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===グルココルチコイド受容体=== | ===グルココルチコイド受容体=== | ||
1999年に脳特異的GR遺伝子欠損マウスの報告がなされ<ref><pubmed> 10471508 </pubmed></ref>、定常状態及び急性ストレス負荷後における血中コルチコステロン値が野生型マウスに比べ顕著に高いこと、行動学的解析より不安、うつ様行動が低いことが示された。その後、前脳特異的GR遺伝子欠損マウスが作製され<ref><pubmed> 15623560 </pubmed></ref>、脳特異的GR遺伝子欠損マウスと同様にHPA系機能異常が示された。一連のGR遺伝子変異マウスを用いた解析により、GRがHPA系機能に重要であることは見出せたが、不安やうつ様行動制御に関しては未だ不明な部分が多いのが現状である。これは、GR遺伝子を操作した脳部位の違いのみならず、遺伝子操作による遺伝的補償や、脳発達段階の影響などが考えられる。 | 1999年に脳特異的GR遺伝子欠損マウスの報告がなされ<ref><pubmed> 10471508 </pubmed></ref>、定常状態及び急性ストレス負荷後における血中コルチコステロン値が野生型マウスに比べ顕著に高いこと、行動学的解析より不安、うつ様行動が低いことが示された。その後、前脳特異的GR遺伝子欠損マウスが作製され<ref><pubmed> 15623560 </pubmed></ref>、脳特異的GR遺伝子欠損マウスと同様にHPA系機能異常が示された。一連のGR遺伝子変異マウスを用いた解析により、GRがHPA系機能に重要であることは見出せたが、不安やうつ様行動制御に関しては未だ不明な部分が多いのが現状である。これは、GR遺伝子を操作した脳部位の違いのみならず、遺伝子操作による遺伝的補償や、脳発達段階の影響などが考えられる。 | ||
うつ病・躁うつ病などの気分障害は、遺伝的要因とともに胎生期から思春期までの養育環境ストレスが脳に可塑的変化を引き起こし、これがストレス脆弱性を形成するといった仮説が提唱されている。この発症脆弱性の生物学的基盤の一つとしてGR機能低下が考えられており、GRを介したフィードバック機能の低下が視床下部のCRH系機能の亢進を生じると考えられる。Meaneyらのグループは、高養育ラットと低養育ラットから生まれたラットを解析したところ、低養育ラットから生まれたラットはGR mRNA量が減少しストレス反応性の亢進を示すことを報告した<ref><pubmed> | うつ病・躁うつ病などの気分障害は、遺伝的要因とともに胎生期から思春期までの養育環境ストレスが脳に可塑的変化を引き起こし、これがストレス脆弱性を形成するといった仮説が提唱されている。この発症脆弱性の生物学的基盤の一つとしてGR機能低下が考えられており、GRを介したフィードバック機能の低下が視床下部のCRH系機能の亢進を生じると考えられる。Meaneyらのグループは、高養育ラットと低養育ラットから生まれたラットを解析したところ、低養育ラットから生まれたラットはGR mRNA量が減少しストレス反応性の亢進を示すことを報告した<ref><pubmed>9287218</pubmed></ref>。養育不足により生じるストレス脆弱性形成の基盤は、GRの発現量低下による視床下部-下垂体-副腎皮質(HPA)系のフィードバック障害である可能性が指摘されている。 | ||
===神経栄養因子=== | ===神経栄養因子=== | ||
神経栄養因子は神経細胞の生存・機能発現に必須の因子である。ストレスを負荷した動物の脳内で脳由来神経栄養因子(BDNF)やグリア細胞由来栄養因子(GDNF)の量が変化し、神経細胞樹状突起に存在する棘突起(スパイン)の形態・機能変化を引き起こし、その結果不安やうつ、記憶障害を引き起こすことが示唆されている。うつ病治療などに用いられている抗うつ薬投与によってそれらの異常が回復するといった報告がある<ref><pubmed> | 神経栄養因子は神経細胞の生存・機能発現に必須の因子である。ストレスを負荷した動物の脳内で脳由来神経栄養因子(BDNF)やグリア細胞由来栄養因子(GDNF)の量が変化し、神経細胞樹状突起に存在する棘突起(スパイン)の形態・機能変化を引き起こし、その結果不安やうつ、記憶障害を引き起こすことが示唆されている。うつ病治療などに用いられている抗うつ薬投与によってそれらの異常が回復するといった報告がある<ref><pubmed>11931738</pubmed></ref>, <ref><pubmed>21262472</pubmed></ref>。うつ病患者においてもこれら栄養因子群の量が変化しているとの報告があり、慢性的なストレス負荷による栄養因子群の枯渇が精神疾患の発症リスクとなる可能性が指摘されている。 | ||
===グルタミン酸受容体=== | ===グルタミン酸受容体=== | ||
グルタミン酸受容体はグルタミン酸を主として受容する受容体群で脳に豊富に存在する。中枢神経系のシナプス部に高発現しており、シナプス可塑性と記憶・学習能力に必須な因子である。グルタミン酸受容体は受容できる化学物質の特性により、イオンチャネル共役型受容体と、Gタンパク質共役受容体である代謝型グルタミン酸受容体に大別され、イオンチャネル共役型グルタミン酸受容体はさらにNMDA受容体、AMPA受容体、カイニン酸受容体に分類される。生体が急性ストレスを受けると、NMDA受容体やAMPA受容体依存的なシナプス伝達が増強されること、慢性ストレス負荷によりこれら受容体の発現量が変化し、シナプス伝達効率が変化することが示唆されている<ref><pubmed> | グルタミン酸受容体はグルタミン酸を主として受容する受容体群で脳に豊富に存在する。中枢神経系のシナプス部に高発現しており、シナプス可塑性と記憶・学習能力に必須な因子である。グルタミン酸受容体は受容できる化学物質の特性により、イオンチャネル共役型受容体と、Gタンパク質共役受容体である代謝型グルタミン酸受容体に大別され、イオンチャネル共役型グルタミン酸受容体はさらにNMDA受容体、AMPA受容体、カイニン酸受容体に分類される。生体が急性ストレスを受けると、NMDA受容体やAMPA受容体依存的なシナプス伝達が増強されること、慢性ストレス負荷によりこれら受容体の発現量が変化し、シナプス伝達効率が変化することが示唆されている<ref><pubmed>22127301</pubmed></ref>。 | ||
==ストレス反応とエピジェネティクス== | ==ストレス反応とエピジェネティクス== | ||
神経可塑性には脳内の遺伝子発現調節機構が重要な役割を担っている。ストレスなどの環境要因によって脳内遺伝子発現調節機構に異常が生じると、細胞機能さらには生理機能が変化し、最終的に脳高次機能に影響を及ぼす。最近、気分障害の病態には長期的かつ可逆的な遺伝子発現調節機構が関与していることが推測されており、この機構の1つとしてDNAメチル化やヒストンタンパク修飾などのエピジェネティックな遺伝子発現調節機構が、気分障害の病態の一端を説明できる分子イベントである可能性が考えられている。事実、ストレスを負荷した動物脳においても、グルココルチコイド受容体、栄養因子遺伝子群のプロモーター領域のDNAメチル化やヒストンタンパク修飾が変化することが示唆されている<ref><pubmed> | 神経可塑性には脳内の遺伝子発現調節機構が重要な役割を担っている。ストレスなどの環境要因によって脳内遺伝子発現調節機構に異常が生じると、細胞機能さらには生理機能が変化し、最終的に脳高次機能に影響を及ぼす。最近、気分障害の病態には長期的かつ可逆的な遺伝子発現調節機構が関与していることが推測されており、この機構の1つとしてDNAメチル化やヒストンタンパク修飾などのエピジェネティックな遺伝子発現調節機構が、気分障害の病態の一端を説明できる分子イベントである可能性が考えられている。事実、ストレスを負荷した動物脳においても、グルココルチコイド受容体、栄養因子遺伝子群のプロモーター領域のDNAメチル化やヒストンタンパク修飾が変化することが示唆されている<ref><pubmed>19455174</pubmed></ref>。また、それら後生的な修飾を除去する薬剤を投与することでストレス負荷による行動異常が消失することから、エピジェネティックな遺伝子発現制御機構とストレス反応との関連が指摘されている。 | ||
==参考文献== | |||
<references/> | |||
執筆者:内田周作、担当編集委員:加藤忠史 | 執筆者:内田周作、担当編集委員:加藤忠史 |
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