「モノアミン仮説」の版間の差分

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== 3) 不安障害のセロトニン仮説 ==
== 3) 不安障害のセロトニン仮説 ==


 1980年代に選択的にセロトニン系に作用する2種類の新しい抗不安薬(SSRIと5-HT1Aアゴニスト)が開発され、不安障害の治療に中枢セロトニン系が関与していることが明らかとなった。そのうちSSRIは無作為化対照試験によってほとんどの不安障害亜型に有効であることが明らかになり、古典的な抗不安薬であるベンゾジアゼピンよりも広い適応を有する<ref name=ref4>井上 猛、小山 司<br>不安障害<br>BRAIN and NERVE 64:131-138, 2012.<br>気分障害におけるドパミンの役割<br>気分障害の薬理・生化学―総括と新たなる挑戦―<br>医薬ジャーナル、東京、2012(印刷中)</ref>(井上2012)。したがって、現在ではSSRIこそ抗不安薬といっても過言ではない。しかし、これらのセロトニン系抗不安薬がどのように不安症状を改善するのかはブラックボックスのままであった。
 1980年代に選択的にセロトニン系に作用する2種類の新しい抗不安薬(SSRIと5-HT1Aアゴニスト)が開発され、不安障害の治療に中枢セロトニン系が関与していることが明らかとなった。そのうちSSRIは無作為化対照試験によってほとんどの不安障害亜型に有効であることが明らかになり、古典的な抗不安薬であるベンゾジアゼピンよりも広い適応を有する<ref name=ref4>井上 猛、小山 司<br>不安障害<br>BRAIN and NERVE 64:131-138, 2012.<br>気分障害におけるドパミンの役割<br>気分障害の薬理・生化学―総括と新たなる挑戦―<br>医薬ジャーナル、東京、2012(印刷中)</ref>。したがって、現在ではSSRIこそ抗不安薬といっても過言ではない。しかし、これらのセロトニン系抗不安薬がどのように不安症状を改善するのかはブラックボックスのままであった。
 
 ラットを用いた不安の動物モデルである、恐怖条件付けはセロトニン系抗不安薬の薬理作用の解明に有用なモデルであり、恐怖条件付けにおいてセロトニン系抗不安薬が抗不安作用を鋭敏に示すこと、SSRIの作用部位は扁桃体基底核のグルタミン酸神経であること、などが明らかになってきた<ref name=ref4/>。すなわち、SSRIと5-HT1Aアゴニストは5-HT1A受容体などを介して扁桃体の神経活動を減弱し、不安・恐怖を減弱すると考えられる。恐怖条件付けの発現過程では内側前頭前野におけるセロトニンがまず活性化されるが、恐怖に繰り返しさらされると扁桃体のセロトニンも活性化する。扁桃体のセロトニン活性化は不安・恐怖症状を惹起するというよりは、不安・恐怖症状を緩和しようという生体側の反応であり、セロトニン系抗不安薬は扁桃体のセロトニン系の機能を増強して不安・恐怖を減弱すると考えられる。
 ラットを用いた不安の動物モデルである、恐怖条件付けはセロトニン系抗不安薬の薬理作用の解明に有用なモデルであり、恐怖条件付けにおいてセロトニン系抗不安薬が抗不安作用を鋭敏に示すこと、SSRIの作用部位は扁桃体基底核のグルタミン酸神経であること、などが明らかになってきた<ref name=ref4/>。すなわち、SSRIと5-HT1Aアゴニストは5-HT1A受容体などを介して扁桃体の神経活動を減弱し、不安・恐怖を減弱すると考えられる。恐怖条件付けの発現過程では内側前頭前野におけるセロトニンがまず活性化されるが、恐怖に繰り返しさらされると扁桃体のセロトニンも活性化する。扁桃体のセロトニン活性化は不安・恐怖症状を惹起するというよりは、不安・恐怖症状を緩和しようという生体側の反応であり、セロトニン系抗不安薬は扁桃体のセロトニン系の機能を増強して不安・恐怖を減弱すると考えられる。


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 紙幅の関係でこの仮説については簡単に述べるに留める。統合失調症の治療薬である抗精神病薬はすべてドパミン2受容体遮断薬である。さらにドパミンを過剰に刺激する薬物(覚せい剤、コカイン、高用量のドパミン・アゴニスト)は慢性投与で幻聴、被害妄想などの統合失調症類似の症状を惹起する。これらのことから統合失調症の特に急性増悪期ではドパミンの機能亢進が想定されている。しかし、ドパミン機能のみでは統合失調症の治療・症状(特に認知機能障害と陰性症状)を説明することは難しい。さらにドパミン2受容体遮断薬だけでは治療効果に限界がある。
 紙幅の関係でこの仮説については簡単に述べるに留める。統合失調症の治療薬である抗精神病薬はすべてドパミン2受容体遮断薬である。さらにドパミンを過剰に刺激する薬物(覚せい剤、コカイン、高用量のドパミン・アゴニスト)は慢性投与で幻聴、被害妄想などの統合失調症類似の症状を惹起する。これらのことから統合失調症の特に急性増悪期ではドパミンの機能亢進が想定されている。しかし、ドパミン機能のみでは統合失調症の治療・症状(特に認知機能障害と陰性症状)を説明することは難しい。さらにドパミン2受容体遮断薬だけでは治療効果に限界がある。
 「過剰なdopamine放出に伴うglutamate放出増加とその反復の結果,NMDA 受容体機能低下が惹起される」という「dopamine to glutamate仮説」も最近提案されている安部川智浩, 伊藤侯輝, 仲唐安哉, 小山司:統合失調症病態モデル動物の開発.精神神経学雑誌114:81-98, 2012。
 
 「過剰なdopamine放出に伴うglutamate放出増加とその反復の結果,NMDA 受容体機能低下が惹起される」という「dopamine to glutamate仮説」も最近提案されている<ref>安部川智浩, 伊藤侯輝, 仲唐安哉, 小山司<br>統合失調症病態モデル動物の開発<br>精神神経学雑誌114:81-98, 2012</ref>。


(執筆者:井上 猛 担当編集委員:加藤忠史)
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