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英語名 monoamine system | 英語名 monoamine system | ||
[[モノアミン]]とは[[ドパミン]]、[[ノルアドレナリン]]、[[アドレナリン]]、[[セロトニン]]、[[ヒスタミン]]などの神経伝達物質の総称である。いずれの神経伝達物質も一つのアミノ基が2つの炭素鎖により芳香環につながる化学構造を有する。霊長類、齧歯類ではモノアミン含有神経細胞の細胞体は脳幹部にあり、ほぼ脳全体に神経軸索を投射するため、モノアミン神経系(モノアミン系)は広汎投射神経系としての特徴を有する。モノアミンのうち、精神疾患と特に密接な関連があるノルアドレナリン、ドパミン、セロトニンについて以下に解説する。 | [[モノアミン]]とは[[ドパミン]]、[[ノルアドレナリン]]、[[アドレナリン]]、[[セロトニン]]、[[ヒスタミン]]などの神経伝達物質の総称である。いずれの神経伝達物質も一つのアミノ基が2つの炭素鎖により芳香環につながる化学構造を有する。霊長類、齧歯類ではモノアミン含有神経細胞の細胞体は脳幹部にあり、ほぼ脳全体に神経軸索を投射するため、モノアミン神経系(モノアミン系)は広汎投射神経系としての特徴を有する。モノアミンのうち、精神疾患と特に密接な関連があるノルアドレナリン、ドパミン、セロトニンについて以下に解説する。 | ||
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== '''ノルアドレナリン'''[ノルエピネフリン] noradrenaline (norepinephrine) == | |||
'''神経解剖''' | |||
ノルアドレナリンを神経伝達物質とする神経(ノルアドレナリン作動性神経)の細胞体は中枢神経系では主として橋中心灰白質内の青班核にあり、そこから脳全体に投射する。 | |||
'''合成・代謝''' | |||
ノルアドレナリンはチロシンからドパミンを経由して合成される。チロシン水酸化酵素が律速段階で、ノルアドレナリン合成はノルアドレナリン作動性神経のインパルス量に依存し、さらにシナプス前ノルアドレナリン受容体(自己受容体、α<sub>2</sub>アドレナリン受容体)刺激によって抑制される。ノルアドレナリンは[[モノアミン酸化酵素]](MAO)とcatecholamine-O-methyl transferase (COMT)により主たる代謝産物である3-methoxy-4-hydroxyphenylglycol (MHPG)まで代謝される。 | |||
'''放出の制御''' | |||
ストレスなどのノルアドレナリン作動性神経のインパルス流量を増やす刺激により、シナプス小胞からシナプス間隙へのノルアドレナリン放出が促進され、細胞外ノルアドレナリン濃度は増加する。いったん放出されたノルアドレナリンはノルアドレナリン作動性神経の神経終末にあるノルアドレナリン・[[トランスポーター]](以前はノルアドレナリン取り込み部位と呼ばれていた)というタンパク質により神経終末に再取り込みされ、シナプス間隙のノルアドレナリン濃度は調節されている。ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(ほとんどの三環系[[抗うつ薬]]、四環系抗うつ薬、SNRIのほか、2009年4月に注意欠陥/多動性障害ADHDの治療薬として承認されたatomoxetine)投与はほぼ全脳で細胞外ノルアドレナリン濃度を増加させる。自己受容体であるα<sub>2</sub>アドレナリン受容体遮断は細胞外ノルアドレナリン濃度を増加させる。 | |||
'''受容体''' | |||
ノルアドレナリンとアドレナリンが作用する受容体はアドレナリン受容体と呼ばれる(なお、中枢神経系ではアドレナリン作動性神経はノルアドレナリン作動性神経に比べてはるかに数は少ない)。アドレナリン受容体のサブタイプはα<sub>1</sub>がA,B, Dの3種類、α<sub>2</sub>がA, B, Cの3種類、βが1,2,3の3種類あり、計9種類ある。そのうち、脳に多いのはα<sub>1A</sub>、α<sub>1B</sub>、α<sub>1D</sub>、α<sub>2A</sub>、α<sub>2C</sub>、β<sub>1</sub>といわれている。抗うつ薬服用によって増えた細胞外ノルアドレナリンがどの受容体サブタイプを介して抗うつ効果を惹起しているのかについてはまだわかっていない。 | |||
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== '''ドパミン''' dopamine == | |||
'''神経解剖''' | |||
ドパミン作動性神経の長い投射系は大きく3つに分けることができる。起始核はいずれも脳幹部にあり、黒質(A9)から線条体(尾状核、被殻)に投射する黒質線条体系ドパミン投射、腹側被蓋ドパミン細胞(腹側被蓋野A10)から辺縁系皮質(前頭前野、帯状回、嗅内領野)に投射する中脳皮質系ドパミン投射、腹側被蓋ドパミン細胞(赤核後野A8, 腹側被蓋野A10)からそれ以外の辺縁系(側坐核、中隔野、嗅結節、扁桃体、梨状葉皮質)に投射する中脳辺縁系ドパミン投射がある。黒質線条体系は運動系に、中脳皮質系は作業記憶などの認知機能に、中脳辺縁系は報酬系などに関連しているといわれている。 | |||
'''合成・代謝''' | |||
ドパミンの前駆物質であるチロシンは必須アミノ酸ではなく、食物からタンパク質として摂取される他、体内で必須アミノ酸であるフェニルアラニンから変換される。チロシン水酸化酵素がドパミン合成の律速段階である。ドパミン合成はドパミン作動性神経のインパルス量に依存し、さらにシナプス前ドパミン受容体(自己受容体、D2受容体)刺激によって抑制される。ドパミンはモノアミン酸化酵素(MAO)とcatecholamine-O-methyl transferase (COMT)により主たる代謝産物であるhomovanillic acid (HVA)まで代謝される。 | |||
'''放出の制御''' | |||
ストレス、運動などのドパミン作動性神経のインパルス流量を増やす刺激により、シナプス小胞からシナプス間隙へのドパミン放出が促進され、細胞外ドパミン濃度は増加する。ストレスでは中脳皮質ドパミン系が特に活発化し、運動では黒質線条体ドパミン系が特に活発化する。いったん放出されたドパミンは側坐核や線条体では主としてドパミン作動性神経の神経終末にあるドパミン・トランスポーター(以前はドパミン取り込み部位と呼ばれていた)というタンパク質により神経終末に再取り込みされ、シナプス間隙のドパミン濃度は調節されている。ドパミン再取り込み阻害薬(抗うつ薬のbupropion、ナルコレプシーの治療薬であるmethylphenidate、試薬のGBR12909、麻薬のcocaine、methamphetamineなどがドパミン再取り込み阻害作用を有する)やドパミン放出促進薬(methamphetamine、methylphenidate)は前述した3つのドパミン投射系(黒質線条体、中脳皮質、中脳辺縁系)で細胞外ドパミン濃度を増加させる。特にmethamphetamineによるドパミン増加作用はbupropionに比べると顕著であり、bupropionによる増加が2〜3倍程度なのに対して、methamphetamineによる増加は10〜20倍までになる。また、SSRIであるsertralineも弱いながらドパミン再取り込み阻害作用を有する。 | |||
三環系抗うつ薬、四環系抗うつ薬、SNRIなどのノルアドレナリン再取り込み阻害作用を有する抗うつ薬の投与は、黒質線条体系と中脳辺縁系の神経終末領域の細胞外ドパミン濃度には影響しないが、中脳皮質系(前頭前野など)の細胞外ドパミン濃度を増加させることが1990年代に発見された。これらの抗うつ薬はドパミン再取り込み阻害作用を有さないのに、ドパミン再取り込み阻害薬のように前頭前野で細胞外ドパミン濃度を増やすことは興味深く、それまで抗うつ薬の作用機序から見逃されていた点であった。その作用機序としては以下の2つの機序が考えられる。1)ノルアドレナリン作動性神経からノルアドレナリンがシナプス間隙に放出されるときに、前駆物質であるドパミンも一緒に放出される、2)ノルアドレナリン作動性神経とドパミン作動性神経(側坐核、線条体以外では前頭前野に投射している)から放出されるドパミンはドパミン・トランスポーターのみならず、ノルアドレナリン・トランスポーターからも神経細胞内に再取り込みされるため、ノルアドレナリン再取り込み阻害薬投与によりドパミンのノルアドレナリン・トランスポーターへの取り込みが阻害される。以上の2つの機序に加えて、前頭前野ではドパミン作動性神経に比べて、ノルアドレナリン作動性神経の神経終末が比較的多いという解剖学的特徴が寄与して、ノルアドレナリン再取り込み阻害薬投与により前頭前野細胞外ドパミン濃度が増加すると考えられる。一方、線条体や側坐核では、ドパミン作動性神経の神経終末のほうがノルアドレナリン作動性神経の神経終末よりも圧倒的に多く、細胞外のドパミンはほとんどドパミン作動性神経終末にあるドパミン・トランスポーターにより取り込まれる。 | |||
多くの抗精神病薬、三環系抗うつ薬、四環系抗うつ薬が有する5-HT<sub>2C</sub>受容体遮断作用は3つのドパミン投射系(黒質線条体、中脳皮質、中脳辺縁系)で細胞外ドパミン濃度を増加させる。したがって、5-HT<sub>2C</sub>受容体はドパミン作動性神経に対して、おそらく細胞体レベルで緊張性の抑制作用を有すると考えられる。 | |||
'''受容体''' | |||
ドパミンが作用する受容体はドパミン受容体と呼ばれ、D<sub>1、</sub>D<sub>2</sub>、D<sub>3</sub>、D<sub>4</sub>、D<sub>5</sub>の5種類の受容体サブタイプがある。 | |||
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== '''セロトニン''' serotonin == | |||
'''神経解剖''' | |||
セロトニン作動性神経の細胞体は橋や脳幹にある縫線核群(B1〜B9)から大脳・小脳・脊髄全体に軸索を投射している。大脳皮質、扁桃体には背側縫線核から、海馬には正中縫線核から投射があり、それぞれの起始核は異なる。 | |||
'''合成・代謝''' | |||
セロトニンは必須アミノ酸であるトリプトファンから合成される。セロトニン合成の律速段階であるトリプトファン水酸化酵素は基質によって飽和されていないため、トリプトファンの取り込み、血中の遊離トリプトファン濃度がセロトニン合成に影響を与える。トリプトファンの脳内への取り込みは能動的取り込み機構を介しているが、芳香族アミノ酸や分枝鎖アミノ酸によって阻害される。トリプトファンの過剰摂取はセロトニン合成を増加させる。また、トリプトファンは血中では蛋白に結合しており、トリプトファンの蛋白結合を阻害する薬物(例えばバルプロ酸)の投与により血中の遊離トリプトファン濃度は上昇するため、脳内セロトニン濃度は上昇する。セロトニンはMAO-Aによって5-HIAAに代謝されるが、MAO-Bによる代謝はうけない。興味深いことに、セロトニン作動性神経内に、MAO-Bは存在するが、MAO-Aは存在しない。したがって、セロトニンの代謝はセロトニン作動性神経内ではなく、それ以外の細胞で行われると考えられる。 | |||
'''放出の制御''' | |||
ドパミンやノルアドレナリンと同様に、ストレスによりセロトニン作動性神経のインパルス流量は増え、シナプス間隙へのセロトニン放出が促進され、細胞外セロトニン濃度は増加する。放出されたセロトニンはセロトニン作動性神経の神経終末にあるセロトニン・トランスポーター(以前はセロトニン取り込み部位と呼ばれていた)というタンパク質により神経終末に再取り込みされ、シナプス間隙のセロトニン濃度は調節されている。セロトニン再取り込み阻害薬(3級アミンの三環系抗うつ薬とSSRI)投与はほぼ全脳で細胞外セロトニン濃度を増加させる。 | |||
セロトニン作動性神経の自己受容体は3種類あり、細胞体に5-HT<sub>1A</sub>受容体が、神経終末に5-HT<sub>1B</sub>受容体と5-HT<sub>1D</sub>受容体が存在する。これらの自己受容体はいずれもセロトニン作動性神経の発火とセロトニン放出を抑制する。5-HT<sub>1B</sub>受容体と5-HT<sub>1D</sub>受容体は相同性が高く、片方のアゴニストあるいはアンタゴニストは他方の受容体にも親和性を有することが多い。SSRIとの併用では、5-HT<sub>1B</sub>受容体アンタゴニストも5-HT<sub>1A</sub>受容体アンタゴニストも細胞外セロトニン濃度をさらに増加させ、両アンタゴニストの併用はより効果的であるという報告もある。動物実験ではSSRI急性投与による細胞外セロトニン濃度の増加は2〜3倍であり、反復投与によって低用量の効果は増強するが、高用量のSSRIによる細胞外セロトニン濃度増加の程度は反復投与によって増強しない。しかし、セロトニンの自己受容体アンタゴニスト(特に5-HT<sub>1A</sub>受容体アンタゴニスト)をSSRIと併用するとSSRIの細胞外セロトニン濃度に対する効果がさらに大きくなる。 | |||
5-HT<sub>1A</sub>受容体の自己受容体を介したネガティブ・フィードバックのみならず、セロトニン作動性神経が投射する神経細胞にある5-HT<sub>1A</sub>受容体を介したlong-loopネガティブ・フィードバックによってもセロトニン作動性神経は調節されている。 | |||
細胞外セロトニン濃度は異種受容体であるα<sub>2</sub>アドレナリン受容体による制御もうけており、α<sub>2</sub>アドレナリン受容体遮断薬のSSRIとの併用はセロトニン再取り込み阻害作用による細胞外セロトニン濃度増加作用を増強する。 | |||
'''受容体''' | |||
セロトニン受容体サブタイプはドパミン、アドレナリン受容体と比べてより多彩であり、1A、1B、1D、1E、1F、2A、2B、2C、3、4、5A、5B、6、7の14種類ある。 | |||
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== 参考文献 == | |||
井上 猛、中川 伸、小山 司 (2009) 大うつ病性障害の薬理/抗うつ薬 .樋口輝彦,小山 司,神庭重信編,臨床精神薬理ハンドブック(第二版)、医学書院,pp158-178. | |||
Cooper JR, Bloom FE, Roth RH (2003) The Biochemical Basis of Neuropharmacology, 8th ed. Oxford University Press, New York.(邦訳 神経薬理学、樋口宗史監訳、メディカル・サイエンス・インターナショナル、東京、2005) | |||
Cooper JR, Bloom FE, Roth RH (2003) The Biochemical Basis of Neuropharmacology, 8th ed. Oxford University Press, New York.(邦訳 神経薬理学、樋口宗史監訳、メディカル・サイエンス・インターナショナル、東京、2005) | |||
(執筆者:井上 猛 担当編集委員:加藤忠史) | (執筆者:井上 猛 担当編集委員:加藤忠史) |
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