「モノアミン仮説」の版間の差分

ナビゲーションに移動 検索に移動
編集の要約なし
編集の要約なし
編集の要約なし
31行目: 31行目:
 [[躁病]]にはドーパミン受容体遮断薬である[[抗精神病薬]]が有効であり、脳脊髄液中HVA濃度が躁病で高値であるという報告もある。うつ病のモノアミン仮説で述べた仮説を考え合わせると、躁病では脳内カテコールアミン(ドーパミンとノルアドレナリン)の機能亢進、うつ病では脳内カテコールアミンの機能低下が生じ、躁病とうつ病の両方で脳内インドールアミン(セロトニン)の機能低下が生じるというモノアミン仮説が1970年代に提案された<ref name="ref3" />。SSRI服用によっても躁転は生じうるので躁病でもセロトニンの機能低下が生じるというのは、現在は支持されることは少ないと思われるが、カテコールアミン機能の躁病とうつ病における対照的な変化は現在も妥当なものと考えられる。  
 [[躁病]]にはドーパミン受容体遮断薬である[[抗精神病薬]]が有効であり、脳脊髄液中HVA濃度が躁病で高値であるという報告もある。うつ病のモノアミン仮説で述べた仮説を考え合わせると、躁病では脳内カテコールアミン(ドーパミンとノルアドレナリン)の機能亢進、うつ病では脳内カテコールアミンの機能低下が生じ、躁病とうつ病の両方で脳内インドールアミン(セロトニン)の機能低下が生じるというモノアミン仮説が1970年代に提案された<ref name="ref3" />。SSRI服用によっても躁転は生じうるので躁病でもセロトニンの機能低下が生じるというのは、現在は支持されることは少ないと思われるが、カテコールアミン機能の躁病とうつ病における対照的な変化は現在も妥当なものと考えられる。  


 最近、双極性障害のドーパミン調節異常仮説が提案された。Berkらは双極性障害のドーパミン仮説を提唱し、双極性障害ではうつ病相でも躁病相でもドーパミン機能の異常が薬理学的に推定されると述べた<ref><pubmed> 17688462 </pubmed></ref>。すなわち、躁病相ではドーパミン機能の亢進が、うつ病相ではドーパミン機能の低下が推定される。躁病相ではドーパミン機能亢進に伴い、ドーパミン受容体の2次的な脱感作が生じ、続くうつ病相を悪化させる。一方、うつ病相ではドーパミン機能低下に伴い、ドーパミン受容体の2次的な感作が生じ、続く躁病相を悪化させる。このようにして中枢ドーパミン機能の調節異常(dysregulation)が双極性障害の病態で認められ、病相交代を繰り返す一因となっているのではないかという。この仮説は魅力的であるが、必ずしもこれまでの[[生物学的マーカー]]の研究によって十分に支持されているとはいえない。  
 最近、双極性障害のドーパミン調節異常仮説が提案された。Berkらは双極性障害のドーパミン仮説を提唱し、双極性障害ではうつ病相でも躁病相でもドーパミン機能の異常が薬理学的に推定されると述べた<ref><pubmed> 17688462 </pubmed></ref>。すなわち、躁病相ではドーパミン機能の亢進が、うつ病相ではドーパミン機能の低下が推定される。躁病相ではドーパミン機能亢進に伴い、ドーパミン受容体の2次的な脱感作が生じ、続くうつ病相を悪化させる。一方、うつ病相ではドーパミン機能低下に伴い、ドーパミン受容体の2次的な感作が生じ、続く躁病相を悪化させる。このようにして中枢ドーパミン機能の調節異常(dysregulation)が双極性障害の病態で認められ、病相交代を繰り返す一因となっているのではないかという。この仮説は魅力的であるが、必ずしもこれまでの[[生物学的マーカー]]の研究によって十分に支持されているとはいえない。  


== 不安障害のセロトニン仮説  ==
== 不安障害のセロトニン仮説  ==


 1980年代に選択的にセロトニン系に作用する2種類の新しい抗不安薬(SSRIと5-HT<sub>1A</sub>受容体アゴニスト)が開発され、[[不安障害]]の治療に中枢セロトニン系が関与していることが明らかとなった。そのうちSSRIは[[wikipedia:JA:無作為化対照試験|無作為化対照試験]]によってほとんどの不安障害亜型に有効であることが明らかになり、古典的な[[抗不安薬]]である[[ベンゾジアゼピン]]よりも広い適応を有する<ref name="ref4">井上 猛、小山 司<br>不安障害<br>BRAIN and NERVE 64:131-138, 2012</ref>。したがって、現在ではSSRIこそ抗不安薬といっても過言ではない。しかし、これらのセロトニン系抗不安薬がどのように不安症状を改善するのかはブラックボックスのままであった。  
 1980年代に選択的にセロトニン系に作用する2種類の新しい抗不安薬(SSRIと5-HT<sub>1A</sub>受容体アゴニスト)が開発され、[[不安障害]]の治療に中枢セロトニン系が関与していることが明らかとなった。そのうちSSRIは[[wikipedia:JA:無作為化対照試験|無作為化対照試験]]によってほとんどの不安障害亜型に有効であることが明らかになり、古典的な[[抗不安薬]]である[[ベンゾジアゼピン]]よりも広い適応を有する<ref name="ref4">井上 猛、小山 司<br>不安障害<br>BRAIN and NERVE 64:131-138, 2012</ref>。したがって、現在ではSSRIこそ抗不安薬といっても過言ではない。しかし、これらのセロトニン系抗不安薬がどのように不安症状を改善するのかはブラックボックスのままであった。  


 ラットを用いた不安の動物モデルである、[[恐怖条件付け]]はセロトニン系抗不安薬の薬理作用の解明に有用なモデルであり、恐怖条件付けにおいてセロトニン系抗不安薬が抗不安作用を鋭敏に示すこと、SSRIの作用部位は[[扁桃体]][[基底核]]の[[グルタミン酸]]神経であること、などが明らかになってきた<ref name="ref4" />。すなわち、SSRIと5-HT<sub>1A</sub>受容体アゴニストは5-HT<sub>1A</sub>受容体などを介して扁桃体の神経活動を減弱し、不安・恐怖を減弱すると考えられる。恐怖条件付けの発現過程では内側前頭前野におけるセロトニンがまず活性化されるが、恐怖に繰り返しさらされると扁桃体のセロトニンも活性化する。扁桃体のセロトニン活性化は不安・恐怖症状を惹起するというよりは、不安・恐怖症状を緩和しようという生体側の反応であり、セロトニン系抗不安薬は扁桃体のセロトニン系の機能を増強して不安・恐怖を減弱すると考えられる。  
 ラットを用いた不安の動物モデルである、[[恐怖条件付け]]はセロトニン系抗不安薬の薬理作用の解明に有用なモデルであり、恐怖条件付けにおいてセロトニン系抗不安薬が抗不安作用を鋭敏に示すこと、SSRIの作用部位は[[扁桃体]][[基底核]]の[[グルタミン酸]]神経であること、などが明らかになってきた<ref name="ref4" />。すなわち、SSRIと5-HT<sub>1A</sub>受容体アゴニストは5-HT<sub>1A</sub>受容体などを介して扁桃体の神経活動を減弱し、不安・恐怖を減弱すると考えられる。恐怖条件付けの発現過程では内側前頭前野におけるセロトニンがまず活性化されるが、恐怖に繰り返しさらされると扁桃体のセロトニンも活性化する。扁桃体のセロトニン活性化は不安・恐怖症状を惹起するというよりは、不安・恐怖症状を緩和しようという生体側の反応であり、セロトニン系抗不安薬は扁桃体のセロトニン系の機能を増強して不安・恐怖を減弱すると考えられる。  
41行目: 41行目:
== 統合失調症のドーパミン仮説  ==
== 統合失調症のドーパミン仮説  ==


 紙幅の関係でこの仮説については簡単に述べるに留める。[[統合失調症]]の治療薬である[[抗精神病薬]]はすべてドーパミン2受容体遮断薬である。さらにドーパミンを過剰に刺激する薬物([[覚せい剤]]、[[コカイン]]、高用量のドーパミン・アゴニスト)は慢性投与で[[幻聴]]、[[被害妄想]]などの統合失調症類似の症状を惹起する。これらのことから統合失調症の特に急性増悪期ではドーパミンの機能亢進が想定されている。しかし、ドーパミン機能のみでは統合失調症の治療・症状(特に認知機能障害と陰性症状)を説明することは難しい。さらにドーパミン2受容体遮断薬だけでは治療効果に限界がある。
 紙幅の関係でこの仮説については簡単に述べるに留める。[[統合失調症]]の治療薬である[[抗精神病薬]]はすべてドーパミン2受容体遮断薬である。さらにドーパミンを過剰に刺激する薬物([[覚せい剤]]、[[コカイン]]、高用量のドーパミン・アゴニスト)は慢性投与で[[幻聴]]、[[被害妄想]]などの統合失調症類似の症状を惹起する。これらのことから統合失調症の特に急性増悪期ではドーパミンの機能亢進が想定されている。しかし、ドーパミン機能のみでは統合失調症の治療・症状(特に認知機能障害と陰性症状)を説明することは難しい。さらにドーパミン2受容体遮断薬だけでは治療効果に限界がある。


 「過剰なドーパミン放出に伴うグルタミン酸放出増加とその反復の結果,NMDA型グルタミン酸受容体機能低下が惹起される」という「dopamine to glutamate仮説」も最近提案されている<ref>安部川智浩, 伊藤侯輝, 仲唐安哉, 小山司<br>統合失調症病態モデル動物の開発<br>精神神経学雑誌114:81-98, 2012</ref>。  
 「過剰なドーパミン放出に伴うグルタミン酸放出増加とその反復の結果,NMDA型グルタミン酸受容体機能低下が惹起される」という「dopamine to glutamate仮説」も最近提案されている<ref>安部川智浩, 伊藤侯輝, 仲唐安哉, 小山司<br>統合失調症病態モデル動物の開発<br>精神神経学雑誌114:81-98, 2012</ref>。  

案内メニュー