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=== 脳脊髄炎:paraneoplastic encephalomyelitis (PEM) === | === 脳脊髄炎:paraneoplastic encephalomyelitis (PEM) === | ||
[[認知機能障害]]や意識障害・[[せん妄]]、錐体路徴候、不随意運動に加え、[[下位運動ニューロン症候]]、[[感覚]]・[[自律神経症候]]を様々な組み合わせで生じる。肺小細胞癌に伴うことが最も多く、睾丸癌・胸腺腫・乳癌などの場合もある。自己抗体は、抗Hu抗体が最も多く検出される <ref name=ref6><pubmed>1312211</pubmed></ref> <ref name=ref7><pubmed>11353730</pubmed></ref>。 | |||
=== 小脳変性症:paraneoplastic cerebellar degeneration (PCD) === | === 小脳変性症:paraneoplastic cerebellar degeneration (PCD) === | ||
亜急性に小脳失調が進行する。肺小細胞癌に伴う抗Hu抗体陽性例、Lambert-Eaton 筋無力症候群(LEMS)を合併し電位依存性カルシウムチャネル(P/Q type voltage-gated calcium channel:VGCC)抗体陽性例,乳癌で抗Ri抗体陽性例などがある。女性の場合は、その半数以上が婦人科癌・乳癌を有し、抗Yo抗体が陽性である。病理像は、[[プルキンエ細胞]]の広汎な脱落を認めるものの、[[wikipedia:JA:炎症細胞|炎症細胞]]浸潤は極めて乏しい<ref name=ref8><pubmed>10980743</pubmed></ref> <ref name=ref9><pubmed>8740233</pubmed></ref> <ref name=ref10><pubmed>19217169</pubmed></ref>。 | |||
=== 傍腫瘍性辺縁系脳炎:paraneoplastic limbic encephalitis (PLE) === | === 傍腫瘍性辺縁系脳炎:paraneoplastic limbic encephalitis (PLE) === | ||
亜急性に進行する記銘・認知機能障害、精神症状、痙攣、意識障害などを呈する。潜在する腫瘍は、肺癌、睾丸癌、乳癌、[[wikipedia:JA:Hodgkin病|Hodgkin病]]、未分化奇形腫、胸腺腫が多い。[[脳脊髄液]]で軽度の[[wikipedia:JA:リンパ球|リンパ球]]および蛋白質の増加、[[IgG]]増加が見られる。頭部[[wikipedia:JA:MRI|MRI]]では、一側または両側の[[側頭葉]]内側面に[[wikipedia:JA:T2強調画像|T2強調画像]]や[[wikipedia:JA:FLAIR画像|FLAIR画像]]で高信号病変を認め、しばしば造影効果を伴う。PLEの60%に各種抗神経自己抗体が見られる。Hu/Ma2/CRMP5/amphiphysin/VGKC複合体/NMDA受容体に対する抗体が見られる。このなかで、抗[[電位依存性カリウムチャネル]] (voltage-gated potassium channel:VGKC)複合体抗体(抗[[Leucine-rich glioma inactivated 1 protein]] :LGI-1や[[contactin-associated protein]] :CASPR-2抗体)が関連する辺縁系脳炎の一部は、胸腺腫や肺小細胞癌に伴うPNSであるが、腫瘍が存在しない自己免疫疾患の場合も多い。 | |||
中枢神経での[[興奮性シナプス伝達]]に関わる[[グルタミン酸受容体]]の一つである[[NMDA受容体]]に対する抗体を生じる若年女性の場合は、約半数が[[wikipedia:JA:卵巣奇形腫|卵巣奇形腫]]を有し、腫瘍摘出や免疫療法に反応して症状の改善が得られる。抗Ma2 (Ta) 抗体陽性例は数週から6ヶ月程度で進行する[[過眠]]・高[[体温]]などの[[視床下部]]症状や辺縁系・上部[[脳幹]]症状を呈する。MRIでは側頭葉内側面・視床下部・[[基底核]]・[[視床]]・[[四丘体]]領域に信号異常を認め、脳脊髄液は軽度の炎症反応を呈する。45歳以下の男性では睾丸腫瘍が多く、癌の摘出・免疫療法により症状が改善する<ref name=ref11><pubmed>9217677</pubmed></ref> <ref name=ref12><pubmed>10869059</pubmed></ref> <ref name=ref13><pubmed>17229755</pubmed></ref> <ref name=ref14><pubmed>18851928</pubmed></ref> <ref name=ref15><pubmed>20580615</pubmed></ref>。 | |||
=== 傍腫瘍性オプソクローヌス・ミオクローヌス症候群:paraneoplastic opsoclonus-myoclonus syndrome (POMS) === | === 傍腫瘍性オプソクローヌス・ミオクローヌス症候群:paraneoplastic opsoclonus-myoclonus syndrome (POMS) === | ||
[[wikipedia:JA:眼球|眼球]]のオプソクローヌスと四肢のミオクローヌスおよび小脳失調を呈するもので、小児では[[神経芽細胞腫]]に伴うことが多く、成人では抗Ri抗体陽性乳癌が知られている。抗Ri抗体以外, Hu, CRMP5, amphiphysin, Yo, Ma2に対する抗体が報告されている。神経芽細胞腫を伴う小児例や、自己免疫疾患に生じるオプソクローヌス・ミオクローヌス症候群は、[[副腎皮質ホルモン]]や[[wikipedia:JA:大量ガンマグロブリン|大量ガンマグロブリン]]投与、[[wikipedia:JA:B細胞|B細胞]]を標的にした[[wikipedia:rituximab|rituximab]]が有効であるが、成人発症例では、免疫療法への反応が不良である<ref name=ref16><pubmed>20663977</pubmed></ref> <ref name=ref17><pubmed>15215214</pubmed></ref>。 | |||
=== 感覚性運動失調型ニューロパチー:sensory ataxic neuropathy/subacute sensory neuronopathy(SSN) === | === 感覚性運動失調型ニューロパチー:sensory ataxic neuropathy/subacute sensory neuronopathy(SSN) === | ||
PNSでは末梢神経障害の頻度が最も高く、その中でSSNはPNSに特徴的なものである。女性に多く、SSNの90% | PNSでは末梢神経障害の頻度が最も高く、その中でSSNはPNSに特徴的なものである。女性に多く、SSNの90%に肺小細胞癌を合併、異常感覚・深部感覚障害を中心とした多発単ニューロパチーが上肢から全肢に広がり、高度障害に至る例が多い。抗Hu抗体を伴うことが多い<ref name=ref6><pubmed>1312211</pubmed></ref>。 | ||
病理学的には[[後根神経]]節に高度のリンパ球浸潤を認める。末梢神経は[[軸索変性]]および[[脱髄]]所見が混在する。感覚運動型ポリニューロパチーを呈する場合の背景は様々であり、単クローン症を呈する血液細胞由来の腫瘍に伴う場合や、[[wikipedia:JA:起立性低血圧|起立性低血圧]]や[[wikipedia:JA:イレウス|イレウス]]などの自律神経症状を前景とすることもある([[wikipedia:chronic gastrointestinal pseudo-obstruction|chronic gastrointestinal pseudo-obstruction]]:CGP)。CGPは[[wikipedia:JA:腸管粘膜|腸管粘膜]]の[[神経叢]]が主病巣となるPNSとされ、抗HuまたはCV2抗体を有する肺小細胞癌患者で見られる<ref name=ref18><pubmed>15670259</pubmed></ref>。 | |||
=== ランバートイートン筋無力症候群(Lambert-Eaton myasthenic syndrome :LEMS) === | === ランバートイートン筋無力症候群(Lambert-Eaton myasthenic syndrome :LEMS) === | ||
易疲労性、下肢近位筋力低下と[[wikipedia:JA:口渇|口渇]]・[[wikipedia:JA:陰萎|陰萎]]などの自律神経症状を呈する。約60%が腫瘍を背景とし、その60%以上は肺小細胞癌である。肺小細胞癌から見ると、その3%にLEMSが合併するといわれ、男性が女性の2倍で、時に[[wikipedia:JA:嚥下障害|嚥下障害]]・[[wikipedia:JA:外眼筋|外眼筋]]麻痺・[[wikipedia:JA:呼吸筋|呼吸筋]]麻痺を呈する。LEMSの80〜90%に抗VGCC抗体が陽性となる<ref name=ref19><pubmed>9278623</pubmed></ref> <ref name=ref20><pubmed>12221175</pubmed></ref>。腫瘍の治療または[[wikipedia:JA:血漿交換療法|血漿交換療法]]、大量ガンマグロブリン療法でLEMSの症状が軽快する場合が多い。 | |||
=== 傍腫瘍性ステイッフマン症候群:paraneoplastic stiff-person syndrome === | === 傍腫瘍性ステイッフマン症候群:paraneoplastic stiff-person syndrome === | ||
体幹筋・四肢近位筋に運動や感覚刺激で増強するこわばりや硬直を呈し、ジアゼパムが著効する。肺小細胞癌や乳癌・胸腺腫などに伴う。乳癌に伴う例で抗amphiphysin抗体を認めることがある<ref name=ref21><pubmed>8245793</pubmed></ref>。I型糖尿病などを伴う自己免疫性の場合はglutamic acid decarboxylase (GAD)に対する抗体が検出される。 | |||
== PNSにおける神経傷害に及ぼす抗体の役割 == | == PNSにおける神経傷害に及ぼす抗体の役割 == | ||
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=== 主に細胞表面抗原に対する抗体が検出される群 === | === 主に細胞表面抗原に対する抗体が検出される群 === | ||
細胞表面抗原の多くは細胞膜上に発現し、機能分子を細胞外に表出する場合が多いことから、自己抗体はチャネル機能を競合的に阻害したり、受容体蛋白質を補体介在性に破壊してその代謝回転に影響を及ぼす可能性が考えられる。このような抗体を保有する一群では、早期に抗体を除去し、抗体産生を抑制する治療が有効である。 | |||
このような疾患としては、抗NMDA受容体抗体陽性脳炎、胸腺腫が併存し抗アセチルコリン受容体(Acetylcholine receptor:AChR)抗体を有する重症筋無力症、肺小細胞癌があり抗VGCC抗体を有するLEMS、抗VGKC複合体抗体を生じる辺縁系脳炎やニューロミオトニアなどがある。これらの一部では、抗体を含む血清を用いて刺激伝導ブロックや、細胞膜電位を変化させるなどの病態が再現されることより、抗体の直接的関与が示唆されている<ref name=ref22><pubmed>16613892</pubmed></ref> <ref name=ref23><pubmed>22008231</pubmed></ref>。 | このような疾患としては、抗NMDA受容体抗体陽性脳炎、胸腺腫が併存し抗アセチルコリン受容体(Acetylcholine receptor:AChR)抗体を有する重症筋無力症、肺小細胞癌があり抗VGCC抗体を有するLEMS、抗VGKC複合体抗体を生じる辺縁系脳炎やニューロミオトニアなどがある。これらの一部では、抗体を含む血清を用いて刺激伝導ブロックや、細胞膜電位を変化させるなどの病態が再現されることより、抗体の直接的関与が示唆されている<ref name=ref22><pubmed>16613892</pubmed></ref> <ref name=ref23><pubmed>22008231</pubmed></ref>。 | ||
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== PNSを生じる背景 == | == PNSを生じる背景 == | ||
担癌患者の頻度を考慮すると、PNSの発症は極めてまれといわざるを得ない。PNS発症の有無で、腫瘍の組織学的特徴に差はないとされる。また、Hu抗体陽性肺小細胞癌患者の腫瘍に発現するHu蛋白質のDNAにも変異は見られていない。PNS発症の要因として、腫瘍組織内では、抗原提示細胞である樹状細胞がアポトーシスに陥った腫瘍細胞を取り込んで、class I 上にonconeural proteinを提示する可能性が考えられ、感作されたPNS抗原特異的なT 細胞がclass Iを発現する神経組織を傷害する可能性もある。 | |||
筆者らは、PNSが多くの担癌患者のごく一部にしか生じない理由の一つの可能性として、患者側の要因を検討した。自己免疫疾患の発症要因としては、免疫自己寛容の破綻が生じていると考えられる。末梢血中制御性T細胞(regulatory T cell: Treg)は末梢性免疫寛容に重要な働きをしていることから、PNSにおける免疫動態の評価のため、Treg分画の機能遺伝子の発現を定量した。PNS,神経症状のない癌患者および健常者の末梢血リンパ球からTreg分画を分取し、リアルタイムRT-PCR法でFOXP3を代表とするTregの機能遺伝子のmRNAの発現を定量した。PNS患者末梢血では、免疫制御に関わるTregの複数の機能遺伝子に発現低下がみられた。Tregの機能低下は,免疫寛容の破綻を引き起こし、自己免疫機序による組織傷害を生じうるため、PNSの宿主要因になりうると考えられた<ref name=ref28><pubmed>18455243</pubmed></ref>。 | 筆者らは、PNSが多くの担癌患者のごく一部にしか生じない理由の一つの可能性として、患者側の要因を検討した。自己免疫疾患の発症要因としては、免疫自己寛容の破綻が生じていると考えられる。末梢血中制御性T細胞(regulatory T cell: Treg)は末梢性免疫寛容に重要な働きをしていることから、PNSにおける免疫動態の評価のため、Treg分画の機能遺伝子の発現を定量した。PNS,神経症状のない癌患者および健常者の末梢血リンパ球からTreg分画を分取し、リアルタイムRT-PCR法でFOXP3を代表とするTregの機能遺伝子のmRNAの発現を定量した。PNS患者末梢血では、免疫制御に関わるTregの複数の機能遺伝子に発現低下がみられた。Tregの機能低下は,免疫寛容の破綻を引き起こし、自己免疫機序による組織傷害を生じうるため、PNSの宿主要因になりうると考えられた<ref name=ref28><pubmed>18455243</pubmed></ref>。 |