「脂質ラフト」の版間の差分

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(ページの作成:「英:lipid raft 細胞膜の脂質分布は均質ではなく、一部の脂質は限局して存在しドメインを形成している。その形成要因の一つと...」)
 
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==リポソームにおける脂質ドメイン==
==リポソームにおける脂質ドメイン==
リポソームのような人工膜において、脂質のアルキル鎖は低温下では全てトランス型の立体配座をとり伸びた状態にある。密なパッキングのため分子間にはファンデルワールス力が強く働き、膜の流動性は妨げられている。一方、相転移温度(Tm)以上ではアルキル鎖が融解し、一部がトランス型からゴーシュ型の立体配座へと変化する(液晶相)。この状態では、分子間相互作用が減弱するため脂質の運動性が高まる。ここにコレステロールが共存した場合、硬い平板構造をもつステロール骨格がアルキル鎖の間隙を埋め、トランス型の立体配座を安定化することによって秩序性が増す。一方、脂質の運動性はよく保たれており、拡散係数は液晶相に比較して2~3分の1程度減少するに過ぎない<ref><pubmed>15139814</pubmed></ref>。さらにコレステロールは飽和アルキル鎖のみから成る脂質と安定に相互作用するため、飽和脂質と不飽和脂質、およびコレステロールの3者混合系では同一膜内で相分離を生じる。すなわち、飽和脂質とコレステロールから成る液体秩序相(liquid-ordered; l<sub>o</sub>)と、不飽和脂質が分布する液体非秩序相(liquid-disordered; l<sub>d</sub>)とが共存した状態になる。loには直鎖状の飽和脂肪酸をもつ脂質が集積するため、周囲のl<sub>d</sub>相よりも膜が厚い特徴がある。
リポソームのような人工膜において、脂質のアルキル鎖は低温下では全てトランス型の立体配座をとり伸びた状態にある。密なパッキングのため分子間にはファンデルワールス力が強く働き、膜の流動性は妨げられている。一方、相転移温度(Tm)以上ではアルキル鎖が融解し、一部がトランス型からゴーシュ型の立体配座へと変化する(液晶相)。この状態では、分子間相互作用が減弱するため脂質の運動性が高まる。ここにコレステロールが共存した場合、硬い平板構造をもつステロール骨格がアルキル鎖の間隙を埋め、トランス型の立体配座を安定化することによって秩序性が増す。一方、脂質の運動性はよく保たれており、拡散係数は液晶相に比較して2~3分の1程度減少するに過ぎない<ref><pubmed>15139814</pubmed></ref>。さらにコレステロールは飽和アルキル鎖のみから成る脂質と安定に相互作用するため、飽和脂質と不飽和脂質、およびコレステロールの3者混合系では同一膜内で相分離を生じる。すなわち、飽和脂質とコレステロールから成る液体秩序相(liquid-ordered; l<sub>o</sub>)と、不飽和脂質が分布する液体非秩序相(liquid-disordered; l<sub>d</sub>)とが共存した状態になる。l<sub>o</sub>には直鎖状の飽和脂肪酸をもつ脂質が集積するため、周囲のl<sub>d</sub>相よりも膜が厚い特徴がある。
動物細胞の細胞膜(形質膜)は、他のオルガネラとは異なり、30 mol%程度という多量のコレステロールを含有している。また動物細胞における主要な膜脂質であるグリセロリン脂質は不飽和脂肪酸を持つものが大半を占めるが、細胞膜に多いスフィンゴ脂質の構成脂肪酸の殆どは飽和脂肪酸である。これらの理由から、細胞膜のスフィンゴ脂質とコレステロールもlo相を形成する可能性がある。なおスフィンゴ脂質とコレステロールの集合ができるメカニズムについては、前述のモデル以外にスフィンゴ脂質の嵩高い極性頭部の下の空隙をコレステロールが埋めるというumbrella modelや、スフィンゴシン骨格のアミド結合が分子間で水素結合をつくり安定化するモデルが提唱されている。
動物細胞の細胞膜(形質膜)は、他のオルガネラとは異なり、30 mol%程度という多量のコレステロールを含有している。また動物細胞における主要な膜脂質であるグリセロリン脂質は不飽和脂肪酸を持つものが大半を占めるが、細胞膜に多いスフィンゴ脂質の構成脂肪酸の殆どは飽和脂肪酸である。これらの理由から、細胞膜のスフィンゴ脂質とコレステロールもl<sub>o</sub>相を形成する可能性がある。なおスフィンゴ脂質とコレステロールの集合ができるメカニズムについては、前述のモデル以外にスフィンゴ脂質の嵩高い極性頭部の下の空隙をコレステロールが埋めるというumbrella modelや、スフィンゴシン骨格のアミド結合が分子間で水素結合をつくり安定化するモデルが提唱されている。


==細胞膜の脂質ラフトについての検討==
==細胞膜の脂質ラフトについての検討==
リポソームを用いた研究によって脂質の相分離現象に関する多くの知見が得られ、lo相の性質についての理解も進んできた。しかし細胞膜は、高密度の膜タンパク質の存在、内葉と外葉の非対称性、エンドサイトーシス、エクソサイトーシスなどによる絶えざる膜成分の出入りなどの点でリポソームとは大きく異なる。
リポソームを用いた研究によって脂質の相分離現象に関する多くの知見が得られ、l<sub>o</sub>相の性質についての理解も進んできた。しかし細胞膜は、高密度の膜タンパク質の存在、内葉と外葉の非対称性、エンドサイトーシス、エクソサイトーシスなどによる絶えざる膜成分の出入りなどの点でリポソームとは大きく異なる。


===界面活性剤不溶性に基づく分画===
===界面活性剤不溶性に基づく分画===
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==ラフト局在と機能的意義==
==ラフト局在と機能的意義==
ラフトと非ラフトとでは膜の脂質組成や物性(膜の厚さや膜内分子の拡散速度など)に違いがあるため、膜タンパク質はそれぞれの膜領域に対して異なる親和性を示す。ラフトに局在するタンパク質には次の2つのタイプが知られている。①脂質修飾を受けたタンパク質と②膜貫通領域(transmembrane domain; TMD)がラフトに親和性をもつタンパク質である。①に関係する脂質修飾には、アシル化(ミリストイル化、パルミトイル化)やGPIアンカー付加などがあり、反対にプレニル化(ファルネシル化、ゲラニルゲラニル化)を受けたタンパク質はラフトから排除される傾向があることが報告されている。一方、②については、特にTMDの長い膜タンパク質が疎水性部分の露出を避けるため、膜の厚いラフト環境を好むことが推測されている。実際、細胞膜に存在する膜タンパク質では、ゴルジ体にあるタンパク質よりもTMDが長い傾向がある<ref><pubmed>20603021</pubmed></ref>。脂質ラフトの重要な機能は、これらのタンパク質を選別して特定の領域内に分布させることにより、分子間相互作用を効率化することであると考えられる。また、ある種のタンパク質では脂質環境の違いによって膜タンパク質のコンフォメーションが変化し、活性が変化すると考えられている。異なるスフィンゴ脂質が互いに排他的なドメインを形成している場合も明らかになっており<ref><pubmed>17392511</pubmed></ref>、異なる種類のラフトが特定のタンパク質の分子機能の制御に関わる可能性がある。
ラフトと非ラフトとでは膜の脂質組成や物性(膜の厚さや膜内分子の拡散速度など)に違いがあるため、膜タンパク質はそれぞれの膜領域に対して異なる親和性を示す。ラフトに局在するタンパク質には次の2つのタイプが知られている。①脂質修飾を受けたタンパク質と②膜貫通領域(transmembrane domain; TMD)がラフトに親和性をもつタンパク質である。①に関係する脂質修飾には、アシル化(ミリストイル化、パルミトイル化)やGPIアンカー付加などがあり、反対にプレニル化(ファルネシル化、ゲラニルゲラニル化)を受けたタンパク質はラフトから排除される傾向があることが報告されている。一方、②については、特にTMDの長い膜タンパク質が疎水性部分の露出を避けるため、膜の厚いラフト環境を好むことが推測されている。実際、細胞膜に存在する膜タンパク質では、ゴルジ体にあるタンパク質よりもTMDが長い傾向がある<ref><pubmed>20603021</pubmed></ref>。脂質ラフトの重要な機能は、これらのタンパク質を選別して特定の領域内に分布させることにより、分子間相互作用を効率化することであると考えられる。また、ある種のタンパク質では脂質環境の違いによって膜タンパク質のコンフォメーションが変化し、活性が変化すると考えられている。異なるスフィンゴ脂質が互いに排他的なドメインを形成している場合も明らかになっており<ref><pubmed>17392511</pubmed></ref>、異なる種類のラフトが特定のタンパク質の分子機能の制御に関わる可能性がある。
ラフトが関与する具体的な生命現象としては、IgE受容体やT細胞受容体 (TCR)によるシグナル伝達複合体の形成の例がよく知られている。TCRの場合には、抗原提示細胞から提示されたMHCリガンドとの結合により、TCRの近傍にLckやLATなどラフト親和性をもったタンパク質の一群がリクルートされる。この構造体は免疫シナプスと呼ばれ、周囲の膜環境は、膜環境感受性色素であるLaurdanを用いたイメージング法によりlo相に類似した性質をもつことが明らかになっている<ref><pubmed>19177148</pubmed></ref>。
ラフトが関与する具体的な生命現象としては、IgE受容体やT細胞受容体 (TCR)によるシグナル伝達複合体の形成の例がよく知られている。TCRの場合には、抗原提示細胞から提示されたMHCリガンドとの結合により、TCRの近傍にLckやLATなどラフト親和性をもったタンパク質の一群がリクルートされる。この構造体は免疫シナプスと呼ばれ、周囲の膜環境は、膜環境感受性色素であるLaurdanを用いたイメージング法によりl<sub>o</sub>相に類似した性質をもつことが明らかになっている<ref><pubmed>19177148</pubmed></ref>。
また脂質ラフトの病態生理学的な役割についても近年注目されている。最も頻度の高い神経変性疾患であるアルツハイマー病の発症には、I型膜貫通タンパク質APPがβおよびγセクレターゼによる段階的切断を受けて生じるアミロイドβペプチド(Aβ)が重要な役割を果たしている。これらのタンパク質群はいずれもDRMに分画されることが知られており、脂質ラフト局在とアミロイド産生の関連に興味がもたれる<ref><pubmed>20303415</pubmed></ref>。
また脂質ラフトの病態生理学的な役割についても近年注目されている。最も頻度の高い神経変性疾患であるアルツハイマー病の発症には、I型膜貫通タンパク質APPがβおよびγセクレターゼによる段階的切断を受けて生じるアミロイドβペプチド(Aβ)が重要な役割を果たしている。これらのタンパク質群はいずれもDRMに分画されることが知られており、脂質ラフト局在とアミロイド産生の関連に興味がもたれる<ref><pubmed>20303415</pubmed></ref>。


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