、圧、痛、温冷などの刺激を受け取る体部位の範囲を指す。  


 受容野の最初の明確な定義はH. K. Hartline (1940) による。彼は、スポット光にたいするカエル網膜神経節細胞の活動を調べたところ、網膜のある範囲に光を照射したとき、あるいは光を取り除いたときにのみ細胞が興奮応答することを見いだし、この範囲を受容野と定義した。
 受容野の最初の明確な定義はH. K. Hartline (1940) による<ref>'''Hartline '''<br>The receptive fields of optic nerve fibers. <br>Am. J. Physiol: 1940. 130. 690-699.</ref>。彼は、スポット光にたいするカエル網膜神経節細胞の活動を調べたところ、網膜のある範囲に光を照射したとき、あるいは光を取り除いたときにのみ細胞が興奮応答することを見いだし、この範囲を受容野と定義した。


=== 受容野構造  ===
=== 受容野構造  ===


 ネコの網膜神経説細胞は、光刺激により興奮あるいは抑制応答を示すが、受容野の中心付近に照射する場合と、その周囲に照射する場合とで、反応の仕方が逆になる。このように細胞が刺激を受けとる様式は受容野内部で一様でなく、その内部的な構造は受容野構造(receptive field structure)と呼ばれている。  
 ネコの網膜神経説細胞は、光刺激により興奮あるいは抑制応答を示すが、受容野の中心付近に照射する場合と、その周囲に照射する場合とで、反応の仕方が逆になる<ref name="ref2"><pubmed> 13035466 </pubmed></ref>。このように細胞が刺激を受けとる様式は受容野内部で一様でなく、その内部的な構造は受容野構造(receptive field structure)と呼ばれている。  


 同じ感覚系でも受容野構造はその処理段階で大きく異なる。これは、感覚処理経路において前段階の出力が収斂と分散を繰り返しながら次段階へと送られていくためである。一般に初期段階では狭く単純な構造の受容野がみられるのにたいし、高次の段階になると広く複雑な構造の受容野がみられる。とくに、初期段階の細胞の受容野は、その内部に複数の刺激が呈示されても、入力信号は単純に線形加算(linear summation)されるだけの場合が多い。このような受容野は線形受容野(linear receptive field)と呼ばれ、その構造は単純な空間フィルターとして表すことができる。一方、高次の段階では、受容野内部での信号の加算の仕方は非線形(nonlinear)なものとなり、受容野構造は、複数の空間フィルターや整流機構(rectification)などを縦列、並列に組み合わせた複雑な回路様の機構として記述される。  
同じ感覚系でも受容野構造はその処理段階で大きく異なる。これは、感覚処理経路において前段階の出力が収斂と分散を繰り返しながら次段階へと送られていくためである。一般に初期段階では狭く単純な構造の受容野がみられるのにたいし、高次の段階になると広く複雑な構造の受容野がみられる。とくに、初期段階の細胞の受容野は、その内部に複数の刺激が呈示されても、入力信号は単純に線形加算(linear summation)されるだけの場合が多い。このような受容野は線形受容野(linear receptive field)と呼ばれ、その構造は単純な空間フィルターとして表すことができる。一方、高次の段階では、受容野内部での信号の加算の仕方は非線形(nonlinear)なものとなり、受容野構造は、複数の空間フィルターや整流機構(rectification)などを縦列、並列に組み合わせた複雑な回路様の機構として記述される。  


 受容野構造は感覚経路の各段階の細胞がどのような刺激情報を伝達しうるのかを知るための強い手がかりを与える。たとえば、上記の網膜神経節細胞の受容野構造は一様な光よりも明暗のコントラストを照射したときに強い興奮を細胞に引き起こすので、このような細胞は明暗コントラストの伝達に適していると解釈できる。したがって受容野構造を明らかにすることは感覚系を理解する上で極めて重要である。  
 受容野構造は感覚経路の各段階の細胞がどのような刺激情報を伝達しうるのかを知るための強い手がかりを与える。たとえば、上記の網膜神経節細胞の受容野構造は一様な光よりも明暗のコントラストを照射したときに強い興奮を細胞に引き起こすので、このような細胞は明暗コントラストの伝達に適していると解釈できる。したがって受容野構造を明らかにすることは感覚系を理解する上で極めて重要である。  
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 古典的受容野を計測するために古くから行われてきた手法は、受容野の大きさと比較して十分小さなスポット光やスリット光などを一定間隔で区分けした視野の様々な位置に一定期間呈示し、その期間に生じた細胞のスパイク数を計測して、細胞がどの部位から入力を受け取るのかを決める方法である。しかし、この手法では、インターバルを挟みながら1回ごとに異なる位置に刺激を呈示するため、計測位置の数が多くなるにつれて、膨大な計測時間が必要となる。  
 古典的受容野を計測するために古くから行われてきた手法は、受容野の大きさと比較して十分小さなスポット光やスリット光などを一定間隔で区分けした視野の様々な位置に一定期間呈示し、その期間に生じた細胞のスパイク数を計測して、細胞がどの部位から入力を受け取るのかを決める方法である。しかし、この手法では、インターバルを挟みながら1回ごとに異なる位置に刺激を呈示するため、計測位置の数が多くなるにつれて、膨大な計測時間が必要となる。  


 この問題を解決し、比較的短時間で受容野構造を詳細に計測する方法が逆相関法(reverse correlation)である。この方法では、先の方法のように刺激位置ごとに試行を分けるのではなく、10ミリ秒程度のフラッシュ光をさまざまな位置にランダムに連続呈示し、この期間のスパイク活動を連続計測する。受容野構造を求める際には、刺激位置ごとにカウンターを設けておき、測定した各スパイクについて、それが生じた一定時間前(この時間のことを遅延時間とよぶ)に呈示されていた刺激位置のカウンターを1増やすという操作を行う。これを全スパイクについてこの操作を行うことで得られるカウンターの空間マップは、細胞がどの空間位置の刺激にたいして発火しやすいのかを表す受容野構造そのものとなっている。現在この方法は最も精度の高い古典的受容野計測法として広く用いられている。
 この問題を解決し、比較的短時間で受容野構造を詳細に計測する方法が逆相関法(reverse correlation)である<ref name= ref3><pubmed> 8334189 </pubmed> </ref><ref name= ref4><pubmed> 3437330 </pubmed></ref>。この方法では、先の方法のように刺激位置ごとに試行を分けるのではなく、10ミリ秒程度のフラッシュ光をさまざまな位置にランダムに連続呈示し、この期間のスパイク活動を連続計測する。受容野構造を求める際には、刺激位置ごとにカウンターを設けておき、測定した各スパイクについて、それが生じた一定時間前(この時間のことを遅延時間とよぶ)に呈示されていた刺激位置のカウンターを1増やすという操作を行う。これを全スパイクについてこの操作を行うことで得られるカウンターの空間マップは、細胞がどの空間位置の刺激にたいして発火しやすいのかを表す受容野構造そのものとなっている。


=== 時空間受容野  ===
=== 時空間受容野  ===
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 細胞は、空間的に外界の信号を加算して信号を瞬時に出力するわけでなく、過去一定時間内の入力信号を加算して出力する。細胞の現在の出力が、過去に呈示された信号にどのように依存するのかを表した時間特性を時間受容野 (temporal receptive field)とよぶ。時間受容野は、別の見方をすれば、外界刺激の呈示後、どのようなタイミングで細胞が発火しやすいのかという応答の時間特性を表していると捉えることもできる。時間特性を考慮しないときの受容野を空間受容野(spatial receptive field)という。空間受容野と時間受容野を合わせて時空間受容野(spatiotemporal receptive field)と呼んでいる。  
 細胞は、空間的に外界の信号を加算して信号を瞬時に出力するわけでなく、過去一定時間内の入力信号を加算して出力する。細胞の現在の出力が、過去に呈示された信号にどのように依存するのかを表した時間特性を時間受容野 (temporal receptive field)とよぶ。時間受容野は、別の見方をすれば、外界刺激の呈示後、どのようなタイミングで細胞が発火しやすいのかという応答の時間特性を表していると捉えることもできる。時間特性を考慮しないときの受容野を空間受容野(spatial receptive field)という。空間受容野と時間受容野を合わせて時空間受容野(spatiotemporal receptive field)と呼んでいる。  


 逆相関法において遅延時間を変えれば、細胞がスパイクを発する前の各時点での空間受容野が得られる。これは時空間受容野そのものである。このように効率よく時空間受容野を求めることができることは逆相関法の大きな利点である。
 逆相関法において遅延時間を変えれば、細胞がスパイクを発する前の各時点での空間受容野が得られる <ref name= ref4><pubmed> 8492152 </pubmed></ref>。これは時空間受容野そのものである。このように効率よく時空間受容野を求めることができることは逆相関法の大きな利点である。


=== 網膜、視床中継核でみられる受容野構造  ===
=== 網膜、視床中継核でみられる受容野構造  ===
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 視細胞からの入力を受け取る双極細胞(bipolar cell)や次の段階に位置する網膜神経節細胞(retinal ganglion cell)は、それぞれ次の2つのタイプのものがある。第1のものは、受容野の中心領域(center)に明るい光を照射したときに興奮応答し、暗い光を照射したとき(あるいは明るい光をオフしたとき)に抑制応答するもので、ON中心型(ON-center type)と呼ばれる。第2のものは、暗い光に興奮し明るい光に抑制を受けるものでOFF中心型(OFF-center type)とよばれる。いずれのタイプも、中心領域の周囲に光を照射したときには、中心領域と逆の応答をする。すなわち、ON中心型細胞は周辺部(surround)に明るい光を受けたときに抑制を受け、暗い光を受けたときには興奮応答する。またOFF中心型細胞は、周辺部では明るい光に興奮、暗い光に抑制応答がみられる。そこで、前者の受容野構造をON中心OFF周辺型(ON-center OFF-surround)とよび(図2A)、逆のタイプをOFF中心ON周辺型(OFF-center ON-surround)とも呼んでいる(図2B)。中心領域と周辺領域は同心円状に配置しており、2つの領域が逆の反応を示すことからこのような受容野構造を中心周辺拮抗型(antagonistic center-surround)とぶ。このような構造をもつ細胞は、図2Cのように2次元のサイン波刺激でテストしたとき、明るい光がON領域に、暗い光がOFF領域に入るときには反応するが(図2C上)、光が一様に入るときには(図2C下)ほとんど反応しないことから、明暗コントラストのエッジ幅や位置の情報を伝達していると捉えることができる。  
 視細胞からの入力を受け取る双極細胞(bipolar cell)や次の段階に位置する網膜神経節細胞(retinal ganglion cell)は、それぞれ次の2つのタイプのものがある。第1のものは、受容野の中心領域(center)に明るい光を照射したときに興奮応答し、暗い光を照射したとき(あるいは明るい光をオフしたとき)に抑制応答するもので、ON中心型(ON-center type)と呼ばれる。第2のものは、暗い光に興奮し明るい光に抑制を受けるものでOFF中心型(OFF-center type)とよばれる。いずれのタイプも、中心領域の周囲に光を照射したときには、中心領域と逆の応答をする。すなわち、ON中心型細胞は周辺部(surround)に明るい光を受けたときに抑制を受け、暗い光を受けたときには興奮応答する。またOFF中心型細胞は、周辺部では明るい光に興奮、暗い光に抑制応答がみられる。そこで、前者の受容野構造をON中心OFF周辺型(ON-center OFF-surround)とよび(図2A)、逆のタイプをOFF中心ON周辺型(OFF-center ON-surround)とも呼んでいる(図2B)。中心領域と周辺領域は同心円状に配置しており、2つの領域が逆の反応を示すことからこのような受容野構造を中心周辺拮抗型(antagonistic center-surround)とぶ。このような構造をもつ細胞は、図2Cのように2次元のサイン波刺激でテストしたとき、明るい光がON領域に、暗い光がOFF領域に入るときには反応するが(図2C上)、光が一様に入るときには(図2C下)ほとんど反応しないことから、明暗コントラストのエッジ幅や位置の情報を伝達していると捉えることができる。  


[[Image:RetinalGanglisonCell.png|600px]]<br> 中心周辺拮抗型の受容野構造は2つのガウス関数の差分であるDOG(Difference of Gaussian)関数で表すことができる(図2A, Bの下段)。また線形性をもつために、細胞の応答は入力刺激とDOG関数の線形畳み込みで近似できる。ただし、このような近似が十分に成り立つ細胞とそうでない細胞が存在し、前者をX細胞、後者をY細胞という。
[[Image:RetinalGanglisonCell.png|600px]]<br> 中心周辺拮抗型の受容野構造は2つのガウス関数の差分であるDOG(Difference of Gaussian)関数で表すことができる(図2A, Bの下段)<ref name= ref5><pubmed> 5862581 </pubmed></ref>。また線形性をもつために、細胞の応答は入力刺激とDOG関数の線形畳み込みで近似できる。ただし、このような近似が十分に成り立つ細胞とそうでない細胞が存在し、前者をX細胞、後者をY細胞という<ref name="ref6"><pubmed> 16783910 </pubmed></ref>。


 LGNの受容野構造は網膜神経節細胞とほぼ同一であり、中心周辺の同心円構造をもつ。これは個々のLGNニューロンが1つの網膜神経節細胞からのみ投射を受けることで、その反応特性が形成されているためである。  
 LGNの受容野構造は網膜神経節細胞とほぼ同一であり、中心周辺の同心円構造をもつ。これは個々のLGNニューロンが1つの網膜神経節細胞からのみ投射を受けることで、その反応特性が形成されているためである。  
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 1野や2野の細胞は、3a野や3b野よりも複雑な受容野特性を示すことが知られており、たとえば表皮をこする物体の動きや、物体が伸びる向きや物体表面のテクスチャーなどに選択性を示す細胞が報告されている。  
 1野や2野の細胞は、3a野や3b野よりも複雑な受容野特性を示すことが知られており、たとえば表皮をこする物体の動きや、物体が伸びる向きや物体表面のテクスチャーなどに選択性を示す細胞が報告されている。  


 2次体性感覚野は1次体性感覚野から入力を受け取る。この領野の細胞は1次体性感覚野よりも広い受容野をもち、また体の両側の対称な場所に受容野をもつものが多い。たとえばある細胞は両手の5本指全体に受容野をもつ。さらに、これらの細胞は、皮膚だけでなく、いくつかの筋、腱からの入力が収斂しており、手全体や腕全体といった体の各パーツの姿勢の情報を伝達し、運動の感覚ガイダンスに関与していると考えられている。
 2次体性感覚野は1次体性感覚野から入力を受け取る。この領野の細胞は1次体性感覚野よりも広い受容野をもち、また体の両側の対称な場所に受容野をもつものが多い。たとえばある細胞は両手の5本指全体に受容野をもつ。さらに、これらの細胞は、皮膚だけでなく、いくつかの筋、腱からの入力が収斂しており、手全体や腕全体といった体の各パーツの姿勢の情報を伝達し、運動の感覚ガイダンスに関与していると考えられている。 <references />
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