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==解剖学的構造== | ==解剖学的構造== | ||
[[ファイル:嗅球構造.png|thumb|250px|'''図1 マウス頭部断面の模式図''' 嗅上皮と主嗅球を青色で、鋤鼻器と副嗅球を赤色で示す。左が吻側(鼻先)。]] | |||
嗅球はヒトにおいては前頭葉の下に位置する長円形の小さな構造である。マウスなどのげっ歯類においては、それに比べると脳の中で比較的大きな割合を占めており、[[終脳]]吻側に突き出た構造となっている('''図1''')。鼻腔中の嗅上皮で匂い受容を行う嗅神経細胞からの入力を受け、[[嗅皮質]]に出力する。他の感覚情報(視覚・聴覚・体性感覚・味覚)はいずれも[[視床]]を介して大脳皮質一次感覚野に入力するのに対し、嗅覚情報は嗅球から直接一次嗅皮質に入力する。左右の嗅球の間に[[交連繊維]]はなく、独立している。 | 嗅球はヒトにおいては前頭葉の下に位置する長円形の小さな構造である。マウスなどのげっ歯類においては、それに比べると脳の中で比較的大きな割合を占めており、[[終脳]]吻側に突き出た構造となっている('''図1''')。鼻腔中の嗅上皮で匂い受容を行う嗅神経細胞からの入力を受け、[[嗅皮質]]に出力する。他の感覚情報(視覚・聴覚・体性感覚・味覚)はいずれも[[視床]]を介して大脳皮質一次感覚野に入力するのに対し、嗅覚情報は嗅球から直接一次嗅皮質に入力する。左右の嗅球の間に[[交連繊維]]はなく、独立している。 | ||
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===入力回路:嗅神経細胞の軸索投射=== | ===入力回路:嗅神経細胞の軸索投射=== | ||
[[ファイル:OMP-GFP2.jpg|thumb|250px|''' | [[ファイル:OMP-GFP2.jpg|thumb|250px|'''図2 マウス嗅球''' 全ての嗅神経細胞でGFPを発現するOMP-GFPノックインマウスのホールマウント共焦点画像。背側から見たもの。嗅上皮(上)の嗅神経細胞軸索が嗅球(下)に投射する。上が吻側で下が尾側。]] | ||
匂い分子は[[嗅上皮]]の[[嗅神経細胞]]によって検出される。嗅神経細胞(olfactory sensory neuron; OSN)は単一の[[樹状突起]]を嗅上皮の表面に向かって伸ばしており、その先端から20-30本の嗅繊毛を嗅粘膜中に伸ばしている。嗅繊毛にはGタンパク質共役型受容体である嗅覚受容体(odorant receptor; OR)が発現しており、嗅粘液中に溶け込んだ匂い分子を検出する。[[嗅覚受容体]]遺伝子はマウスで約1,000種類、ヒトで約350種類存在するが、個々の嗅神経細胞はこれらの中から1種類のみを発現している。嗅神経細胞は単一の[[軸索]]を有し、軸索束を形成しながら篩骨(ethmoid bone)の篩板(cribriform plate)を経て嗅球の糸球体(glomerulus)に接続する。他の感覚系や昆虫の嗅覚系と比較した場合、左右の交叉がなく同側(ipsilateral)の脳にのみ投射するという点は特徴的である。また、嗅神経細胞の軸索は[[ミエリン]](髄鞘)をもたないという特徴がある。 | 匂い分子は[[嗅上皮]]の[[嗅神経細胞]]によって検出される。嗅神経細胞(olfactory sensory neuron; OSN)は単一の[[樹状突起]]を嗅上皮の表面に向かって伸ばしており、その先端から20-30本の嗅繊毛を嗅粘膜中に伸ばしている。嗅繊毛にはGタンパク質共役型受容体である嗅覚受容体(odorant receptor; OR)が発現しており、嗅粘液中に溶け込んだ匂い分子を検出する。[[嗅覚受容体]]遺伝子はマウスで約1,000種類、ヒトで約350種類存在するが、個々の嗅神経細胞はこれらの中から1種類のみを発現している。嗅神経細胞は単一の[[軸索]]を有し、軸索束を形成しながら篩骨(ethmoid bone)の篩板(cribriform plate)を経て嗅球の糸球体(glomerulus)に接続する。他の感覚系や昆虫の嗅覚系と比較した場合、左右の交叉がなく同側(ipsilateral)の脳にのみ投射するという点は特徴的である。また、嗅神経細胞の軸索は[[ミエリン]](髄鞘)をもたないという特徴がある。 | ||
[[ファイル:嗅球回路.jpg|thumb|250px|''' | [[ファイル:嗅球回路.jpg|thumb|250px|'''図3 嗅神経細胞軸索の収斂''' 特定の嗅覚受容体を発現する嗅神経細胞をEYFP標識したトランスジェニックマウスの嗅球の共焦点画像。同種の嗅覚受容体を発現する嗅神経細胞の軸索は同一の糸球体へと収斂する。]] | ||
マウスの嗅球には約1,800個の糸球体が存在する(''' | マウスの嗅球には約1,800個の糸球体が存在する('''図2''')。同じ嗅覚受容体を発現する数1000個もの嗅神経細胞は、嗅上皮上で散在しているにも関わらず、それらの軸索は1ないし2個の糸球体(glomerulus)と呼ばれる構造に収斂する<ref name=ref1><pubmed> 8929536 </pubmed></ref>('''図3''')。逆に、単一の糸球体は特定の[[嗅覚受容体]]を発現する嗅神経細胞の軸索のみを受け入れている。従って、匂い刺激によってどの嗅覚受容体が反応したかという情報は、嗅球のどの糸球体が発火したかという情報へと変換される。特定の嗅覚受容体を発現する嗅神経細胞の軸索投射位置は、局所的には個体差があるものの、大域的には個体間で保存されている。多くの嗅覚受容体では、左右の嗅球それぞれについて内側と外側に一対の投射先が認められる。嗅球内側と外側の糸球体配置はおおむね鏡像対称となっている。 | ||
嗅球には、入力する嗅神経細胞の種類に応じたドメイン構造が存在する<ref name=ref2><pubmed> 21469960 </pubmed></ref>。嗅上皮の背内側領域(Dゾーン)に位置する嗅神経細胞の軸索は嗅球背側領域(Dドメイン)に投射する。Dゾーンの中でも、[[クラスI嗅覚受容体]]を発現する嗅神経細胞の軸索は、より背側のD<sub>I</sub>ドメインに、[[クラスII嗅覚受容体]]を発現する嗅神経細胞軸索はより腹側のD<sub>II</sub>ドメインに投射する。嗅上皮の腹外側領域(Vゾーン)の嗅神経細胞の軸索(クラスII嗅覚受容体を発現)は嗅球腹側領域(Vドメイン)に投射する。更に、Vゾーン内でも嗅覚受容体の種類によって発現領域に偏りがあり、嗅上皮の背内-腹外軸方向の発現分布が嗅球背腹軸方向の投射位置におおよそ対応する。 | 嗅球には、入力する嗅神経細胞の種類に応じたドメイン構造が存在する<ref name=ref2><pubmed> 21469960 </pubmed></ref>。嗅上皮の背内側領域(Dゾーン)に位置する嗅神経細胞の軸索は嗅球背側領域(Dドメイン)に投射する。Dゾーンの中でも、[[クラスI嗅覚受容体]]を発現する嗅神経細胞の軸索は、より背側のD<sub>I</sub>ドメインに、[[クラスII嗅覚受容体]]を発現する嗅神経細胞軸索はより腹側のD<sub>II</sub>ドメインに投射する。嗅上皮の腹外側領域(Vゾーン)の嗅神経細胞の軸索(クラスII嗅覚受容体を発現)は嗅球腹側領域(Vドメイン)に投射する。更に、Vゾーン内でも嗅覚受容体の種類によって発現領域に偏りがあり、嗅上皮の背内-腹外軸方向の発現分布が嗅球背腹軸方向の投射位置におおよそ対応する。 | ||
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[[ファイル:嗅球回路2.jpg|thumb|250px|'''図3 嗅球内局所回路の模式図''' 異なる嗅覚受容体を発現する嗅神経細胞軸索を赤と緑で示している。嗅神経細胞、僧帽細胞、房飾細胞が興奮性ニューロンで傍糸球体細胞と顆粒細胞が抑制性ニューロンである。様々な遠心性入力も存在する。]] | [[ファイル:嗅球回路2.jpg|thumb|250px|'''図3 嗅球内局所回路の模式図''' 異なる嗅覚受容体を発現する嗅神経細胞軸索を赤と緑で示している。嗅神経細胞、僧帽細胞、房飾細胞が興奮性ニューロンで傍糸球体細胞と顆粒細胞が抑制性ニューロンである。様々な遠心性入力も存在する。]] | ||
嗅球には層構造があり、表層から順に、嗅神経層(olfactory nerve layer)、糸球体層(glomerular layer)、外網状層(external plexiform layer)、僧帽細胞層(mitral cell layer)、内網状層(internal plexiform layer)、顆粒細胞層(granule cell layer)からなる。嗅球の神経細胞には、[[興奮性ニューロン]]として僧帽細胞(mitral cell)と房飾細胞(tufted cell)があり、[[抑制性ニューロン]](いずれも[[介在ニューロン]])として傍糸球体細胞(periglomerular cell)と顆粒細胞(granule cell)がある。実際には傍糸球体細胞と顆粒細胞は多様な抑制性ニューロンの総称である。この他に短軸細胞(short axon cell)と総称されるものもあるが、まだ不明な点が多い。嗅球の神経細胞の中で、嗅球から嗅皮質へと出力するのは僧帽細胞と房飾細胞のみである<ref name=ref2/><ref name=ref6><pubmed> 16776583 </pubmed></ref>(''' | 嗅球には層構造があり、表層から順に、嗅神経層(olfactory nerve layer)、糸球体層(glomerular layer)、外網状層(external plexiform layer)、僧帽細胞層(mitral cell layer)、内網状層(internal plexiform layer)、顆粒細胞層(granule cell layer)からなる。嗅球の神経細胞には、[[興奮性ニューロン]]として僧帽細胞(mitral cell)と房飾細胞(tufted cell)があり、[[抑制性ニューロン]](いずれも[[介在ニューロン]])として傍糸球体細胞(periglomerular cell)と顆粒細胞(granule cell)がある。実際には傍糸球体細胞と顆粒細胞は多様な抑制性ニューロンの総称である。この他に短軸細胞(short axon cell)と総称されるものもあるが、まだ不明な点が多い。嗅球の神経細胞の中で、嗅球から嗅皮質へと出力するのは僧帽細胞と房飾細胞のみである<ref name=ref2/><ref name=ref6><pubmed> 16776583 </pubmed></ref>('''図4''')。 | ||
嗅神経細胞の軸索は嗅神経層を経て糸球体層に存在する直径50-100μm(マウスの場合)の糸球体に接続する。糸球体の中では嗅神経細胞軸索が僧帽細胞・房飾細胞や傍糸球体細胞の[[樹状突起]]にグルタミン酸性の[[興奮性シナプス]]を作る。球状の糸球体の周りに存在する傍糸球体細胞もまた、僧帽・房飾細胞や嗅神経細胞軸索にGABA性の[[抑制性シナプス]]を作っている。僧帽細胞の細胞体は僧帽細胞層に存在するが、房飾細胞の細胞体は主に外網状層の表層に分布する。僧帽細胞と房飾細胞は匂い刺激に対する応答特性も異なることから、異なる機能を有していると考えられている。僧帽・房飾細胞は単一の主樹状突起をもち、糸球体内でのみ房状分岐をもつ。この結果、個々の僧帽・房飾細胞は単一の糸球体からのみ直接的な興奮性入力を受け入れている。1つの糸球体には20-50個の僧帽・房飾細胞の主樹状突起が接続する。同じ糸球体に接続している僧帽・房飾細胞は姉妹僧帽・房飾細胞と呼ばれる。姉妹僧帽細胞同士は糸球体内で樹状突起間[[ギャップ結合]]を形成している。僧帽・房飾細胞はまた、複数の側方樹状突起(lateral dendrite)を外網状層に広く伸ばしており、顆粒細胞樹状突起との間でシナプスを作っている。僧帽・房飾細胞と傍糸球体細胞の間のシナプス、僧帽・房飾細胞と顆粒細胞の間のシナプスはしばしば[[双方向性シナプス]]であるという点が特徴的である。顆粒細胞は無軸索細胞であり、樹状突起で入力とGABA性の出力の両方を行う。僧帽・房飾細胞や傍糸球体細胞もまた、樹状突起で入力と出力の両方を行う。房飾細胞の一部の軸索分枝は内網状層を経て内側・外側の同種糸球体カラム同士を正確に接続していることが知られているが、機能は不明である。また嗅球は嗅皮質の多くの領域からグルタミン酸性の[[遠心性]]入力を受けるほか、[[ノルアドレナリン]]、[[アセチルコリン]]、[[セロトニン]]などの遠心性神経修飾も受ける<ref name=ref7><pubmed> 20980444 </pubmed></ref>。 | 嗅神経細胞の軸索は嗅神経層を経て糸球体層に存在する直径50-100μm(マウスの場合)の糸球体に接続する。糸球体の中では嗅神経細胞軸索が僧帽細胞・房飾細胞や傍糸球体細胞の[[樹状突起]]にグルタミン酸性の[[興奮性シナプス]]を作る。球状の糸球体の周りに存在する傍糸球体細胞もまた、僧帽・房飾細胞や嗅神経細胞軸索にGABA性の[[抑制性シナプス]]を作っている。僧帽細胞の細胞体は僧帽細胞層に存在するが、房飾細胞の細胞体は主に外網状層の表層に分布する。僧帽細胞と房飾細胞は匂い刺激に対する応答特性も異なることから、異なる機能を有していると考えられている。僧帽・房飾細胞は単一の主樹状突起をもち、糸球体内でのみ房状分岐をもつ。この結果、個々の僧帽・房飾細胞は単一の糸球体からのみ直接的な興奮性入力を受け入れている。1つの糸球体には20-50個の僧帽・房飾細胞の主樹状突起が接続する。同じ糸球体に接続している僧帽・房飾細胞は姉妹僧帽・房飾細胞と呼ばれる。姉妹僧帽細胞同士は糸球体内で樹状突起間[[ギャップ結合]]を形成している。僧帽・房飾細胞はまた、複数の側方樹状突起(lateral dendrite)を外網状層に広く伸ばしており、顆粒細胞樹状突起との間でシナプスを作っている。僧帽・房飾細胞と傍糸球体細胞の間のシナプス、僧帽・房飾細胞と顆粒細胞の間のシナプスはしばしば[[双方向性シナプス]]であるという点が特徴的である。顆粒細胞は無軸索細胞であり、樹状突起で入力とGABA性の出力の両方を行う。僧帽・房飾細胞や傍糸球体細胞もまた、樹状突起で入力と出力の両方を行う。房飾細胞の一部の軸索分枝は内網状層を経て内側・外側の同種糸球体カラム同士を正確に接続していることが知られているが、機能は不明である。また嗅球は嗅皮質の多くの領域からグルタミン酸性の[[遠心性]]入力を受けるほか、[[ノルアドレナリン]]、[[アセチルコリン]]、[[セロトニン]]などの遠心性神経修飾も受ける<ref name=ref7><pubmed> 20980444 </pubmed></ref>。 |
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