「モノアミン仮説」の版間の差分

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 1)うつ病患者で脳脊髄液中のセロトニンの代謝物[[5-hydroxyindole acetic acid]] (5-HIAA)の低下が見られること、2)セロトニンの前駆物質である[[トリプトファン]]をモノアミン酸化酵素阻害剤に併用すると抗うつ作用が増強することなどから、うつ病患者の脳ではセロトニン神経伝達の機能低下が起きているという仮説が提案された<ref><pubmed> 4169954 </pubmed></ref>。さらに、一部の三環系抗うつ薬はセロトニンの神経終末への再取り込みを阻害することも明らかとなった(<ref><pubmed> 5351984 </pubmed></ref>。いくつかの選択的セロトニン再取り込み阻害剤(selective serotonin reuptake inhibitor, SSRI)が1980年代より精神科臨床で広く使用される様になってきた(日本では1999年より)。現在SSRIはうつ病治療では第一選択薬となり、もっとも多く使われている抗うつ薬の種類である。SSRIはセロトニン再取り込み阻害作用以外の薬理作用をほとんど持たないため、シナプス間隙のセロトニンを増やすことがうつ病を改善することにつながると考えられる。  
 1)うつ病患者で脳脊髄液中のセロトニンの代謝物[[5-hydroxyindole acetic acid]] (5-HIAA)の低下が見られること、2)セロトニンの前駆物質である[[トリプトファン]]をモノアミン酸化酵素阻害剤に併用すると抗うつ作用が増強することなどから、うつ病患者の脳ではセロトニン神経伝達の機能低下が起きているという仮説が提案された<ref><pubmed> 4169954 </pubmed></ref>。さらに、一部の三環系抗うつ薬はセロトニンの神経終末への再取り込みを阻害することも明らかとなった(<ref><pubmed> 5351984 </pubmed></ref>。いくつかの選択的セロトニン再取り込み阻害剤(selective serotonin reuptake inhibitor, SSRI)が1980年代より精神科臨床で広く使用される様になってきた(日本では1999年より)。現在SSRIはうつ病治療では第一選択薬となり、もっとも多く使われている抗うつ薬の種類である。SSRIはセロトニン再取り込み阻害作用以外の薬理作用をほとんど持たないため、シナプス間隙のセロトニンを増やすことがうつ病を改善することにつながると考えられる。  


 しかし、大うつ病性障害患者における脳脊髄液中の5-HIAA濃度低下を支持しない研究も報告されている<ref name="ref2">高橋良<br>神経化学<br>現代精神医学大系:躁うつ病(高橋良、鳩谷龍編),pp101-122, 中山書店,東京,1979</ref>。さらに、抗うつ薬による細胞外セロトニン濃度増加は単回投与でも得られるが、抗うつ効果が十分にえられるためには数週間要するということは、薬理作用と臨床効果の間に矛盾が生じているのではないかという批判も初期のセロトニン仮説に対してあった。  
 しかし、[[大うつ病性障害]]患者における脳脊髄液中の5-HIAA濃度低下を支持しない研究も報告されている<ref name="ref2">高橋良<br>神経化学<br>現代精神医学大系:躁うつ病(高橋良、鳩谷龍編),pp101-122, 中山書店,東京,1979</ref>。さらに、抗うつ薬による細胞外セロトニン濃度増加は単回投与でも得られるが、抗うつ効果が十分にえられるためには数週間要するということは、薬理作用と臨床効果の間に矛盾が生じているのではないかという批判も初期のセロトニン仮説に対してあった。  


 抗うつ薬、特に三環系抗うつ薬をラットに慢性投与すると脳内のβアドレナリン受容体やセロトニン2受容体数が減少する。したがって、大うつ病性障害患者の脳ではこれらの受容体(特にセロトニン2受容体)の感受性が亢進している可能性が指摘された。「うつ病素質者ではセロトニン合成の低下があり、セロトニン受容体の感受性亢進が生じて平衡を保っていて、ストレスによりセロトニンが放出されるとうつ病に陥る」といううつ病のセロトニン受容体過感受性仮説がAprisonとTakahashiにより1978年に提唱された<ref name="ref2" />。この仮説は上述のセロトニン仮説の修正版といえる。さらにその後、血小板のセロトニン2A受容体機能が、メランコリー型の大うつ病性障害や双極性障害で亢進していることが複数の研究グループにより報告された。  
 抗うつ薬、特に三環系抗うつ薬をラットに慢性投与すると脳内のβアドレナリン受容体やセロトニン2受容体数が減少する。したがって、大うつ病性障害患者の脳ではこれらの受容体(特にセロトニン2受容体)の感受性が亢進している可能性が指摘された。「うつ病素質者ではセロトニン合成の低下があり、セロトニン受容体の感受性亢進が生じて平衡を保っていて、ストレスによりセロトニンが放出されるとうつ病に陥る」といううつ病のセロトニン受容体過感受性仮説がAprisonとTakahashiにより1978年に提唱された<ref name="ref2" />。この仮説は上述のセロトニン仮説の修正版といえる。さらにその後、血小板のセロトニン2A受容体機能が、メランコリー型の大うつ病性障害や双極性障害で亢進していることが複数の研究グループにより報告された。  
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== 双極性障害のモノアミン仮説  ==
== 双極性障害のモノアミン仮説  ==


 躁病にはドパミン受容体遮断薬である抗精神病薬が有効であり、脳脊髄液中HVA濃度が躁病で高値であるという報告もある。うつ病のモノアミン仮説で述べた仮説を考え合わせると、躁病では脳内カテコールアミン(ドパミンとノルアドレナリン)の機能亢進、うつ病では脳内カテコールアミンの機能低下が生じ、躁病とうつ病の両方で脳内インドールアミン(セロトニン)の機能低下が生じるというモノアミン仮説が1970年代に提案された<ref name="ref3" />。SSRI服用によっても躁転は生じうるので躁病でもセロトニンの機能低下が生じるというのは、現在は支持されることは少ないと思われるが、カテコールアミン機能の躁病とうつ病における対照的な変化は現在も妥当なものと考えられる。  
 [[躁病]]にはドパミン受容体遮断薬である抗精神病薬が有効であり、脳脊髄液中HVA濃度が躁病で高値であるという報告もある。うつ病のモノアミン仮説で述べた仮説を考え合わせると、躁病では脳内カテコールアミン(ドパミンとノルアドレナリン)の機能亢進、うつ病では脳内カテコールアミンの機能低下が生じ、躁病とうつ病の両方で脳内インドールアミン(セロトニン)の機能低下が生じるというモノアミン仮説が1970年代に提案された<ref name="ref3" />。SSRI服用によっても躁転は生じうるので躁病でもセロトニンの機能低下が生じるというのは、現在は支持されることは少ないと思われるが、カテコールアミン機能の躁病とうつ病における対照的な変化は現在も妥当なものと考えられる。  


 最近、双極性障害のドパミン調節異常仮説が提案された。Berkらは双極性障害のドパミン仮説を提唱し、双極性障害ではうつ病相でも躁病相でもドパミン機能の異常が薬理学的に推定されると述べた<ref><pubmed> 17688462 </pubmed></ref>。すなわち、躁病相ではドパミン機能の亢進が、うつ病相ではドパミン機能の低下が推定される。躁病相ではドパミン機能亢進に伴い、ドパミン受容体の2次的な脱感作が生じ、続くうつ病相を悪化させる。一方、うつ病相ではドパミン機能低下に伴い、ドパミン受容体の2次的な感作が生じ、続く躁病相を悪化させる。このようにして中枢ドパミン機能の調節異常(dysregulation)が双極性障害の病態で認められ、病相交代を繰り返す一因となっているのではないかという。この仮説は魅力的であるが、必ずしもこれまでの生物学的マーカーの研究によって十分に支持されているとはいえない。  
 最近、[[双極性障害]]のドパミン調節異常仮説が提案された。Berkらは双極性障害のドパミン仮説を提唱し、双極性障害ではうつ病相でも躁病相でもドパミン機能の異常が薬理学的に推定されると述べた<ref><pubmed> 17688462 </pubmed></ref>。すなわち、躁病相ではドパミン機能の亢進が、うつ病相ではドパミン機能の低下が推定される。躁病相ではドパミン機能亢進に伴い、ドパミン受容体の2次的な脱感作が生じ、続くうつ病相を悪化させる。一方、うつ病相ではドパミン機能低下に伴い、ドパミン受容体の2次的な感作が生じ、続く躁病相を悪化させる。このようにして中枢ドパミン機能の調節異常(dysregulation)が双極性障害の病態で認められ、病相交代を繰り返す一因となっているのではないかという。この仮説は魅力的であるが、必ずしもこれまでの生物学的マーカーの研究によって十分に支持されているとはいえない。  


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== 不安障害のセロトニン仮説  ==
== 不安障害のセロトニン仮説  ==


 1980年代に選択的にセロトニン系に作用する2種類の新しい抗不安薬(SSRIと5-HT<sub>1A</sub>アゴニスト)が開発され、不安障害の治療に中枢セロトニン系が関与していることが明らかとなった。そのうちSSRIは無作為化対照試験によってほとんどの不安障害亜型に有効であることが明らかになり、古典的な抗不安薬であるベンゾジアゼピンよりも広い適応を有する<ref name="ref4">井上 猛、小山 司<br>不安障害<br>BRAIN and NERVE 64:131-138, 2012</ref>。したがって、現在ではSSRIこそ抗不安薬といっても過言ではない。しかし、これらのセロトニン系抗不安薬がどのように不安症状を改善するのかはブラックボックスのままであった。  
 1980年代に選択的にセロトニン系に作用する2種類の新しい抗不安薬(SSRIと5-HT<sub>1A</sub>アゴニスト)が開発され、[[不安障害]]の治療に中枢セロトニン系が関与していることが明らかとなった。そのうちSSRIは無作為化対照試験によってほとんどの不安障害亜型に有効であることが明らかになり、古典的な抗不安薬であるベンゾジアゼピンよりも広い適応を有する<ref name="ref4">井上 猛、小山 司<br>不安障害<br>BRAIN and NERVE 64:131-138, 2012</ref>。したがって、現在ではSSRIこそ抗不安薬といっても過言ではない。しかし、これらのセロトニン系抗不安薬がどのように不安症状を改善するのかはブラックボックスのままであった。  


 ラットを用いた不安の動物モデルである、[[恐怖条件付け]]はセロトニン系抗不安薬の薬理作用の解明に有用なモデルであり、恐怖条件付けにおいてセロトニン系抗不安薬が抗不安作用を鋭敏に示すこと、SSRIの作用部位は[[扁桃体]]基底核のグルタミン酸神経であること、などが明らかになってきた<ref name="ref4" />。すなわち、SSRIと5-HT<sub>1A</sub>アゴニストは5-HT<sub>1A</sub>受容体などを介して扁桃体の神経活動を減弱し、不安・恐怖を減弱すると考えられる。恐怖条件付けの発現過程では内側前頭前野におけるセロトニンがまず活性化されるが、恐怖に繰り返しさらされると扁桃体のセロトニンも活性化する。扁桃体のセロトニン活性化は不安・恐怖症状を惹起するというよりは、不安・恐怖症状を緩和しようという生体側の反応であり、セロトニン系抗不安薬は扁桃体のセロトニン系の機能を増強して不安・恐怖を減弱すると考えられる。  
 ラットを用いた不安の動物モデルである、[[恐怖条件付け]]はセロトニン系抗不安薬の薬理作用の解明に有用なモデルであり、恐怖条件付けにおいてセロトニン系抗不安薬が抗不安作用を鋭敏に示すこと、SSRIの作用部位は[[扁桃体]]基底核のグルタミン酸神経であること、などが明らかになってきた<ref name="ref4" />。すなわち、SSRIと5-HT<sub>1A</sub>アゴニストは5-HT<sub>1A</sub>受容体などを介して扁桃体の神経活動を減弱し、不安・恐怖を減弱すると考えられる。恐怖条件付けの発現過程では内側前頭前野におけるセロトニンがまず活性化されるが、恐怖に繰り返しさらされると扁桃体のセロトニンも活性化する。扁桃体のセロトニン活性化は不安・恐怖症状を惹起するというよりは、不安・恐怖症状を緩和しようという生体側の反応であり、セロトニン系抗不安薬は扁桃体のセロトニン系の機能を増強して不安・恐怖を減弱すると考えられる。  
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== 統合失調症のドパミン仮説  ==
== 統合失調症のドパミン仮説  ==


 紙幅の関係でこの仮説については簡単に述べるに留める。統合失調症の治療薬である抗精神病薬はすべてドパミン2受容体遮断薬である。さらにドパミンを過剰に刺激する薬物(覚せい剤、コカイン、高用量のドパミン・アゴニスト)は慢性投与で幻聴、被害妄想などの統合失調症類似の症状を惹起する。これらのことから統合失調症の特に急性増悪期ではドパミンの機能亢進が想定されている。しかし、ドパミン機能のみでは統合失調症の治療・症状(特に認知機能障害と陰性症状)を説明することは難しい。さらにドパミン2受容体遮断薬だけでは治療効果に限界がある。
 紙幅の関係でこの仮説については簡単に述べるに留める。[[統合失調症]]の治療薬である抗精神病薬はすべてドパミン2受容体遮断薬である。さらにドパミンを過剰に刺激する薬物(覚せい剤、コカイン、高用量のドパミン・アゴニスト)は慢性投与で幻聴、被害妄想などの統合失調症類似の症状を惹起する。これらのことから統合失調症の特に急性増悪期ではドパミンの機能亢進が想定されている。しかし、ドパミン機能のみでは統合失調症の治療・症状(特に認知機能障害と陰性症状)を説明することは難しい。さらにドパミン2受容体遮断薬だけでは治療効果に限界がある。


 「過剰なドパミン放出に伴うglutamate放出増加とその反復の結果,NMDA 受容体機能低下が惹起される」という「dopamine to glutamate仮説」も最近提案されている<ref>安部川智浩, 伊藤侯輝, 仲唐安哉, 小山司<br>統合失調症病態モデル動物の開発<br>精神神経学雑誌114:81-98, 2012</ref>。  
 「過剰なドパミン放出に伴うglutamate放出増加とその反復の結果,NMDA 受容体機能低下が惹起される」という「dopamine to glutamate仮説」も最近提案されている<ref>安部川智浩, 伊藤侯輝, 仲唐安哉, 小山司<br>統合失調症病態モデル動物の開発<br>精神神経学雑誌114:81-98, 2012</ref>。  
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