「睡眠障害」の版間の差分

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2.睡眠障害  
2.睡眠障害  


<br>ⅰ)不眠症<br> 不眠は,一般人口の4~5人に1人と有病率の高いcommon diseaseだが,近年不眠の長期化による抑うつ症状発現,QOLの悪化,耐糖能障害や高血圧発現のリスクの上昇など,心身への悪影響が大きいことが明らかにされ,治療対応の重要性が強調されている.誰にでも起こり得る不眠がなぜ一部で慢性化するのかという点については,従来神経症的なメカニズムにより説明されることが多かったが,最近では,生理学的ならびに,認知心理学的過覚醒傾向と熟睡感の障害の問題が重視されるようになっている.急性ストレスでの不眠の発現は一般的な現象だが,これが慢性化する過程で,焦り,不安の増強と相まって過覚醒傾向を生じ,さらに飲酒量の増加や,床上時間の増加などの不適切な対処行動を生むことで悪循環に陥ると考えられる.不眠症のメカニズムを考えるときに,これらの認知行動学的側面に加えて,神経生理学的側面についても検討する必要がある.すなわち,徐波睡眠に関連するセロトニン神経系の機能変化や,間脳下垂体系副腎皮質(hypothalamic pituitary adrenal axis:HPA)機能亢進による夜間のコルチゾール分泌量の上昇,覚醒系に関与するヒスタミンを含む後部視床下部に存在する結節乳頭核(tuberomammillary nucleus&nbsp;:TMN)の細胞群,オレキシン神経系の活動亢進により覚醒水準の上昇がおきる.それにより,網様体賦活系と睡眠中枢である腹外側視索前野(ventrolateral preoptic area&nbsp;:VLPO)およびそれに関連する神経系の活動に変化がもたらされ,不眠症状が引き起こされる(図3)<ref><pubmed>19481481</pubmed></ref>. [[Image:Takaスライド3.PNG|478x359px|RTENOTITLE]]  
<br>ⅰ)不眠症<br> 不眠は,一般人口の4~5人に1人と有病率の高いcommon diseaseだが,近年不眠の長期化による抑うつ症状発現,QOLの悪化,耐糖能障害や高血圧発現のリスクの上昇など,心身への悪影響が大きいことが明らかにされ,治療対応の重要性が強調されている.誰にでも起こり得る不眠がなぜ一部で慢性化するのかという点については,従来神経症的なメカニズムにより説明されることが多かったが,最近では,生理学的ならびに,認知心理学的過覚醒傾向と熟睡感の障害の問題が重視されるようになっている.急性ストレスでの不眠の発現は一般的な現象だが,これが慢性化する過程で,焦り,不安の増強と相まって過覚醒傾向を生じ,さらに飲酒量の増加や,床上時間の増加などの不適切な対処行動を生むことで悪循環に陥ると考えられる.不眠症のメカニズムを考えるときに,これらの認知行動学的側面に加えて,神経生理学的側面についても検討する必要がある.すなわち,徐波睡眠に関連するセロトニン神経系の機能変化や,間脳下垂体系副腎皮質(hypothalamic pituitary adrenal axis:HPA)機能亢進による夜間のコルチゾール分泌量の上昇,覚醒系に関与するヒスタミンを含む後部視床下部に存在する結節乳頭核(tuberomammillary nucleus&nbsp;:TMN)の細胞群,オレキシン神経系の活動亢進により覚醒水準の上昇がおきる.それにより,網様体賦活系と睡眠中枢である腹外側視索前野(ventrolateral preoptic area&nbsp;:VLPO)およびそれに関連する神経系の活動に変化がもたらされ,不眠症状が引き起こされる(図3)<ref><pubmed>19481481</pubmed></ref>. [[Image:Takaスライド3.PNG|483x362px|RTENOTITLE]]  


<br><br> 不眠症に対する薬物療法としては,ベンゾジアゼピン(benzodiazepine&nbsp;:BZ)ないしそのアゴニストの薬剤が第一選択となっている.BZ系睡眠薬の作用機序は,脳内のBZ受容体へ結合して,Cl-イオンの細胞内への流入を促進することにより細胞の興奮を起こりにくくすることにある.BZ受容体はγ-アミノ酪酸(γ-aminobutyric&nbsp;:GABA)受容体とともにGABA‐BZ‐Cl-イオンチャンネル複合体を形成し,GABA系の活性を高める.BZ受容体はω1~ω5の5つに分類されるが,BZ系の睡眠薬のほとんどはω1,ω2受容体に非選択的に結合する.ω1受容体は脳全体に分布するが,特に小脳,淡蒼球,大脳皮質に高密度で,一方ω2受容体は大脳辺縁系,脊髄に多く分布している.現時点ではω1受容体は主に催眠・鎮静作用に関係し,ω2受容体は主に抗不安作用,筋弛緩作用に関係していると考えられており,睡眠薬ではω1選択性の高い薬剤が治療薬として選択される機会が比較的多い.BZ系睡眠薬は,緊張‐不安水準の抑制とともに,睡眠恒常性機構への作用(アデノシン・プロスタグランジンD2などとともにVLPOからTMNにいたる睡眠促進細胞群を活性化)に関与している可能性が推定されている.<br> 不眠症の治療として,近年,認知行動療法(cognitive behavioral therapy&nbsp;:CBT)の重要性が強調されている<ref><pubmed>17162986</pubmed></ref>.CBTは,不眠を遷延化させている悪循環の要因となっている生活習慣と認知パターンを修正させることで,問題の解決につなげるものである. 不眠症患者の現在の症状・状況と行動パターンの関係についての機能分析を十分に行ったうえで,心理教育,睡眠衛生指導,リラクゼーション,刺激制御法(眠れなくなったら寝床を離れ,眠気がついてから寝床に戻るようにさせるもの)と睡眠制限療法(眠れなけば,寝床の上で過ごす時間を切り縮めるもの)を含めた睡眠スケジュール法,認知行動療法(睡眠に対する思い込みが行動・気分にどのような影響を及ぼしているかを明らかにし,悪循環から離れられるように気づかせていくもの)を組み合わせたパッケージを用いて治療を行う.CBTのプロセスは,患者自身に認知的過覚醒を理解させる方向に働くことは疑いのないところだが,これ以外の生理的な機構に直接働く可能性は乏しいと思われる.  
<br><br> 不眠症に対する薬物療法としては,ベンゾジアゼピン(benzodiazepine&nbsp;:BZ)ないしそのアゴニストの薬剤が第一選択となっている.BZ系睡眠薬の作用機序は,脳内のBZ受容体へ結合して,Cl-イオンの細胞内への流入を促進することにより細胞の興奮を起こりにくくすることにある.BZ受容体はγ-アミノ酪酸(γ-aminobutyric&nbsp;:GABA)受容体とともにGABA‐BZ‐Cl-イオンチャンネル複合体を形成し,GABA系の活性を高める.BZ受容体はω1~ω5の5つに分類されるが,BZ系の睡眠薬のほとんどはω1,ω2受容体に非選択的に結合する.ω1受容体は脳全体に分布するが,特に小脳,淡蒼球,大脳皮質に高密度で,一方ω2受容体は大脳辺縁系,脊髄に多く分布している.現時点ではω1受容体は主に催眠・鎮静作用に関係し,ω2受容体は主に抗不安作用,筋弛緩作用に関係していると考えられており,睡眠薬ではω1選択性の高い薬剤が治療薬として選択される機会が比較的多い.BZ系睡眠薬は,緊張‐不安水準の抑制とともに,睡眠恒常性機構への作用(アデノシン・プロスタグランジンD2などとともにVLPOからTMNにいたる睡眠促進細胞群を活性化)に関与している可能性が推定されている.<br> 不眠症の治療として,近年,認知行動療法(cognitive behavioral therapy&nbsp;:CBT)の重要性が強調されている<ref><pubmed>17162986</pubmed></ref>.CBTは,不眠を遷延化させている悪循環の要因となっている生活習慣と認知パターンを修正させることで,問題の解決につなげるものである. 不眠症患者の現在の症状・状況と行動パターンの関係についての機能分析を十分に行ったうえで,心理教育,睡眠衛生指導,リラクゼーション,刺激制御法(眠れなくなったら寝床を離れ,眠気がついてから寝床に戻るようにさせるもの)と睡眠制限療法(眠れなけば,寝床の上で過ごす時間を切り縮めるもの)を含めた睡眠スケジュール法,認知行動療法(睡眠に対する思い込みが行動・気分にどのような影響を及ぼしているかを明らかにし,悪循環から離れられるように気づかせていくもの)を組み合わせたパッケージを用いて治療を行う.CBTのプロセスは,患者自身に認知的過覚醒を理解させる方向に働くことは疑いのないところだが,これ以外の生理的な機構に直接働く可能性は乏しいと思われる.  
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ⅱ)概日リズム睡眠障害<br> 前述したように,睡眠は体内時計に依存して発現する生体現象である.それゆえ,睡眠は,覚醒中の精神身体活動量などの内部または外部環境要因の影響だけでなく,睡眠覚醒リズムの維持に関わる体内時計リズムからの制御を強く受ける.概日リズム睡眠障害は,この体内時計機能の障害により発症するものである.<br> 睡眠覚醒,自律神経系,メラトニン,コルチゾールなどの内分泌系,代謝系活動にみられる約24時間周期のリズムは概日リズムと呼ばれ,体内時計によって支配されている.これらのリズムは,光刺激や運動,摂食など様々な外因によって修飾され,外界環境へ同調する.生物時計システムは,環境情報の変化を時計本体に伝える入力部,システムの中枢をなし自律的な24時間リズムを形成する時計本体,そして時計から発振される概日シグナルにより諸生理機能リズムを駆動する出力部から構成されている.<br> 哺乳類の中枢時計は,SCNに存在するが,ほとんどの組織・器官の細胞にも生物時計(末梢時計)が備わっており,中枢時計SCNから発振される概日シグナルが末梢時計に階層的に作用し,生体リズムを統合している.もっとも強力な同調因子である光刺激は,その入力情報が網膜から網膜視床下部路を経由してSCNに直接伝えられ,これにより中枢リズムの位相がリセット(前進もしくは後退)されることで,個体の生体リズムが環境因子に順応する.体内時計システムに関わるほとんどの遺伝子は,SCNにおいて約24時間の転写日周リズムを示し,この時計遺伝子群の転写・翻訳制御のフィードバックループが体内時計発信機構の中核をなす.全身の時計遺伝子が自律的に作る約25時間の概日リズム(circadian rhythm)は朝の光で位相が毎日補正されて,24時間の外界周期に適応する.<br> 概日リズム睡眠障害は,睡眠内容そのものは正常であるが,望ましい時間帯に睡眠をとることが困難になり社会生活に支障を来すもので,概日リズムを司る体内時計の発振機構,もしくは時計の同調機能の障害により生じる.睡眠相後退型は,睡眠時間帯が非常に遅れており,望ましい時刻に入眠および覚醒することが困難で,遅刻・欠勤の重要な原因となる.それに対し,睡眠相前進型は,睡眠時間帯が著しく前にずれ,極端な早寝早起きの状態となる.自由継続型は,24時間のリズムに適合できないために入眠・覚醒時刻が毎日1時間程度遅れ,定まった時刻に入眠および覚醒することができないために,昼夜の生活が逆転する期間が生じる.自由継続型は,体内時計に明暗情報が入力されないために,24時間周期に同調できない全盲者に多い.不規則型は,1日の中に睡眠エピソードが不規則に3回以上起こり,その持続時間も一定しない.この型の障害はアルツハイマー型などの認知症高齢者に併発することが多い.<br> 概日リズム睡眠障害の治療として,ヒトの体内時計位相変化部分に高照度光を照射する高照度光療法がある.早朝の時間帯に高照度光を照射すると深部体温リズムやメラトニンリズムなどの概日リズム位相が早まり,夜の就寝時刻前後に高照度光を照射すると概日リズム位相が遅くなる.光による生体リズムの同調は光パルスに対する位相反応曲線(phase response curve:PRC)によって説明することができる.恒暗条件下において光パルスを与えると,その照射時刻によってリズムの位相変位の度合いが変化するが,照射時刻と位相変位の関係を関数プロットしたものが位相反応曲線である(図4)<ref><pubmed>12717008</pubmed></ref>.高照度光療法は,これを応用して,光照射器を用いて高照度光を一定時間照射し,睡眠相を望ましい時間帯に矯正するという方法である.本療法には通常2500 lux以上の高照度光が用いられる. <br> メラトニン分泌が体内時計によって制御されている一方で,外部から投与したメラトニンも生体リズムの位相を変化させる働きがあることが明らかにされている.夕方にメラトニンを投与すると生体リズムの位相は早まり,朝に投与すると逆に遅れる.これは夕の光が生物時計を遅らせ,朝の光が体内時計を早めるのとちょうど反対の位相反応である.このような特徴から,概日リズム睡眠障害の治療に対するメラトニン投与の有効性が確立されている.実際の投与法については,0.5~1㎎を実際に入眠にできる時刻(前夜入眠した時刻)の6~7時間前,または望まれる入眠時刻の2~3時間前に投与する方法が主体である. [[Image:Takaスライド4.PNG|586x437px|RTENOTITLE]]  
ⅱ)概日リズム睡眠障害<br> 前述したように,睡眠は体内時計に依存して発現する生体現象である.それゆえ,睡眠は,覚醒中の精神身体活動量などの内部または外部環境要因の影響だけでなく,睡眠覚醒リズムの維持に関わる体内時計リズムからの制御を強く受ける.概日リズム睡眠障害は,この体内時計機能の障害により発症するものである.<br> 睡眠覚醒,自律神経系,メラトニン,コルチゾールなどの内分泌系,代謝系活動にみられる約24時間周期のリズムは概日リズムと呼ばれ,体内時計によって支配されている.これらのリズムは,光刺激や運動,摂食など様々な外因によって修飾され,外界環境へ同調する.生物時計システムは,環境情報の変化を時計本体に伝える入力部,システムの中枢をなし自律的な24時間リズムを形成する時計本体,そして時計から発振される概日シグナルにより諸生理機能リズムを駆動する出力部から構成されている.<br> 哺乳類の中枢時計は,SCNに存在するが,ほとんどの組織・器官の細胞にも生物時計(末梢時計)が備わっており,中枢時計SCNから発振される概日シグナルが末梢時計に階層的に作用し,生体リズムを統合している.もっとも強力な同調因子である光刺激は,その入力情報が網膜から網膜視床下部路を経由してSCNに直接伝えられ,これにより中枢リズムの位相がリセット(前進もしくは後退)されることで,個体の生体リズムが環境因子に順応する.体内時計システムに関わるほとんどの遺伝子は,SCNにおいて約24時間の転写日周リズムを示し,この時計遺伝子群の転写・翻訳制御のフィードバックループが体内時計発信機構の中核をなす.全身の時計遺伝子が自律的に作る約25時間の概日リズム(circadian rhythm)は朝の光で位相が毎日補正されて,24時間の外界周期に適応する.<br> 概日リズム睡眠障害は,睡眠内容そのものは正常であるが,望ましい時間帯に睡眠をとることが困難になり社会生活に支障を来すもので,概日リズムを司る体内時計の発振機構,もしくは時計の同調機能の障害により生じる.睡眠相後退型は,睡眠時間帯が非常に遅れており,望ましい時刻に入眠および覚醒することが困難で,遅刻・欠勤の重要な原因となる.それに対し,睡眠相前進型は,睡眠時間帯が著しく前にずれ,極端な早寝早起きの状態となる.自由継続型は,24時間のリズムに適合できないために入眠・覚醒時刻が毎日1時間程度遅れ,定まった時刻に入眠および覚醒することができないために,昼夜の生活が逆転する期間が生じる.自由継続型は,体内時計に明暗情報が入力されないために,24時間周期に同調できない全盲者に多い.不規則型は,1日の中に睡眠エピソードが不規則に3回以上起こり,その持続時間も一定しない.この型の障害はアルツハイマー型などの認知症高齢者に併発することが多い.<br> 概日リズム睡眠障害の治療として,ヒトの体内時計位相変化部分に高照度光を照射する高照度光療法がある.早朝の時間帯に高照度光を照射すると深部体温リズムやメラトニンリズムなどの概日リズム位相が早まり,夜の就寝時刻前後に高照度光を照射すると概日リズム位相が遅くなる.光による生体リズムの同調は光パルスに対する位相反応曲線(phase response curve:PRC)によって説明することができる.恒暗条件下において光パルスを与えると,その照射時刻によってリズムの位相変位の度合いが変化するが,照射時刻と位相変位の関係を関数プロットしたものが位相反応曲線である(図4)<ref><pubmed>12717008</pubmed></ref>.高照度光療法は,これを応用して,光照射器を用いて高照度光を一定時間照射し,睡眠相を望ましい時間帯に矯正するという方法である.本療法には通常2500 lux以上の高照度光が用いられる. <br> メラトニン分泌が体内時計によって制御されている一方で,外部から投与したメラトニンも生体リズムの位相を変化させる働きがあることが明らかにされている.夕方にメラトニンを投与すると生体リズムの位相は早まり,朝に投与すると逆に遅れる.これは夕の光が生物時計を遅らせ,朝の光が体内時計を早めるのとちょうど反対の位相反応である.このような特徴から,概日リズム睡眠障害の治療に対するメラトニン投与の有効性が確立されている.実際の投与法については,0.5~1㎎を実際に入眠にできる時刻(前夜入眠した時刻)の6~7時間前,または望まれる入眠時刻の2~3時間前に投与する方法が主体である. [[Image:Takaスライド4.PNG|484x363px|RTENOTITLE]]  


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ⅳ.レム睡眠行動障害<br> 睡眠時随伴症(パラソムニア)では,入眠時あるいは睡眠中,睡眠からの覚醒時に,望ましくない身体行動や体験を生じる.この群に属する病態は, non-REMパラソムニアとREMパラソムニアの2つに大別される.レム睡眠行動障害(REM sleep behavior disorder;RBD)はREMパラソムニアの1つであり,夢に関連した異常行動を示すものである.症状としてはREM睡眠期に一致して(夜間中~後期に多い),はっきりとした大きな寝言あるいは発声,腕を振り回す,布団を蹴る,座る,手足をばたつかせるといった複雑な動作が起こる.持続時間は数分以内と短く,覚醒を促すと,夢内容を内省できる.夢内容は,人や動物などに追われる,攻撃されるなど,不快で恐怖に満ちた悪夢が多い.異常行動は夢の中の体験を反映するため,寝室周囲の障害物を回避できずに衝突し,自身もしくはベッドパートナーが受傷することが少なくない.<br> RBDは大きく特発性と二次性に分けることができる.二次性RBDには,アルコールや睡眠薬の離脱時,三環系抗うつ薬などの中枢作動薬によるもの,脳幹病変を有する神経疾患に基づくものなどがある.<br>ネコを使った実験では,REM睡眠は情動系の抑制と骨格筋脱力の出現が重要であり,骨格筋脱力は,コリン系の中脳橋被蓋核(pedunculopontine tegmental nucleus:PPN)と外背側被蓋核(laterodorsal tegmental nucleus:LDTN),アドレナリン系の青斑核(locus coeruleus:LC)から延髄巨大細胞網様体(medullary magnocellular reticular formation:MCRF)を介した系により生じることがわかっている.また,ネズミを用いた実験により,ネコのLCに相当する下外側背側核(sublaral dorsal nucleus:SLD)がREM睡眠を促進する働きをもっており,反対に中脳水道周辺の腹外側灰白質(ventrolateral part of the periaqueductal grey matter:vlPAG),外側橋被蓋(lateral pontine tegmentum:LPT)はREM睡眠を抑制することが示されている.ネコのLC,SLDの破壊により,RBDが生じることがわかっているが,ヒトにおいてもLCなどが主病変として注目されている.BoeveらによるRBDの発症機序のスキーマを示す(図5)<ref><pubmed>17412731</pubmed></ref>.<br> RBDの治療としては,まず患者や家族に病態を十分理解させ,寝室環境を工夫して,患者自身およびベッドパートナーの受傷リスクを低減する必要がある.また,発症の誘因,あるいは増悪因子として,アルコール飲用や心理的ストレスが関与していると推測される場合はこれらへの対応を検討すべきである.薬物療法としては,クロナゼパムが第一選択薬とされており,0.5‐1.5㎎/日が投与される.高齢者ではふらつき,転倒といった副作用に注意が必要である.本剤の作用機序については,脳幹部の橋被蓋核付近のREM睡眠実行系への作用や,辺縁系へ働いて情動を安定化させる作用などが推察されている.これ以外に,メラトニンあるいはドーパミンアゴニストであるプラミペキソールの効果も報告されている.
ⅳ.レム睡眠行動障害<br> 睡眠時随伴症(パラソムニア)では,入眠時あるいは睡眠中,睡眠からの覚醒時に,望ましくない身体行動や体験を生じる.この群に属する病態は, non-REMパラソムニアとREMパラソムニアの2つに大別される.レム睡眠行動障害(REM sleep behavior disorder;RBD)はREMパラソムニアの1つであり,夢に関連した異常行動を示すものである.症状としてはREM睡眠期に一致して(夜間中~後期に多い),はっきりとした大きな寝言あるいは発声,腕を振り回す,布団を蹴る,座る,手足をばたつかせるといった複雑な動作が起こる.持続時間は数分以内と短く,覚醒を促すと,夢内容を内省できる.夢内容は,人や動物などに追われる,攻撃されるなど,不快で恐怖に満ちた悪夢が多い.異常行動は夢の中の体験を反映するため,寝室周囲の障害物を回避できずに衝突し,自身もしくはベッドパートナーが受傷することが少なくない.<br> RBDは大きく特発性と二次性に分けることができる.二次性RBDには,アルコールや睡眠薬の離脱時,三環系抗うつ薬などの中枢作動薬によるもの,脳幹病変を有する神経疾患に基づくものなどがある.<br>ネコを使った実験では,REM睡眠は情動系の抑制と骨格筋脱力の出現が重要であり,骨格筋脱力は,コリン系の中脳橋被蓋核(pedunculopontine tegmental nucleus:PPN)と外背側被蓋核(laterodorsal tegmental nucleus:LDTN),アドレナリン系の青斑核(locus coeruleus:LC)から延髄巨大細胞網様体(medullary magnocellular reticular formation:MCRF)を介した系により生じることがわかっている.また,ネズミを用いた実験により,ネコのLCに相当する下外側背側核(sublaral dorsal nucleus:SLD)がREM睡眠を促進する働きをもっており,反対に中脳水道周辺の腹外側灰白質(ventrolateral part of the periaqueductal grey matter:vlPAG),外側橋被蓋(lateral pontine tegmentum:LPT)はREM睡眠を抑制することが示されている.ネコのLC,SLDの破壊により,RBDが生じることがわかっているが,ヒトにおいてもLCなどが主病変として注目されている.BoeveらによるRBDの発症機序のスキーマを示す(図5)<ref><pubmed>17412731</pubmed></ref>.<br> RBDの治療としては,まず患者や家族に病態を十分理解させ,寝室環境を工夫して,患者自身およびベッドパートナーの受傷リスクを低減する必要がある.また,発症の誘因,あるいは増悪因子として,アルコール飲用や心理的ストレスが関与していると推測される場合はこれらへの対応を検討すべきである.薬物療法としては,クロナゼパムが第一選択薬とされており,0.5‐1.5㎎/日が投与される.高齢者ではふらつき,転倒といった副作用に注意が必要である.本剤の作用機序については,脳幹部の橋被蓋核付近のREM睡眠実行系への作用や,辺縁系へ働いて情動を安定化させる作用などが推察されている.これ外に,メラトニンあるいはドーパミンアゴニストであるプラミペキソールの効果も報告されている.
 
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