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Toshikiiwabuchi (トーク | 投稿記録) 細編集の要約なし |
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こうした知見を得るための手法としては、たとえば言語理解中の眼球運動計測が挙げられる。この手法では、ある語に対する実験被験者の注視時間が長いほど意味的処理に時間がかかっているのだと解釈される<ref><pubmed> 7413885 </pubmed></ref>。ほかには語彙判断課題([[wikipedia:Lexical_decision_task|lexical decision task]])と呼ばれる実験的方法もある。これは実験の被験者に文字列を提示し、それが単語であるか非単語であるかを迅速にボタン押しで判断させるものである。語彙判断課題においては出現頻度が高い単語に対するほど反応が早く、かつ正確になる<ref><pubmed> 10696612 </pubmed></ref>。こうした出現頻度効果は提示された語の理解だけでなく、それを実際に発音する課題においても観察される。また、単語を瞬間的に提示したときの[[認知閾]](認知に要する最低の提示時間)は出現頻度の対数と直線関係があることも報告されている<ref><pubmed> 14864763 </pubmed></ref>。 | こうした知見を得るための手法としては、たとえば言語理解中の眼球運動計測が挙げられる。この手法では、ある語に対する実験被験者の注視時間が長いほど意味的処理に時間がかかっているのだと解釈される<ref><pubmed> 7413885 </pubmed></ref>。ほかには語彙判断課題([[wikipedia:Lexical_decision_task|lexical decision task]])と呼ばれる実験的方法もある。これは実験の被験者に文字列を提示し、それが単語であるか非単語であるかを迅速にボタン押しで判断させるものである。語彙判断課題においては出現頻度が高い単語に対するほど反応が早く、かつ正確になる<ref><pubmed> 10696612 </pubmed></ref>。こうした出現頻度効果は提示された語の理解だけでなく、それを実際に発音する課題においても観察される。また、単語を瞬間的に提示したときの[[認知閾]](認知に要する最低の提示時間)は出現頻度の対数と直線関係があることも報告されている<ref><pubmed> 14864763 </pubmed></ref>。 | ||
また、同じ単語であっても[[wikipedia:ja:コンテクスト|文脈]](コンテクスト)的な効果によって処理に要する時間は変化する。 | また、同じ単語であっても[[wikipedia:ja:コンテクスト|文脈]](コンテクスト)的な効果によって処理に要する時間は変化する。 | ||
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===音読・発話に関するモデル=== | ===音読・発話に関するモデル=== | ||
上で見てきた単語の視覚認知モデルは、文字列の視覚的形状をもとに語彙情報へ直接アクセスすることを通常のやり方として仮定していた。しかし非単語であっても、「ワクホ」や「trisk」のような文字列は容易に発音できる。つまり視覚的な文字列を音韻情報へとある規則に従って変換するような経路は脳内に存在しているのだと考えられる。こうした背景に基づき、Coltheartらは音読過程の二重経路カスケード・モデル(dual-route cascaded model)<ref><pubmed> 11212628 </pubmed></ref>を提案した。このモデルでは非単語を読むときには語彙情報を介さず、書記素‐音素対応規則(grapheme-phoneme correspondence rule)に従って文字列を音素に変換するという過程を経る。この過程は音声読み(phonetic reading)ともいわれる。一方で語彙情報へのアクセスを介して音素に変換するプロセスもあり、規則に従わない例外的な発音をする単語(例.家来、yacht)はこの経路のみで処理される。こちらの過程は全語読み(whole-word reading)という。 | |||
SeidenbergとMcClellandの[[並列分散処理]]モデル(parallel distributed processing model)<ref><pubmed> 2798649 </pubmed></ref> | SeidenbergとMcClellandの[[並列分散処理]]モデル(parallel distributed processing model)<ref><pubmed> 2798649 </pubmed></ref>も、非単語や例外的発音の音読を説明することができる。このモデルの際立った特徴はそもそもメンタル・レキシコンの存在を仮定しないという点にある。これまで言及した他のモデルでは語彙項目を単一のユニットで表象していたが、並列分散処理モデルでは語の意味情報・音韻情報・書字情報が3つのユニット群に分散され、これら3つのユニット群は中間層を介して互いに異なるユニット群と結合している。この特徴的な三角形の構造から本モデルはトライアングル・モデルとも呼ばれる。このモデルは綴りと発音などの正しい組み合わせを学習することができるが、その場合も特定の文字や音を表象するような単一ユニットは存在せず、特定の入力に対してユニット群が特定の活性化パターンを示すようになるだけである。二重経路カスケード・モデルとトライアングル・モデルは共に音読過程をある程度うまく説明することができるが、どちらが実際の脳内機構とより合致しているかについては今なお議論が続いている。 | ||
最後にLeveltの言語産出モデル<ref><pubmed> 11698690 </pubmed></ref> | 最後にLeveltの言語産出モデル<ref><pubmed> 11698690 </pubmed></ref>を紹介する。言語産出過程の具体的な例として、絵画中に描かれた対象が何であるかを呼称する課題を考えてみよう。まず提示された絵に対応する[[概念]]が産出すべきメッセージとして活性化される。続いて、このメッセージが対応するレンマ(lemma)を活性化する。レンマとは語彙項目の意味的・統語的な情報である。たとえば英語のHORSEに対応するレンマが活性化されると、それが可算名詞であること、単数形ないし複数形であること、といった情報が利用可能となる。ここまでが言語産出における語彙選択(lexical selection)の過程である。選択されたレンマは引き続いて形態的・音韻的に符号化される。たとえばHORSEの複数形は2つの形態素から構成されるものであるが、これらのそれぞれについて<horse> と<iz>のような音韻コード(phonological code)が検索される。音韻コードは音素の系列であり、[[wikipedia:ja:音節|音節]]([[wikipedia:syllable|syllable]])へ統合されたり[[wikipedia:ja:強勢|強勢]]([[wikipedia:stress_linguistics|stress]])パターンが付与されたりといった処理を受ける。これらの処理を音韻的符号化(phonological encoding)という。このプロセスの出力は抽象的な音韻表象であり、音韻語(phonological word)と呼ばれる。音韻語は音声的符号化(phonetic encoding)の過程を経て[[wikipedia:ja:調音|調音]]スコア(articulatory score)として出力される。最後にこの調音スコアの指示に基づいて調音器官が動かされ、実際に音声が発せられる。 | ||
=語彙の神経基盤= | =語彙の神経基盤= | ||
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==音声的な語彙の処理== | ==音声的な語彙の処理== | ||
左上側頭回の中部から後部にかける領域は[[ウェルニッケ野]]と呼ばれるが、この領域を含む部位の損傷はウェルニッケ失語を引き起こす。ウェルニッケ失語では音声言語の理解が大きく損なわれ、また聴覚提示された単語の復唱も困難となる。発話は流暢で文法的だが、しばしば単語の使用に誤りが見られる。 | |||
一方、筆談によるコミュニケーションや発話には問題がないにも関わらず、単語が聴覚提示されると全く分からない、という障害もある。これは純粋語聾(pure word deafness)と呼ばれる。純粋語聾は音声による単語認識ができなくなるが、文字や口の動きをもとに意味を理解することはできる。つまり純粋語聾では単語の聴覚的表象だけが選択的に損なわれるのだと考えられる。純粋語聾は[[ウェルニッケ野]]、もしくは一次[[聴覚野]]からウェルニッケ野への入力が損傷されることで引き起こされる<ref><pubmed> 16209426 </pubmed></ref>ことから、単語の聴覚的表象はウェルニッケ野に保持されていると考えられる。ウェルニッケ野周縁領域の損傷患者は超皮質性感覚失語(transcortical sensory aphasia)を示すこともある。超皮質性感覚失語では、絵に描かれた対象を呼称したり、書かれた単語を音読したり、聴覚提示された単語を復唱したりすることはできるが、耳で聞いた単語の意味を理解することができない<ref><pubmed> 10908193 </pubmed></ref>。従って超皮質性感覚失語では聴覚的見出し語そのものは損なわれておらず、音声に基づく語彙アクセスの能力が障害されるのだといえる。 | |||
一方、左[[側頭葉]]の損傷では物体や人名の呼称ができなくなるケースもあるが、この場合には損傷される部位によって障害される[[カテゴリー]]が異なるということが知られている。絵に描かれた対象を患者に呼称させる実験から、人名は左[[側頭極]]の、動物名は左下側頭回の、道具名は左後部下側頭回および[[後頭頭頂側頭接合部]]の障害により、最も成績が低下していることが明らかとなった<ref><pubmed> 8606767 </pubmed></ref> | 一方、左[[側頭葉]]の損傷では物体や人名の呼称ができなくなるケースもあるが、この場合には損傷される部位によって障害される[[カテゴリー]]が異なるということが知られている。絵に描かれた対象を患者に呼称させる実験から、人名は左[[側頭極]]の、動物名は左下側頭回の、道具名は左後部下側頭回および[[後頭頭頂側頭接合部]]の障害により、最も成績が低下していることが明らかとなった<ref><pubmed> 8606767 </pubmed></ref>。ただし、これらの患者では単語の持つ意味や概念自体は保持されていたと考えられる。というのも、たとえば彼らはスカンクの絵を見て「近づくとひどい臭いを出す動物で、白黒で…」といった内容を答えることはできたからである。つまりこれらの障害においては、単語の意味を適切な音韻表現に変換する機能が損なわれていたのではないかと考えられる。ちなみに、動詞の生成は側頭葉でなく、ブローカ野を含む周辺の左[[前頭葉]]損傷により障害される<ref><pubmed> 8506341 </pubmed></ref>。ただしこうした関連領野の違いが名詞と動詞という文法的な区別を反映しているかどうかは慎重に検討する必要がある。 | ||
==視覚的な語彙の処理== | ==視覚的な語彙の処理== | ||
単語の読みには全語読みと音声読みの2種類があることは先に述べた。[[失読症]]の研究から、これらの読みは特異的に障害され得ることが知られている。全語読みの障害は表層性失読(surface dyslexia)といい、音声読みの障害は音韻性失読(phonological | 単語の読みには全語読みと音声読みの2種類があることは先に述べた。[[失読症]]の研究から、これらの読みは特異的に障害され得ることが知られている。全語読みの障害は表層性失読(surface dyslexia)といい、音声読みの障害は音韻性失読(phonological dyslexia)という。全語読みと音声読みは異なる神経機構によって支えられている。脳損傷研究および脳機能イメージング研究によって、全語読みには左[[紡錘状回]]が関連していることが明らかとなっている<ref><pubmed> 18272399 </pubmed></ref><ref><pubmed> 16720031 </pubmed></ref>。左紡錘状回は非単語の文字列によっても賦活されるが、前部に行くほど単語に対する選択性が強くなる<ref><pubmed> 17610823 </pubmed></ref>。左紡錘状回において単語文字列に選択的に応答する領域は視覚性単語形状領域(visual word form area)と呼ばれる。単語の視覚的表象はこの領域にあると考えられる。これに対し、音声読みでは左縁上回、左上側頭回、および左下前頭回([[ブローカ野]])といった領域が活動する<ref><pubmed> 14568445 </pubmed></ref>。これは先述した二重経路カスケード・モデルにおいて、書記素‐音素の変換に当たる機能がこれらの神経機構によって実現されることを示唆している。 | ||
==意味の脳内ネットワーク== | ==意味の脳内ネットワーク== | ||
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脳機能イメージングによる幾つかのデータは前者の立場を支持している。たとえば、異なる身体部位の動作を表す動詞(例.噛む、蹴る)を読むときは、それらの各身体部位(例.顏、脚)を制御する[[運動野]]の領域が活動するという報告がある<ref><pubmed> 14741110 </pubmed></ref>。これは動作動詞の理解が運動システムを駆動することで実現されるという仮説と矛盾しない。 | 脳機能イメージングによる幾つかのデータは前者の立場を支持している。たとえば、異なる身体部位の動作を表す動詞(例.噛む、蹴る)を読むときは、それらの各身体部位(例.顏、脚)を制御する[[運動野]]の領域が活動するという報告がある<ref><pubmed> 14741110 </pubmed></ref>。これは動作動詞の理解が運動システムを駆動することで実現されるという仮説と矛盾しない。 | ||
一方で、動作動詞の理解は視覚や運動といったモダリティ固有の神経回路には依存しないという研究も存在する<ref><pubmed> 21486297 </pubmed></ref> | 一方で、動作動詞の理解は視覚や運動といったモダリティ固有の神経回路には依存しないという研究も存在する<ref><pubmed> 21486297 </pubmed></ref>。これによると、単語の意味は左側頭葉、左[[頭頂葉]]および左[[前頭前野]]のモダリティ非依存な神経システムにおいて理解される。また[[意味認知症]](semantic dementia)の研究に基づき、モダリティに依存しない意味情報のハブが側頭葉前部にあるという提案も為されている<ref><pubmed> 18026167 </pubmed></ref>。 | ||
しかし現時点において、上述した2つの立場のいずれかを棄却するような決定的な証拠はない。[[意味記憶]]が前頭葉、側頭葉、頭頂葉といった広い領域に分散して表現されていることはおそらく確かであるが、意味の表象や処理に関する詳細な脳内機構については更なる研究の進展を待たねばならない。 | しかし現時点において、上述した2つの立場のいずれかを棄却するような決定的な証拠はない。[[意味記憶]]が前頭葉、側頭葉、頭頂葉といった広い領域に分散して表現されていることはおそらく確かであるが、意味の表象や処理に関する詳細な脳内機構については更なる研究の進展を待たねばならない。 | ||
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*[[言語発達]] | *[[言語発達]] | ||
*[[概念形成]] | *[[概念形成]] | ||
*[[失語症]] | |||
*[[失読症]] | |||
=参考文献= | =参考文献= | ||
<references /> | <references /> |
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