「補足運動野」の版間の差分

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 前述のように補足運動野には電気刺激による誘発運動や体性感覚応答の受容野によって定義される体部位再現があり、前方より顔、上肢、体幹、下肢の領域が認められる<ref><pubmed>7067775</pubmed></ref><ref><pubmed>1941101</pubmed></ref><ref><pubmed>1757598</pubmed></ref>。一方で[[視覚]]刺激に対する応答性は乏しく、この点で前補足運動野とは区別される。
 前述のように補足運動野には電気刺激による誘発運動や体性感覚応答の受容野によって定義される体部位再現があり、前方より顔、上肢、体幹、下肢の領域が認められる<ref><pubmed>7067775</pubmed></ref><ref><pubmed>1941101</pubmed></ref><ref><pubmed>1757598</pubmed></ref>。一方で[[視覚]]刺激に対する応答性は乏しく、この点で前補足運動野とは区別される。


= 機能<br>  =
==機能==


 補足運動野の機能に関しては、脳血管障害などに伴う破壊症状や動物・人間における電気生理学的研究、脳機能イメージング等から様々な仮説が提唱されている。ここではそのうち重要なものについて触れる。<br>  
 補足運動野の機能に関しては、脳血管障害などに伴う破壊症状や動物・人間における電気生理学的研究、脳機能イメージング等から様々な仮説が提唱されている。ここではそのうち重要なものについて触れる。<br>  


== 随意的な運動の開始及び抑制 ==
===随意的な運動の開始及び抑制===


 一次運動野と異なり補足運動野の損傷は軽微な[[麻痺]]しか起こさず、一見すると運動の制御に従属的な役割しか果たしていないように見える。しかし補足運動野の損傷は自発的な[[発語]]や運動の開始が著しく困難になる[[無動性無言症]](akinetic mutism)と呼ばれる特徴的な症状を惹き起こす。一方でこうした患者でも本を渡して「声を出して読みなさい」と指示されると問題なく読むことが出来、験者が行う動作を真似する限りはなんら障害を示さない。つまり運動の遂行自体に障害はなく、外部から何をいつ為すべきか指示を与えられると運動を遂行できるが、自発的に運動を開始できないのである。動物実験からも同様の所見が得られている<ref><pubmed>7737391</pubmed></ref>。
 一次運動野と異なり補足運動野の損傷は軽微な[[麻痺]]しか起こさず、一見すると運動の制御に従属的な役割しか果たしていないように見える。しかし補足運動野の損傷は自発的な[[発語]]や運動の開始が著しく困難になる[[無動性無言症]](akinetic mutism)と呼ばれる特徴的な症状を惹き起こす。一方でこうした患者でも本を渡して「声を出して読みなさい」と指示されると問題なく読むことが出来、験者が行う動作を真似する限りはなんら障害を示さない。つまり運動の遂行自体に障害はなく、外部から何をいつ為すべきか指示を与えられると運動を遂行できるが、自発的に運動を開始できないのである。動物実験からも同様の所見が得られている<ref><pubmed>7737391</pubmed></ref>。
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 補足運動野の損傷は自発的な運動の開始に困難をもたらす一方で、意図しない運動の出現をもたらす。補足運動野の損傷によって生じる非意図的な運動の代表例として挙げられる“[[他人の手症候群]](alien-hand syndrome)”では、患者の手が本人の意思とは無関係にまるで他人の手であるかのように一定のまとまった動作(例、健側の手が片付けた物を患側の手が勝手に取り出すなど)を行う。その他にも道具の強制使用、強制把握などの非意図的な運動が生じる。我々の脳は五感を通して外界の状況を認知し、それを基に運動を企画・実行するが健常者なら全ての感覚入力に対して自動的に反応するのではなく、何に対してどう反応するか、又は反応しないか等、意図による制御が働いている。補足運動野が損傷されるとこの意図による制御が働かず、感覚入力によって自動的に運動がトリガーされてしまうと考えられる<ref><pubmed>18356377</pubmed></ref>。
 補足運動野の損傷は自発的な運動の開始に困難をもたらす一方で、意図しない運動の出現をもたらす。補足運動野の損傷によって生じる非意図的な運動の代表例として挙げられる“[[他人の手症候群]](alien-hand syndrome)”では、患者の手が本人の意思とは無関係にまるで他人の手であるかのように一定のまとまった動作(例、健側の手が片付けた物を患側の手が勝手に取り出すなど)を行う。その他にも道具の強制使用、強制把握などの非意図的な運動が生じる。我々の脳は五感を通して外界の状況を認知し、それを基に運動を企画・実行するが健常者なら全ての感覚入力に対して自動的に反応するのではなく、何に対してどう反応するか、又は反応しないか等、意図による制御が働いている。補足運動野が損傷されるとこの意図による制御が働かず、感覚入力によって自動的に運動がトリガーされてしまうと考えられる<ref><pubmed>18356377</pubmed></ref>。


==順序動作の制御==
===順序動作の制御===


 複数の動作を適切な順序で実行すること(例.カップ麺の蓋を開けて"から"湯を入れるなど)は日常生活を営む上で重要な役割を持つが、補足運動野の損傷は一連の動作を順序立てて実行することが困難になる運動障害を引き起こす。その一方で個別の要素的運動を実行する限り目立った障害を示さない<ref><pubmed>591992</pubmed></ref>。健常者に於いても順序動作の実行に伴って補足運動野の脳血流が増加すること<ref><pubmed>7351547</pubmed></ref>、複数の動作を個別に行うよりも一連の動作として行う時に補足運動野上から記録される運動準備電位(Bereitschaftspotentia)が増強すること<ref><pubmed>4094721</pubmed></ref>が指摘されている。動物実験でも補足運動野、[[前補足運動野]]には動作の順序に選択的な活動を示すニューロンが数多く存在すること、[[GABA受容体|GABA<sub>A</sub>受容体]](GABAa)[[作動薬]]である[[ムシモール]]をこれらの領域に注入することによって順序動作の実行が障害されるなどヒトで得られた知見を支持する結果が得られている<ref><pubmed>11520914</pubmed></ref>。<br>
 複数の動作を適切な順序で実行すること(例.カップ麺の蓋を開けて"から"湯を入れるなど)は日常生活を営む上で重要な役割を持つが、補足運動野の損傷は一連の動作を順序立てて実行することが困難になる運動障害を引き起こす。その一方で個別の要素的運動を実行する限り目立った障害を示さない<ref><pubmed>591992</pubmed></ref>。健常者に於いても順序動作の実行に伴って補足運動野の脳血流が増加すること<ref><pubmed>7351547</pubmed></ref>、複数の動作を個別に行うよりも一連の動作として行う時に補足運動野上から記録される運動準備電位(Bereitschaftspotentia)が増強すること<ref><pubmed>4094721</pubmed></ref>が指摘されている。動物実験でも補足運動野、[[前補足運動野]]には動作の順序に選択的な活動を示すニューロンが数多く存在すること、[[GABA受容体|GABA<sub>A</sub>受容体]](GABAa)[[作動薬]]である[[ムシモール]]をこれらの領域に注入することによって順序動作の実行が障害されるなどヒトで得られた知見を支持する結果が得られている<ref><pubmed>11520914</pubmed></ref>。<br>


== 両手の協調運動<br>  ==
===両手の協調運動===


 片手で木の枝を引き寄せてもう片手で実を取る、両手で糸を結ぶなど両手を協調させて動作させることは日常の様々な場面で見られるが、補足運動野の傷害は両手の協調動作にも重篤な障害をもたらす。例えばサルにアクリル板に開けた通し穴の中のレーズンを取らせると、片手でレーズンを穴の反対側に押し出しもう一方の手で受け取ることが容易に出来る。ところが補足運動野を損傷したサルでは穴の両側から同時に両手で押し出そうとして取り出すことが出来ない<ref name="Brinkman1984"><pubmed>6716131</pubmed></ref>。更に動物の補足運動野においては両手でボタンを押す際に選択的に活動するニューロンの存在が報告されている<ref><pubmed>3404223</pubmed></ref>が、こうした所見は両手[[協調運動]]に際しては、左右[[大脳半球]]の補足運動野がそれぞれ右手・左手の運動を独立に制御しているのではなく、両手の動作の組み合わせを生成していることを示唆する。注目すべき所見として、ヒトの補足運動野においては両手で同じ動作をさせた場合に比べて、左右の手で同時に異なる動作をさせると[[局所脳血流量]]の増大が著しいことが指摘されている<ref><pubmed>9391021</pubmed></ref>。両手運動では、両手が同じ動作をするよりも異なる動作をしつつ目的を達するために協調して動く事が一般的である。このように両手協調運動には左右の手の役割分担という側面があり、上記の研究成果及び補足運動野傷害サルの観察結果<ref name ="Brinkman1984"></ref>は、左右の手による異なる運動の使い分けに於ける本領野の重要性を示す。
 片手で木の枝を引き寄せてもう片手で実を取る、両手で糸を結ぶなど両手を協調させて動作させることは日常の様々な場面で見られるが、補足運動野の傷害は両手の協調動作にも重篤な障害をもたらす。例えばサルにアクリル板に開けた通し穴の中のレーズンを取らせると、片手でレーズンを穴の反対側に押し出しもう一方の手で受け取ることが容易に出来る。ところが補足運動野を損傷したサルでは穴の両側から同時に両手で押し出そうとして取り出すことが出来ない<ref name="Brinkman1984"><pubmed>6716131</pubmed></ref>。更に動物の補足運動野においては両手でボタンを押す際に選択的に活動するニューロンの存在が報告されている<ref><pubmed>3404223</pubmed></ref>が、こうした所見は両手[[協調運動]]に際しては、左右[[大脳半球]]の補足運動野がそれぞれ右手・左手の運動を独立に制御しているのではなく、両手の動作の組み合わせを生成していることを示唆する。


= 関連項目<br> =
 注目すべき所見として、ヒトの補足運動野においては両手で同じ動作をさせた場合に比べて、左右の手で同時に異なる動作をさせると[[局所脳血流量]]の増大が著しいことが指摘されている<ref><pubmed>9391021</pubmed></ref>。両手運動では、両手が同じ動作をするよりも異なる動作をしつつ目的を達するために協調して動く事が一般的である。このように両手協調運動には左右の手の役割分担という側面があり、上記の研究成果及び補足運動野傷害サルの観察結果<ref name ="Brinkman1984"></ref>は、左右の手による異なる運動の使い分けに於ける本領野の重要性を示す。
 
==関連項目==


*[[高次運動関連領野]]  
*[[高次運動関連領野]]  
*[[前補足運動野]]
*[[前補足運動野]]


= 参考文献<br>  =
==参考文献==


<references />  
<references />  




<br> (執筆者:松坂 義哉 担当編集者:伊佐 正)
(執筆者:松坂 義哉 担当編集者:伊佐 正)

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